《第22回》宇宙人生ー民間宇宙開発の時代における、NASAやJAXAの役割とは? | 『宇宙兄弟』公式サイト

《第22回》宇宙人生ー民間宇宙開発の時代における、NASAやJAXAの役割とは?

2016.06.27
text by:編集部コルク
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《第22回》民間宇宙開発の時代における、NASAやJAXAの役割とは?
いま、最新の宇宙開発を牽引するのはNASAやJAXAといった国の研究機関ばかりではなく、民間の宇宙事業も数多く存在します。
『宇宙兄弟』でも、宇宙飛行士選抜試験でムッタと出会った”福田さん”もその一人。さらに”やっさん”は民間の宇宙飛行士へ…。
現在、加速する民間宇宙事業の中で、もとよりあったNASAやJAXAの役割とは? 実際に、技術者としてNASAで働く小野雅裕さんの考える”国の研究機関”だからこそできることをわかりやすく解説します!

民間には取れないリスクを取るのが国の役割

10年前にSpaceXやイーロン・マスクの名を知っていた人は、果たしてどれだけいるだろうか。おそらく、ほとんどいないだろう。

無理もない。2006年当時の彼らはまだ、小型ロケットの打ち上げにすら、一度も成功していなかったのだから。

彼らは当時、Falcon 1という、現行のFalcon 9の約10分の1の打ち上げ能力しかない小型ロケットの開発に四苦八苦していた。2006年にはじめて行われた打ち上げは、発射から1分も経たないうちに燃料漏れによって爆発し、失敗に終わった。

その後も2度立て続けに失敗した末、はじめてFalcon 1を成功させたのは2008年のことである。

SpaceX_falcon_in_warehouse10年前に開発されていたSpaceXの小型ロケット・Falcon 1の第一段。Credit: SpaceX

当時、世間はiPodやiPhoneに夢中だった。スティーブ・ジョブスの下で劇的な復活を遂げたアップルは、2007年1月にiPhoneを発表。ジョブズは時代のアイコンだった。ベンチャーといえばITだった。投資家は熱心にシリコンバレーの新興IT企業を物色していた。

一方、宇宙には停滞感が漂っていた。 数年前にアメリカではスペースシャトル・コロンビア号が大気圏突入中に空中分解し、日本ではH2Aロケット6号機が打ち上げ中のトラブルで自爆して、両者とも長らく打ち上げがストップしていた。飛ぶ鳥を落とす勢いのIT産業に比べて、宇宙は時代遅れにすら見えた。

ましてや宇宙ベンチャーなんて、真面目に取り合う人はほとんどいなかった。

当然、当時の投資家にとっても、宇宙ベンチャーは当時最もハイリスクな投資対象の一つだっただろう。SpaceXは2006年3月に1 億ドルを「調達」するにはした。だがそれはイーロン・マスク自身のポケット・マネーだった。

2006年8月、そんな状態のSpaceXに、2.8億ドルもの開発費を提供した者がいた。

NASAだった。

NASAはこの年、国際宇宙ステーションへの人員や貨物を輸送する民間企業を育成することを目的に、COTS (Commercial Orbital Transportation Services)というプログラムを開始した。

このプログラムに応募した20を超す会社から選ばれた2社のうちのひとつが、SpaceXだったのである。

さらに2008年、NASAは16億ドルもの資金と引き換えに、12回の宇宙ステーションへの補給ミッションを委託する 契約を、SpaceXと結んだ。

当時はまだ、Falcon 9ロケットもDragon宇宙船も開発中だった。Falcon 9の初飛行は2010年である。NASAは、まだ一度も飛んでいないロケットと宇宙船を、それぞれ12機もまとめ買いしたのである。

普通の民間投資家ならば回避するリスク案件に、桁違いのお金をつける。倒産の心配がなく、投資に失敗しても国民から文句を言われる「だけ」で済む国営機関だからこそできることである。

実際に投資が失敗に終わったこともあった。2006年にSpaceXとともに資金提供を受けたRocketplane Kistler社は、その後一度も打ち上げを行うことなく倒産している。

一方のSpaceX の成功は、ご存知の通りである。すべてをNASAの手柄にするつもりはさらさらない。だが、NASAとの契約が大きなターニング・ポイントとなったことは間違いない。

民間には取れないレベルのリスクを取る。これが国の役割だと、僕は思う。

失敗することが国の役割

今年3月、ある風変わりなモジュールが、宇宙ステーションに届けられた。

そのモジュールは、宇宙ステーションのドッキング・ポートに接続されると、風船のように空気で膨らみ、たちまち4畳半の部屋ほどの、人間が滞在可能な空間が形成された。

BEAMと呼ばれるこのモジュール、実はBigelow Aerospace社がつくった、将来の「宇宙ホテル」の試作機なのである。

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国際宇宙ステーションに取り付けられたBEAMの想像図。Credit: Bigelow Aerospace

NASAが提供したのは、1780万ドルの資金と、宇宙ステーションという試験の場だけではない。

NASAは以前に、TransHabという膨張式の宇宙ステーションのモジュールの技術を開発していた。1990年代後半に予算カットによって開発がストップしたのち、NASAはこの技術をBigelow Aerospace社にライセンス供与したのである。

基礎研究・開発に長けた国営機関と、コスト削減や規模の拡大に優れた民間が、うまく手を取り合った成功例といえよう。

だが、ひとつの成功した技術の裏には、膨大な失敗が積み重ねられてきたことを、忘れてはならない。そして先人が失敗したからこそ、我々は同じ失敗を繰り返さずに済むのである。

1950年代、米ソによる国家主導の宇宙開発競争の初期、両国はそれこそ星の数ほどの失敗を繰り返した。ロケットがあらぬ方向に飛んで大爆発したりする映像を、ご覧になった方もいるだろう。

その膨大な数の失敗と試行錯誤の末に行き着いたひとつの解が、ケロシンまたは液体水素と液体酸素を燃料としたガス発生器サイクルという、ロケットの基礎設計である。

この基礎設計は、アポロ計画で人類を月に送り込んだサターンVロケットをはじめとして、アメリカのデルタ、ロシアのソユーズ、欧州のアリアン、中国の長征など、世界の主力ロケットで用いられている。

そして Falcon 9ロケットもまた、その系譜の上にある。

現在の宇宙ベンチャーの飛躍は、過去60年の宇宙開発の歴史で積み重ねられてきた、膨大な量の屍の山の上に立っているのである。

これは宇宙に限った話ではない。イノベーションの最上流に位置する基礎研究は、宝くじのようなものだ。ほとんどがハズレ。ごくごく稀に特大の大当たりが出る。だが、当たっても事業化までに数十年の時間を要することはザラだ。

そんな最もリスクが高いフェーズの研究開発を引き受け、屍の山を築き、後に続く者のための道を作るのが国営機関の役割だと、僕は思う。

現にNASAは、数十年先を見越した様々な研究開発に積極的に取り組んでいる。たとえば惑星間光通信、深宇宙原子時計(Deep Space Atomic Clock; DSAC)、そして僕が携わっている火星ローバーの自動運転技術などだ。

民間企業がこれらの技術を必要とする日は、そうすぐには来ないかもしれない。しかししかるべき日が来たら、バトンを民間企業に渡す。そして我々はそのさらに先を目指した研究開発に取り組む。

イノベーションの最上流において民間が取れないリスクを取り、常に先駆者であり続ける。それがNASAやJAXAの重要な役割だと、僕は思う。

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国際宇宙ステーションで行われた、惑星間光通信の技術実証。Credit: NASA/JPL

 

儲からないことをするのが国の役割

宇宙は30兆円産業だ。年9%も成長した。アマゾンもGoogleも出資した。波に乗り遅れるな・・・

最近、そんな威勢のよい声が、様々な方角から聞こえてくる。しかし、ビジネスチャンスを掴むことは果たして、我々人類が宇宙を目指すべき根源的理由だろうか?

僕はそうは思わない。

イーロン・マスクは人類の火星への移住をSpaceXの目標に掲げ、火星を地球のバックアップにすると言って憚らない。

だが、拡散本能を持つのはどんな生物だって同じだ。ただ生息圏を広げることや、地球滅亡に備えることが、人間文明が宇宙を目指すべき究極の理由だろうか?

僕はそうは思わない。

では、人類が宇宙を目指す究極の目的とは何なのか?

人類には、これだけ科学技術が発達しても、まだ答えの糸口さえ見つかっていない根源的な、そして哲学的な問いがいくつかある。

「我々はどこから来て、どこへ行くのか?」

「我々は宇宙でひとりぼっちなのか?」

このふたつの根源的問いへの答えを見つけることこそが、人類が宇宙を目指す究極の理由だと、僕は思うのだ。

たとえば、もしあなたが孤児で、親の顔を一度も見たことがないならば、自分はどのように生まれ、どのように育ったのか、知りたいに違いない。

たとえば、もしあなたが完全に外界と隔離された独房の中で育ち、他の人間の姿も一度も見たことがないならば、その部屋から出て仲間を探しに行きたいと思うに違いない。

人類はそれと同じ状況にある。

我々は、地球という星に生命がいかにして生まれたのか、全く知らない。

我々は、地球以外の星にも生命や文明が存在するのか、手がかりひとつ持っていない。

その答えは、30億年前に豊かな海を湛えしも、何らかの不幸な理由によってほとんど完全に干上がってしまった火星にわずかに残されたオアシスである、洞窟の中や、崖から染み出す地下水にあるかもしれない。

その答えは、太陽系の果てのカイパーベルトやオールトの雲から使者のように飛来する彗星の、核の中に存在する水や有機物にあるかもしれない。

その答えは、 エウロパを木星の強力な放射線帯から守るように包む厚さ数十キロの氷 の下に隠された、地底の海にあるかもしれない。

あるいはその答えは、数百光年彼方の系外惑星から届く微かな光のスペクトルの吸収線の中に隠れているかもしれない。

だからこそ、我々は遠い宇宙を目指すのだ。

その答えを見つけるためのミッションは、何千億円、もしかすると何兆円ものコストがかかるかもしれない。宇宙飛行士の命を失うリスクもあるだろう。

そして、そんな哲学的な問いへの答えを見つけたところで、たった1円の儲けにもならない。

だが人類には、儲けにならなくても為すべき使命があるのだ。GDPや時価総額やROIよりももっと根源的な人類の存在理由があるのだ。

儲けになることは全て民間に任せればいい。民間でもできることに税金をつぎ込むことこそ、最大の無駄だと言えよう。

未来永劫儲けにならなくても果たさなくてはならない、人類の種族としての使命を果たすことが、NASAやJAXAの最も重要な役割だと、僕は強く思う。

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2020年代に打ち上げられるNASAのエウロパ探査機は、氷貫通レーダーにより、氷の下に存在すると予想される地底の海の情報を収集する。Credit: NASA/JPL

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コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

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〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
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第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
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