ロボット開発に必要な思考法-宇宙兄弟

第2回『隣のロボット』ーー未来の日用品を作るために ーロボット開発に必要な思考ー

2016.01.13
text by:編集部コルク
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第2回
未来の日用品を作るために ーロボット開発に必要な思考ー
フラワー・ロボティクスは家庭用ロボットPatin(パタン)を開発しているロボットベンチャーである。ロボットというまだ一般に根付いていない商品をどう開発し販売していくか、試行錯誤の日々をお伝えしている。
前回はロボットをデザインという切り口から紹介したが、今回はエンジニア寄りの視点から、私たちの取り組みをお伝えしたいと思う。

 フラワー・ロボティクスという会社に転職したと言うと、冗談なのか本気なのか、

「花を売るの?」

 と聞き返されることがよくある。当然花屋ではなく、創業から14年、一貫してロボットをつくってきた。そう伝えると、ほぼ100%、

「なんでロボットなのにフラワーなの?」

 と重ねて問われる流れになる。

 社名の「フラワー」は何かの比喩ではなく、「花」そのものを示している。だが、花のカタチをしているロボットをつくっているわけではない。花はロボットが人に与えるイメージ、存在感の喩えだ。それは可愛い、美しいという外見的なものでもない。花が人に与える癒やされるような、心が和むような、そんな感覚を与えられるロボットを生み出し、普及させることがフラワー・ロボティクスの目指す事業なのだ。

 花を眺めながら嫌な気持ちになる人は少ないだろう。

「花のようなそこにあるだけで心を癒やし、満たすロボットをつくる」

 それがフラワー・ロボティクスの思いである。

 そして花は平和と幸せの暗示でもある。ロボットをはじめ、最新のテクノロジーは悲しいことに人を傷つける手段として使われることも多い。しかし私たちは、ロボットは誰かを傷つけるためではなく、日々の生活をさりげなく潤すような存在になって欲しいと願い、それを「フラワー・ロボティクス」という名に託している。

「こんなにいい社名は二度と思いつかない」

 と命名した創業者の松井はこの社名が示すビジョンに自信を持つ。

 現在開発中の家庭用ロボットPatin(パタン)は、フラワー・ロボティクスが初めて手掛ける家庭用ロボットだ。私たちはロボットが日用品のように、私たちのとなりにある未来をPatinに透かし見ている。


2_Polly小鳥型ロボットPolly

‐みんなが欲しくなるロボットとは?

 ロボットに限らず、何かモノやサービスをつくるときはまず、「どんなもの」をつくるか決めなくてはいけない。そしてそれを買ったり使ってもらうためには、必要だと思われなくてはならない。

 まだ普及していないモノをつくる上で、最初の難問が「何をつくるか」決めることである。古くはAIBO、最近では2014年に発表されたpepperなど、一般家庭で使われるロボットも出てきているが、まだごく小数の人しか使う機会がないのが現状だ。例えばテレビなら「画質がいい」、エアコンならば「低燃費」など、ユーザーが求めるポイント、提供すべき価値は明確だ。だが、多くの人がまだ実際に使ったことのないロボットはそのようなモノサシがない。開発者自身が、どのように使われるロボットか、必要とされる機能は何かを決める必要がある。

 Patinの開発には多くのエンジニアが関わっていて、それぞれロボットの形状や役割、機能について理想のようなものを持っている。その中で、チームとして共有している思想は、

「未来の暮らしはどうなっているか」

「そこで求められるロボットはどんな姿や機能を持っているか」

 を考えるということだ。

 その根っこには、ロボットは使われてこそ意味がある、という強い思いがある。ロボットは神棚に飾られたりたんすに仕舞われたりするようなモノではなく、日々私たちの生活に役立つ日用品でなくてはいけないのだ。


3_meetingPatinに何をして欲しいか、社内ブレスト

‐エンジニアはなぜロボットを選んだのか

 Patinの開発に携わるエンジニアは大きく、

・ 大学の頃から十数年に渡ってロボットについて研究してきた

・ 何かしらのテクノロジーやものづくりに携わる中で、次のアウトプットの方法としてロボットにたどり着いた

 という2つのパターンに分けられる。

 ロボットは学問としても、産業としても新しい分野だ。

 ロボットという言葉は、チェコ語で「労働」を意味する「robota」に由来している。初出はカウル・チャペクの1920年の戯曲で、つまりロボットという言葉自体、誕生してからまだ100年経っていないのだ。

 日本では1980年がロボット元年と呼ばれているが、そこからバブル崩壊まで、2001年、2014年と周期的に3回のロボットブームが巻き起こった。だが残念ながらブームはやがて終息し、ロボットは工場や作業現場など、限られた場所で発展してきた。

 フラワー・ロボティクスでチーフサイエンティストをつとめる吉海は、東京大学で博士号を取得した研究者出身のロボットエンジニアだ。学問の世界でもロボットは新興らしく、ロボット学者は第一世代でも70代ぐらいだという。まだ現役の研究者も多いそうで、ロボットに足を踏み入れたばかりの学生から重鎮まで近い距離で議論を交わすことが可能なエネルギッシュなコミュニティのようだ。

 私はロボットエンジニアとは何者かを掘り下げてみようと、研究者からエンジニアになったメンバーふたりに、

「ロボットエンジニアって独特な特徴とかあるんですか?」

 と別々に聞いてみたら、ふたりとも、

「特にない」

 と即答した。私としては、他の分野の研究者に比べてドリーマーだったり、情熱的だったりというキャラクターの違いのような物があるのかという期待だったが、あっさり否定されてしまった。

 とは言え、専門家でない私から見て、ロボットを志す人はみんな「ロボットへの強烈な憧れ」を持っていると思う。フラワー・ロボティクス代表の松井のように、将来の道を模索する中で、ロボットに大きな可能性を見たという人もいるが、もっとシンプルに、子供の頃ロボットに感じた憧れや興奮が原動力になっている人も多い

 日本では「鉄腕アトム」にはじまって、どの世代にも様々な空想上のロボットがいる。アトム世代から鉄人28号、スターウォーズ、ガンダム、アニメ以外ではASIMOやAIBOも現在のロボット研究者やエンジニアに与えた影響は絶大なのだ。

 そういえば、昨年の中国出張ではガンダムの話題になり、

「なぜ量産機が試作機よりも弱いのか」

 をエンジニアたちが難しい言葉を使って楽しそうに議論していた。

 私にとって最初のロボットはエヴァンゲリオンである。小学3年生の頃、部活をサボってエヴァを見るため家に帰っていた。あとから知るのだが、私と同じ名前の葛城ミサトは生まれ年も同じ1986年であり、感慨深さを感じて2015年を迎えた。たとえばこんな風に、これまでの人生、ロボットにもロボットアニメにも大して興味のなかった私でさえ何かしらの思い出があるくらい、日本人にはロボットという存在が刻み込まれているのである。

4_inchina出張中の夕食も話題はガンダム

‐ロボットをニートにしないために

 必要は発明の母という言葉があるが、逆に言うと必要とされないものはやがて忘れられる。

 子供も大人も、「ドラえもんが欲しい」と思う人はたくさんいるだろう。だけど、多くの人が欲しがっているのは、本当は「ドラえもん」ではなく、どんな道具でも取り出せる「四次元ポケット」なのではないか。ドラえもんには残酷な喩えになってしまったが、ロボットはその存在感ではなく、機能を求められている、というのがフラワー・ロボティクスの考えである。逆に言えば、機能が充分でないロボットは存在感に飽きてしまうと、持て余されてしまうことになる。

 ロボットは私たちに何をしてくれるのか?それを考えることが、ロボットづくりの第一歩だと考えている。科学技術が発展するにつれロボットにできること、活躍するシーンは増えていく。やがてロボットも私たちにとって、車やパソコン、スマートフォンのように、存在の必要性を意識することがないほどに日用品として存在感を持つかもしれない。

 また、私たちはすべてをロボットに置き換えてしまおうとは思っていない。ロボットというカタチが機能を提供する上で最適なのかも考える。たとえばスマートフォンや既存の家電で実現できることをロボットでおこなおうとするのは意味が無い。

 ロボットが「道具」として評価されるためには、多くの人にロボットの価値を感じてもらうことが不可欠だ。一番の手段は期待を高めるCGをつくったりうまい説明をすることではなく、やはり実際に使ってもらうことだ。だから私たちは大きなチャレンジであるけれど、早くPatinをラボから出してあげるために毎日事業をおこなっている。


5_interiorshop
インテリアショップでPatinにルームライトを載せてみる

‐メンバーが同じ方向を向くための工夫とは

 エンジニアはロボットに対して、それぞれ信念や考え方を持っているが、同じ目標に向かうために“北極星”となるものを示す必要がある。創業者で、チーフデザイナーでもある松井の思想がPatinの開発思考の軸となっている。

 私が最初に出席した開発者会議で、松井は『ディーター・ラムスのグッドデザインの10原則』を説いていた。

 松井はデザイナーなので、やはり思考や判断はデザインに根付いている。私も他のメンバーもデザインについて理解度は様々なのだが、MTGでも日常の会話の中でも、繰り返し松井にデザインや開発に関する思想を説かれると、知らず知らずに浸透してくる。やがて複数の案が浮かんだ時、松井の言葉が頭をよぎり、デザインや機能性を犠牲にしない提案が出てくるようになる。些細なアウトプットも端正になる。それは事業のスピード感に繋がる。思想が浸透し、みんなが同じ方向を向くことができる。


6_Presentationデザインについて、社内外でレクチャーする機会は多い

‐日々を豊かにするロボットを目指して 

ロボットという言葉が生まれてようやく100年。しかし、この100年で世界は大きく姿を変えた。新しい産業が生まれ、格段に生活は便利になった。現在世界に名が轟く大企業も生まれたばかりの頃は吹けば飛ぶようなベンチャーだったように、ロボットという新たな産業が大きくなるに連れ、活力ある企業や人材が生まれる可能性は大きい。

 月に行くことも、家庭の中でロボットを使うことも、満たされた今から見ると蛇足でしかないかもしれない。しかしはるか昔から、現状に満足せず途方も無い夢に向かい、苦労と汗と夢を積み上げてきた人々によって豊かな今が出来上がっている。莫大なお金と時間を使ってもなお、目指す頂ははるかに遠い。だけどそれは夢となって、私たちにエネルギーを生み出してくれる。それが人の生活を豊かにすることだと信じている。

 ロボットは新しい学問であると教えてくれたチーフサイエンティストに、

「最初にロボット研究者になった人たちは、ロボットというものがなかったらどの道に進んだんですかね?」

 と聞いてみたら、

「ロケットとかやっていたんじゃないですかね」

 という答えが返ってきた。

 やっぱりロボットに惹かれるのは、子供のように、まだ見ぬワクワクする未来を追い求める人たちなのではないかと思った。

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 この文章が公開される頃、私は雲の上にいる予定だ。ラスベガスで開催される世界最大のコンシューマーエレクトロニクスの展示会、CESを終えた帰路についているはずである。

 1999年以来のアメリカ。当時私は中学2年生で、カリフォルニアの田舎町は毎日晴れていた。

 あれからテクノロジーは劇的な発達を遂げ、人と人との繋がり方は大きく変わった。

 初めて携帯電話を買ってもらった2001年、白黒の小さな画面で繋がった世界はとても鮮やかだと感動していた頃には、将来自分がロボットをつくる仕事をしているとは思わなかった。1年前にすら想像していない事態だ。

 変化を楽しみ、それを取り込むことが、この険しく果てしないロボットベンチャーの道を行くコツかもしれない。たった1年でこんなにも大きく世界が変わるのなら、10年後20年後、ロボットが私のとなりにいる未来も、そう夢物語でもないのかもしれない。

 次回はめまぐるしく未来へ進むテクノロジーの世界で、今一体何が起こっているのかを報告したいと思う。


7_CESCES2016会場にて

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。