NASAの育休制度-小山宙哉の宇宙兄弟公式サイト

《第19回》宇宙人生ーNASA技術者の日常 〜育休編〜

2016.03.22
text by:編集部コルク
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《第19回》NASA技術者の日常〜育休編〜
前回お届けした「宇宙人生」はNASA技術者の日常〜平日編〜。しかし、現在NASAで働く日本人技術者である小野雅裕さんは休暇中!その名も…”育児休暇”!
『宇宙兄弟』の中でも、ケンジの妻・ユキが第二児をアメリカで出産します。ストーリーの中では、日本とは全く違う環境での子育てに不安を感じていましたが…実際のところ、どうなんでしょう?
今回はNASA技術者の日常〜育休編〜から、小野さんによるNASAやアメリカでの”育児休暇”の仕組みについて解説していただきます!

僕は現在、育児休暇中です。そう、先月に世界一かわいい小さなお姫様が小野家にやってきたのです!!6週間ガッツリと休み、火星のこともローバーのことも忘れて、泣き荒ぶお姫様をあの手この手でなだめ、特盛り・ツユダクのオムツをせっせと交換する毎日です。

そこで今回は、JPLの育児休暇の制度と過ごし方を紹介しようと思います。

JPLの育児休暇
僕の職場ではお父さんもほぼ例外なく育児休暇を取ります。休み方は自分で選ぶことができます。僕はintermittent leave(間欠的休暇)といって、完全に休むのではなく、仕事時間を減らす休み方をしています。具体的には、週に一度だけ出勤し、プロジェクトがちゃんと回っているかを確認して、メンバーに指示を与えています。

期間も自分で選びます。僕は6週間に設定しました。男性の育児休暇としては、僕の職場では標準的な期間だと思います。

お父さんの育児休暇が浸透していることとの引き換えでしょうか、お母さんの育児休暇の期間は日本よりもずっと短いです。期間は人それぞれですが、数ヶ月が一般的でしょうか。その後は生後数ヶ月の赤ちゃんでもデイケア(託児所)に預けて職場復帰します。

アメリカの託児所/保育園の事情については、僕はまだ預けていないので詳しくは分かりません。ただ、日本のように待機児童が社会問題になっているとは聞きませんし、少なくとも同僚の間では保育園が見つからないという話は聞きません。

ただ問題は、コストです。コストは保育園によって本当にピンキリなのですが、まともな保育園に週5日預けると、年に200万円もかかることも珍しくありません。(高い分、それぞれの保育園が特色のある教育プログラムをフィーチャーしていたりします。)アメリカは何でもそうですが、お金さえ払えば、保育園に困ることはない、という感じです。本当に何が良いのか分かりません。

育児休暇の話に戻りましょう。休暇の仕組みも日本とはだいぶ違います。僕の職場では、「育児休暇」といっても、特別な有給休暇が与えられるわけではありません。普段から貯めている病気休暇と有給休暇から引かれるだけです。足りない分は無給休暇になります。ですから、育児休暇とは結局、貯めていた休暇を使う正当な理由が与えられ、かつそれを理由に解雇されたりプロジェクトから外されたりしないことが約束されている、という意味合いでしかありません。

そんなわけで、きっと殆どの先輩パパ、先輩ママが経験されているように、現在僕は可愛いミーちゃんに毎晩睡眠不足にされつつ、賽の河原の石積みのようにオムツを換え続け、腹が減ったと泣けばミルクを与え、抱っこしてほしいと泣けば抱っこし、夜3時にぱっちりと覚醒した目をあの手この手その手で眠らせようと格闘する日々を送っています。

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コルクの皆様からミーちゃんに、アポちゃんをいただきました!!ミーちゃんのはじめてのお友達です!

日本の育児休暇の議論を見ていて思うこと
僕の場合は、育児休暇を取って本当に良かったと思っています。妻は現在は働いてはいませんが、慣れないアメリカでの出産・育児でストレスが溜まりますし、また日米では医者が言うことが微妙に違い、戸惑うことも多くあります。(たとえばアメリカではヘソの緒が自然に取れるまでは風呂に入れるな、と固く言われる。)ですから育児を二人で分担できるメリットは大きいと思いました。そして何より、可愛くて仕方がないミーちゃんの、人生で一番速く成長する時期に、成長の足跡を何一つ見逃さずにそばに居られることが幸せでなりません。

でも、だからといって、日本でも男性がみんな育児休暇をとる「べき」だとは、僕は決して思いません。片方の親が仕事に専念し、もう一方が育児に専念するというのも、ひとつの理に適った分業の仕方だと思います。そのような選択をした夫婦に対し、「あの旦那さん育休取らなかったらしいよ、奥さん思いじゃないのね」なんて後ろ指を差されるようになってしまってはいけません。

夫婦によって事情は本当に様々です。誰の助けを得られるかということも家庭それぞれです。共働きの人、専業主婦/主夫の人、シングルマザーの人、単身赴任の人、同性婚の人、それぞれで最適な子育ての方法は違います。

それなのに、日本はどうも、何かにつけて一律な「作法」や「行動規範」をこしらえるのが大好きな社会のように思います。「このような時には、こうするべき」という暗黙の社会的ルールが、休暇の取り方や就職活動の仕方から、酒の注ぎ方、名刺の渡し方、香典袋の包み方まで、人生の様々な局面を支配しています。

その反動でしょうか。欧米と日本との細々とした違いを指摘し、「アメリカではこうしている、日本は遅れている、だから日本もこうするべき」という論が、馬鹿の一つ覚えのようにネット記事やビジネス書に蔓延しています。そんな話を書けば楽にPV数を稼げます。

しかし、そのような論は結局、今の作法や行動規範を、別の作法や行動規範に置き換えようとしているだけの話です。「こうするべき」という社会的圧力を個人の上に加えていることに、何も変わりません。「日本は遅れている論」を展開している欧米かぶれのライターが、作法や行動規範を求めているという点で極めて日本的であるのは、皮肉なことです。

育児休暇に話を戻しましょう。どうするのが一番良いかは、本当に家庭それぞれなのです。ですから、「どうするべきだ」と、会社や、上司や、親や、義理の親や、テレビのコメンテーターや、自民党のお偉いさんや、欧米かぶれのライターがああだこうだと言うのは、もう止めませんか?どうするのが一番良いかの判断は、単純にそれぞれの夫婦に任せればよいのではないでしょうか?そしてどのような判断を下したにしろ、職場や家族や周囲の人がそれを尊重し、温かく「おめでとう」と言ってあげられる社会になったらいいなと、僕は幸せそうに眠っているミーちゃんの顔を眺めながら、思ったりしました。

(イラスト・ちく和ぶこんぶ)

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コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

書籍の特設ページはこちら!

 

〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
第11回<後編>:宇宙でエッチ
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第12回<前編>:宇宙人はいるのか? 「いないほうがおかしい!」と思う観測的根拠
第12回<中編>:宇宙人はいるのか? ヒマワリ型衛星で地球外生命の証拠を探せ!
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《号外》火星の水を地球の菌で汚してしまうリスク
第14回:NASA技術者が読む『宇宙兄弟』
第15回:NASA技術者が読む『下町ロケット』~技術へのこだわりは賢か愚か?
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