『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第2章 愚者風リーダーシップのススメ (1/3)
『宇宙兄弟』の中でも人気のエピソードとして挙げられることの多い、JAXAの新規宇宙飛行士選抜試験。超難関を突破した15名の受験者たちによる3つのチームで、誰がどのようにリーダーシップを発揮したのか。「賢者風」と「愚者風」という本書ならではのアプローチにも注目です!
しんどくないリーダーシップ、 あります
僕は、ファシリテーターとして数多くの企業経営者やチームリーダー、チームのメンバーと向き合っていくうちに、リーダーシップには大きく分けて2つのタイプがあ ると考えるようになりました。
「賢者風」と「愚者風」です。
賢者風とは、いわゆる優等生タイプ。
頭脳明晰で決断力に長け、先頭に立ってみんなを引っ張りながらチームをまとめて いきます。自我や信念、使命感・正義感が強く、周囲の人たちからもそのように「優秀な人物」として評価されているでしょう。
「リーダーとはこうあるべき」という明確な観念があるので、その理想像に自分を寄せていくために惜しみない努力をします。チームのメンバーにとっては頼りがいがあ り、とても心強い存在です。
また、語る言葉が、他人に対しても自分に対しても「Should(〜しなければ ならない)」で構成されていることが多くあります。
一方、愚者風タイプは、一見すると優秀な人物には見えません。
先頭に立って引っ張るというよりは、「どうすればいいと思う?」と、チームや相手の意見を聞きたがります。具体的なアクションについても、指示や命令ではなく、 「私はこうしたい・こうしてほしい」といったニュアンスで伝えます。
また、自分が完璧でないことを理解しているので、相手にも完璧を求めないし、競争での勝ち負けや優劣をつけることに価値を置かず、常にフラット。
チームのメンバーは、「いつも頼りにしている」という意識はあまりないでしょう。 むしろ「自分が支えている・フォローしている」くらいに思っているかもしれません。
でも、一緒にいるとなぜか物事が「うまくいく」のです。
賢者風と愚者風、どちらが正しいというわけではないですが、僕はあえて、みなさんにこう言わせてもらいます。
「これからは愚者風でいこうよ!」と。
賢者風リーダーシップを発揮するときには、乱暴な表現をすれば「しんどい」が常につきまといます。
「間違えてはいけない」というプレッシャーもそうですし、自分が優秀であることを自負しているため、周囲に対しても同等の評価を求めます。そしてそこにギャップが あると、「正しく評価されていない」と、大きなストレスになってしまうのです。
また、先頭というポジションは1つしかないので、そこに立とうとすれば、主導権争いやマウンティングが起きることも。そうなると、チームの本来の目的達成とは関係のないところで神経や体力をすり減らしながら、周囲からの信頼を得ることに注力しなければならなくなります。
……どうですか?僕だったら、これだけでも相当しんどくなって、リーダーシップを発揮する前に、ステージから降りたくなりそうです。
愚者風リーダーシップのいいところは、この「しんどい」がありません。
そもそも「愚者風」が意味するところは、「愚者のようにふるまう」ではなく、「賢者であろうとする必要がない」ということなのです。
『宇宙兄弟』を読んだことのある方なら、もうピンと来ていますよね。
六太はまさに、この愚者風リーダーシップを発揮している代表的な人物です。
『宇宙兄弟』ファンの中でも、一番好きなキャラクターが六太という人は大勢いると思いますが、その理由が「自信に満ち溢れていて、ブレない強さとカリスマ性に憧れているから」という人はいないはず。(いたらごめんなさい!)
ストーリーの中でも、「さすが六太だな。おまえは本当に頼りになるよ!」などと 仲間から言われているシーンはありません。
それどころか、NASAの訓練教官に宇宙飛行士だと気づいてもらえなかったり、 スタッフから「あともう一人……誰だっけ?」なんて存在を忘れられたりと、かなり微妙な扱いをされています。まれに「ついに自分もリーダーになるときが来た」などと張り切ってクルーをまとめようものなら、「何、急にリーダーぶってるんだい。君 には全然似合わないよ」と、仲間からすがすがしいほどに直球のダメ出しをくらいま す。本書の冒頭でも書いていますが、それでも六太がいると、物事が結果的にうまくいっていることが多いのです。本人はまったく気づいていませんが、六太を取り巻く 人たちの生き方にも頻繁に影響を与えています。たとえ自覚があっても、六太はきっ と、その功績をアピールしたりはしないでしょうね。そんな六太だからこそ、僕をは ひ じめとする数多くの読者が、彼に惹かれているのだと思います。
リーダーの仕事は、メンバーを仕切ったり、命令したりすることではありません。「リード」することなのです。
一般的に見れば、宇宙飛行士はエリート中のエリート。優秀であることが標準装備とされている世界だからこそ、六太の愚者風リーダーシップは意外な効果を発揮し、 仲間たちの心を動かしていきます。
そこで第2章では『宇宙兄弟』の中でもとくに印象深いエピソードを紹介しながら、 愚者風と賢者風の違いを考察していきたいと思います。
そのエピソードとは、JAXAの「新規宇宙飛行士選抜試験」です。
それは、次のような流れで進みます。
書類選考
↓
1次審査(筆記試験)
↓
2次審査(面接・医学検査)
↓
3次審査(最終選考)
最終選考では、残った 人がA〜Cの3つの班に分かれて、ISSを想定した閉鎖 環境ボックス内で2週間過ごします。ここでさまざまな課題をこなすのですが、室内の様子はカメラによって時間、管制チームに監視・分析されています。
六太はA班。1次審査で仲よくなった真壁ケンジはB班になりました。
互いの健闘を祈りつつ閉鎖環境ボックスへと向かった六太とケンジですが、この時点でJAXAから、「最終日が来たら各班互いに話し合いをして——全員意見一致の もと、5人の中から2人だけ宇宙飛行士にふさわしい者を選んでください」というミッションが与えられていました。
協力して課題に挑むメンバーは、仲間であると同時にライバルでもあるという極限の状況で、それぞれがどのようにリーダーシップを発揮していくのか——? さっそく考察していきましょう!
〜心のノート〜
リーダーシップを発揮するときは、 賢者風より愚者風のほうがうまくいく。
5人のチームなら、リーダーは5人
閉鎖環境ボックスでの生活が始まり、各班でまず議題となったのは、どのような方法で選抜者2名を選ぶかということでした。
六太のいるA班は、最年長である福田直人の「無理して今決めなくていいんじゃな いかな」というひと言で、未定のままスタートします。
ケンジのB班は、溝口大和の提案により課題成績の点数制に、C班は投票制を選択しました。
ランニングマシーンで走りながらの計算や、パソコンでの入力作業など、一風変わった課題をこなしていく中で、ケンジは一方的に溝口からライバル視され、2人は何かと意見が嚙み合いません。挑発的な溝口の態度に戸惑いを感じ、班の微妙な空気に疑問を抱きながらも、どうすべきか突破口が見えないケンジ。一方、A班の六太は、 メンバー4人を観察することで、それぞれの人柄を理解しようとします—— 。
六太から「まだ青春してやがる」と突っ込まれるほど、爽やかで熱い男・ケンジ。 彼は、賢者風リーダーシップを発揮するタイプです。
「人として正しくあるべき」という思いが強いので、きっと学生時代から人望もあり、 クラスのみんなから頼られる存在だったと想像できます。これは僕の勝手な憶測ですが、女性にもモテたはず! しかも複数の女性から告白されても、二股や浮気など絶対にしないでしょう。「曖昧な態度はかえって相手を傷つけるから」などと言って、 爽やかにハッキリ、断りそうですね。
そして同じB班の溝口もまた、賢者風タイプです。
彼の場合は自分の有能さを理解していて、エリート意識も強い。その能力の高さを 周囲に知らしめることで先頭に立ち、チームをまとめようとする傾向があります。論 理的で頭の切れる溝口の発言は常に正論なので認めざるを得ませんが、内心は快く思 っていない人もいそうです。 このB班のように、1つのチームに賢者風タイプが複数集まると起こりやすいの が、先述した主導権争いやマウンティングです。
溝口はメンバーに対して早々に優劣をつけ、最終日に選ばれるのは自分かケンジ、 北村絵名の3名のうちの誰かと踏んでいました。中でも自然とチームを仕切ろうとするケンジに対して、「気に食わない」「ジャマだ」と感じていたのです。船頭は自分1人で十分だ、ということなのでしょう
溝口からの大人げない対抗心にうまく対処できないケンジは、エネルギーを奪われ、 本来の実力を発揮することができません。ここからしばらく、ケンジの迷走が始まっていきます。
結果、B班はJAXAの管制チームが「頭脳明晰なほうを集めた」と発言しているにもかかわらず、5日目にはA班やC班に比べて明らかに活動量が落ちていました。 これは水面下で行われている主導権争いのせいで、チームが機能不全に陥っていることへの危険信号とも受け取れます。
2名の選出方法を「点数制に」と主張したのは溝口ですが、ケンジ以外のメンバーはそれを「公平」だと判断しました。メンバーの脳内には、この時点ですでに「競争」 という2文字がインプットされてしまったのかもしれません。
さて、六太のいるA班はどうでしょう?
最年長で温厚な性格の福田がなんとなくリーダー的なポジションにいるものの、B 班ほど明確ではありません。そのときどきで発言した者の意見が取り入れられ、物事を決めていくスタイルです。
「まずはもう少しお互いを知るためにも改めて自己紹介から始めてみようか」
福田のこの提案をメンバーが自然と受け入れて、流れができていきました。
これこそ、愚者風リーダーシップです。彼は、「現在時刻を推測する」という課題でも、1人だけ答えが違う六太に、「なぜそう思うのか?」を聞こうとしました。そ の結果、正解を導き出せたのです。
さらに、2名の選出方法を無理やり決めなかったことで、個々の心理面での葛藤はあるものの、チーム内の競争意識は低く、序盤は課題に集中できています。
六太は新田零次に課題で勝とうと奮闘していましたが、その理由が、新田に自分のことを「(日々人の)お兄ちゃん」ではなく「ムッちゃん」と呼ばせたいから……。
あまりにほのぼの過ぎて、ケンジのいるB班に放り込みたいくらいです。
A班の特徴は、発言力の強さに優劣がないこと。
特定の人物ばかりが発言をするといったバラつきがなく、5人全員が意見を出せる雰囲気があります。ちなみにB班では、最年少の富井竜之介がケンジから意見を求められた際に、「僕……しゃべってもいいんですか」と発言しています。本人の性格による面も大きいものの、発言に対するハードルがA班よりも高いことは明確です。
こうした各班の様子をカメラで観察している管制室のスタッフのセリフに、
「指導者が違えば方針も違ってくる。その国独自のルールができあがる」
とありますが、まさにその通りのことが起きていたのだと思います。
「チームの先頭に立つ」ということは、本人が意図していなくても、少なからずほかのメンバーとの位置関係に差が生まれます。依存体質のメンバーならば、それがラクだと思うでしょう。でもB班のように「優秀である」という自覚を持っている人たちが集まると、必ずしもこのスタイルが機能するとは限りません。溝口のような賢者風 タイプはとくに、自分より能力が劣っていると感じる者をリーダーと認めようとはし ないですからね。
能力の優劣でリーダーを作り出そうとした結果、そこに「競争」が生まれてしまうのです。
愚者風タイプは、「ここは自分の出番だな」と感じたときにだけ、リーダーシップ を発揮します。誰かが先頭に立つこともありますが、固定ではなく、全員がそのポジ ションを持ち回りしていくので、それぞれが自分の持つ強みを活かすことができます。
「競争」ではなく「共創」。
チームを共に創り上げながら、目的達成へと向かっていくことができるのです。
〜心のノート〜
賢者風は、「先頭に立って」チームを引っ張ろうとし、愚者風は、人の上に立たず「自分の出番を待つ」。
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宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。
カリスマ的な存在感もなく、リーダーとは無縁のタイプ。でもなぜか“彼”がいると、物事がうまくいく……。累計2000万部を誇る人気コミック『宇宙兄弟』に登場するキャラクターや数々のエピソードを、「リーダー」という視点から考察した書籍『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』。目まぐるしく変化し先が見えない現代で、「正解」を模索する人たちへの生き方・働き方のヒントとなる話題の本書を、『宇宙兄弟』公式サイトにて全文公開!
<著者プロフィール>
長尾彰・ながお あきら
組織開発ファシリテーター。日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科(心理臨床カウンセリングコース)卒業後、東京学芸大学大学院にて野外教育学を研究。
企業、団体、教育現場など、20年以上にわたって3,000回を超えるチームビルディングをファシリテーションする。
文部科学省の熟議政策に、初の民間ファシリテーターとして登用され、復興庁政策調査官としても任用されるなど幅広い分野で活動している。