宇宙飛行士の採用基準

宇宙飛行士の採用基準

JAXAの山口さんが宇宙飛行士の選び方と育て方、そして宇宙開発の最先端を語ります。

《第10回》宇宙飛行士の採用基準ー「飛べる人材」の育て方

《第10回》宇宙飛行士の採用基準ー「飛べる人材」の育て方

第10回
「飛べる人材」の育て方

『宇宙兄弟』では、ムッタに飛行操縦を教えてくれたヤンじいや、先輩宇宙飛行士のビンス、技術者のピコなど、個性あふれるインストラクターたちがムッタの成長を導いてくれましたよね。
JAXAの現役職員である山口孝夫さんの同名著書よりお届けする「宇宙飛行士の採用基準」第10回は、宇宙飛行士を”飛べる人材”に育てる、訓練インストラクターの仕事についてご紹介します♪
宇宙飛行士が、宇宙での様々なミッションをこなせるように、数多くの訓練で育てていくインストラクター。世界トップクラスの人材である宇宙飛行士を相手に、上手に訓練を教えるためには、インストラクターにはどのような素質が必要なのでしょう…?
ムッタの訓練シーンと師匠たちを思い出しながら、読んでみてくださいね。

 

優秀な人材であるほど高いレベルのメンテナンス、つまり十全な訓練体制が必要です。いくらライト・スタッフを備えた適格者を選んだとしても、正しく教育されなければ宝の持ち腐れです。今回は、宇宙飛行士をどのように「飛べる人材」に育てるかをお話しします。

 

■「宇宙の飛び方、教えます」訓練インストラクターの仕事

 

宇宙飛行士にも先生がいます。ひとりは、自分が理想とする先輩宇宙飛行士そのものです。訓練でいっしょになったときに、先輩宇宙飛行士に自分の能力を認めてもらって、未来のパートナーを見つけることはとても大切なことです。そしてもうひとりが、「インストラクター」です。

宇宙飛行士がインストラクターになる場合もありますが、インストラクターのほとんどは民間企業の技術者です。技術者出身のインストラクターは、もちろん宇宙へ行った経験はありません。つまり宇宙飛行士ではない人が宇宙飛行士を教えるケースもあるわけです。一見奇妙に思われるかもしれませんが、宇宙飛行士が宇宙での様々なミッションをこなすプロフェッショナルであれば、彼らインストラクターは宇宙飛行士を育てるプロフェッショナルとして特殊な教育を受けています。彼らはそれぞれ別のプロフェッショナルとして、訓練の場で働いているのです。

 

まずは、私が国際宇宙ステーションに加えて、他業種を調査して「インストラクターに求められる資質は何か?」をまとめた結果を紹介します。

インストラクターには「育てるプロ」としての訓練があるほか、指導面、人格面、知識・技量面で様々な厳しい資質要求があります。たとえば少々聞き慣れない「人格面」という要求では、「被訓練者(宇宙飛行士)と良好な人間関係を形成し、円滑な訓練運営を推進できること」を定めています。そして「良好な人間関係」においては、特別な場合を除き、被訓練者と緊張関係を持たないことを大切にしているのが特徴です。つまり、いわゆる〝生徒と先生〟や〝上司と部下〟という関係性を、訓練に持ち込まないということです。

職場の「育てる」シーンで良く語られるものに「『怒られて伸びるタイプ』と『褒められて伸びるタイプ』がいる」がありますよね。しかし、育てられる側の部下が「私は褒められて伸びるタイプなんです」と上司に言っても、「いや、君は怒られて伸びるタイプだよ」と言われてビシバシしごかれる……ということが往々にして起こります。

この上司の判断が正しい場合も、そうでない場合もあるでしょう。しかし心理学的な分析では、「怒られて伸びる」可能性はあまり高くないようです。

 

実は、怒られるとその場では確かに被訓練者に学習が促されるのですが、長期的な視点で見ると、怒られて学んだことは忘れやすく、身につかないということが訓練の現場ではよく見られます。さらに、学習したことの応用力も低下するようです。

怒られて学習したものというのは、被訓練者の脳内では「訓練者が怖いから覚えている」からだと私は考えています。

つまり、「怖い」という感情と「覚える」ことが重なって学習されてしまっているために、怒られた時のような「怖い」感情が呼び起こされない限り、「覚えた」ことが上手(うま)く使えなくなり、応用力が下がるのではないでしょうか。

宇宙飛行士の場合に置き換えると、たとえば訓練などで「このような状況が起こった時、必ずこのボタンを押せ。わかったか!」とインストラクターに強く言われたとします(実際にはこんなことは決して言いません)。すると宇宙飛行士は実際の軌道上のミッションで「このような状況」が起こった時、このインストラクターへの恐怖、すなわち「わかったか!」がなければ「必ずこのボタンを押す」ことを実行できなくなってしまう可能性があるということです。これは宇宙では重大な事故すら招きかねない、非常に危険なことです。少し大げさな表現をしました。ですが、みなさんの職場で、このような事例を見かけたことはありませんか。

心理学的には、信頼関係のある訓練者に、穏やかでストレスがかかっていない状況で教えられるほうが、被訓練者の頭にも入りやすく覚えやすい上に応用が利くとされています。

したがって宇宙飛行士の場合は「怒って伸ばす」わけでもなく、「褒めて伸ばす」わけでもありません。インストラクターは常に言葉を選びながら、宇宙飛行士を正しく信頼して教え、「良好な人間関係」を構築するということに力を注ぎます。その上で、相手がうまくできれば褒めることもありますし、逆に命に関わるようなミスに限っては強く注意することもあります。

相手が心を開き、心理学的によい学習が促されることを最も大切にするように、インストラクターは教育されています。

 

したがってインストラクターの資質要求には、宇宙飛行士との信頼関係を構築するための教養知識はもちろん、ユーモアのセンスが求められます。信頼関係は訓練中だけではなく、訓練以外の時間、たとえば昼食での雑談あるいは夜の飲み会などでも育(はぐく)まれます。

いかに訓練でうまく教えられても、一般的な会話に教養がない人や、ユーモアがなく退屈な人、無口な人はインストラクターには不向きです。世界トップクラスの人材である宇宙飛行士と、何でも気軽に言い合える信頼関係を構築することも、インストラクターの重要な資質であり仕事なのです。

 

■ 宇宙飛行士の通知表

 

JAXAで宇宙飛行士を育て始めた初期の頃は、インストラクターの中には宇宙飛行士に「これは、どういうことですか?」と聞かれた時に、うまく答えられなかった場合、どうしてよいのか戸惑ったり、宇宙飛行士が他のことに気を取られて訓練に集中できていないとき、それを注意するのをためらったりする人がいました。宇宙飛行士を神様のように特別視してしまっていたことで、しなくてもよい遠慮をしてしまったからだと思います。

しかし教える側にとって一番いけないのは、不確かな情報を確認せずに伝えたり、誤った行動を注意しないで放っておくことで、被訓練者に間違ったことを教えてしまうことです。間違ったことを学習したまま宇宙飛行士が実際のミッションに入ってしまうことは危険なことです。こうしたことを防止する上でも、土台となるものが、ユーモアを含めた、何でも言い合える信頼関係の構築なのです。

もちろん、聞かれてすぐに答えることができないことばかりのインストラクターでは困ります。何を質問しても「あとで調べてから」なんて先生に言われたら、誰しもリズムが狂ってしまいますから、宇宙飛行士が何を聞いているかをすぐに把握する理解力と技術力も、インストラクターに求められる資質だと言えるでしょう。

 

また、インストラクターは宇宙飛行士の訓練成績も評価しなければなりません。評価の一例として、宇宙飛行士の〝通知表〟では、このような5段階評価をしています。

 

・Excellent……すべてのタスクを容易にクリアした。合格。

・Good……ほぼ問題なくすべてのタスクをクリアしているが、一部のタスクについては不備があるため、追加訓練が要求される。

・Acceptable……タスクはクリアしているが、課題は残している。この宇宙飛行士についてはさらなる訓練が必要である。

・Weak……もう一度、時間をかけて再訓練が必要である。

・Not Qualified……すべてのタスクにおいて、不十分である。

 

これらの成績は、もちろん宇宙飛行士が自分の達成度について一喜一憂するためだけのものではありません。

国際宇宙ステーションの宇宙飛行士は、世界各国の宇宙機関で訓練を受けます。もしもNASAでの訓練で、JAXA宇宙飛行士が「Not Qualified」を取ってしまった場合、NASAの訓練担当責任者からJAXAの訓練担当責任者に連絡があります。

その後、NASAと協力して「Not Qualified」になった原因を調査します。宇宙飛行士だけが原因とは限らないからです。訓練教材や訓練設備が不適切な場合、あるいはインストラクターの教え方が悪かった場合など、様々な原因が考えられます。

調査の結果、宇宙飛行士の能力低下が原因だと判断されると、「多数者間搭乗員運用パネル」(Multilateral Crew Operations Panel、通称「MCOP(エムコップ)」)で、各国の宇宙機関の代表者が一堂に会して審議が行われます。本会合の結論は、すべての代表者の意見が一致するまで話し合いが行われます。もし、意見が分かれた場合には、国際宇宙ステーション計画で最上位に位置する会合である「多数者間調整委員会」(Multilateral Coordination Board、通称「MCB」)で再審議されます。審議の結果、「搭乗不適格」と判断されると、宇宙飛行士は国際宇宙ステーションの搭乗資格を失います。

長々と説明してしまいましたが、宇宙飛行士の搭乗資格の取り消しは、多くの人たちが関与して、公平かつ慎重に審議が行われることがわかると思います。つまり、宇宙飛行士の訓練成績の評価は、一人の宇宙飛行士人生を左右するだけではなく、多くの人の時間と労力を費やすことになるのです。

 

こうした理由から、評価方法に統一性と公平性を持たせるため、インストラクターは実際の訓練で宇宙飛行士に評価を下すまでに、「評価の方法」をしっかりと身につけます。

初期の有人宇宙飛行の時代には、インストラクターによって評価のばらつきがあったことが問題になり、宇宙飛行士が「自分の訓練評価について疑問がある」と訴えていたこともありました。そこで得た教訓を生かし、国際宇宙ステーションでは今は正しく評価ができることを確認した上で実際に教え、評価する体制になっているのです。

 

このように宇宙飛行士を「飛べる人材」に育て上げるインストラクターにも、非常に高いレベルが要求されていることが見て取れると思います。インストラクターは宇宙飛行士ではありませんが、宇宙飛行士を育てるプロとして、宇宙飛行士から絶対の信頼を置かれる存在でなければなりません。

宇宙飛行士は、インストラクターに教えてもらうことによって、はじめて宇宙へ行くことができるのですから。
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この連載記事は山口孝夫著『宇宙飛行士の採用基準-例えばリーダーシップは「測れる」のか』からの抜粋・一部改稿です。完全版はぜひリンク先からお買い物求めください。41fO7W2PoTL._SX312_BO1,204,203,200_

<著者プロフィール>
山口孝夫(やまぐち・たかお)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙ミッション本部宇宙環境利用センター/計画マネジャー、博士(心理学)。日本大学理工学部機械工学科航空宇宙工学コースを卒業。日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士前期/後期課程にて心理学を学び、博士号(心理学)取得。1987年、JAXA(当時は宇宙開発事業団)に入社。入社以来、一貫して、国際宇宙ステーション計画に従事。これまで「きぼう」日本実験棟の開発及び運用、宇宙飛行士の選抜及び訓練、そして宇宙飛行士の技術支援を担当。現在は、宇宙環境を利用した実験を推進する業務を担当している。また、次世代宇宙服の研究も行うなど幅広い業務を担う。著書に『生命を預かる人になる!』(ビジネス社)がある。

—宇宙飛行士の採用基準—
《第9回》宇宙飛行士の採用基準ー宇宙飛行士選抜試験の採点方法