UFOの音をフィールド・レコーディングしていた!宇宙兄弟

兄弟が宇宙飛行士になることを誓ったあの夜。彼らはUFOの音を「フィールド・レコーディング」していた!

2015.11.10
text by:編集部コルク
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これは宇宙兄弟の第1話。SFファンタジーなのか、家族ドラマなのか。どちらともとれるような序章で、この物語は始まった。

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このUFOらしきものを目撃した夜、兄弟は宇宙飛行士になることを共に宣言する。その誓いは、兄・ムッタが抱えているテープレコーダーに、UFOらしきもののノイズと共に録音されているのだが……ちょっとまて。彼らはどうして、テープレコーダーなんて抱えていたのだろうか?

きっと、カメラでは夜撮影できないし、ビデオは持っていなかったのだろう。でも、好奇心旺盛な兄弟は、何が何でも自分たちの冒険を記録しておきたかった。だから家にあったテープレコーダーを担いで飛び出し、この奇跡の夜を保存したのだ。

その音源が、後々自分たちの「お守り」になることを、まるで予知していたんじゃないか……というほど。その用意周到さは、さすがムッタ、という感じ。

このシーンを見て「これはフィールド・レコーディングだよ!」と教えてくれた人がいた。彼の名前は蓮沼執太。アメリカと日本で活躍する、環境音や電子音を題材に曲作りを行う音楽家だ。

ところでその「フィールド・レコーディング」という言葉をご存知だろうか?

スタジオなどの室内で楽器の音などを録音する一般的なレコーディングとは異なり、録音機材を屋外に持ち出して、環境音などを録音するもの。環境音というのは様々で、雨の音、波の音、山で奏でられる小鳥や鈴虫の声、etc…。

たとえば、坂本龍一はアイスランドの氷河の中にマイクを入れて「パキパキ…」という氷の溶ける音を録音し、楽曲にしたらしい。少年ムッタが録音した「ザザザザザ…ピイイィィィィィ……」も、かなり立派なフィールド・レコーディングといえる。

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蓮沼「フィールドレコーディングの面白いところは、自分が気づかないようなリズムが入っているところ。中には『こんなこと起こるはずじゃなかった!』というノイズが出てきたりして……でもそのノイズこそ貴重で、それをいかに面白く受け取って曲にしていけるか……という勝負をしています」

大人になったムッタは、録音されたUFOらしきノイズを聴いて、目を覚ますかのように再び宇宙飛行士を目指し始めた。でももし蓮沼さんのような音楽家からすれば、このノイズは、生唾ものの「音の宝」であっただろう。ここから何か新たな楽曲を生み出すに違いない。

冒険する宇宙飛行士と、未知の世界を描く音楽家。その方向性は大きく違っていても、この世界に好奇心を抱き、開拓する姿には通じるものがある。

音楽家が宇宙に想いを馳せていくと、どんな景色が見えるのか?11名のミュージシャンによるコンピレーションCD 『MUSIC FOR A DYING STAR』の中に収録された蓮沼さんの楽曲『#31-#40』について、お話を伺った。

蓮沼さんの描く宇宙音楽は、どんなメロディになったのか? 宇宙兄弟中で最も暗く美しい「あのシーン」とあわせて、お楽しみいただきたい。

※アルマ望遠鏡のプロジェクトに関しては、こちらの記事で詳しく解説しています!

■宇宙の時間軸を表現するため、何度も何度も重ねた音

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——今回は地球から950光年離れた位置にある「死にゆく星」からの電波…をもとに作られたオルゴールが題材となりましたが、最初この素材をどのように受け取られたのでしょう?

蓮沼:そうですね。950光年向こうからここまでやって来るデータと、僕らが耳にする音楽とでは、時間軸が全く異なりますよね。宇宙の時間は、あまりにも長い。

だから元の題材となったオルゴールを聴いたとき、これではシンプルすぎるな……と感じたんです。宇宙の時間軸を表現するには、もっともっと、複雑な何かが必要なんじゃないか、って。

それをアナログな手法で再現することは難しくても、コンピューターを使って何度も何度もループさせることで、厚みを出していくことは出来るのでは? と考えました。元のオルゴールの音源を何回も何回も転調して、音や形を変えて、人間の時間感覚とは異なる音楽を探していった感じです。

——なるほど…!人の手で表現できないものをコンピューターに託すというのは、面白いです。蓮沼さんの楽曲は一定のテンポがある中で、ずーっとメロディがループしているから、自分の位置が不安になるような感覚に陥ります。

蓮沼:そうですね。ループ感というのはすごく意識していて。人間の血液が巡ったり、宇宙でも星が生と死のサイクルを繰り返したり、そこに始まりと終わりがなくて、ずっとつながっている。

■日々人が谷底から見上げた、宇宙で一番美しい星空とともに

——人間と宇宙とか、生と死が、ずーっと繋がるような印象です。だから、今回『宇宙兄弟』の1シーンを選んでPVを創ることになった際、あのシーンを選ばれたのでしょうか。

蓮沼:日々人が月の谷底から、星空を見上げるシーンですね。

——日々人の感動と絶望が共存したような心境と、この楽曲のキラキラとした美しさと不安定なノイズが、なんだかシンクロするようです。

■リピートしながら聴くと、眠くなって……

——今回は11名ものミュージシャンが参加するコンピレーションCDの制作でしたが、あらためて完成したものを聴いてみて、いかがでしたか?

蓮沼:そうですね。最初は、オルゴールを題材にしたアルバムということで、耳障りの良い楽曲が多いのではないか……とも思ったのですが、その懸念は吹き飛ばされましたね。

それぞれの楽曲が予定調和することなく、個性を出していた。でも、不思議と1枚のアルバムとしての統一感も生まれています。細かい話をすると、これはマスタリングの腕が良いから…ということでもありますが。(マスタリング=楽曲の音質や音圧を最終調整するエンジニアの作業)

このアルバムはなぜかリピートしながら聴きたくなるし、そしてずっと聴いていると眠ってしまう……。

——「眠くなる」というのはみなさん仰っています(笑)。

蓮沼:そうですよね。でもやっぱり、宇宙の音楽を聴いて眠ると、いい夢見れそうじゃないですか。

宇宙=無限のループ、という想像はすごくベタなんですが、でも僕ら人間が想像するベタな「宇宙らしさ」というものは、信じてもいいんじゃないの? と思っていて。みんなが共通して楽しめる「宇宙のイメージ」には、100年後にも続くロマンがあると思うんですよね。

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「この先にはどんな景色があるのだろう?」

そんな未知への探究心が、時には芸術を創り、時には人類を宇宙に連れ出していく。好奇心を忘れてはダメだ!と、少年のような大人を見るたびに思わされる。

11名のミュージシャンが想像した、それぞれの宇宙が詰まったアルバム『MUSIC FOR A DYING STAR』。秋の夜長に、ループ再生しながら眠りにつくと、素敵な景色が観られるかもしれない。

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→MUSIC FOR A DYING STAR – ALMA MUSIC BOX × 11Artists《宇宙兄弟星座早見盤付き 200枚限定》

塩谷舞( @ciotan

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