私の名前は酒井ひとみですーALSと生きるー

私の名前は酒井ひとみですーALSと生きるー

ALS(筋萎縮性側索硬化症) の患者である酒井ひとみさんの、日常と病気との向き合う様子が綴られたエッセイ

二つの決心 【第八回】私の名前は酒井ひとみですーALSと生きるー

二つの決心 【第八回】私の名前は酒井ひとみですーALSと生きるー
『宇宙兄弟』に登場するシャロンと同じALS(筋萎縮性側索硬化症)患者である、酒井ひとみさん。ALSの確定診断をドクターから受けた後、彼女は大好きな家族と離れようという決心、そして呼吸器をつける決心をします。ALSだと診断を受けてからずっと心の中で考えていた思いと結論を、ご主人に打ち明けます。

教授からALSだと告知を受けたとき、私は人生で一番泣いた。それまで、他人のことを思って泣いたことはあれど、自分のことを思って泣いたことは一度もなかった。でも、自分がALSで、その病から逃れることが出来ないのだと観念したとき、私は涙を止めることができなかった。

そして、私は二つの決心をした。万が一ALSであれば、向き合わねばならないと、何度も心の中では予行練習をしていて、それを実行するときがきた。

初めて口にすることができた相手は、病棟のナースさんだった。そして、やっと固まってきた自分の決心を主人にも伝えなくてはいけない。

主人がなんと返事をしてくるのか? 全く想像がつかなかった。

 

私は主人と別れる覚悟を決めた。よく考えての決断だ。これからの人生のほうが長い。私の介助に、主人の大切な時間を費やしほしくない。

今まで別れ話を切り出すことができていなかった。何度も別れようと伝えようと思ったが、主人が仕事をやめて私の介護に専念し、毎日私のそばにいてくれるのが本当に嬉しかった。嬉しすぎて、別れたくないという弱気な気持ちを抑えることができなかった。それでも、告知をきっかけに、自分の心を固めることができた。

ナースさんから、「今後どうしようと思ってるのか」と聞かれ、初めて素直に自分の本音を話すことができた。

告知の時に、散々泣いて、涙は枯れたはずだった。それでも、ナースさんと話しながら、自然と涙がほほを伝っていて、止めることができなかった

「私はまだ生きたい」、「主人には、私と別れて好きに生きてほしい」と心の中で何度も唱えていたセリフを、はじめて外に向けて発した。

告知された次の日に、主人は病院にやってきた。私はなかなか話始めることができなかった。周りにいるナースさんや、母、妹が、私が切り出せるように、手助けをしてくれた。それで、やっと、どうにか言うことができた。

「私と別れよう」。

主人は首を縦に振ることはなかった。心の中のどこかで、主人が断ることは想定内だった。断られて、うれしかった。やっぱりこの人と結婚して良かったと、心底思った。

もう一つ、私には確認しておきたいことがあった。「私はまだ生きたい」と思っている。呼吸器をつけることを主人に賛成してもらえるか、確認をしなくてはいけなかった。

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病院で入院中に開かせてもらった、家族とのクリスマスパーティーの様子

 

「私に呼吸器を付けてほしいか」と問いかけた。何回聞いても主人は、頑に「お前が決めることだから」と言って、一言も自分の意見は言わなかった。そして、「お前がつけて生きていくなら、俺はできる限りのサポートをしていくよ」とだけ繰り返し言い続けた。主治医からは「肺は正常の人の30%しか動いていない」と言われていた。生き続けたいのなら、呼吸器をつけるしかない。

心強いサポーターが、そばにたくさんいる。ナースさん、母、妹、そして主人と話してそう確信できた私は、告知をされた1週間後にみんなに話し、呼吸器をつける練習を始めた。

主治医に呼吸器をつけて生きていくことを話した時、病室からは、真っ青な雲一つない綺麗な秋の空が見えた。その空は、ベッドに寝たきりだから見えたそらで、そうでなければ見えない空だった。その空は私の心のそのもので、これからもずっと忘れることがない。これからもどんなに辛いことがあっても、あの時の空を思い出して頑張れる気がするのだ。

当時の私の気持ちを今、振り返ると、強がりで決して本心ではなかった。別れたくなどないのが、本心だった。本当に昔から寂しがりやの私が、一人で生きていくなどとは到底考えられない。

今の自分がこの世に存在しているのは、家族のお陰だなと心から思う。家族がいなければ、呼吸器を付けて生きて行こうという決心をできなかった。

主人に別れ話を切り出された時、どう思ったかを今、改めて聞いてみた。そうしたら、「全く別れる気がなかった。自分が病気のひとみを捨てて、別れる奴だと思われてるのかと思って、腹が立ったよ。」との答えが返ってきた。呼吸器のことで意見を言わなかったのも、「生きてくれっていうのは、簡単だ。でも、ALSで生き続けるのは、生き地獄だ。それを他人が決めるのは無責任で、ひとみ本人に決めてもらいたかった」と返ってきた。

私は、この人と結婚して本当によかった。

私達夫婦は決して平坦な道を歩んできたわけではない。でも、今日は主人に感謝。そのことは、別の機会に書こうと思う。

(つづく)


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<著者プロフィール>
酒井ひとみ
東京都出身。2007年6月頃にALSを発症。”ALSはきっといつか治る病気だ”という強い意志をもちながら、ALSの理解を深める為の啓蒙活動に取り組んでいる。仕事や子育てをしながら、夫と2人の子供と楽しく生活している。

これまでの回を読む
第一回▶ 私の名前は酒井ひとみです ーALSと生きるー
第二回▶ ALS発症と、最初の受診
第三回▶ せめて病名さえはっきりすれば…
第四回▶ 思うように動かない体…私は何の病気なの?
第五回▶ 突然の宣告と初めての涙
第六回▶ 私がママだ!!
第七回▶ ぬぐえない涙