【KAGAYAフォトエッセイ『一瞬の宇宙』】第一章 宇宙の中の小さな自分に出会う 〜スーパームーンを追って東京八王子へ(2/3)大きく写すために離れる〜 | 『宇宙兄弟』公式サイト

【KAGAYAフォトエッセイ『一瞬の宇宙』】第一章 宇宙の中の小さな自分に出会う 〜スーパームーンを追って東京八王子へ(2/3)大きく写すために離れる〜

2018.07.25
text by:編集部コルク
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『宇宙兄弟』の公式サイト連載がきっかけで出版されたKAGAYAさん初のフォトエッセイ、『一瞬の宇宙』。

忙しかったりつらかったり、悩んでいたり、ひたむきにがんばっている方にこそ、ほんのひと時でいいから空を見上げてほしいーー

宇宙兄弟公式サイトでは、世界中で星空を撮り続けるKAGAYAさんのこのフォトエッセイを大公開します。

大きく写すために離れる

スカイツリーに昇る巨大な月を撮るためには、スカイツリーから遠く離れなくてはなりません。

月は、東京で見ても、ハワイで見ても、イギリスのロンドンで見ても同じ大きさに見えます(厳密にはわずかに違うのですが、肉眼で違いはわかりません)。月の見かけの大きさは、地球上のどこでもほぼ同じです。「見かけの大きさ」というのは、月の直径が何キロメートルという実際の大きさではなく、見る人からどのくらいの大きさで見えるか(視直径といいます)ということです。月はあまりに遠く、地球上のどの場所から見ても見かけの大きさは変わらないのです。

一方でスカイツリーは、そのふもとからは見上げるほど大きく見えますが、電車にほんの数十分乗って離れた場所から見れば、小さく見えます。どれだけ走っても小さくならない月、走るほどに小さくなるスカイツリー、この見かけの大きさの違いを利用して撮影するのです。

スカイツリーから十分に離れて、望遠レンズでスカイツリーと月を撮影すると、巨大な月がスカイツリーのそばにあるように見える写真が撮れるというわけです。

わたしが選んだ場所は、八王子の山中、スカイツリーから約40キロメートル離れた地点。そこから2015年9月28日のスーパームーン(楕円軌道を描く月が、地球に最も近づくときと満月とが同じ日になった場合、最も大きな満月が見られる)を狙う計画を立てました。

当日わたしは車に撮影機材を積み込み、地図上で探した撮影地点を目指して走りました。

次第に細くなる道に入ってゆくと、目的地の周辺は木が生い茂っていて、スカイツリーが見えません。撮影場所探しには根気がいります。候補地をいくつも調べておき、早めに現地に着くようにして探し回ります。

候補地を一つひとつ巡りましたが、どこも木が生い茂っていて、とても撮影できそうにありません。「これはダメかな……」と半ば諦めかけていたそのとき、

「こんなところに何しに入ってきたの?」

山の中の自動車整備工場から作業服を着たおじさんが出てきて、窓越しに呼び止められました。おじさんはわたしの車を見回しながら、

「最近、このあたりはゴミの不法投棄が多くてね」

とつぶやきました。わたしは、行き止まりの山道に見かけない車が入ってきたのだから怪しまれても仕方ないなと思いつつ、もしやと思い、思い切って尋ねました。

「風景写真を撮りにきたのですが、このあたりでスカイツリーが見られるところを知りませんか?」

おじさんはハッと驚いたような表情を浮かべて、

「無いでもない」

と言いました。わたしが「えっ!? 教えていただけませんか!」とお願いすると、おじさんはわたしに、なにか身分を証明できるものはないかと言います。わたしがたまたま持っていた自分の写真集『星月夜への招待』を見せると、さっきまでいぶかしげな顔をしていたおじさんは、みるみる明るい表情に変わり、「あんた、すごいね」と言って喜んでくれました。

おじさんはわたしの車を工場の中に置かせてくれて、スカイツリーが見える場所へ案内してくれました。

「今日は何か特別な日なの?」
「スーパームーンが見えるんです。スカイツリーと重なって見えるスーパームーンを写真に撮りたくて来ました」
「こっちだ。この隙間から見えるんだ。今日は霞が出ていて見えないけどね」

そう言われたところは、視界は狭いけれど確かに遠くまで見通せる場所でコンディションさえ良ければスカイツリーも見えそうでした。

被写体と約40キロメートルも離れていると、その間の空気の量は相当なものになります。たとえ晴れていたとしても、空気がよほど透明でないと、霞となって被写体を隠してしまいます。

あいにくこの日はコンディションが良くなかったため、スカイツリーは諦め、スーパームーンだけを撮って帰ることにしました。その一部始終を見ていたおじさんは、

「ちょっとうちの工場に寄っていきませんか?」

と誘ってくれました。工場の中にあったパソコンでおじさんは写真を見せてくれました。一つひとつ開けて見せてくれたファイルの中には、スカイツリーが建設されてゆく姿を追った、たくさんの写真がありました。なんとおじさんの趣味はここからスカイツリーの様子を撮影することだったのです。

わたしは偶然に感謝しながら、おじさんにお世話になったお礼に写真集をプレゼントして、「いい場所を教えていただいてありがとうございます。また月とスカイツリーが見えるタイミングに、来ようと思います」と言って別れました。

(つづく)

 

KAGAYAフォトエッセイ『一瞬の宇宙』連載はこちらから

 

KAGAYAプロフィール
1968年、埼玉県生まれ。
絵画制作をコンピューター上で行う、デジタルペインティングの世界的先駆者。
星景写真家としても人気を博し、天空と地球が織りなす作品は、ファンを魅了し続け、Twitterフォロワー数は60万人にのぼる。画集・画本
『ステラ メモリーズ』
『画集 銀河鉄道の夜』
『聖なる星世紀の旅』
写真集
『星月夜への招待』
『天空讃歌』
『悠久の宙』など