写真:ウユニ塩湖の夜明け
第二回 ウユニ塩湖で「星の野原」に立つ
世界のいろんな場所から撮られた星景写真の数々には「宝石箱をひっくり返したような星空」、「私もオリオンを追って赤道を越え、南の果てへと旅したい」、「KAGAYAさんが伝えてくれる星はいつだってはっきりと迷いがなくて強い」といったコメントが寄せられ、そのフォロワー数は約18万人です。子どもの頃から、星空を見上げては絵に描くのが好きだったというKAGAYAさん。彼は自分の思い描いた想像の世界に、カメラを持って出かけてゆきます。
富士山から南極に至るまで、星空を追いかけるKAGAYAさんのさまざまなエピソードを、小山宙哉公式サイトでは毎月コラムでお届けします!
2015年12月、私は南極、そして南米のパタゴニア、ボリビアのウユニ塩湖をめぐって星空を撮る旅行を計画しました。
ウユニ塩湖には、鏡のようになった湖面に空が映り込む幻想的な風景を求めて、世界中から人々が集まります。
私はこのウユニ塩湖で、湖面に映った天の川を撮ろうと考えました。湖面に映った青空の写真は多くの人々に撮影されてきましたが、星空が映り込む写真はあまり撮られてこなかった。夢のような星空を、この手で写しとりたいと思ったのです。
いざ、天空に置き去りにされた海へ
ウユニ塩湖は、標高約3700メートルにある、塩の大地の上にできた“水たまり”です。湖の真ん中まで行くと、地上に見える明かりは一切なく、空気も薄く乾燥しているので、世界でも有数の星空が見られます。
ウユニ塩湖は幻のような湖で、よく写真で見かける風景があるのは1年のうち数カ月程度です。というのも湖は、雨が豊富な、毎年12月から2月の雨季にしか出現しないからです。それ以外の期間は雨の降らない乾季であり、乾燥しているため、塩湖は干上がって塩の荒野になります。
旅行の日程は、雨季の最中に明るい月が空になく、明け方ぎりぎりに地平線から天の川の中心が昇る1月下旬の5日間としました。雨季は晴れ間が少ないのですが、5日間あればどこかで晴れるだろうと願いながら、私は宇宙から見ても白い点に見えるウユニ塩湖へと旅立ちました。
私が滞在した場所は、ウユニ塩湖付近の小さな街、名前も同じ「ウユニ」でした。
現地に着き、空を見上げると、私を待ってくれていたかのように晴れ渡っていました。「これはついているなあ」私は意気揚々と現地のガイドのバスカルさんと会って挨拶しました。早く湖を見たくてたまりません。すると…
「雨は降っていません」
「なんですと!?」バスカルさんに聞くところによると、温暖化現象の影響か、今年は雨季まっただ中にもかかわらず、雨はほとんど降らず、ピカピカに晴れているというのです。もちろん、鏡のような湖はどこにもなく、ウユニ塩湖は見渡す限り塩の荒野です。
乾いたウユニ塩湖
バスカルさんに水面を見られる場所はないのかと尋ねてみると、
「塩湖を100キロ走った、ここから反対側にあるトゥヌパ火山の近くは水が溜まっているところがあるよ、行ってみる?」
と教えてくれました。そこは塩湖北岸のタウアという街の近くで、ウユニからは車で1時間半ほどでした。
もちろん、行くしかありません。さっそく私たちは車に乗り込みました。車が走りだすと、乾いたウユニ塩湖の上はまるで舗装道路のように滑らかでした。100キロメートル四方の高低差は約50センチメートル。世界で最も平らな場所と言われる大地をタイヤごしに感じながら、車は一路、ウユニ塩湖の反対側を目指します。
どうして標高約3700メートルに塩の湖があるのでしょうか? じつは大昔、このあたりは海だったのです。アンデス山脈が地殻変動で隆起したことで、海が山の上にすくい上げられてしまった。そうして天空に置き去りにされた海から、時間とともに水が蒸発し、塩の盆地が形成されたことで生まれたのがウユニ塩湖なのです。
しばらく走ると、塩の荒野の上にクジラの背中ような影が見えてきました。近づくとどんどん大きくなるその影は、塩湖のど真ん中にある島、「インカ・ワシ島」でした。
インカ・ワシ島は太古の昔、ウユニ塩湖がアンデス山脈の隆起ごとすくい上げられたときに、いっしょに連れてこられた、太古のサンゴ礁です。この海の忘れ物の上にはサボテンがたくさん生えていて、かつて海で魚たちと仲良くしたのと同じように、地上でも生き物の集まる場所になっているようです。そしてもちろん人間も、この奇妙な島に集まります。
ウユニ塩湖に閉じ込められた!?
島に着くとバスカルさんは車を止めてキャンプの用意を始めました。ウユニ塩湖の空に天の川が出てくるのは夜明け近く。夜中になるまでここでキャンプし、夜中になったら再び車を走らせ、水のあるトゥヌパ火山近くまで行こうという作戦です。
実は今回、私は日本で現地のツアーを予約していたのですが、そのツアーには、真夜中までキャンプして、夜中に水のある場所まで行くことなどは一切含まれていません。私が日本の代理店で予約したのは、ウユニ塩湖の夕日を見に行くツアーと、夜明け前の星を見て、日の出を見るツアー、5日間分(延長つき)です。
バスカルさんがたまたま私の担当ガイドとなり、私の撮っている写真を面白がってくれて、私の「夜に星空が見たい」「あそこに行ってみたい」という様々なわがままに付き合ってくれていたのです。
「とても良い人だなあ、私はなんてラッキーなんだろう」と感謝しながら、キャンプのためにテントを立てたり、火の用意をしていると、バスカルさんが車のボンネットを開けて、何やら中をいじっています。
何をしているのかと聞くと、なんと車のバッテリーがあがってしまったと言うのです。
ウユニ塩湖でのキャンプ
焦る私をよそにバスカルさんは、
「ま、仕方ないよ。明日になればこの島は観光地だから人も来るだろうし、とりあえず今日は眠って、明日朝考えよう」
と言ってそのまま眠ってしまいました。暢気な人だなあと私も寝袋に潜り込んで眠ろうとしました。
この場所からでは最寄りの街でも、最低数十キロはある。どうあがいても歩いて行けるような距離ではありません。私は不安になりました。
とはいえ、インカ・ワシ島の反対側には島を維持管理するために住んでいる人もいる。そこまでならば歩けば1時間程度だし、明日になれば助けを求めることもできるはずです。
しかし、私のもっとも大きな不安は、本当に星空が撮れるのかということでした。本当に明日になったら撮れるのだろうか、急に雲が広がってこないだろうかと考え始めると心配になってうまく寝つけません。まぶたの裏側で、私はまだ見ぬウユニ塩湖の水鏡の星空を追いかけ始めました。
いてもたってもいられず、私は寝袋から這い出し、カメラを手に、テントの外に飛び出しました。
空を見上げるとそこには、今までに見たことのないほどに大きく、鮮やかで、包み込まれるような星空が、空いっぱいに広がっていました。
「この星空が水鏡のような湖面に映ったら、どんなにすごい風景になるだろう…」
私は夢中でシャッターを切り続けました。パシャ、パシャ…シャッターの乾いた音が冷たい塩湖の空気の中に響き、カメラに星の海が写し取られるたび、「きっとここで、今まで見たことのないほどの素晴らしい光景が撮れるはずだ」と私は自分で自分を励ましていました。
そうして私はその日、朝まで写真を撮り続けました。
インカ・ワシ島にて
朝日が昇ると、バスカルさんが太陽に向かってガッツポーズをしていました。車のエンジンがかかったというのです。
まだ誰もインカ・ワシ島には来ていません。どうして直ったのかとバスカルさんに聞いてみると、そもそもバッテリーがあがった原因は、テントを張っていたときにエンジンをかけずにヘッドライトをつけっぱなしにしていたからだったと言います。
そこでバスカルさんは昨夜、バッテリーと車体との接続をすべて切り、一晩中放置していました。バスカルさんはガイド以外にモータースポーツ関係の仕事をしているそうで、バッテリーを回復させる方法を知っていたのです。
機嫌よくエンジン音を立てる車に乗り込み、私たちはウユニの街へ戻ることにしました。車は再び、まっ平らなウユニ塩湖を駆けていきます。不安に満ちた、本当に長い1日を過ごしたインカ・ワシ島がバックミラーの中で小さくなっていきました。
ウユニの街に着くと、私たちはそれぞれの準備を進めました。次の出発は夕方の4時です。バスカルさんとは一旦別行動となり、私はホテルでカメラのバッテリーの充電したり、夜に備えて仮眠をとって過ごしていました。
夕方4時にふたたび私たちは車に乗り込み、ウユニ塩湖の北岸の街、タウアの近くへと向かいました。
ウユニ塩湖で、湖面に風景が映り込む美しい写真をとるためには、当然ですが、まず水があること、そして晴れていること、さらに風が吹いていないことが条件です。風があると湖面に波が立って、鏡面にはならないのです。星々の小さな光は、水面の小さな波にすら、かき消されてしまいます。
そもそも、どうしてウユニ塩湖の湖面が鏡面のようになるかというと、水深がとても浅く、平らだからなのです。
水の表面に立つ波は、水深が深いほど大きくなり、浅ければ小さくなる。水深が浅い湖が均一に広がるからこそ、あの鏡面のような湖の風景が生み出されるのです。ふつうの湖では、よほどの無風状態でない限り、鏡面のような湖にはなりません。
車が1時間半ほどかけてタウアの近くへと到着すると、そこには水がありました。トゥヌパ火山を背にして見てみると、ちょうど明け方に天の川の中心が出る方向に湖が広がっています。水は十分にあります。そして、天気は晴れです。
「これは、いけるかもしれない」
しかし最後の問題は風でした。私たちが到着した時は強風が吹き荒れていて、湖面に映り込む風景は少し乱れていました。
私たちはキャンプをしながら、風が止むのを待ちました。午後は風は非常に強く、時計が深夜0時を指しても風は止みませんでした。
ところが1時、2時と時計の針が進むと、少しずつ風がおさまってきました。
時計が明け方の午前3時を指す頃、風はぴたりと止みました。日中、ごうごうと耳に聞こえていた風の音が嘘のようでした。
その時、湖は星空のすべてを映し出していました。
水平線を境にふたつの天の川が眼前に広がっていく光景はまるで星の野原です。湖を歩きまわるたび、星の上を歩いているような気持ちになります。夜が明けるまで、私はそのすべての瞬間をカメラにおさめていきました。
夜明けが近づくと、あたりにはフラミンゴの鳴き声が響いていました。
地球は銀河の中に浮かぶ惑星。ウユニ塩湖は、それを気づかせてくれた場所でした。
ひとり、星の野原に立つ。
星を追いかける“作戦”
今回ウユニ塩湖では水鏡を求めて塩原を何百kmも走り回りましたが、本来雨季には水が行く手を阻み、走り回ることはできないそうです。車が、ぬかるんだ塩に足をとられてしまうためです。
雨季には行けないはずのインカ・ワシ島をはじめ、湖のあちこちをめぐり、ウユニ塩湖の乾季と雨季、両方の表情を見ることのできた私は本当に幸運だったのかもしれません。
そしてこの幸運をもたらしてくれたのは、ガイドのバスカルさんでした。彼は毎日キャンプの道具を持ってきてくれて、夜はタウアの近くで星を撮影して、ウユニからの移動の時にはいろんな場所に連れて行ってくれました。もちろんそれらはツアーの内容には含まれていません。そもそもウユニ塩湖の上でキャンプすること自体が通常はできません。彼がの協力があったからこそ、最高の撮影ができたのです。
ぜひもう一度行ってみたいと思っています。
最後に、私がどのようにして星を撮るための計画を立てているかをお話します。
星の写真は、計画性によって撮るものです。私は撮影旅行の前には、しっかり時間をかけて、綿密な計画を立てます。その時間は私にとって、至福の瞬間でもあります。
まず、星を撮りに行くわけですから、星の動きに合わせて旅程を組まなければなりません。Google Earthで撮影する場所の位置を調べたら、天文シミュレーションソフトを使って、どんな星空が見えるのかを調べてゆきます。
都市名を検索して位置を、星を見る予定の時間を指定し、撮る星空を正確にシミュレーションします。今回の場合は天の川の中心がちゃんと写真におさまるのかが重要です。
特に月の存在は撮影の出来栄えを左右する重要な要素です。たとえば天の川を撮ろうとするときに、明るい月が天の川の近くに位置していると、カメラは微細な光を放つ天の川を写しとることができません。星だけを撮るときは、空に月が無いタイミングを狙う必要があります。
また、地上の風景を写真に映し込む場合は、月があるときを選びます。星景写真において、月はいわば“照明”代わりになるのです。月の光によって、地上の風景を照らすわけです。しかし、その場合でも満月でぴかぴかの月が出ていると、星の光が月の光に負けてしまいますので、満月の前後を避け、適度な明るさの「月齢」のタイミングを選びます。
オススメの天文シミュレーションソフトは『Stellarium』。ウィンドウズでも、Macでも無料で使えて、見ていても楽しいソフトです。
私は天文ファン向けの『ステラナビゲータ』というソフトも使っています。有料ですが、機能は充実しています。星空の他に、地形も表示されるため、実際に行ってカメラでどのように写真として切り取るかを正確にシミュレーションできます。
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