KAGAYA-ペンギンにアザラシ、南極の虹-宇宙兄弟

第三回 ペンギンにアザラシ、南極の虹。0℃の真夏に、徹夜で夢を見た。

2016.05.04
text by:編集部コルク
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第三回  ペンギンにアザラシ、南極の虹。0℃の真夏に、徹夜で夢を見た。

星景写真ファンをはじめ、宇宙好きにとって、真っ先にフォローしたくなるTwitterアカウントがあります。プラネタリウム映像クリエイターにしてCG作家、そして星景写真家のKAGAYAさんです。
世界のいろんな場所から撮られた星景写真の数々には「宝石箱をひっくり返したような星空」、「私もオリオンを追って赤道を越え、南の果てへと旅したい」、「KAGAYAさんが伝えてくれる星はいつだってはっきりと迷いがなくて強い」といったコメントが寄せられ、そのフォロワー数は約18万人です。子どもの頃から、星空を見上げては絵に描くのが好きだったというKAGAYAさん。彼は自分の思い描いた想像の世界に、カメラを持って出かけてゆきます。
富士山から南極に至るまで、星空を追いかけるKAGAYAさんのさまざまなエピソードを、小山宙哉公式サイトでは毎月コラムでお届けします!

2015年12月から始まった、星をめぐる旅では人生で2度目となる南極にも滞在しました。
南極へは、南米大陸から船で向かいます。私は港のある、南米の世界最南端の街・ウシュアイアに滞在しました。
夏の南極圏は「白夜」。南極に近いウシュアイアでは、長い夕暮れが続き、短い夜が訪れて、朝をむかえます。夜のない世界を近くに感じながら、私は世界最果ての街の夕暮れと短い夜に浮かんだ月を写真におさめ、出港の時間を待ちました。

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最果ての街の夕暮れ。昨日、世界最南端の街ウシュアイアにて撮影。このたそがれの時間が長く続きます。夜はわずか。(2015/12/28 のツイートより)

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最果ての月(2015/12/28 のツイートより)

船上の曲芸師

翌朝、私は船に乗ってウシュアイアから南極半島へ旅立ちました。船窓からウシュアイアの景色を見送っていると、慣れ親しんだ大地に別れを告げて、異世界へ向かうような気持ちになります。

しばらくすると船は強烈な揺れに包まれました。船窓にはさきほどまでの穏やかな海はなく、荒れ狂う大海原が見えます。南極大陸と南米大陸の間にある「ドレーク海峡」です。

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船窓から撮影された荒れるドレーク海峡

ドレーク海峡は海流の影響で流れがとても速く、さらに天候も良くないために波が高い。世界でもっとも荒れる海域のひとつだと言われています。
波が荒れだすと、乗客はデッキに出ることは禁止されます。船室で旅の様子をTwitterで報告しようとパソコンを取り出しても、激しい揺れでパソコンが飛んでいきそうになります。船内の廊下では、まっすぐ進みたくても、船が左に傾けば左の壁に、右に傾けば右の壁に寄りかかってでしか歩けません。まるで宇宙遊泳のようです。

しかしそんな船の中でも食事の時間はやってきます。時間になるとレストランのウェイターさんが忙しく船内を行き来します。彼らは乗客が周囲で歩き、転んで尻もちをついているのをかわしながら、颯爽と歩いていきます。さらに手にはトレイを持ち、熱々のスープをいっぱい載せて運んでいます。
立っているのもやっと、という状態の船内での彼らの身のこなしは、まるで曲芸です。「すごいなあ」と私たち乗客はスープを受け取るのですが、乗客に配られたスープカップは、まるで魔法が解けたかのように安定性を失い、船を揺らす荒波のうねりにまかせるまま、レストランのテーブルの上でひっくり返り、熱々のスープは飲む人の口元で高波となって顔に押し寄せてきます。
私はこんな状況下でも大変気持ちよく航海を楽しめましたが、船酔いに弱い人はドレーク海峡の横断は注意が必要です。

0℃の動物の楽園

船がドレーク海峡を抜け、2泊3日の航海を終えると船窓から見える海岸線に白い影が見え始めました。ついに南極大陸に到着です。
5日間の滞在の宿舎となる船は岸から離れた場所に停泊し、私たちはゴムボートに乗り込んで、南極大陸へ上陸します。南極で最初に私を出迎えてくれたのは、青白く輝く、巨大な氷山でした。

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氷山。自然の造形美。(2016/01/02 のツイートより)

氷山にはひとつとして同じ形のものがなく、ずっと眺めていても飽きることはありません。氷山は南極の氷河や、厚さ2000メートルとも言われる、南極大陸を覆う「氷床」が海にせり出して漂い始めた、海に浮かぶ氷の島です。
氷山は、ただ海に浮かんでいるだけなので、何かの拍子にバランスが変わり、傾いたり、時には上下が反転し、海中にあった部分が陸地になり、陸地だった部分が海中に沈んだりするうちに、独特な造形美を宿すようになります。

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氷山には、たまにペンギンが乗っているものもあり、目が離せない。

南極のある南半球では、日本のある北半球とは季節が真逆。12月の南極大陸は真夏です。真夏といっても平均気温は0℃前後。寒くて厳しい世界をイメージしますが、真夏の南極大陸は動物の楽園です。
まず、南極でもっともよく見かける住人、ペンギンがあちこちにいます。陸上では、寝そべっていたかと思うと氷の上をヨタヨタ歩き、ときどきステンと転び、そのままお腹で氷上を滑って行くという愛らしい動きをしますが、海の中ではイルカのように俊敏に泳ぎまわり、水面を飛び跳ねて狩りをします。
その近くではザトウクジラが潮を吹き、空を見上げれば海鳥が飛翔し、その下ではアザラシが昼寝をしています。まるで夢の様な南極の風景の中に今自分がいると思うと、心が踊ります。寝る暇なんて全然ありません。徹夜で夢のような世界を探検しました。

私が滞在した南極半島や、フォークランド諸島、ジョージア島の近辺は、夏場になると多くの動物が集まり、豊かな生態系が形成されています。実はあの荒れ狂うドレーク海峡は、この生態系を生み出すのに重要な役割を果たしているのです。
世界でもっとも荒れる海域のひとつ、ドレーク海峡では、海流の影響で海がかき混ぜられ、海の底の方にある、養分が豊富な海水がどんどん海の浅いところまで上がってきます。それらを養分にし、真夏の日光を浴びて、海氷や流氷の下で「アイスアルジー」という珪藻類が繁殖します。すると、アイスアルジーを好物とするエビの一種、オキアミが大量発生します。このオキアミを狙ってペンギンやクジラがやってくるというわけです。
さらにペンギンやクジラを狙って、南極の生態系の頂点に君臨するシャチも集まり、豊かな生態系が形成されているのです。

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彼(アザラシ)の青い庭。(2016/01/07 のツイートより)

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初めて見た。南極の虹。(2016/01/04 のツイートより)

5日間の滞在中は基本的には船中泊ですが、1日だけ上陸してキャンプをする機会がありました。
一夜を南極大陸で過ごせるということで、私はワクワクしてキャンプの場所へ行きました。
しかし現地に着いてみると、テントが用意されているはずなのですが、ありません。どうやら風が強すぎてテントが張れない様子です。
「ちょっと雪を掘って、寝袋を敷くといいよ」と教えてもらい、その通りにしてみます。南極大陸に寝袋だけで眠るのは格別の寒さでした。

南極大陸で過ごす一夜です。もちろん眠ってなんかいられません。私は寝袋の外の南極の白夜に飛び出しました。

私は夜の空が好きです。世界中でさまざまな夜空にカメラを向けてきました。その中でも南極の夜は、とても印象的でした。
白夜の南極では、太陽は朝、東の空から昇り、日中は北の空高くに位置します。日が傾き始めると西の空低くに移動しますが、そのまま沈むことはなく、南の空を横に動き、夜を明るく照らしながら、ふたたび翌朝には東の空から昇ります。南極の1日は、太陽が自分のまわりをグルグル回るのです。とても不思議な風景でした。

薄暗い、夕暮れと夜明けの時間がずっと続く中で、氷山は青や緑、ピンクに色づき、様々な表情を見せます。時折雨が降ったかと思うと、海鳥やペンギンが雪を踏む音が聞こえ、アザラシの気配をすぐそばに感じます。

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南極に現れた暈と翼を広げたような雲。目の前に繰り広げられる光景に、ただ夢中でシャッターを切りました。(2016/01/06 のツイートより)

次の瞬間には大地から低い、ズズズズ…という地鳴りが聞こえ、ドドドドドドーッと何か大きなものが崩れ落ちるような轟音があたりにこだまします。背後の氷河の山で雪崩が発生し、氷塊と雪が流れ落ちてくる音です。
まるで爆発音ような雪崩の音がこだまする中でも、動物たちが動じないことを確認しながら、ふたたび夕暮れと夜明けの間の時間の中で、私は南極が見せる一夜の表情の全てをカメラにおさめていきました。

(つづく)

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