『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第2章 愚者風リーダーシップのススメ (3/3) | 『宇宙兄弟』公式サイト

『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第2章 愚者風リーダーシップのススメ (3/3)

2018.07.02
text by:編集部コルク
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「5人の中から宇宙飛行士にふさわしいと思う2名を、全員一致のもとに選ぶ」という、究極の課題に挑む受験者たち。宇宙飛行士選抜試験のクライマックスエピソードから考える、チームの形とは。あなただったら「結果」と「プロセス」、どちらを重視しますか?

ゴールまでのプロセスで、 チームの形は変わる

さあ、ついに迎えた閉鎖環境での最終日です!

互いがライバルでありながらも、宇宙への熱い思いをわかり合える仲間と過ごした2週間は、六太にとってかけがえのない時間となっていました。
しかし最後の課題は、5人の中から全員が納得する形で2名を選ぶこと——。
それぞれが苦悩する中、六太は幼い頃に天文学者のシャロンから言われた「どっちが正しいかじゃなく、どっちが楽しいかで決めなさい」という言葉を思い出します。
そこで六太が提案した選出方法とは、なんとジャンケン。これは、ジャンケンが楽しいと思ったのではなく、「楽しい2週間を、楽しい5人のままで終わらせたい」という思いからでした。
しかし、やっさんはこれに猛反対し、じつは5人の全課題の成績をつけていたこと、 自分は最下位だったことを告白します。そして上位2名の名前を発表しようとしますが、これを制したのは、常に冷静にハイスコアな成績を残していた新田でした。
これにより、A班はジャンケンで勝った2名を選抜者とすることに。たった1回で決まったその2名は、六太にとって、まるで最初から「勝つのはこの2人」と思わせるものでした ——。
一方、すでに点数制と決めていたB班は、グリーンカードで出された指示によって パソコン内の得点データが消されていたものの、溝口が記憶を頼りに再計算し、なんとかデータを復活させます。
「目に見える差が必要なんですよ。仲良しこよしでは決めづらくなるだけ」と言う溝口のこの言葉に、最後までわだかまりを消すことができないケンジでしたが、彼もまた、六太と同様にその結果を静かに受け入れることに——。

六太をはじめとするA班5人の絆に感動し、静かに熱い涙を流しながら読んだファンも多いであろう、閉鎖環境エピソードのクライマックス。
誰が選ばれたのかはあえて書きませんが、「この5人なら、誰が選ばれてもおかしくない」と全員が思っていたからこそ、受け入れられた結果なのだと思います。
ジャンケンという手法の是非はさておき、ここで六太が何よりも大切にしたかったのは、5人で共有した「楽しかった2週間」というプロセスです。

学生時代、友人たちをシャロンの天文台に誘ったとき、「あんな不気味なとこ誰が行くかよ」「星なんて見て何がうれしーんだよ」「ただの光る点だし」と断られた経験を持つ六太にとって、5人との出会いは「誘ったら喜んでついて来てくれそうな連中が…ここにいたんだ」という、感動を与えてくれるものでした。
54歳という年齢的に不利な条件であった福田の弱みに気づいていながら、消去法で彼を除外しようとしなかったのも、福田とのプロセスを大切にしておきたかったから。
六太の性格からすると、福田の弱みを指摘した結果、福田が候補から外されたりしたら、たとえそれが全員一致の意見であったとしても、この先ずっと罪悪感を抱き続けると思います。そうなれば、今のような関係は築けていなかったでしょう。
実際、管制室のスタッフから、「2人を選び終えたあと、すぐにあの中で次に5人で会う打ち上げの約束を交わしたのは——A班だけです」と言われていることからも、チームの仲間意識はどの班よりも強かったことがわかります。
B班にとって重視すべきなのは最初から「結果」だったので、「一番ふさわしい人間を選ぶ」ために点数制を選び、最後までそれを貫き通しました。
確かに、頭脳明晰な賢者風タイプが集まったB班では、誰もが納得できる最も公平な方法です。彼らにとっては、どんなに楽しい時間を一緒に過ごせたとしても、ジャンケンで決めるという選択肢は絶対に出てこないのではないかと思います。

結果を重視するか、プロセスを重視するか。
それによって捉え方は変わってきます。
東京から大阪に新幹線で移動するとして、大阪に到着するという結果を重視するのならば、たとえ通路側の窓のない席しか空いていなくても、一番早い便の『のぞみ』 を選ぶでしょう。
逆に、大阪までのプロセスを重視するのであれば、窓際の席で景色を楽しんだり、 あえて『ひかり』や『こだま』を乗り継いだりと、別の選択肢が出てきます。

自分たちのチームは今、どちらを重視しているのか。 ちょっと立ち止まって、考えてみるのもいいかもしれませんね。

〜心のノート〜
賢者風は、「結果」を重視し、 愚者風は、「プロセス」を重視する。

命を託せるリーダーが 大切にしているもの

一般的に「コミュニケーション」と言うと、双方向でのやりとりをイメージすると 思いますが、僕は、コミュニケーションとは「集団の中での情報の流通」だと考えています。
ですから、ただおしゃべりしている時間のことだけを指しているのではなく、相手を知ろうと観察することも、1つのコミュニケーションなのです。
コミュニケーションにはあらゆるアプローチ方法がありますが、賢者風タイプは 「効率」を重視し、愚者風タイプは、「量」を重視します。

閉鎖ボックスにいた2週間でのエピソードを振り返って見ても、六太たちのA班は、 逆立ち対決をしたり、みんなでうどんを作ったりと、コミュニケーションの量は格段に多かったと思います。 量が増えれば必然的に質も向上するので、相手のことをより深く理解できるように なります。
とくに六太は、日頃から相手をよく観察し、理解しようとする意識が高く、その能力に大変優れていますよね。
アメリカ合衆国・テキサス州ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターで行われ た、宇宙飛行士選抜試験の最終審査エピソードでも、それが顕著に表れています。
六太は、試験後に開催されたパーティーの席で、先輩宇宙飛行士の紫三世からメンバーについて聞かれると、
・ 新田は、クールでタフガイを演じているけれど、じつは携帯電話の待ち受けがネコ。
・ 北村さんは、小柄だけど気が強くてしっかり者。でもくしゃみをするときに、意地でも口を閉ざしているから「ぶーっ」と言う。
など、紫が感心するほど、小さなことまでよく見ていました。

一方、溝口も同様の質問を受けますが、言葉に詰まり、答えることができない様子。 そもそも、このパーティーへの出席自体乗り気ではなく、「面接も終わったんだから、 早く帰らせろよ……」と思っていたほどです。
コミュニケーションにも効率を求める溝口にとっては、こうした交流を深める場は 「非効率」だと感じてしまうのでしょう。

じつはこのパーティーそのものが非常に重要な意味を持っていたのですが、もしあなたが宇宙飛行士だとして、六太と溝口、どちらなら「自分の命を預けてもいい」と思えますか?
その答えはきっと、「命」を「チーム」に置き換えても同じではないでしょうか。
ちなみに溝口は、この選抜試験という貴重な経験を経て、いずれすばらしいリーダーシップを発揮する人物になるのではないかと、僕は思います。

祝杯のワインボトルを用意して合格発表の電話連絡を待っていた溝口に電話がかかってきます。彼はこのとき、JAXAの星加副部長から、「君はリーダーとして、これからどんな職場でもトップに立てる人材だと思う。だが一つ、足りないことがある。 “仲間に頼る”ということだ」と告げられます。
そして電話を切ったあと、ケンジは合格しているだろうと感じます。「そうでなければ困る」とも……。溝口はこれまで、周囲からのリーダーとしての期待に応えるべく、「正しい方向へ導けるのは僕しかいないんだから」と努力を重ねてきました。しかし初めて、自分に反対意見を言うケンジという存在に出会ったのです。
結果的に、溝口はケンジに出会えてラッキーだったのかもしれません。 「彼の人生に幸あれ!」です。

現代社会では、インターネットやSNSのおかげで、コミュニケーションの手段は爆発的に増えました。いつでも誰とでも簡単につながることができ、世界中の人間と 友達になることだって可能です。
ただし、それだけで十分コミュニケーションを取れていると思ってしまうのは、かなり危険な気がします。
SNSやメールは通信ツールであって、相手の肌の温かさや匂いを感じられるわけではありません。冒頭で「コミュニケーションは集団の中での情報の流通」と書きましたが、その情報が画面上から得られるテキストだけでは、限界があります。
チームには、直接会って話をしたり、日頃から仲間の様子を観察したりすることで得られる、非言語な情報が必要です。
デジタルな時代だからこそ、五感をフルに使って感じられるようなコミュニケーションを大切にしてください。
コミュニケーションの量が増えれば増えるほど誤解されるリスクは減り、逆に理解 してもらえるというメリットは増えていくものなのです。
六太が、弟の日々人に対して遺恨を抱えているとされていた宇宙飛行士・吾妻滝生 に自分から挨拶を求めたように、歩み寄る勇気、チャレンジする気持ちを忘れずにいたいですね。

〜心のノート〜
賢者風は、コミュニケーションの「効率」を優先し、愚者風は、コミュニケーションの「量」を優先する。

 

(つづく)

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宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。

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<著者プロフィール>
長尾彰・ながお あきら
組織開発ファシリテーター。日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科(心理臨床カウンセリングコース)卒業後、東京学芸大学大学院にて野外教育学を研究。

企業、団体、教育現場など、20年以上にわたって3,000回を超えるチームビルディングをファシリテーションする。

文部科学省の熟議政策に、初の民間ファシリテーターとして登用され、復興庁政策調査官としても任用されるなど幅広い分野で活動している。