〈宇宙兄弟リアル〉はじめに 〜僕と宇宙と宇宙兄弟〜 | 『宇宙兄弟』公式サイト

〈宇宙兄弟リアル〉はじめに 〜僕と宇宙と宇宙兄弟〜

2017.11.30
text by:編集部コルク
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 『宇宙兄弟』公式サイトに新連載登場!
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたち!彼らのモデルともなったリアル(実在)な人々を宇宙開発最前線の現場『JAXA』の中で探し出しリアルな話を聞く!

〈宇宙兄弟リアル〉はじめに 〜僕と宇宙と宇宙兄弟〜

『宇宙兄弟』の魅力は、宇宙や宇宙開発現場のリアルな描写はもちろん、深淵なる宇宙を目指して働く人々の喜びや苦悩、人間関係や成長がきちんと描かれていることではないだろうか。

これからスタートするこの連載では、漫画の登場人物のモデルともなったリアル(実在)な人間たちにフォーカスを当てる。その第一回目として、まずは連載の動機ともなった『宇宙飛行士』に関連する筆者の経験を少しご紹介したい。

宇宙兄弟1巻冒頭のUFO目撃シーンのカット。
2人が目撃した物体は、一体何だったのか…

 

「未知との遭遇」

『宇宙兄弟』は少年時代のムッタとヒビトとがUFOを目撃したシーンで幕が明ける。この作品が大好きな僕は、この冒頭の場面に何より強いシンパシーを感じている。

なぜなら自分も2人と同じく少年時代にUFOを目撃した経験を持っているからだ。その体験の詳細はまた別の機会に話すとして、ムッタとヒビトが大人になって夢を叶え宇宙飛行士となった今、子供の頃に見たUFOをどう思っているのか聞いてみたい気がする。

少なくとも僕は自分の目撃体験にある種の確信を持ち、その点において宇宙という広大無辺の空間に興味を抱き続けている。今も夜空の星を見るたびに感じるのは美しさや浪漫ではなく、『地球外知的生命体の存在』についてなのだ…。

Credit: NASA
アメリカ最初の有人宇宙飛行計画『マーキュリー計画』で選ばれた7人の宇宙飛行士の一人、ウォルター・シラー(1923−2007)。ジェミニ計画、アポロ計画にも参加して宇宙飛行を経験。「宇宙よ、俺が行くのを待ってろよ」とでも言ってるかのような『ザ・宇宙飛行士』的な表情とポーズだ。

 

「人類最高峰」

そんな理由で、子供の頃から人とは違った斜めの角度から宇宙に好奇心を抱き続けてきた僕だが、それでも宇宙に憧れを抱く子供たちと同様、『宇宙飛行士』という存在はヒーローそのものだった。

その頭脳・肉体・精神力を日々の訓練で鍛え上げ、最新技術の結晶である宇宙機に乗り込み、冷静な判断力と勇気と情熱で、数々の困難なミッションに挑むその姿…。それはもう人類最高峰の存在と言っても過言はない。ただただ、カッコいい。本やテレビや映画を通して強い憧れを募らせてきたわけだが、初めてリアルな宇宙飛行士と接したのは、『情熱大陸』というドキュメンタリー番組でのことだった。

取材対象者はJAXA宇宙飛行士の若田光一さん。当時日本人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在任務にアサイン(任命)されていたミッション・スペシャリストだった。

取材がスタートしたのは、若田さんが搭乗するスペースシャトル・ディスカバリー号の打ち上げが、約9か月後に控えた訓練真っ只中のタイミング。番組では訓練の日々から、ISSへとシャトルが打ち上がるその瞬間まで、若田さんを長期間カメラで追うことになる。勝手に作り上げた宇宙飛行士像と、少しこじらせた強い憧れだけを頼りに、若田さんへの密着取材が始まった。

撮影:筆者
ガガーリン宇宙飛行士訓練センターにあるソユーズ宇宙船のシミュレーターで訓練中の若田宇宙飛行士。船内は思ったより狭く、これでソコル宇宙服を着用して3人乗り込むと相当窮屈。若田さんは隣席の教官と流暢なロシア語でバリバリ会話していた。

 

「マイ・ヒーロー、宇宙飛行士に密着」

撮影では番組予算の都合上、ディレクターが自らカメラを持って撮影することが多い。訓練のため日本に帰国した若田さんを成田空港で出迎えたのが初対面だった。それからは、つくば宇宙センター、さいたまのご実家、ヒューストンのジョンソン宇宙センターとご自宅、モスクワのガガーリン宇宙飛行士訓練センター、ディスカバリー号が打ち上がるフロリダのケネディ宇宙センターと、熱烈な追っかけファンのように若田さんに張り付いた。

たった30分の番組にそこまで追わなくてもと、JAXA広報の方に苦笑されたことがあったが、若田さんは終始イヤな顔ひとつ見せることなく、いつも真摯に取材に応じてくれた。そんな若田さんを取材する中で、僕はちょっと不思議な感覚の変化を体験する。

取材の当初、自分がカメラを向けているのは憧れの『宇宙飛行士』という意識しかなかった。もっと正直に言うと、僕が若田さんを見る目は『宇宙飛行士』という肩書を持っている若田光一さんだった。しかし多くのプレッシャーを抱えながらも、目の前の仕事に日々真摯に取り組むその姿を見つめる中で、僕の価値観は次第に変わっていく。

つまり『宇宙飛行士』という肩書はもうどうでもよくなり、『若田光一』という一人の人間に大きな学びと憧れを抱くようになったのだ。若田光一さんという一人の人間に魅了されていったのだ。

取材時に若田さんに連れて行ってもらったアウトポストタヴァーン。同店はヒューストンの宇宙飛行士たちの中では有名な酒場。『宇宙兄弟』にも描かれているが、ボロい木造平屋の建物で、店中の壁には歴代の宇宙飛行士たちの写真が所狭しと掲示され歴史を感じさせていた。若田さんの右上にはご自身の新人時代の写真がある。

 

「宇宙飛行士の喜びと憂鬱」

取材中、『宇宙飛行士』という存在を何かと特別視しようとする自分に、若田さんはよく「自分は特別でもエリートでもない」と言った。当時あれだけ難関の宇宙飛行士候補者選抜において選ばれたのだから特別でしかないと思うのだが、「自分は単に運が良かった」と述懐する。そして「どんな事でも始点を与えられたら終点まで努力し続けることで人は評価されるべき」と語った言葉が忘れられない。

若田さんが宇宙飛行士候補者の選抜テストに挑んだのは29歳の時。宇宙飛行士候補者として選ばれた当時の心境を聞くと、「予想外だった」という言葉が返ってきた。実際、最終試験まで進んだ時にはすでに「自分が選ばれるために頑張る」という欲が自然と無くなり、「ここまで残って本当にいい経験ができた」と感じていたそうだ。「自分の仲間から宇宙飛行士が誕生する。宇宙飛行士の友達ができて良かった」くらいに思っていたらしい。確かに当時、候補者発表の際に行われた記者会見の映像を見ると、「にわかに信じられない」とキツネにつままれたような顔で会見に応じている若かりし若田さんが微笑ましい。

とはいえ、勤務先の航空会社においては、花形のパイロットではなく裏方の整備部門で汗を流して働いていた若者が、ある日突然、日本人初のミッション・スペシャリスト宇宙飛行士への道へと歩み出したわけだ。世間の期待と好奇の眼差しの中、十分な心の準備をする間もなくNASAという世界屈指の宇宙機関に送り出されたのだから、そのプレッシャーは尋常ではなかっただろうと思う。

しかもその時点ではあくまでも宇宙飛行士候補者としての立場。語尾の『候補者』を取り払い、晴れて正式な宇宙飛行士になるには、NASAでの約1年間の宇宙飛行士基礎訓練コースを無事通過して、自分の手でその切符を勝ち取るしかなかった。慣れないアメリカでの一人暮らしに加え、当時は英語のスキルも十分でなく、訓練ではいろいろ苦労や失敗を重ねたという。

それから時は過ぎ、取材時にはすでに宇宙飛行士の道を歩み始めて16年目が過ぎようとしていた。スペースシャトルでの2度の宇宙飛行を経験し、JAXA内でもベテラン宇宙飛行士の立場。しかしその姿勢には慣れや驕りは微塵も無く、宇宙飛行士の仕事を益々謳歌して邁進していた。そんな若田さんが逆境や失敗を乗り越えるために、JAXAやNASAで培ってきた仕事論やメンタリティなど、その辺のお話は『一瞬で判断する力 若田光一』(日本実業出版社)をよろしければご一読頂くとして…

取材の中で一番強く感じた事は、宇宙飛行士の日々は意外と地味だということ。確かにミッション前後にはメディアでの露出が増えて世間の注目度は高くなる。しかしそんなとき以外は、地上での長い訓練生活や業務が淡々と続く毎日だ。何よりいつどのタイミングで宇宙飛行のミッションにアサイン(任命)されるかわからない。宇宙飛行士人生で何度あるのかわからない、数少ない宇宙飛行のチャンスのために、ただただ「宇宙に行く」という情熱の火を燃やし続け、モチベーションを維持していかなくてはならない。

また待ちに待った宇宙飛行が決まったとしても、例えばISSの長期滞在ミッションでは宇宙に向かう約2年ほど前から、世界中の宇宙機関に訓練のため出張する生活が始まる。そのためNASAの宇宙飛行士の中には、家庭生活が何より大事だということで、スペースシャトルによる2週間の短期ミッションは受けるけれども、ISSでの長期滞在ミッションは辞退したり避けたりする人もいるらしい。

ある人が宇宙飛行士の仕事の実態は『3K』だと言っていた。キツい、汚い、危険ということだ。確かに訓練の日々はキツい。清潔便利な地上の生活と比べればISSや宇宙船は狭いし汚いと感じることもあるだろう。そして何より危険なことは周知の事実だ。

そう考えると宇宙飛行士とは、先の読めない、コストパフォーマンスの悪い、損な仕事なのではとさえ思えてくる。僕は安易に宇宙飛行士への憧れを口にできない気分になった。

Credit:JAXA
JAXA宇宙飛行士7名が勢揃い。中央の金井宇宙飛行士を起点に図ったように扇状に並んでいる様子が、日本人宇宙飛行士の生真面目さと緻密さを体現している。(考え過ぎか…)

 

「宇宙飛行士を取り巻く人々」

そんな厳しい現実の中で、宇宙に行くこと以外に宇宙飛行士のモチベーションは一体何だろうか?

その質問に若田さんは、「JAXAを始め、NASAや各国宇宙機関の優秀なスタッフに囲まれて仕事をするのは何より刺激的な毎日だ」と語っていた。「宇宙飛行士は毎日学ぶことだらけ。まるで学生のようだ」と、新人のような顔付きで嬉々として訓練に励む若田さんの姿がそこにあった。そう、宇宙飛行士はもともと適性と素質を見抜かれ選ばれてはいるが、結局は宇宙機関の優秀なスタッフの中で揉まれながら、一人前の宇宙飛行士に育てられていくのだ。

僕の興味は宇宙飛行士という存在もさることながら、彼らを取り巻く人々にも向かい始めた。

『宇宙兄弟』では小山宙哉先生が綿密な取材のもと、宇宙機関において様々なポジションで働くキャラクターたちを実に活き活きと描いている。またこの作品の読者は男女問わず、働き盛りの年代が多いという。登場人物たちの仕事に対する姿勢や考え方が、どんな仕事をしていても心に響くことがあるからだろう。

僕は漫画のキャラクターたちのモデルともなったリアルの人間たちにお会いして話を聞くことにした。漫画作品と同様、彼らのリアルな言葉が、日々の仕事や生活、引いてはこれからの人生において、大きなヒントになると思ったからだ。

まさに「今のは“心のノート”にメモっとけ」(デニール・ヤング 六波のNASA主任教官パイロット)という話が聞けるに違いない。

というわけで、これからスタートする『宇宙兄弟リアル』の連載を、是非ご期待下さい!!!

 

【宇宙兄弟リアル】が書籍になりました!
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。

 


<『宇宙兄弟リアル』からのお知らせ>

この連載記事は、来年夏以降に書籍化される予定の『宇宙兄弟リアル』(仮題)の取材内容の一部を掲載していくものです。

また『宇宙兄弟リアル』の連載では、次回インタビュー取材をする方が決定次第、読者の皆さんに報告していきます。取材対象のご本人に質問したい事があれば、筆者ツイッター( @allroundeye )に書き込み下さい。読者の皆さんから頂いた質問内容を可能な限り反映してインタビューを進めて参ります!また連載に関して感想・希望などあれば合わせてお寄せ頂ければ幸いです。頂いたご意見を交え、さらに充実した連載にしていきます。

次回登場するのは、12月からのISS長期滞在ミッションを直前に控えた金井宣茂宇宙飛行士(@Astro_Kanai )です。宇宙飛行士候補者の選抜試験ではJAXAから『補欠』という扱いで合格を通達された金井さん。当時の心境、また訓練生活を通して培った心と技とは何かなど、根掘り葉掘り聞いてみたいと思います!

金井さんは自身のツイッターやブログで近況報告などされていますが、『宇宙兄弟リアル』においてもISS滞在中の金井さんにリアルタイムメールインタビューを予定しています。ご期待ください!!

Credit: JAXA
ちょうど宇宙飛行士候補者の選抜試験の時に『宇宙兄弟』を読み始めたという金井宇宙飛行士。ムッタやセリカが選抜試験を受けている描写がいいシミュレーションになったそうです。

 

<筆者紹介>  岡田茂(オカダ シゲル)

NASAジョンソン宇宙センターのプレスルームで、宇宙飛行士が座る壇上に着席。
気持ちだけ宇宙飛行士になれました。

 

東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。

 

<連載ロゴ制作>  栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。