せりか基金通信インタビュー『宇宙兄弟』の中でせりかの実験を成功に導いた医師 林祥史先生 | 『宇宙兄弟』公式サイト

せりか基金通信インタビュー『宇宙兄弟』の中でせりかの実験を成功に導いた医師 林祥史先生

2019.05.29
text by:編集部コルク
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宇宙兄弟は「せりか基金」を立ち上げます。
シャロンが患って闘っているALS、せりかのお父さんが患って亡くなった病気であるALS。未だに十分な原因解明や根本的治療法がなく、徐々に体の運動機能を失っていく恐怖や、知力、痛み、かゆみ、寒さなどの体の感覚が保たれたまま意志を伝えることができなくなる恐怖、自分の命の意味と闘うALS患者の方の、希望を叶える支援をしたいという想いがあります。せりかの夢の実現を現実のものに。

『せりか基金』の設立はご承知の通り、伊東せりかがALS研究に取り組んでいることに端を発しますが、ここでふと疑問が。ストーリーのなかでALSが取り上げられることになったのはなぜだったのでしょう。何かきっかけがあったのか。
そこには、ひとりの現役医師のアドバイスがありました。『宇宙兄弟』にALSのことを教えてくれたのは、脳神経外科を専門にする林祥史先生です。
はじまりは、『宇宙兄弟』のストーリー展開について、専門家の見地からアドバイスを求められたことだったのだとか。どんな経緯だったのか、お話を伺いました。

林祥史(はやし・よしふみ)サンライズジャパン病院プノンペン 院長。2005年東京大学医学部卒業後、亀田総合病院勤務を経て、北原国際病院脳神経外科へ。2016年よりカンボジアで日本式の救命救急センターを立ち上げ、運営を担っている。

 

旧知の仲だった『宇宙兄弟』担当編集者から、あるとき連絡が入りました。
いわく、作中で伊東せりかのお父さんが、何らかの病気で亡くなったという設定を考えている。せりかはその病気の治療法を見出すために医師を志し、ISSでその病因を研究するため宇宙飛行士になったのだ──。そういう話にする場合、状況に最もよく当てはまる病気は何だろうか、教えてほしいという相談でした。

話を聞いて頭に浮かんだのは、ALSでした。
僕は以前から、ALSと少々の関わりがありました。医者になって最初に赴任したのは千葉県の総合病院で、その病院にはALSの患者さんが何人も通院されていました。僕の専門は脳外科ですが、研修医として神経内科をローテーションする期間を多くとっていたので、ALSの患者さんを診ることもありました。

また、ちょうど私が神経内科をローテーションしていた際に、英国からの留学生といっしょにALSの患者さんからアンケートをとる研究も一緒にしました。日本では気管切開をして人工呼吸をつけるALS患者さんが3割ほどいるのに対し、英国の患者さんはほとんど人工呼吸器をつけることを選ばないという事実があるので、この違いの理由を探るのが目的でした。2ヶ月の間でたしか12名ぐらいのALS患者さんにお会いすることができました。

そんな経験があったので、『宇宙兄弟』に関連した質問を受けた際、ALSがいいのではと思いついたのです。
物語上の病気なんだから特定の病名を明らかにせず、匿名にしてもいいんじゃないかということも議論しました。それでも話をするうちに、ちゃんと病名を出してそれを物語のなかで治していくべきだ、せりかたちが治療薬もつくっていったほうがいいんだという方向に。
ああたしかに、そのほうが夢があっていいなと感じましたね。結果、ALSと明示することになったわけですが、そのほうがわかりやすさもストーリーの深みも増したと思いますね。

『宇宙兄弟』12巻より

 

そうしたやりとりからしばらくして、また連絡がきました。いよいよせりかが、ISSでALSの実験をする運びとなった。さて医学的には、どんな実験・研究をするのがいいだろうかという問いが降ってきました。
調べてみると、実際に宇宙空間でおこなわれた実験例がひとつありました。デュシェンヌ型筋ジストロフィーという病気があり、その治療研究の一環として国際宇宙ステーションで高品質タンパク質結晶生成実験がおこなわれていたのです。
実験がどれだけうまくいったのかは公表されていないんですが、無重力状態だときれいな結晶をつくることが期待できて、創薬において大きな力になるかもしれません。

これはALSの類似研究とみなせるので、そこから考えを進めていきました。ただし、ALSはデュシェンヌ型筋ジストロフィーよりも病因やメカニズムが解明されていない部分が多く、そこをどうリアルに表現するかは課題でした。そこでまだ仮説ではありますが、ALSの発症と何らかの関わりを持っていると見られるTDP-43タンパク質に目をつけて、この結晶生成実験をせりかがおこなうことにしてはどうか提案しました。

『宇宙兄弟』27巻より

 

TDP-43はALSの発症になんらかの関わりがありそうなのですが、はっきりしたところはまだ解明の途上です。なので、せりかの試した実験が現実におこなわれたとしても、創薬につながるかどうかはいまのところわかりません。
それでもこの提案をするうえでは、僕も自分が実際に研究するのと同じレベルでできるかぎり多くの論文を読んだりいろいろと調べを尽くしました。作品を通して世に公表されることで、どこかに迷惑がかかってもいけませんからね。先端の研究をしている研究所や製薬会社へヒアリングに行ったり、その分野でトップの専門家にも意見を聞いてみたり。すると概ね、おもしろいんじゃないか、いまはまだできていないけれど「少し未来」の世界ならこういうこともあり得る、と言っていただけたのでほっとしました。
それに、ある研究所からは「お答えできない」という回答をもらったり。これは、実際の研究とかなり近いんじゃないか・・・(笑)と実感できました。

作品のなかでは、偶然コニャックが混入することで、せりかの実験が成功に導かれることとなっています。こうした話のディテールをつくる際にも改めて相談を受けました。実験を始めてすぐに成功してしまっては物語の進行上よろしくない。何度か失敗しつつ最後にはうまくいくようにしたいが、何かアイデアはないかと。
実際の研究ですと、試薬の濃度や温度設定を少しずつ変えていったらうまくいきましたというようなこともあるんでしょうけど、それでは漫画としてはちょっと地味なので(笑)、もうすこし何かないかということでした。これまでの発明の歴史を考えてみると、大発見は往々にしてハプニングがきっかけで起こったりもするようなので、何かが偶然入り込むことにしてもいいのではと提案しました。コニャックが入り込んでしまうというのは作家の先生のアイデアだと思いますが、無理のないストーリーになったと思います。

漫画というフィクションの世界で、安易に成功ストーリーが描かれることに抵抗のある人もいるかもしれませんね。でも僕としては、自分の出したアイデアが漫画のなかで展開されていくのは、ハッピーなことです。同じような研究に現実の世界で取り組んだとしても、1、2年でこれほどうまくいくことは考えられませんが、それを架空の世界で実現してくれるのは単純にうれしいものです。ストーリーにのせると社会に広く浸透しますから、与えるインパクトも大きいですし。エンターテインメントの力ってやっぱり強いんだなと実感します。

『宇宙兄弟』27巻より

 

作品でうまくいったからといって、現実でも成功するかどうかはまた別の話でしょうけれど、間接的にでも現実にいい影響を与えられることだってありそうです。作品の世界では、どんどん夢を描いていってほしいと思います。
僕自身、『宇宙兄弟』の中でいくつかの研究を成功させてもらって研究欲が満たされている部分もあります(笑) なので研究は他の専門の先生方にお任せして今は臨床医としてできることをしていきたいなと思っています。

『宇宙兄弟』自体も、宇宙飛行士のストーリーを通して「宇宙ってこんなに楽しいんだ」というメッセージを打ち出したことで、宇宙のことが注目されて盛り上がる気運をつくりましたよね。それで実際の宇宙開発や宇宙ビジネスにすこしでもいい影響があれば何よりじゃないですか。
医療の世界でも、テレビドラマなどで「医師もの」はけっこう定番になっていて、たしかに観ていて「その手術はちょっと無理なんじゃ……」というような描写もたまにはありますが(笑)、作品を通して一般の人に理解が広まったり、関心を持ってもらえるのはいいことだと思います。

ISSでの実験を成功させたせりかですが、また彼女に宇宙活動の機会が巡ってきたら、どんどん研究をやってほしい。今度はどんなテーマの実験をするのか、想像するだけでも楽しいですよ。そのときはもちろんまた相談に乗りますし、どんな無理難題でもきっと解決策を探しますので(笑)。

ライター:山内宏泰(@reading_photo)

 

 

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