「便利なロボット」が一番の褒め言葉(後編)『隣のロボット』(15) | 『宇宙兄弟』公式サイト

「便利なロボット」が一番の褒め言葉(後編)『隣のロボット』(15)

2017.03.01
text by:編集部コルク
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ロボットベンチャーのフラワー・ロボティクスに勤める村上美里さんがお届けする連載「隣のロボット」。第15回は、開発中の家庭用ロボットPatin(パタン)に機能を与えるためのしくみについて、背景のストーリーをまじえてお話しいただきました♪
目指すのは、あくまでも日常になじむロボット。家具のように部屋の風景にとけこみ、動くことで便利になるものに思いを巡らせ、村上さんたちの試行錯誤の日々は続きます。お金も人材も時間も限りあるベンチャーならではの創意工夫の数々!最新話もどうぞお楽しみください。

私たちフラワー・ロボティクスが開発するPatin(パタン)は、空間を自在に動く「台車」である。
本体部分のメイン機能は「動く」ことで、その他の機能は上部に載せたアプリケーションで実現する。

基本的な動きと、機能を果たす部分を分けた理由は、台車型ロボットの上に機能を載せ、それを付け替えて使うというアイデアに基づいている。
AIBOなどこれまでのロボットは、購入時に備わっている機能がすべてで、新しい機能が欲しい場合は新機種に買い換えるなどまるごと取り替える必要があった。

だが、ロボット自体高価な買い物になるので、機能ごとに買い揃えることは難しい。

そこで、ベースとなる台車は共通で、機能を比較的安価に追加できるロボットは、便利で実用的で、受け入れられやすいのではないかと考えた。

前回は本体(台車)とサービス・ユニットという構成を取った理由と、最初に自社製作した「照明」と「植栽(ITプランター)」を紹介した。

後編では引き続き試作のサービス・ユニットの紹介と、自分たちで試作をつくってみたことで見えて来たものについてお話したい。

ロボットを未来の日用品として考えてみる

台車部分を本体として、上部に「サービス・ユニット」という機能を持ったアプリケーションを追加するロボット、というコンセプトが決定した。
開発、製造、販売などの視点から考えてもメリットがあるのだが、Patinが「使い続けられるロボット」になるために重要な構成だと考えている。

ロボットが使い続けられるためには、便利さや楽しさなど、ユーザーに使うメリットを与える必要があると考えている。
将来ロボットが日用品となったとき、ロボットは特別なモノとして存在するのではなく、現在の私たちの暮らしの延長に、自然になじんでいるのではないかと想像しているためだ。
そのとき、ロボットは個性よりも機能が重視されると考えた。
Patinはキャラクターではなく、提供する機能が価値となる。
それを実現するために、本体+機能部という形式を取ることになった。

ただ、これはあくまで私たちの仮説である。
実際にサービス・ユニットをつくってみて、Patinに載せて動かしてみて、検証をしてみる必要がある。
そこで思いつく様々なサービス・ユニットをつくってみることにした。

ロボット+家具の発想

ロボットについて、平成17年5月12日経済産業省「ロボット政策研究会」の中間報告書にて『センサ』『知能・制御系』『駆動系』の3つの要素技術が備わっていること、と定義されている。
簡単に言うと自動で動くことができる機械である。

だが、私たちはサービス・ユニットについては、必ずしも機械である必要はないと考えた。
ロボットとしての機能は台車部分が実現しているから、上の部分はタブレットのようなコミュニケーションツールでも、家電でも、あるいは家具でも、「動くことで便利になる」ものであればなんでも載せてよいと思っている。

そこで製作したのが「テーブル」である。
Patinのコンセプトを話したとき、どんなサービス・ユニットなら使ってみたいかアイデアをもらうことがある。
そのときにたびたび出るのが、「自分についてくるテーブル」だった。
たとえば立食パーティのとき、グラスや皿を持って動くのは結構たいへんだ。そんなとき、テーブルを載せたPatinがついてきてくれたら、両手が自由になるから快適だ。
また、目新しいロボットを連れていることに魅力を感じる人もいた。

プロトタイプは簡単に、低コストで検証することを目的としてつくるので、私たちがつくってみた「動くテーブル」はとてもシンプルなものだ。
動力はPatinで、その上にテーブルのサービス・ユニットを取り付けた。

テーブルのサービス・ユニットを取り付けたPatin

 

このテーブルは映画の小道具などをつくっている製作会社に依頼して作成した一点ものである。
細い木を組み合わせ、デザイン性を重視したコンセプトモデルだ。
試作なので、製品としての質、耐久性、そしてコストも、売り物としてはまったく成立しないのだが、
「家具のロボット化はこういうイメージです」
と示すことにはとても役に立っている。

ゼロからつくろうとしない。ありものを組み合わせる開発

小さな会社は、お金も人材も、時間も限られている。
だからできることとできないことを判断しながら進まなくてはいけない。

Patinは上に家電や家具を載せるというコンセプトを持っている。
照明や扇風機、プロジェクターなど、すでに市場に出ているものを載せたい、と考えたとき、ロボットをつくっている私たちフラワー・ロボティクスが、ゼロからそれらをつくることは非常に難しい。
技術もなければ、時間もお金もない。

そこで考えられるのが、家電メーカーなどと協力することだ。
ただ、いきなりちっぽけな会社のために製品を共同開発してくれる企業があるはずがない。
それに私たちにとっても、いきなり大きな話を進めて、「やっぱりうまくいかないですね」となるリスクは避けたい。

そこで私たちはありものを買ってきて改造するという手段を使う。

部品類も自作

手を動かすと、問題も解決策も早く見つけられる

空気清浄機もその中で自作したサービス・ユニットのプロトタイプだ。
「空気清浄機が動くとどのように便利なのか」
「足りない機能や仕組みは何か」
つくってみることで具体的になる。

試作の段階で、製品化が難しいこともはっきりする。
たとえば、「動くコーヒーメーカー」をつくろうとしたとき、保温ポットを載せることは難しくないが、ネスプレッソのように一杯ずつコーヒーを淹れるマシンは搭載できないことがわかった。
高い電力を必要とするので、何キロものバッテリーを載せなくてはいけない上に、一度で電力を使い切ってしまうのだ。
移動できるコーヒーメーカーは便利だが、一杯淹れて動かなくなるものは使えない。

実現の可能性とそこまでの労力、効果を考えながら、やるべきことを決めていく。
まずはやってみる姿勢は新しいものを作り出す上で重要だと考えている。

外側だけの試作。見えない部分は手をかけない

実際にやってみて、ものづくりの大変さを痛感する

 Patinのコンセプト発表をおこなった2014年の段階では、サービス・ユニットはもともと、サードパーティ(他企業)に開発・製造してもらうつもりであった。
広くアイデアを募った方が、私たちの想像し得ない面白いサービス・ユニットができるのでは、と考えたからだ。
ハードウェアもオープンソースの時代である。
また、当時は3Dプリンターなども広まりつつあり、ものづくりへの波が起きつつあった。

また、現実的な話として、小さな会社なので、いくつものサービス・ユニットを自社開発、製造することは時間的にも、体力的にも難しいという理由もあった。
それに日本や世界には、ものづくりのプロたちがたくさんいる。
たとえば照明やプロジェクターなど、すでに機能の完成された製品をつくれる企業ならば、サービス・ユニットに転用することはコストも低く、時間が掛からないのではないか、と考えたのだ。

特に国内のものづくりが衰退しつつある中、ロボットという新しいプロダクトが再び製造業を盛り上げることができるかもしれない、という自負もあった。

だが、2年ほど開発と並行して他の企業と話をする中で、開発途中のPatinに興味を示してくれる企業はあっても、具体的に人材や資金を投じてサービス・ユニットを開発しようという段階まで進まなかった。

企業にとって、売れるかわからないものに時間とお金をかけることは非常に難しいのだ。
ロボットブームとは言っても、実際は多くの場合、既に出来上がったロボットを求めていて、一緒に新しいロボットをつくろうという話になってもその場の盛り上がりで終わってしまう。
そうなると、やはり私たちで「Patinに載せたら便利なサービス・ユニット」をつくり、具体的にロボットのある生活を提案しなくてはいけないと考えるようになった。
昨年(2016年)はその動きを具体化し、サービス・ユニットの開発と、実験の割合を増やしていっている。

開発も事業の進捗も思うようには進まないのだが、サービス・ユニットを自作することは、ものづくりの難しさ、品質の大切さを私たち自身が知るきっかけにもなった。
もちろん大量製造できる品質には程遠い、日曜大工レベルかもしれないけれど、ものづくりにおいて大切な思想や視点は今後に活きていくだろう。

3Dプリンターで外装のプロトタイプを製作中

 

<<次回予告>>
ロボットが社会の注目を再び浴びるようになった。
様々なイベントや展示会も開かれているが、今年2017年の2月から、世界的なデザインミュージアムであるVitra Design Museumにて、ロボット展が開かれることになった。この企画展、「Hello, Robot」は今後オーストリアやベルギーの美術館でも開催され、3年ほどの巡回展になる予定だそうだ。(Hello, Robot 特設サイトはこちら(外部サイト/英語))
100点以上の展示物の中に、私たちのPatinも選ばれた。
次回は展覧会の紹介を通して、これからのロボットとデザインの関係を考えてみたい。

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。