【隣のロボット】Patinとフラワー・ロボティクスの3年間(前編) | 『宇宙兄弟』公式サイト

【隣のロボット】Patinとフラワー・ロボティクスの3年間(前編)

2017.07.28
text by:編集部コルク
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家庭用ロボットPatin(パタン)の開発をしているフラワー・ロボティクスの村上美里さんが送る連載「隣のロボット」。第17回は、Patinの開発ストーリを振り返りながら、家庭用ロボットとはどんな形で私たちの未来の生活に存在するのかを想像して行きます。

ロボットへの夢と希望だけで輝いていた時間

2015年の12月から始まったこの連載も17回を数えた。
ロボットベンチャーである、フラワー・ロボティクスが開発している家庭用ロボット「Patin(パタン)」は、2016年の発売を目指し、2014年9月にコンセプトを発表した。
冒頭の写真のようにテレビに取り上げられる機会も得て、Patinの開発は、社会のロボットへ関心の膨らみに合わせるように進んでいった。

いまだに様々な問題や課題と格闘中だが、発表から3年が経とうとしている現在、改めて家庭用ロボットとしてPatinの価値は何か?それをどうやって広めることができるかを日々考えている。
2回に渡ってPatinの開発ストーリを振り返りながら、家庭用ロボットとはどんな姿で私たちの未来に存在するのかを想像してみたいと思う。

2014年冬:世間はロボットへ可能性を感じていたのか

この1、2年で、ロボットは公共施設や店舗、あるいは家庭にも姿を見せるようになった。
だがほんの数年前まで、私たちにとってロボットは、商品というよりもアニメやSFの中のキャラクターという印象が強かったのではないだろうか。

私がフラワー・ロボティクスという会社を知ったのは2014年が終わるころだった。
その年の夏前にpepperが登場したのでロボットという存在を認識してはいたが、それまで私は最先端のテクノロジーに大して関心が高くなかった。
IoT、ハードウェアブームは起きつつあったものの、これまで情報という形のないものを扱う業界にいたので、
「ものづくりってしんどそう」
というネガティブなイメージさえあった。
ただ、新しいものは好きだったから、ロボットという実は古いけれど産業としてブレイクする直前の分野には興味を引かれた。
私が最初にパソコンに触れたのは小学生のときだった。ワードはおろか、テキストエディタですらない、たぶんMS-DOSだろう、真っ黒い画面に打った文字が表示されるというだけで感激したことを覚えている。
それと似た未知の価値に触れる感動を、ロボットがもたらしてくれるのかもしれないという期待があったし、それに自分が関われるなら面白いと思った。

Patinのある生活をイメージしたコンセプトムービーを発表した

 

社長と面談する前に、2014年9月にコ“Hello, Robot”展会場これが売れるのかはさっぱりわからなかったが、もうこれだけモノが溢れて便利な世の中だから、今の価値観ではピンとこないものがマーケットをつくることもあるかもしれないな、と思った。私が社会に出た2009年頃、iPhoneはまだガジェット好きのおもちゃのような存在で、ガラケーで充分という空気があった。だが周囲をみまわせばわかるように、数年でガラケーは化石になってしまった。
ロボットに何ができるのか、それが必要なのか私にはまだわからなかった。ロボットの会社に転職すると話したら、友人たちはピンと来ない顔をしていた。pepperは話題になっていたけど、ロボットは普通の人が売ったり買ったりするものではないという認識が強かった。
でも、ロボットがある日々が今よりも便利ならば、きっとロボットがなかった暮らしが想像できないような未来が訪れるのではないかと思った。

インテリアショップにて「家具とロボット」のイメージを膨らませる

2015年:ロボット開発は地味で地道

フラワー・ロボティクスの2014年から2015年は、Patinのプロトタイプ開発に費やされた。

私たちは開発チームを“SEED”と呼んでいるが、当時その拠点は飯田橋駅にほど近い雑居ビルにあった。
2015年の年明け、私はまだフラワー・ロボティクスに入社する前だったが、開発会議をやるから来て欲しいと連絡があった。開発の様子を見れば、Patinがどんなプロジェクトなのかわかるだろうということだった。

飯田橋のラボでは、エンジニアたちはもくもくとパソコンに向かっていた。
日が当たらないワンルームなのに、日光がセンサーを狂わせるから、いつ行っても四六時中カーテンが引いてあった。なぜか裏表逆にかけられたカーテンは、後から聞いてみたら花柄模様が人の顔だと誤認識されるから裏返しだったらしい。
エンジニアたちは開発以外のことに興味が薄いのだが、たまに派手な花柄のカーテンを買ってしまうなど不思議な失敗をする。

店が狭いためバラバラの席だった新年会

 

割とアバウトなところがある会社なのだが、当時はもっと緩くて、いつまでも開発会議は始まらず、私は手持ち無沙汰に2時間ほど待たされた。エンジニアたちはずっとパソコンに向かっていた。
しかもその後も開発会議はなく、新年会だと餃子屋で昼食を食べ、結局どんな開発をしているのかわからずに、やばいところへ来てしまったかと思ったものだ。

だが、結局当時も今も、開発チームはそんな感じで、Patin開発のためそれぞれの役割を担い、真摯に取り組んでいる。プログラミングをしたり、はんだ付けをしたり、何かの部品を組み立てたりしている。ハードウェア、ソフトウェアをつくっては機能を検証し、部品を変えたりプログラミングを修正したりしながらPatinは育っていく。
野菜を刻んでいる姿を見ても料理の完成形はわからないように、開発を眺めていてもPatinの全容はつかめない。

私は事業パートナーにPatinを紹介したり、展示会に出たりと「見せる」仕事を担当しているので、あまりに「地味」な画に、いつも何か、「ぱーっとわかりやすい」感じにならないのか、と思ったりした。
だけど営業や展示会で、おしゃべりをしたり派手な動きはできないけれど、機能を果たし動作するPatinを見せるたびに、きちんと動けば興味を引く佇まいになるし、Patinの機能やロボットがある風景に関心を持ってくれる人がいることを知った。

エンジニアに向けてPatinの技術紹介も積極的におこなってきた

小さな会社は技術を追い求めるべきか

Patin自体は台車として、上に空気清浄機やコーヒーメーカーなどの「機能」を持つアプリケーション(私たちはサービス・ユニットと呼んでいる)を適切に運ぶなど、移動機能がメインだ。
実際はとても複雑で高度なことをやっているのだが、デモンストレーションではそれがわかりづらい。
機能が開発中だと、さらにこじんまりとしたものになってしまう。

残念だが、床の上をあちらこちらに動き回るPatinは、お掃除ロボットとどこが違うのか、パッと見ではわからないだろう。
「途中だけどここまでできました」と示しにくいのは、ロボット開発の上で仕方のないことだが事業としては苦労の種にもなった。
派手さ、わかりやすさは本質ではないのだが、人の関心を引くには必要なこともある。

ラスベガスで開催されたCES2017での展示風景

 

技術については、「どこにオリジナリティを求めるか」「最先端を目指すか」という点も課題だ。
私たちは独自の機能やアルゴリズム、意匠などを開発し、オリジナルの技術も追い求めている。だが、技術の進歩はとめどない。

最近、GoogleやFacebookなどIT業界の巨人たちがこぞって優秀な研究者やエンジニアを集めているが、優秀な頭脳がたくさん必要、しかもあればあるほどいい、という分野は存在する。
ロボットの機能も、そういう要素があるものは多い。脳みその数が事業の成功の鍵を握るという状況になれば、当然多くの人材を雇う資金力がある企業がリードする。

企業ブランド、ビジョンへの共感という軸は、必要な仲間を得るためには不可欠だけれど、優秀な人をたくさん集めるという戦いでは分が悪い。そうなると、年齢だけは重ねているが吹けば飛ぶような小さなロボットベンチャーがどういう戦い方をすればいいかは考えなくてはいけない。

開発中はイメージが伝わるビジュアルでのアピールを重視。生活の中にあるPatinを連想させる写真を撮影中

 

それは私たちの実現したい未来の日常、Patinという家庭に入るロボットの価値を最大化する、オリジナルでユニークな機能に絞ることだ。
そうやって魅力的なロボットをつくることができれば、ファンもできるし、仲間も集まるのではないかと思っている。

言うほど簡単ではないのだが、人もお金も限られた会社が何を価値とするか決め、ブレないことはとても重要なことだ。なぜなら、その価値をグラグラと揺らし、自分たちの信じてるものへ疑いが生まれるような出来事が数限りなく起こるからである。
私はそれを2016年に嫌というほど学ぶことになる。

次回は開発が最初の山を越え、製品化のために事業として取り組みが増える2016年のお話をしたいと思う。

(つづく)

 

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。

〈隣のロボット 過去の連載はこちら〉
第1回 『隣のロボット』ーーデザイナーがロボットに映す未来 ロボットをデザインすること

第2回 『隣のロボット』ーー未来の日用品を作るために ーロボット開発に必要な思考ー

第3回 『隣のロボット』ーーテクノロジーは夢を描く ー未来が楽しみになる、まだ見ぬ何かが生まれる場所・CES2016参戦記

第4回 手塚治虫が描いた未来に、僕らは立っているのだろうか? アトムが13歳になる2016年、人工知能の進捗はこんな感じ

第5回 『隣のロボット』ーー1メートルでは大きすぎる・四畳半では狭すぎる ーロボットと、ロボットのいる空間を定義するー

第6回 『隣のロボット』ーーロボットはサラリーマンにつくられる 良いチームをつくる方程式は存在するのだろうか?

第7回 『隣のロボット』ーー試作機の完成は開発者の子離れのとき ロボット版「はじめてのおつかい」

第8回 『隣のロボット』ーー2050年、ロボットがサッカーワールドカップでチャンピオンになる? 20年目のRoboCupの現在とこれから

第9回 ロボットは「なくてもよいもの」から日用品になれるだろうか ロボットが日常の風景になる日を目指して15年目(前編)

第10回 ロボットが活躍する未来を信じて フラワー・ロボティクスの15年目(後編)

第11回 理想のデザインと機能を目指して 今日もコツコツロボット開発の日々

第12回 なぜロボットは高いのか? ものづくりとお金の関係

第13回 ロボットをつくるためのお買い物リスト 『隣のロボット』

第14回 「便利なロボット」が一番の褒め言葉(前編)『隣のロボット』

第15回 「便利なロボット」が一番の褒め言葉(後編)『隣のロボット』

第16回 世界最高峰の’作品’を抱える空間で開かれた展覧会”Hello, Robot” で見えた、ロボットと人間の未来の生活 『隣のロボット』