【隣のロボット】Patinとフラワー・ロボティクスの3年間(後編)〜ロボットは儲からないけどワクワクする〜 | 『宇宙兄弟』公式サイト

【隣のロボット】Patinとフラワー・ロボティクスの3年間(後編)〜ロボットは儲からないけどワクワクする〜

2017.08.28
text by:編集部コルク
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家庭用ロボットPatin(パタン)の開発をしているフラワー・ロボティクスの村上美里さんが送る連載「隣のロボット」。第18回は、ロボットを家電のように売るにはどうすればいいのか。どうしたら一家に一台、一人に一台という感覚でロボットを普及させることができるのか、そんな問題に大きく立ちふさがる「資金」の問題についてなどの苦労が明らかに。

前回は、家庭用ロボット「Patin(パタン)」の開発に殆どの時間を費やした2014年〜2015年のお話をした。Patinの製品化、販売の実現のためにはお金が必要である。
2016年はロボットの可能性を信じる思いと、ロボット事業としての現実に苦しんだ1年であった。

 

2016年:開発期間とはお金だけが出ていく時間

フラワー・ロボティクスは会社なので、ただ存在するだけでお金がかかる。給料が払われないととても困る。だが、私たちの売り物となるPatinはしばらく一銭も生み出すことはなく、ただひたすらの金食い虫だ。
幸いにも、3年ほどの開発を続けるお金はもったのだが、次のステージ、Patinが製品となるための開発、製造という段階に進むにはちょっと大きな額のお金が必要になる。
資金調達の話が具体的になった2016年は、開発とは別の苦しさのある1年だった。

何度も検討を重ねて開発を進めていく。機能とデザインの両立は難しい

お金を集めるのは「開発がしたいから」ではなく、製品としてPatinを世に出すためである。そうなると、売り物としてのロボットを完成させなくてはいけない。大きな夢を描いて、アイデアときらきらした未来を語るだけで集められる段階はもう過ぎていた。

開発自体も、思うようにいかない部分も大きかった。開発機能、スピードともに、目標と進捗のギャップを見つめるのは当然苦しいのだが、お金がないことも同じくらい悩ましい。

プロトタイプの開発は、誤解を恐れずに言えば文化祭のような楽しさがあった。
新しいアイデア、他にない機能、ロボットのもたらす未来の暮らし。キラキラした理想像を追い求めていた時間は、試行錯誤の大変さはあっても、新しいことにチャレンジしている面白さが勝っていた。
だが開発が進み、ロボットとして機能が固まるに連れ、Patinは現在出来る「等身大」に近づいていく。
そうすると、Patinでできること、できないことが明確になり、「これにどれくらいの価値があるのか」という評価がはじまる。
Patinは未来の生活を象徴するロボットから、「いくらで売れるか」「何台売れるか」を値踏みされる試作品になる。

試作は3Dプリンターなどで一点一点製作する

ロボットに幾ら払えますか?

これだけモノやサービスが溢れた現代で、高価なロボットを購入してまで欲しい価値、というものを見つけるのは難しいかもしれない。
これまで折に触れて「どんなロボットが欲しいか」という話をしてきたが、あと何段階も技術革新が必要なものであったり、逆にスマートフォンで充分ではないか、と思えるものであったり、その希望へPatinを合わせることは現実的ではなかった。

私たちは、私たちが思い描く未来の日常、Patinという家庭に入るロボットの価値を最大化する、オリジナルでユニークな機能をつくりあげることに決めた。
Patin本体の機能の他、上部に取り付けて使う、空気清浄機やコーヒーメーカーなどの「サービス・ユニット」と呼ぶアプリケーションを開発する。

植物を育てるITプランター型サービスユニット

私たちが目指すPatinという製品の完成像を多くの人に話して来た。
「いいですね」「面白いですね」、と言われることもあれば、あまりピンと来ないという顔をされることもある。
雑談なら相手がどう評価しようとも自由なのだが、資金集めとなるとそう簡単な話ではない。
「いいロボット」という感覚を、機能に分解し、それがどれだけオリジナリティがあるのか、他社とどう違うのか、なぜ顧客はお金を払うのかを示さなくてはいけない。
しかも、機能はまだ出来上がっていない部分もある。

「開発が終わったら見せて」
と言われることも多いのだが、開発を進めるのにもお金が必要だ。新しいチャレンジをするとき、リスクは取らないがうまくいったら仲間に入れて欲しいと考える人とうまくやっていくのは難しい。

TEPIA先端技術館での動態展示。長時間動き続けることで発生する不具合も検証するひつようがある

そもそもロボットは気軽にチャレンジするには掛かるコストが大きすぎること、事業として家庭用のロボットで成功した例がないことも、ロボットに関わる企業にとって大きな障害である。
私たちもまだ実現できていないが、このコストの壁を乗り越える企業が複数出なければ、ロボット産業の成長はまだ時間がかかるだろうと思っている。

 

「大きいことはいいことです」という価値観

フラワー・ロボティクスはもうすぐ創業16年を迎えるが、ずっと小さな会社である。
だが世間的に、たくさん商品を売り、売上を大きくし、人をたくさん雇い、会社を大きくしよう、それがいいことだ、という価値観は根強い。
特に、Patinへ関心を示してくれた海外の投資家や事業会社はその志向がとても強かった。
資金的な制約もあったが、必要な人材が必要な仕事を達成する私たちの会社のスタイルは、成長への欲がないようにも見えるようだ。

資金調達では、様々なバックグラウンドの企業、個人と話すことになる。私たちと考えが似ている人も、真逆の人もいる。
難しいのは、どの人の言うことも「一理ある」ことである。
私たちは自分たちのやり方が正しいと信じているし、それを正解にすべく事業を進めているが、当然うまくいかなければ揺れる。今信じていることを変える可能性だってある。

中国のロボットメーカーを訪問。中国の資金力と低コストな製造力は大きな武器となっている

ある時点でうまくいっている、いっていないという評価に一喜一憂しても仕方ないのだが、悪いことが続くとネガティブになってしまうし、自分たちのやっていることへの疑問も出てくる。

不安や迷いを解消する方法は、より多くの人にPatinや私たちが思い描く未来のロボットを紹介し、良い評価も悪い評価も、様々な声を聞くことしかなかった。
結局譲れない価値は何で、達成すべきゴールは何なのか。それがブレないこと、大切なもの以外は全部ひっくり返ってもいいという強さを持つことを学んだ。

 

ゼロからスケジュールを引き直す

Patinは本来、2016年の年末に発売予定だった。未だに開発中なので、スケジュールは大きく遅れていることになる。
2015年はそれに向けてがむしゃらに開発を進めていたし、社外からも多くの力を借りた。だが、その目標ありきで突き進むには開発も、資金も限界だった。

遅れている間にもお金が出ていってしまう。他社製品が出てくる可能性もあるし、そもそもロボットに目新しさが無くなり、ユーザーからの関心が薄れてしまうかもしれない。
一度決めたスケジュールを諦めることはつらい決断だったが、長い目で見れば正しい判断だと言えるのではないかと思っている。

ロボット競技会RoboCupの国際スポンサーを2015年からつとめる。2017年は7月に名古屋で開催

 

Patinの機能開発は想定より時間は掛かっているが、着々と進んでいる。
今後、平行して、「販売できる製品」にするための作業をおこなわなくてはいけない。試作機と製品は、部品の選定から製作、組み立てまで大きく異なる。製品になると採算を考える必要があり、壊れにくいか、修理しやすいか、また最も大切な安全性についても確保しなくてはいけない。

事業計画をつくる中でこの「製造」にかかる費用を計算する必要があるのだが、ものづくりにはとんでもない金額がかかる。
私はこれまでものづくりに関わってこなかった、いわゆる人件費がおおむね原価とイコール、という仕事をしてきたので、この製造費や固定費の大きさには延々と悩まされている。
たくさん作り、たくさん売るというのはわかりやすい成功の方程式だけれど、安く大量に作れば売れる時代は終わりつつある。

ロボットを家電のように売るにはどうすればいいのか。どうしたら一家に一台、一人に一台という感覚でロボットを普及させることができるのか。
まだまだ考えるべきことはたくさんある。

2016年から今年の春にかけて、ほんとうにたくさんの人に会い、Patinを紹介する機会を得た。
その中で迷いが生まれることも多かったが、「Patinがユーザーにとって価値のあるロボットである」ことを私たちが信じ、それを開発で実現するのがすべての前提であることを改めて感じた時間であった。

2017年も半分が過ぎた。
Patinはまだ世に出すことは出来ていないが、この3年で様々な出会いがあり、それが新しいプロジェクトにつながった。
次回からは、Patinの開発とあわせてこの新しい取り組みについてもご紹介していきたい。

事業を進める中で、ロボットやIoTについて、周囲の反応も少しずつ変わってきた。目新しい製品やサービスに注目するだけでなく、それがどう暮らしに入っていくのか?という視点で語られることが多くなった。
そこで、より具体的に、「家庭」という場でどうロボットやIoTを使いこなしていくかを考えるプロジェクトがはじまる。
新しいテクノロジーによって、私たちの暮らしはこれからどう変わっていくのかをお伝えしたいと思う。

(おわり)

 

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。

〈隣のロボット 過去の連載はこちら〉
第1回 『隣のロボット』ーーデザイナーがロボットに映す未来 ロボットをデザインすること

第2回 『隣のロボット』ーー未来の日用品を作るために ーロボット開発に必要な思考ー

第3回 『隣のロボット』ーーテクノロジーは夢を描く ー未来が楽しみになる、まだ見ぬ何かが生まれる場所・CES2016参戦記

第4回 手塚治虫が描いた未来に、僕らは立っているのだろうか? アトムが13歳になる2016年、人工知能の進捗はこんな感じ

第5回 『隣のロボット』ーー1メートルでは大きすぎる・四畳半では狭すぎる ーロボットと、ロボットのいる空間を定義するー

第6回 『隣のロボット』ーーロボットはサラリーマンにつくられる 良いチームをつくる方程式は存在するのだろうか?

第7回 『隣のロボット』ーー試作機の完成は開発者の子離れのとき ロボット版「はじめてのおつかい」

第8回 『隣のロボット』ーー2050年、ロボットがサッカーワールドカップでチャンピオンになる? 20年目のRoboCupの現在とこれから

第9回 ロボットは「なくてもよいもの」から日用品になれるだろうか ロボットが日常の風景になる日を目指して15年目(前編)

第10回 ロボットが活躍する未来を信じて フラワー・ロボティクスの15年目(後編)

第11回 理想のデザインと機能を目指して 今日もコツコツロボット開発の日々

第12回 なぜロボットは高いのか? ものづくりとお金の関係

第13回 ロボットをつくるためのお買い物リスト 『隣のロボット』

第14回 「便利なロボット」が一番の褒め言葉(前編)『隣のロボット』

第15回 「便利なロボット」が一番の褒め言葉(後編)『隣のロボット』

第16回 世界最高峰の’作品’を抱える空間で開かれた展覧会”Hello, Robot” で見えた、ロボットと人間の未来の生活 『隣のロボット』

第17回 Patinとフラワー・ロボティクスの3年間(前編)