宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

これまで5回行われてきたJAXA宇宙飛行士選抜試験。一体どのような試験なのだろうか…? その第5期選抜にて、10ヶ月に及ぶ選抜プロセスの最終試験まで勝ち残った経験を持ち、現在は宇宙船「こうのとり」のフライトディレクタに従事する作者による、大きな挫折と前進の記録。

第3章 宇宙飛行士の資質とは?

第3章 宇宙飛行士の資質とは?

一体、どういう人が宇宙飛行士候補として選抜されるのだろうか?
その人はどういう資質を見出されて候補として選ばれることになるのだろうか?

2008年当時は、そもそも出回っている情報量が少なかったため、断片的な情報を組み合わせながらあるべき宇宙飛行士像をそれぞれが描きながら、宇宙飛行士に求められる資質を想像し考え、対策準備をしていた。

当時ぼくが直接的に一番参考にしたのは、JAXAの宇宙飛行士募集のウェブサイトに掲載された、求められる資質だ。とても抽象的ではあるが、雲をつかむような状況の中では、最も重要な情報ソースだった。そこから、想像を膨らませて求められている(とぼくが思う)宇宙飛行士像を具体化していった。

宇宙飛行士には何の能力が重視されるのか?
新世代の宇宙飛行士として求められるものは何か?

2008年の第5期宇宙飛行士選抜試験をメディアとして初めてとなる密着を、「宇宙飛行士」という特別な職業、いわば「人類代表」ともいえる超人・宇宙飛行士が選ばれるプロセスへの興味と、想像を絶する激しい競争が見られると期待して臨んだNHKは、この試験のことをこう表現した。

「どんなに苦しい局面でも決してあきらめず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力があるかその『人間力』を徹底的に調べ上げる試験」

宇宙飛行士のライトスタッフを、『人間力』という言葉で表現し、この求められる『人間力』は、企業での採用や昇進で求められる資質と本質的には同じもので、特別なものなどでは決してなかった。

そのNHKの取材に対し、第5期宇宙飛行士選抜で宇宙飛行士の資質審査委員長を務めた長谷川義幸さん(当時「きぼう」開発プロジェクトマネージャ)は、このように語った。

「毛利、向井、土井、若田、野口、そして星出と、この20年間、日本人が宇宙飛行を重ねてきました。さらに『きぼう』を通して、アメリカのNASAやロシア、ヨーロッパ、カナダと、世界の宇宙機関とともに仕事をするようになりました。そうした経験から、どのような日本人が”優れた”宇宙飛行士になれるのかが、やっとわかってきたのです。だから今回は、『答えがわかって』選抜ができる、最初の試験だといえます。」

その試験のすべてを受験してみて、ぼくがたどり着いた『宇宙飛行士になるためにいちばん大切なこと』とは?

いちばん大切なこと

ぼくが宇宙飛行士選抜試験を通じてたどり着いた一番大切なこと、それは、宇宙飛行士として生きることに対する『覚悟』と命を賭けたミッションを共にする仲間から得られる『信頼』だった。

もう少し説明を加えよう。

『覚悟』

ぼくは、「宇宙に行きたい」と「宇宙飛行士になりたい」は明確に違うと思っている。このことは選抜試験を受験しているときに、強く感じていた。

分かりやすく例えて言うならば、飛行機で旅行に行く「乗客」とその飛行機を操縦する「パイロット」の違いだ。この両者は、目的も負っている責務も全く違う。

だから、「宇宙旅行者」と「宇宙飛行士」は違う。

両者とも宇宙へは行くし、時には、宇宙へ行ったことをもって宇宙飛行士と言われることもある。宇宙旅行のために最低限の適正検査や訓練を受けるのだから、そう呼ばれることがあっても良いとは思うが、両者には明確な違いがあるとぼくは思っている。

そのことは、選抜の過程でくりかえしくりかえし何度も何度も問われた。

「あなたはなぜ宇宙飛行士になりたいのか?」
「あなたはどういう宇宙飛行士になりたいのか?」
「あなたにとって宇宙飛行士とは何か?」

ダイレクトに聞かれるわけではなく、これらの質問に答えることで透けて見えてくる。

その宇宙飛行士になりたいという気持ちが本物か、もしかしたら本人さえはっきりと気づいていないかもしれない。そうした中で、あらゆる角度から何度も問われた。その本気度を、値踏みするかのように。

『きみは宇宙飛行士として生きていく覚悟があるか?』

1コだけ
くだらねぇ質問に
答えてくれ

「死ぬ覚悟」ってある?

死ぬ覚悟なんて
いらねえぞ
必要なのは
“生きる覚悟”だ
“NO”と言える奴がいたら
そいつは信じていい

ブライアン・ジェイ
第6巻52話 「死ぬ覚悟」と「生きる覚悟」より

『信頼』

宇宙ミッションを仲間と共にする上で、最も重要なこと。
命を預け、そして預かる仲間から、絶対的な信頼を得られているか。

宇宙ミッションにおいては、判断を間違えると一緒にいる仲間を危険にさらしてしまいかねないことがある。逆に、瞬時の判断で命を救うこともある。いわば、お互いに命を預け合っているわけだ。お互いを信頼し合えない限り、ミッションを共にすることができない。

人から信頼を得るために必要な資質は、多岐に渡るものだと思う。素晴らしい「人間性」にはじまり、「チームスキル」と「オペレーションスキル」に長け、そしてどれだけ過酷な状況下におかれてもそれをくぐり抜けることができるタフな「精神力」が備わっている人が、絶対的信頼をおくことができる人間だ。

選抜試験の中では、特に閉鎖環境試験における共同作業を行う中で、この力が試されていた。極限状態のなかで、厳しい課題をチームで解決していく作業の中で、仲間からの信頼を得ることができたか?また、NASAでの面接は、その人のこれまでの生き様からそれを見極めようとしていた。

『人の命を預かることができる人間か?』

宇宙飛行士は、この『覚悟』と『信頼』を持ち、宇宙ミッションに挑んでいる。ぼくは、その点だけをもってしても、宇宙飛行士に対して純粋に尊敬の念を抱いている。宇宙飛行士は、人類を代表した冒険者であり、探求者であり、そして希望である。人類の未来ために命を賭している尊敬すべき存在だ。

「宇宙飛行士は人種に拘わらず」
「皆―――尊敬すべき英雄である」

イヴァン・トルストイ
第15巻146話「コスモノート」より

「ライトスタッフ」を指し示すマンダラチャート

いちばん大切なこと以外にも、宇宙飛行士として必要な資質「ライトスタッフ 」はたくさんある。ぼくが受験当時に行っていた準備や重要だと考えていたものをベースに、現在のぼくがマンダラチャートを作成してみることで、ぼくが考える「ライトスタッフ」を可視化してみよう。

マンダラチャートとは、大目標に対し、その大目標を達成するために必要となる小項目を設定することで、目標の細分化し、具体化し、視覚化することができるツールである。達成したい目標(ゴール)に対し、その途中にいくつもある扉(ゲート)を設定、その1つ1つを具体化・明確化することで、目標を達成するための道筋を自分で設定する。

メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、高校生のときに作成したことで有名となったが、2008年時点ではまだぼくは知らなかった。今から振り返っての作成となるが、同じものを用いて、「宇宙飛行士になる」という大目標に対し、宇宙飛行士になるために必要な項目を設定し、宇宙飛行士になるために必要なことは何か?を分解することで、そこから宇宙飛行士に必要な「ライトスタッフ」をあぶりだしてみる。

同じ大目標であっても、マンダラチャートは人によって異なるということを大前提に、ひとつのサンプルとして参考にしてみて欲しい。

マンダラチャート(筆者作成)

まず、大目標である「宇宙飛行士(になること)」に必要な8つの項目を立てた。そして、それぞれの項目を達成するために必要となる8つの要素に分解した。

いまのぼくが改めて「ライトスタッフ」をあぶり出す目的でマンダラチャートを作成してみたわけだが、2008年の受験当時にこのマンダラチャートを知っていたとしたら、これと非常によく似たチャートを作ったと思う。

それぞれの項目について、ぼくの考えを補足しよう。

1.専門性(軸)

大学を卒業し、いきなり宇宙飛行士候補として採用してもらえるわけではない。ある程度の社会経験がベースとして求められる。そこで一線級で活躍できるような人でないと宇宙飛行士としての活躍は期待できない。「この分野は任せろ」と言えるような専門性の軸があるべきだ。必ずしも宇宙飛行士や宇宙開発に直接関連している必要はない。「あなたの専門性は何ですか?」と問われたときに、自信をもって答えられるものとして、世界で戦えるレベルの専門性を持ち、今の仕事の分野でもとことん頑張り抜いていることが大事だ。

2.オペレーションスキル

この『オペレーションスキル』は“センス”が問われるものだと思う。小さいころから生活の中でこのセンスを磨いてきたものが強い。若田飛行士はこのスキルを重要視している。自分の置かれた状況を瞬時に的確に把握し、何が最優先で必要かを判断し、落ち着いて正確に操作を行う。時間がないため、同時に2つ、3つのことを並行作業することもある。物理的に距離の離れた地上管制官と会話でコミュニケーションしながら、時には壊れた機械を修理したり、コンピュータを使ってリカバリしたりというようなチーム作業もあるだろう。

NASAで行われた試験では、この『オペレーションスキル』が非常に重要視されていた、とぼくは感じた。NASAでは、宇宙飛行士となってからも、T-38を使った『オペレーションスキル』を磨く操縦訓練を繰り返し行う。自らを空の上に置き、1秒ごとに変わっていく状況に対し、瞬時にそして的確に対応し、『オペレーションスキル』を向上させるという超実践的な訓練だ。

3.言語スキル

いわずもがなだが、国際舞台で世界の宇宙飛行士とともにミッションを行う上で、コミュニケーションは欠かすことができない。現在の国際宇宙ミッションでは、英語とロシア語は外せない。ただ、ぼくは、“ことば”そのものよりも、相手の国や言語、さらには文化などへの敬意をもつこと、その相手を好きになることの方が、より大事だと思っている。上手でも心のない“ことば“より、下手でも心の入った”ことば“の方が、相手に伝わるし、相手から信頼を得ることができる。

4.チームスキル

NASAが『オペレーションスキル』を重視する一方で、JAXAが選抜試験で最も重視していたとぼくが感じたのは、この『チームスキル』だ。

不思議なことだが、この人がチームにいると、何もかもうまくいくというような人が存在する。その人は、常にリーダーとして引っ張っているというわけではない。時にはリーダーになるが、時には良いフォロワーとなりリーダーを助け、またある時には一員として担当作業を行う。ただし、ピンチのときにはどの立場にいても重要なはたらきをする。

その人のはたらきをよくよく観察すると、チーム員の得意不得意を見抜き、絶妙なバランス感覚で位置取りをし、チーム全体の弱点を埋めるように動く。どのポジションにいても、チームを動かしているのは実はその人だったりする。ただ、同じチームにいても、普通にしていると、それに気がつかない。さりげなくふるまうのだ。チーム員は、なんだかわからないけど、自分の力を最大限に発揮でき、チーム全体がうまく回る。そのような人が、宇宙飛行士としてコマンダー(船長)を担える資質がある人だとぼくは思う。

5.精神力

精神力は、宇宙という特殊な環境に身を置き、プレッシャーのかかるミッションを行わなければならない宇宙飛行士にとって、非常に重要だ。

どのような危機的状況下でも、決してあきらめない強い意志を持ち、冷静な判断をし続けることができる。どのような環境に身を置いても、柔軟に適応し、安定したパフォーマンスを発揮できる。常に前向きで、挑戦し続ける強い精神力を持つ。相当な修羅場をくぐりぬけた経験が、そのような強靭な精神力を作り出すと思う。困難から逃げるのではなく、むしろ困難に飛び込んでいくような性格の方が向いているだろう。それらを克服することによって、どんな困難にも打ち勝つ精神力を養うことができるからだ。

6.健康・体力

他の職業と同様、身体が資本である。しかも、宇宙飛行士がミッションを遂行するために、訓練やミッションの準備に対し、国が相当なお金を投資することになる。そのため、長期間、宇宙飛行士として活躍してもらう必要がある。ミッション遂行における必要となる身体的な耐性はもちろんのこと、将来にわたって健康を阻害する可能性があるような事項は、リスクとなり得る。生活習慣まで気にすべきだ。

7.人間性

人間性はすべての項目に影響する事項だと思う。人を愛し、人から愛される人間となろう。宇宙飛行士は非常に多くの人に支えられる職業である。誰もがこの人のために頑張ろうと思えるような人間を目指すべきだ。そして、人から信頼され、人を信頼できる人間になろう。宇宙飛行士は、命を預かり、そして同時に命を預ける職業だ。それだけの信頼を得られる人間にならなければならないし、また、反対に人を心の底から信頼することができる人間でありたい。

8.啓発啓蒙活動の素養

ごく限られた選ばれし人間しかできないことを体験できるのが宇宙飛行士だ。そこで得られた経験は広く国民に伝える義務がある。成果を国民に還元するという意味で、特に、将来を担う子供たちに夢と希望を与え続ける存在であるべきだ。そのためには、伝える技術はもちろんのこと、宇宙に限らない広い視野を持ち、高い視座からものごとを語れる素養が必要である。

また、何よりも、こういった活動を心の底から楽しめる人であるべきだと思う。キラキラした憧れの瞳で宇宙飛行士を見つめる子供たちの創造力を大いに刺激することができる魅力にあふれた存在でありたい。

これらひとつひとつの要素を高いレベルにまで磨き上げていくことが、宇宙飛行士に必要な資質をアップグレードさせることとなり、宇宙飛行士になるという夢に一歩、また一歩と自分を近づけていくことができる。どのように磨いていくかは、参考書があるわけではない。自分がさまざまなことを経験していく中で、自分で考え、自分で見つけていくものだ。

普段の生活で、例えば、何気ないことについカッとなってしまったときに、「宇宙飛行士ならどうするか?」と一呼吸置いてみる。もの凄く高い壁にぶち当たったとき、「宇宙飛行士ならどう切り抜けるか?宇宙飛行士なら楽しんで乗り越えるのでは?」などと自分に問いかけてみる。このように、「宇宙飛行士になる」という高い目標に対し、自分を客観視することで、自分の心の中に『ライバルの宇宙飛行士』を持つことで、少しずつ自分を宇宙飛行士の高みまで近づけてくれるはずだ。

いや、これらのひとつひとつの項目は、じつは、宇宙飛行士を目指す人だけに限った特別なことでは決してない。専門性のある部分もあるが、広く社会で活躍しようと思う人全員に当てはまるものも多いと感じられるのではないだろうか。

ここで設定した小目標のひとつひとつは、そのほとんどが明確なゴールがない。たとえ、宇宙飛行士になったあとだったとして、目標はさらに高くなり、そのときに目指すさらなる高みに向けて精進するものだ。そうやって人は、いつまでも何歳になっても自分を進化させていくために努力を重ねていく、終りのない旅路だ。

さて、次は最終選抜試験、ファイナリスト10人のものがたりに戻るとしよう。

次回は、この資質を見出された宇宙飛行士の実際の活躍を紹介するコラム「宇宙飛行士の真価が発揮されたとき」をお届けします。

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama