第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編③) | 『宇宙兄弟』公式サイト

第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編③)

2020.09.01
text by:編集部コルク
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息抜きの時間

22時以降には、10人で団らんできる時間があった。ぼくはこの息抜きができる時間が好きだった。 10人でテーブルを囲み、いったん課題を忘れて気を緩められる寝る前のひととき。

ある夜、全員でそれぞれの似顔絵を描き合うという遊びをやった。 描き出すとすごい“画伯”が現れ、爆笑に包まれた。大真面目に描いているのに、というギャップが余計に面白かった。

自分以外の9人に、それぞれ似顔絵を描いて、記念に贈り合おうということになり、自分の作品の出来に一喜一憂しつつ、みんなでゲラゲラ笑いながら、描き合った。

油井画伯が描いた内山(左)、内山が描いた油井さん(右)

まったく課題とは無関係の遊びなのだが、その間、監視カメラがウィンウィンと激しく動いていた。あとから聞いたところ、NHKの大鐘さんが動かしていたそうだ。課題以外の時間帯でもぼくたちを観察していたのだ。ほぼ1週間、管制室に寝泊まりし続けたらしい。

このように思いっきり気を緩められる時間があったのも、10人がお互い競い合っているというよりは、共に選抜試験に立ち向かっているという仲間意識の方が強かったということの示唆じゃないかと思っている。

閉鎖環境内リビング(右奥がカプセル式の寝室)

寝る前のこの自由時間の裏で、1日の締めの日課としてPCを使った個別の検査があった。

ディスプレイ上を右からアルファベットが一文字ずつランダムに流れてくるのだが、
・「X」以外のアルファベットの場合はマウスの左クリック
・「X」の場合はクリックしない
・できるだけ早く、正確に反応すること
ルールは極めてシンプル。単純なゲームのようだ。 ぼくたちはこの検査のことを“X(エックス)ゲーム”と呼んだ。

この検査は、日々の疲れ具合を測定するための検査だった。単純な作業をさせ、そのパフォーマンスを測ることで、疲労度が分かる。日が経つにつれ、かなり如実に各個人の疲労が結果に現れていたという。わずかにクリックするまでの時間に遅れが出るなどの詳細データが確認されていたようだ。

確かに集中力が切れると、たまにやってくる「X」をうっかりクリックしてしまう。ぼくの場合は、ちょっと慣れた2日目からは眠気との戦いだった。6時間睡眠が続いていることもあり、「X」がしばらく来ないと眠くなってしまうのだ。検査中、意識のない時間帯すらあった。おそらく徐々に成績が落ちていたと思う。最終日には、気合いを入れ直し、意地でパーフェクトを達成した。

この検査で、驚くべきパフォーマンスをみせた人物がいた。
民間パイロットで若くして機長になった白壁さんだ。

ドラマ「グッドラック」のモデルとなったそうで、いつも明るく際どい冗談を飛ばし、コミュニケーション能力に非常に長けていた。その白壁さん、この手のオペレーション能力を測るテストで抜群の能力を発揮していた。

このXゲームでも、流石のパフォーマンスで、連日パーフェクトを記録していた。

さらに驚くのは、このXゲームは2人ペアで隣り合って同時に検査を行っていたのだが、検査中ずっとペアに話しかけながら操作していたのだ。 まさに、マルチタスク能力。パイロットにも宇宙飛行士にも求められるオペレーション能力。

飛行機を操縦しながら、他のことに頭を使うことが出来る能力。飛行機操縦中に何か突発的なことが起きて気をそらされたとしても、安定して操縦し続けられるということだ。

これには驚かされた。これぞ、パイロットの卓越した能力と言えるだろう。

ただ、検査のあいだずっと話しかけられていたペアの大西君にはいい迷惑だったことだろう。

自己アピール

他にも様々な課題があった。

その中でも、周りに影響を与える力や、場を和ませる空気感、熱意を人に伝えられる表現力などが総合的に測られたであろう、自己アピール課題が2回(3日目、5日目)行われた。

1回目は、「自分のことを紹介する」ことをテーマとした自己アピール、
2回目は、「自分がいかに宇宙飛行士に向いているか」の自己アピール、
が題目だった。

いずれも他の9名の受験者に向けて行うもので、受験者の投票で優勝を決めるというシステムだった。

「自己紹介アピール」では、それぞれの趣味や仕事の紹介がメインとなった。油井さんは、航空自衛隊パイロット時代に、日本の領空侵犯をしている国外の戦闘機を追い払う緊迫シーンの熱演。白壁さんは、軽妙なトークでお姉さんがいるお店で披露するような手品を披露し、ぼくたちの笑いを誘った。

ぼくは趣味で続けていた競技バドミントンについて、たまたま持ち込んでいた背面に「茨城県」と書かれた県代表ユニフォームを着つつ、度重なる怪我に悩まされながらも全国大会にも出て頑張っています、という趣味の話をした。鍛えた太ももを見せての熱演もたいして盛り上がらず(悲)

そんな中、最後に登場した大西君が勝負に出た。

ミュージカルが趣味という初出し情報によるサプライズに続いて、何回も観に行っているという劇団四季の「夢から醒めた夢」のワンシーンを一人で熱演し始めた。

意外性満点だった。

ぼくは最初の方こそぞくぞくっとして鳥肌が立ち、観ていられないなと思ってしまったものの、途中から引き込まれていき、観終わると自然と拍手喝采していた。何か、心を掴まれた感覚があった。他のメンバーも同じような感覚だったようだった。

この普段のキャラとのギャップを使ったここぞというときの勝負根性には、してやられたなあと感心した。

「宇宙飛行士アピール」では、1回目の自己アピールから一転、かなり真面目に自分がいかに宇宙飛行士として適任であるか、その熱い想いを語ることになった。 最終選抜メンバーの10人で、面と向かってこのような熱い想いをさらけ出すのはこれが最初で最後だった。

いつも明るくいたずら好き、まるで紫三世のような白壁さんも、このときは大真面目だった。民間エアラインの機長として、大勢の乗客の命を預かって飛ぶ責任の重さ、それに耐えられる技術と精神力は、宇宙飛行士として求められる能力に直結する。

ぼくはかなり感動し、次に順番が回ってくる大西君に「すごかったね」と小声で話しかけた。というのも、キャプテン(機長)とコパイ(副操縦士)の背負う責任の差が現れるようなアピールがあったからだ。大西君は、小声で「うん、でもやるしかない」と返し、ゆっくりと前に出ていった。

大西君も負けず劣らずの熱弁だった。コパイはキャプテンが万一間違えたときにそれを修正することができる唯一のポジションであり同じく重い責任を負っている。リーダーとフォロワーの関係性はセンシティブで技術が必要。その能力は宇宙飛行士のチームでも生きる。

このように書くと、バッチバチの戦いのように思われるかもしれないが、トゲトゲしい雰囲気はまったくと言っていいほどない。ぼくはこの2人の民間パイロットの静かな戦いを興奮しながら、特等席で観戦しているような感覚だった。

一方でぼくは、10名の中で唯一の宇宙開発エンジニアだった。ここまで浮気せずに宇宙一直線の道を歩んでいる。宇宙飛行士になりたい想いと、これまでたどってきた道との一貫性では誰にも負けない。その想いのたけを語りきった。

第2回のアピール大会は優勝させてもらった。

ただ、この優勝に関しては、個人的には素直に喜ぶことはできなかった。

これまで積み上げてきた事実で、誰も論破できない理詰めで強引にもぎ取ったような、後味の悪さを勝手に感じてしまっていた。ぼく自身、本当に宇宙飛行士に向いているのはパイロットの持つ能力に直結することに気づいていたからかもしれない。


個人でやる検査で、「エコマッピング」という非常に興味深い検査があった。 閉鎖環境試験のちょうど中間地点で行われた検査だった。
「他の人に見られないよう/見ないように行うこと」
「現時点での、正直なマッピングを行うこと」
という2点の注意があった。

自分を中心として、他の受験者との距離感、働きかけの偏り、遠慮/緊張等の有無、他受験者同士のグルーピングを1枚の用紙に図示するというのが「エコマッピング」だ。

エコマッピング(例)

いざ図示せよ、と言われても、なかなか簡単には描くことができなかった。

人間関係というのは丸と線で描けるほど単純ではないし、まだ会って数日の人から、2次試験からの仲、旧知の仲が入り交じっている。 今の時点でぼくが感じている距離感と、グルーピングを同時に描き始めるのが整理しやすいと考えた。

その作業の中で、人との距離感って、見る側によって変わることに気がついた。当たり前のことではあるが、明確に意識したことはなかった。ぼくからは距離が近いと思っていても、相手からは遠いと思われていることもあるだろうなあと想像したりしながら、マッピング作業を進めていった。

ぼくはこの検査を通じて、ぼく自身が無意識に取っていた他受験者との関係性を、客観的に振り返ることができた。ぼくは、特に何が理由というわけではないのに、あまり自分からアプローチしていない人がいることにも気づかされた。グループで話していると自然と特定の人とのコミュニケーションに偏ってしまうことがある。

何が良くて、何が悪いという検査では無いと思うが、一体どのように評価されたのだろう。10人の相関図から見えてくるものも多々あるだろう。

ぼく自身が、他の受験者の関係性を俯瞰して客観視するとても良い機会だったし、その後のぼくたち同士の関係性に影響すら与えた検査だったと思う。ぼくは、ここであぶり出された“なぜか距離のある人”には、きっかけを作ってアプローチしてみようと思った。

牙をむく課題 ファイナル そして帰還

マインドストーム最終日。

ボロクソに叩きのめされたぼくたちは、即座に受けた評価コメントの取捨選択にとりかかった。
「ISSは無重力だぞ。動くのか?」
などというコメントは明らかな無理難題だ。

数時間で対策を取ることは不可能なので、「実際にISSへ行くフライトモデルでは修正します」で乗り切ることにした。

一方で、
・重心バランスが悪い
・犬らしくない
・まともに動かない
という点は、レゴでも対応できる本質的な課題だ。対策する必要がある。

まともに動かないという点は、プログラミングチームが修正する。 重心バランスが悪いのは、構体設計チームだ。 この2つは、最優先で対策しよう。並行作業が可能だ。 犬らしくないのは、装飾でカバーだ。ただし、構体の変更が終わらないとできないので、最後に紙と色鉛筆を使って力業で完成させよう。優先順位としては一番あとだ。 また、効果的にプレゼンするための原稿作りも進めておく必要がある。
とにかく時間がない。

音センサの微調整は、パラメータを変えることで細かな調整を行った。 そして、調教師役の油井さんが、合図に応じて動くかどうか入念にチェックをした。

時間的に最も厳しかったのは、重心バランス改善のための構体の修正だった。構造を担当した大西君は、かなり大きく構体を作り直す判断をした。時間的には厳しいが、これをやり遂げないとバランスが悪く上手く動かない。時間はないが、やるしかない。大西君は絶対にここは譲れない、やり遂げないといけないと強く主張した。意思が固かった。

この日、全体スケジュール管理を担当したぼくは、途中で間に合わないと判断したら、構体は妥協策で元に戻すことも視野に入れつつ、たびたび進捗をチェックした。しかし、大西君は見事にやりきった。

最後の装飾は、時間いっぱいぎりぎりまで行い、なんとか犬に見える外見に仕立て上げた。 プレゼン原稿は国松さんが作成を終えていた。 全てが滑り込みセーフ、ギリギリの作業だった。

プレゼン発表は、相手チームの作業部屋に移動して行うことになった。 相手チームが見守る中、ぼくたちのチームが先手だった。 ここでぼくたちは大きな誤算があったことに気づかされる。

「お、犬だ。かわいいね~」
「あ、動いた動いた!」
などと相手チームが反応する。時折、笑い声なども入る。

音センサも調教師である油井さんの出す音にうまく反応するところまで仕上げていたはずだった。試作テストでは、静かに黙って見守りながら行っていた。しかし、本番のプレゼン環境では、周りの声を拾ってしまう。思うように動いてくれない!

それでも、調教師役の油井さんが、「今日はご機嫌斜めかな?」などとうまくつなぎながら、最後はサッカーボールをシュートし、ダンスを踊るところまでなんとかやりきった。大成功とは言えなかったが、最後まで諦めずにハイレベルな仕様にこだわり、プレゼンまでやりきったのだ。チームのみんなで心からの拍手を送った。

相手チームの「おみくじロボット “うらなちゃん”」は完璧な動きを見せた。あらかじめ設定された動きの中にも、「お!」と思わせる驚きの仕掛けもあり、プレゼンでは大いに盛り上がった。最後に明るいテンションで「Have a nice day!」と、宇宙ステーションでの仕事に宇宙飛行士を送り出すようなセリフも癒しにつながると思った。

双方のプレゼンが終わったあと、10人による多数決で勝敗を決めた。残念ながら、相手チームに軍配が上がった。プレゼンにおけるロボットの完成度では、明らかに相手チームが優れていた。

しかし、ぼくはこのチームで、コンセプトを貫き、難しい仕様にチャレンジし、なんとか間に合わせたチームワークに大きな価値があったと自己評価していた。ぼくは、心の中でぼくたちのチームに勝ちをあげた。

スペースサッカーロボ(左が相手チームのおみくじロボット)

最後の千羽鶴。

決められた時間内には到底終えることができない。
ただ、ぼくたちは絶対に千羽鶴を完成すると決めた。各自が空き時間を使ってでもそれぞれ100羽を完成させるために折り続けた。

もっとも苦戦していたのは油井さんだった。翌朝早起きしてなんとか100羽を完成させた。折り紙が最も上手かった金井さんは、ノルマをらくらく超える160羽を折り上げていた。折り過ぎだよ、金井さん。裏では、実は油井さんの折り紙が足りなくなっていたよ。。。

ぼくたちは千羽鶴を完成させた達成感に包まれていた。

そして「選ばれた者はこれを宇宙に持って行く」という約束をかわした。閉鎖環境で共に戦った1週間を通じ、10人の固い結束ができていた。1つのチームができていた。ぼくたちはそのチームをFX-10と名付けた。FX=Future eXplorer、未来を探求する者。ぼくたちは未来を切り拓くためにここにいる。

すべての課題を終えたぼくたちは、最後に45分かけて、全部屋を隅々までぴっかぴかに掃除した。入ったときよりもキレイに磨き上げた。楽しかった1週間が終わってしまう名残惜しさもあり、掃除をしながら少し感傷的な気持ちになった。

最後にみんなでもう1羽ずつ鶴を折り、名前を書いた。その折り鶴を首からぶら下げて、ぼくたちは一人ずつ、1週間ぶりに閉鎖環境の外に戻っていった。

この試験を支えてくれた選抜係の人たちが、拍手で出迎えてくれた。まるで歓迎セレモニーのようで、閉鎖環境試験設備から出て階段を降りていくシーンでは、本当に宇宙から帰還したかのような錯覚に陥り、うるっときてしまった。

1週間の閉鎖環境から帰還直後の集合写真 ©NHK

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama