宇宙人生

宇宙人生

NASAで働く日本人技術者小野さんの日々をつづったエッセイ

《第17回》宇宙人生ー2016年注目の宇宙イベント

《第17回》宇宙人生ー2016年注目の宇宙イベント
《第17回》2016年注目の宇宙イベント
2016年1回目の『宇宙人生』は…
NASAの技術者・小野さんの解説する”今年注目の宇宙イベント”です!
昨年は油井宇宙飛行士や、探査機「ニューホライズンズ」など、ワクワクする宇宙ニュースがたくさんありましたね。
2016年も、宇宙イベントが目白押しです!早速情報を先取りしましょう。

新年あけましておめでとうございます!今年も本連載でホットな宇宙ネタを楽しく、わかりやすくお届けしていくので、ぜひよろしくお願いいたします!

さて、年の初めですので、絶対に見逃せない2016年の有人宇宙飛行や宇宙探査のイベントを予習したいと思います。

5月21日:大西卓哉宇宙飛行士、国際宇宙ステーションへ!
2015年の油井さんに続いて、今年は大西さんが国際宇宙ステーション(ISS)で約半年の長期滞在を行います。大西さんは元全日空のパイロットで、2009年に油井さんと同期で宇宙飛行士に選抜されました。大西さんにとっては今回が初の飛行で、宇宙を飛ぶ11人目の日本人になります。油井さんの飛行で日本人の合計宇宙滞在日数は1000日を超え、ロシア、アメリカについで3位となっています。大西さんはこの記録をさらに伸ばすのみならず、科学的に価値のある様々な実験を行います。


スクリーンショット 2016-01-15 12.05.10ISS第48次長期滞在のミッション・ポスター。大西さんは一番上。
Image: NASA
毛利さんや向井さんの頃は日本人が宇宙へ行くというだけで国全体がお祭り騒ぎでしたが、最近ではすっかり日常的になった感があります。非常に大まかに言って、ISSの6人の定員の割り当ては、3人がロシア、2人がアメリカ、0.5人が日本、0.5人がヨーロッパ、それにカナダが少々、となっています。ISSのクルーは基本的に半年交代なので、1年につき一人の日本人が、約半年をISSで過ごすことになるわけです。

一方、大西さんたちの到着前にISSを去るのが二人のベテラン宇宙飛行士、アメリカのスコット・ケリーと、ロシアのミハイル・コルニエンコ。この二人はISSの通例を破り、丸々1年を宇宙で過ごすミッションを現在遂行中です。将来の有人火星探査を見越し、長期間の宇宙滞在の経験を蓄積するのが目的です。

ちなみにケリー宇宙飛行士にはマーク・ケリーという名の双子の兄弟がいて、彼もNASAの元宇宙飛行士です。まさに「リアル宇宙兄弟」なのです!選抜されたのは双方とも1996年の同期なのですが、宇宙を飛んだのはスコットの方が2年早いので、彼のほうがヒビト的な立場でしょうか。ちなみにちなみに、マークの妻は元連邦下院議員(日本で言う衆議院議員)のガブリエル・ギフォーズなのですが、彼女は2011年に銃撃事件の標的にされました。頭部を撃たれ重体に陥ったものの、奇跡的に一命は取り留めました。マークが宇宙飛行士を引退したのは、奥さんのリハビリを支えるためだったそうです。

2月12日:H-IIAロケットでASTRO-H打ち上げ!

2016年は無人探査機によるイベントも目白押しです。まず2月には、日本のX線天文衛星、ASTRO-Hが打ち上げられます。X線天文学は日本のお家芸ともいえる分野で、現在までに5機の宇宙望遠鏡を打ち上げてきました。X線とは、紫外線よりもさらに波長の短い(エネルギーの高い)光で、身体検査でレントゲンを撮るときに照射される光もあります。X線で宇宙を見ると、ブラックホールや中性子星など、宇宙でもとりわけダイナミックな活動を行う天体の姿を捉えることができます。しかもX線は大気に吸収されてしまうので、地上の望遠鏡からでは決して見ることができません。

ASTRO-Hは「冷凍庫」が積まれています。生ものが乗っているわけでもあるまいし、どうして人工衛星に冷凍庫が、と思われるかもしれません。ASTRO-Hの目玉のひとつは、世界初のマイクロカロリメータと呼ばれるセンサーによる観測です。このセンサー、マイナス273度の絶対零度付近(0.06K)までキンキンに冷やす必要があるのです。機械式冷凍機と液体ヘリウムを組み合わせてこの極低温を実現します。この観測が実現できれば、X線天体の温度や組成などを今までにない精密さで計測できるのです。実はマイクロカロリメータによる観測はASTRO-Hの先代にあたる「すざく」でも試みられましたが、機器の不具合で達成できませんでした。それだけ難しいことなのです。きっとASTRO-Hはすざくの挽回を果たし、今まで見ることができなかったダイナミックな宇宙の姿を明らかにしてくれることでしょう!

3月14日:ヨーロッパの火星オービター、TGOの打ち上げ!
2016年は2年に一度、火星へのローンチ・ウインドウが開く年です。ローンチ・ウインドウとは打ち上げのチャンスのことです。地球と火星は異なる周期で太陽の周りをぐるぐると回っています。だから火星へ旅に出ようと思っても、いつでも出発できるわけではありません。効率良く行くための打ち上げのチャンスは、2年2ヶ月に一度しか訪れないのです。

そのチャンスを利用して、ヨーロッパの探査機が火星へ飛び立ちます。ロシアとの共同ミッションで、打ち上げはロシアのプロトンロケットにより行われます。約7ヶ月にわたって宇宙を旅をした後、10月に火星軌道に投入されます。ちなみにNASAもこの機会にInSightという着陸機を打ち上げる予定だったのですが、フランス製の地震計に不具合が見つかり、打ち上げが延期されてしまいました。


スクリーンショット 2016-01-15 12.07.49ヨーロッパの火星探査機、Trace Gas Orbiter. Image: ESA
このミッションの主役はTrace Gas Orbiter (TGO)という名のオービター、つまり火星の周りをぐるぐると回る人工衛星です。Trace gasとは希薄ガス、つまり火星の大気に僅かに含まれるガスのことで、それを調べることが火星に存在するかもしれない生命現象の解明の手がかりになります。

たとえば、火星ローバー・キュリオシティーは、走行中に何度かメタンガスを検出しました。しかし、どこにメタンの発生源があるのか、そしてどのような仕組みで発生するのかは謎のままです。地球ではメタンはありふれた物質で、火山から発生する他、メタン菌や牛のゲップなどからも発生します。火星に牛がいてゲップをしていることはさすがになさそうですが、地下に微生物がいるのではないかと考える学者もいます。TGOは、メタンガスがどこにどう分布していて、時間的にどう変化するのかを観測することで、この謎の回目の手がかりを与えてくれるのです。

TGOは「通信衛星」としての機能も持ちます。2018年にはヨーロッパのExoMarsローバー、そして2020年にはNASAのMars2020ローバーが打ち上げられます。TGOはこれらのローバーからの電波を地球へ中継する役割を担うのです。

7月4日、Junoの木星軌道投入!
現在、Juno(ジュノー)というNASAの探査機が木星へ向かっています。アメリカ時間で2016年7月4日、5年の旅の末に木星に到着し、軌道投入のためのエンジン噴射を行います。7月4日というとアメリカの独立記念日。狙ってこの日にしたのかと思われるかもしれませんが、実際は全くの偶然とのこと。この日はアメリカでは花火の日。全米の街で花火大会が行われます。今年は地球だけではなく、宇宙のはるか彼方、木星でもひとつの花火が見られることでしょう。

木星を訪れる探査機としては9機目ですが、その多くは旅の途中で立ち寄った(フライバイ)だけでした。ジュノーは木星に軌道投入される、つまり木星のまわりをぐるぐると回って長期間観測する2機目の探査機です。1機目はガリレオで、2003年に役目を終えています。ジュノーは木星の重力場や磁場の観測を行い、また木星がどのように形成されたかを解明する手がかりを掴むことが期待されています。

ジュノーにはちょっとした「おまけ」も載っています。ガリレオ・ガリレイのLEGO人形です。長期間の宇宙飛行に耐えるようにプラスチックではなくアルミ製。右手には木星を、そして左手には望遠鏡を持っています。ガリレオがこの望遠鏡を木星に向け、木星の4つの衛星を発見したのが1610年のこと。その400年後に自分の人形が木星に飛んでいくなんて、本人は想像したでしょうか。


スクリーンショット 2016-01-15 12.09.43ジュノーに積まれているレゴ人形。左がガリレオ・ガリレイ、右がローマ神話の神ユピテル(木星の語源で、ユピテルの英語読みがジュピター)、真ん中がユピテルの妻のジュノー、つまりこの探査機の語源です。
Image: NASA/JPL-Caltech
2016年末、土星探査機カッシーニ、グランド・フィナーレの始まり
新たに旅立つ探査機もあれば、長年の役目を追え引退する探査機もあります。土星探査機カッシーニは2004年に軌道投入されて以来、土星とその衛星の観測を続け、衛星エンセラドスから吹き上げる水蒸気や、衛星タイタンの地表にあるメタンの湖など、数多くの歴史的な発見をしました。しかし2017年には燃料が尽きるため、土星の大気に突入させて破壊されることになっています。なぜわざわざ破壊するのかというと、万が一、生命が存在する可能性のあるエンセラドスやタイタンに衝突して、地球由来の生物で汚染してしまう危険をなくすためです。NASA関係者はこれを「グランド・フィナーレ」と呼んでいます。

2016年末、グランド・フィナーレに向けた一連の準備が始まります。今までは探査機が壊れてしまわないように非常に慎重に運用されてきましたが、どうせ破壊される運命なので、最後は無茶や冒険ができます。何をするかというと、土星表面すれすれを飛び、土星と輪の間を潜り抜けるというアクロバティックな飛行をするのです。これにより土星を間近に観測でき、重力場の測定から内部構造も解明できます。そんな軌道を22周した後、2017年の9月、大気圏に突入して燃えつき、華々しい最期を遂げるのです。


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木星と輪の間を飛ぶカッシーニの想像図。
Image:NASA/JPL-Caltech
このように2016年も様々なミッションにより宇宙の姿が少しずつ解き明かされていきます。宇宙はとてつもなく広大で、人間が望遠鏡や宇宙探査機で得た知識など、大海の水滴ひと粒のようなものです。人間文明はまだひよっ子、宇宙探査はまだまだ始まったばかりなのです。これからも僕たちの想像をはるかに超えるような発見が数多くもたらされてゆくことでしょう。本連載でもそんな発見をわかりやすく説明していきたいと思います。ぜひご期待ください!

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コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

書籍の特設ページはこちら!

 

〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
第11回<後編>:宇宙でエッチ
《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?
第12回<前編>:宇宙人はいるのか? 「いないほうがおかしい!」と思う観測的根拠
第12回<中編>:宇宙人はいるのか? ヒマワリ型衛星で地球外生命の証拠を探せ!
第12回<後編>:宇宙人はいるのか? NASAが本気で地球外生命を探すわけ
第13回:堀北真希は本当に実在するのか?アポロ捏造説の形而上学
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第15回:NASA技術者が読む『下町ロケット』~技術へのこだわりは賢か愚か?
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