第12回 資金調達
最初の資金調達
お金。
地から湧くわけでも、天から降ってくるわけでもない。
お金はなくても何とかなるというは迷信で、体内の血液と同じくなくなれば会社は死ぬ。
会社の立ち上げ期には資金がいる。宇宙事業であればなおさら大きい資金がいる。大型設備や実験機器、部品等の購入、数々の実験のために資金が必要で、また事業化するまでの時間が他業界より長い。資金不足を補うことを 「資金調達」と言う。
2015年1月末、ASTROSCALEは7.7百万ドル(約8.5億円)の最初の資金調達(シリーズA)を行った。米国以外の宇宙ベンチャーとしては、最も大きな金額の調達だった。
※その1年後、2016年3月に更に最大35百万米ドル(=約40億円)の調達を発表した。このことは 別の機会に書きたい。
このタイミングを逃せばチームづくり、工場づくりは無理だった。IT業界で名を成した方々と国内最古参のファンドが投資してくれた。専門用語でシリーズAという資金調達で、社内では「特攻野郎Aチーム」と呼んでいる。
投資家というのは最大の応援者だ。納得し、共感してくれたAチームがいなければ僕たちはスピード感を持って押し進めることは無理だった。恐らくこの資金調達に失敗していたなら、僕はギアを5速から1速に落とさざるを得なかった。
お金には色がある
僕は元々大蔵省にいたし、プライベート・エクイティ(という特殊なファンド)にいたこともあるし、人脈もありそうだから、さぞかし資金調達はお手の物だったのだろうとよく言われる。
MBAを取得しているし、M&Aも何度もしたことがあるし、資金調達の方法も多彩に知っている。ただ、「宇宙ゴミの除去」のための資金調達には教科書的な方法論が通用しないのはわかっていた。
技術もない。市場もない。法律もない。宇宙機関ですら解がない。どうやってたかが一ベンチャーが解決できるのか。
「宇宙ゴミの除去事業」 への出資を真剣に検討してもらう最低条件は、技術論でも事業計画でもない。「この人類最大の社会問題に、自分が参画しなくてどうする」と腹の底から思ってもらうことだ。
情熱と真実は伝わる。
エレベーターピッチといって、投資家がわずか数分ほどしか時間をくれない時もある。「君には3分の時間がある。とっとと始めて欲しい」と言われても、3分後には「君にはあと2時間ある」と言われた。その投資家には投資頂くことはなかったが。
ただただ、泥臭いプロセス。文字通りシャツが汗まみれになり、靴底がすり減る。資料作って、飛んで、歩いて、目を見て語って、 頭を下げて、・・を何十回と繰り返す。
最低条件をクリアすれば、では技術は?チームは?ビジネス性は?もうかる?と矢継ぎ早に質問が来る。
「戦略は毎日変わります」
「事業計画はあってないようなものです」
「ビジネスモデルは今はありません」
ですが、
「世界が絶対的に必要としているサービスです」
「すでに世界が弊社に注目しています」
「技術的な糸口を見つけました」
「技術チームは強烈です」
「開発計画はこうです」
投資家候補のバックグラウンドは徹底して調べて、資料は何パターンか用意する。話の流れに合わせて取り出す資料を変える。プリントアウトしておく。複数部用意しておく。
必ずしも会ったすべての投資家に共感を頂ける訳ではない。資金調達の課程で縁のなかった方々多数いる。時間がなくてお会いできなかった方もいるが、単純に僕たちの力不足だ。
使わずに持って帰る資料が多くてシュレッダーに時間がかかる。毎日無駄な紙がうず高く机の上に溜まっていく。机の上が汚くなる。
そんな日が何ヶ月も続く。投資家と会うのは毎度毎度「怖い」。どんな反応をされるのか、分からない。相手が今どんな気持ちか、何を聞きたがっているのか集中しながら話すので、非常に疲れる。
断られたら、その理由を反芻し、次の投資家に会うための準備にする。結構辛辣なコメントを得たら、帰路に一緒に投資家を回っていた相方と甘いモノで景気付けをする。
数々の質問を論理的にクリアしてもまだ投資には至らない。最後のボタンは、論理的な説明ではない。僕たちが人生を賭けて、死力を尽くしていること、そしてそれに伴い仲間が確実に増えていることを、をそのまま伝え、理解してもらうことだ。
今でも投資家一人一人との会話を覚えている。密な時間の繰り返しだ。互いに真剣だ。その議論の中で、実は戦略自体が磨かれていった。調達額、その使途の考え方、時間軸の考え方、・・頭が冴えていく。
最後は、本当に素晴らしい特攻野郎Aチームができた。「一人でも最強、チームなら無敵」そんなチームだ。
と同時に、僕たちのチームも強くなっていたことに気づく。この資金調達という経験を経て、気持ちがより強くなる。負けなくなる。僕は、こんなチームと一緒に動けていることをさらに感謝する。より大きく強いチームと坂を登り続けていく。
こういったプロセスを経て手に入れたお金だから、当然使い方にも力が入る。お金には色がないというのは迷信だ。お客様を見つけて得られたお金にも、出資によって得られたお金にも、必ず深いストーリーがあり、色があるのである。
銀行融資か出資か
資金を手に入れるもう一つの方法に銀行融資がある。創業したての会社への融資制度は各国にある。けれども僕はこの方法はとらなかった。
登山に例えてみる。
1)30kgの荷物を背負って頂上まで運べと言われて山を登る
2)山頂で眺望を楽しむためカメラやテントなど30kgの荷物を背負って山を登る
どちらも同じ運動量なのに、疲れ方が全然異なる。楽しみ方も異なる。銀行融資と投資家からの出資では不思議な事に資金調達後の気持ちが異なる。投資家から出資を受けると、ものすごく元気が出て、胸を張って、さらに前に進もうと思う。
出資を受けたあとの気持ち
以前ITの会社を経営していたとき、大手都銀から3000万円借りた。膨大な書類を提出した。大手銀行に「ベンチャーでは最大額ですよ」と言われた。私は連帯保証していたので銀行にはほぼリスクはなかったはずだ。
ある日、返済の目処がたったので、3000万円を一括で返すと申し出た。そうすると、翌日、その大手都銀は3名で来られて次のように言った。
「行内には貸出予算というものがあります。3000万円返されると、その分貸し出さないといけません。ベンチャー企業への一件あたり数百万円から1千万円です。そうすると数件新たに開拓しなければいけませんが、それは非常に難しい。どうかそのまま借りておいてください。」
この会話は今でもはっきりと覚えている。銀行にとってローン返済は企業成長の証として喜ぶことではなく、ビジネス機会喪失という望まないことだった。
ドラマの「半沢直樹」や「下町ロケット」で銀行が雨の日には傘を取り上げて、晴れの日に傘を渡してくるような姿が描かれているが、それは事実だ。ただそれを悪く言うのは違う。そういうものだからだ。
むしろ、銀行とベンチャー企業では喜ぶ場面が異なるということ、これが経営者としてものすごく違和感があった。投資家とベンチャー企業は喜ぶ場面が同じだ。銀行との関係はなるべく持たないほうがいい、少なくとも起業まもない段階では。これがIT企業経営時に感じたことだった。僕は翌日全額返済した。
会う人すべてに全力
投資家に会うまでの課程も大切なプロセスだ。食事であれ、パーティーであれ、出会いのひとつひとつは、貴重な時間だ。誰が投資家になるか分からない。誰が投資家を紹介してくれるか分からない。
だから、24時間パソコンを持ち歩き、いくつかの資料を常時携帯し、どこでもプレゼンテーションをした。まずは隣にいる人に関心をもってもらうことに常に全力を尽くしていた。
そうやって、一人一人紹介を受けてたどりついた投資家候補達。そこから全力で歩きまわって語って最初の資金調達にたどり着いた。
お金がなくても幸せかもしれないが、お金がなくては会社は回せない。人や技術との出会いはドラマかもしれないが、お金との出会いはもっと泥臭いドラマだった。
これからも、出会う一人一人に対して全力で語って行こうと思う。
僕たちはまだまだヒト・技術・カネが必要なのだから。そして、出会う人すべてに全力を尽くすしか宇宙のごみ問題を解決する方法はないのだから。
「第13回 微小な宇宙ゴミを観測する」につづく
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。