第八回 宇宙ゴミの正体
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」
孔子の言葉。
宇宙ゴミを除去する技術を開発するにはまず宇宙ゴミの正体を知らなければならない。
(提供:九州大学 花田俊也教授)
その正体は主に衛星やロケットの上段、それらが爆発したり衝突したりしてできた破片からなっているのは分かっている。
でも、
今どこを飛んでいるのか。
どんな形をしているのか。
重いのか、軽いのか。
熱いのか、冷たいのか。
もろいのか、硬いのか
ぐるぐる回っているのか、止まっているのか。
こういった基本的な質問ですら、宇宙業界は答えられない。遠くて見えない。誰も宇宙ゴミの近くまで行って写真を撮ったこともない。
大型望遠鏡のおかげで、ある一定の大きさ以上のものは、「だいたいどこにあるか」は分かる。でも、宇宙ゴミは秒速7.5kmで飛んでいる。新幹線の100倍以上速い。東京と大阪を1分で結ぶ速さだ。だから、宇宙ゴミのそばに行ってみても、少しでも軌道が異なると見つけられない。
大型望遠鏡で地上から見ることのできる宇宙ゴミの正体が何なのか、過去の打上げ情報や公開情報から特定できる場合がある。そういったものならば少なくとも重さや形状が推測できるが、 そもそも所在が不明な物体が多数あり、また一度爆発や衝突するともう手に負えない。
分かっている範囲で、一番大きい宇宙ゴミはこれだ。
© 2011 Anatoly Zak
ゼニット(ロシア製)というロケットの上段で、20個以上飛んでいる。長さ10mくらい重さ9トン。トンという重さは馴染みがないので例えると、はとバスが飛んでいると思うとちょうどいい。
中ぐらいの宇宙ゴミになると、重さは数kgから数百kgになる。たとえば、イリジウム(アメリカ製)という通信衛星はこんな形をしている。これもまた数十機ゴミとなって飛んでいる。
Creative Commons
こういった大きい宇宙ゴミは今23,000個以上あると言われている。「だいたいどこにあるか」は分かっている。
では次に、これらの宇宙ゴミの表面は熱いのか、冷たいのか、回っているのかどうなのか。望遠鏡によって推定する努力は続けられているが、やはり精度の高い情報はすべて「宇宙ゴミの目の前」に行かないと分からない。
どうしても宇宙ゴミの表面温度や回転状態を知る手がかりが欲しくて、専門家の先生を見つけては、議論をしていた。本当に難しくて、専門家も答えに辿り着かず、後日こんなメールを頂いたこともある。
“Mr. Okada。…です。その後色々と考えて一旦返事を書き始めたが、まとまらず消去しました。…(中略。専門的な話)…。すまない、やっぱりまとまらない。”
答えは、「わからない」だ。
だから、僕たちは、頭を使って、宇宙ゴミの状態を地上で研究するところからはじめようと思った。宇宙ゴミの回転を感覚でつかみたかった。
宇宙ゴミは自分で姿勢をコントロールできないので、様々な力(地球や月の重力、太陽風など)のおかげで、回転している。どのくらいの速さで回転しているのかは、計算すれば推測はできる。でも未知だ。
そこで、デブリ・ローテーター(宇宙ゴミ回転機)というものを大坪さん(第5話に登場)と一緒に開発した。アタッシュケースほどの大きさの機械で、宇宙ゴミを捕獲する実験に使える。回転速度やゴミに近づくスピードを自由に操作できる。その様子をカメラで撮影し、視覚化できる。
真ん中に見えるのが宇宙ゴミの模型。だんだんと僕達の衛星が宇宙ゴミに近づく様子を模擬することができる。
イメージがぐんと湧いてきた。こうやって近づけばいいんだと。
ぼくはこの装置を使いながら、どうやって宇宙ゴミを捕まえればいいのかを考えはじめた。
さらに、僕達は、本当の宇宙ゴミのサイズを作り出し、高精度なカメラやセンサーを使ってより緻密なシミュレーションを行い始めた。
宇宙ゴミの正体の情報は限られている。宇宙という現場まで行かないとわからない。でも、地上で色々と再現することはできる。肌感覚をつかみ、実験をすることはできる。
地上でできることはすべて試してしてから宇宙に出かけようじゃないか。あとは現場で正しい情報をつかむために、必要なセンサー類を積んででかけようじゃないか。
どんな大きさの宇宙ゴミについて議論しているのか、どんな状態だと仮定して研究を進めているのか、これは非常に大事なことだ。実は専門家ですら、今どのようなサイズの宇宙ゴミの話をしているのか伝えないまま発表を始めてしまい、聴衆と不毛な議論が繰り返されることがよくある。
僕達は、宇宙ゴミの大きさや高度によって、3パターンの対策が必要だと思っている。これはいつか別の回に書きたいと思っている。
ここまでは、大きい宇宙ゴミの話をした。残念なことに、宇宙にはもっともっとやっかいなゴミが沢山ある。大型望遠鏡でも見えない小さな宇宙ゴミ(微小デブリ)だ。
個数でいうと数億個以上とも言われ、実際はわからない。小さいので怖くないと思うかもしれないが、実は一番怖い。下の写真はスペース・シャトルの窓ガラスに、0.1mmほどの塗料片があたり、ヒビが入った写真だ。
©NASA
仮にその大きさが1cmだったら、船内を貫通しシャトルは爆発、 宇宙飛行士の命はない。
今、宇宙飛行士たちと話すと、怖いのは打上げ時の爆発の危険ではなくて、微小デブリに当たることだと言う。
実際スペース・シャトルには、無数の微小デブリが衝突して、多数の部品を交換せざるを得なかった。
見えないうえに、数がものすごく多い、だから予測できないし避けられない。これが微小デブリなのだ。 大きい宇宙ゴミは、衝突したり爆発したりして粉々になってしまうまえに除去しないといけない。
宇宙ゴミの正体。重さや形は多様であり、飛んでいる場所はなんとなくは分かっている。もっと深い情報を知ろうとしても、正体が未だに不明で、写真が1枚もない。
空飛ぶ飛行機を捕まえよと言われるより100倍難しいと思う。UFOを捕まえよと言われるよりは簡単なはずだと思って、僕たちは技術開発を続けている。
「第9回 宇宙ゴミの捕まえ方」につづく
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。
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