宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

海王星は青かった /『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載42

海王星は青かった /『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載42

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

土星で姉と別れたボイジャー2号は孤独に旅を続け、1989年、最遠の惑星・海王星に到達した。太陽までの距離は30天文単位、つまり地球から太陽までの距離の30倍。光の速さで約四時間、新幹線の速さなら1700年かかる距離である。ここから見る太陽の明るさは、地球で見る太陽の約900分の1しかない。

海王星は青かった。孤独で神秘的に青かった。青のキャンバスの上に、水彩絵の具のように柔らかな黒い縞模様と、油絵の具のように境界のはっきりした白い雲が交わりあっていた。時として謎が女性をより美しくするように、海王星の美しさは謎を内包していた。太陽から受ける熱の三倍もの熱を放出する正体不明の熱源が内部にあり、そのため風速600m/sもの暴風が吹き荒れていた。美しい縞の正体は、太陽系最凶の嵐だった。

海王星の衛星トリトンも謎多き世界だった。クレーターは少なく、西半球は水の氷でできたメロンの皮のような模様の地が広がっており、赤みがかった窒素の雪がところどころに積もっていた。薄い大気があり、風が大地を削っていた。そして驚くことに、間欠泉が至る所で窒素とメタンの煙を吹き上げていたのだ! マイナス235℃のこの極寒の世界も、「生きて」いたのである。

この世界には悲しい運命が待っている。トリトンは少しずつ海王星に落ちており、約三十六億年後には海王星の重力に引き裂かれる。トリトンの破片は海王星の大気に突入して燃え尽きるか、土星のような美しい輪になると考えられている。

ボイジャー2号が撮った海王星やトリトンの写真は、電波に乗って漆黒の宇宙を飛び、四時間かけて地球のアンテナに届いた。さらにそれは新聞や雑誌に印刷され、あるいはテレビ放送の電波に乗り、アジアの東端の小さな島国にも届いた。それをかじりつくように見ていたのが、七歳になる少し前の僕だった。海王星の青、トリトンの間欠泉、そしてトリトンが転生する美しい輪。そのイマジネーションが、僕の心の最も深い部分に刺青のように彫り込まれた。

それから24年。姉のボイジャー1号は太陽系外に到達した。一方、僕はボイジャーが生まれたJPLに加わったNASAの太陽系探査は、オアシスを探す段階から、オアシスへ行く段階へ移っていた。地球外生命探査の黄金期が、幕を開けようとしていた。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
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【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
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【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。