宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する

宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する

人は、何のために宇宙をめざすのか? 一人は、頭の中で宇宙の仕組みを解き明かそうとした――車椅子の天才宇宙物理学者スティーヴン・ホーキング博士。 一人は、実際に宇宙に行き、宇宙開発に従事してきた――宇宙飛行士・若田光一。 二人は2014年英国BBCのテレビ番組の企画で、地上と国際宇宙ステーションで実際に対話し、若田さんのその対話の続きをしてみたいという想いから、本書『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』は生まれました。ホーキング博士の「今」と「未来」を生きるための48の言葉を若田さんとともに紐解きながら、宇宙的視点で考えると見えてくること。イラストは小山宙哉さんの描き下ろしです。 ※本連載は、2020年8月31日発売の書籍『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』から一部抜粋したものです。

第7回 生と死についての対話

第7回 生と死についての対話

この言葉は2018年3月14 日、ホーキング博士が自宅で息を引き取る直前に遺した言葉だそうです。死を目の前にして、自分を見守る家族に告げた言葉であるのでしょうが、私はもしかしたら死に直面しようとしている自分自身に向かって言った言葉でもあるのでは、とも感じます。

宇宙飛行士の仕事は、当然、安全第一で進められるものですが、実際の宇宙飛行はもとより、航空機の操縦訓練、船外活動の訓練、過酷な環境下での集団行動・リーダーシップの訓練等、一歩間違えば人身事故につながる危険と隣り合わせの状況に身を置かなければなりません。死というのは、かなり自分の近いところにあるものだということを常に意識して気を引き締め、この仕事に取り組んでいます。

スペースシャトルは通算135回のミッションを遂行しました。しかし、計画が完了するまでに打ち上げ時に1回と地球帰還時に1回、計2回のクルー喪失の大事故が発生し、計14人の宇宙飛行士が死亡しています。これは67・5回のミッションで1回は死亡事故が起こるという発生率です。

ちなみに、これまで軌道上で宇宙飛行士の命が失われるといったような重大事故は発生していません。過去の宇宙船の死亡事故は、打ち上げ前の作業中や、打ち上げ上昇時、そして地球帰還時に発生しています。

私は今までスペースシャトルに3回、ソユーズ宇宙船に1回搭乗して宇宙へ向かいました。宇宙飛行は自分が長年目標として、訓練し、準備を重ねてきたものであり、大きな高揚感を抱くものですが、宇宙飛行に臨む時には、もちろんそのリスクをはっきり認識しています。

リスクをゼロにできない現実と、宇宙飛行により得られる人類全体としての恩恵の両方を納得したうえで、宇宙船に搭乗していますので、いたずらに恐怖感を抱くことはありません。

世の中には「一歩間違えれば……」というリスクを伴う仕事がいくつもあります。でもそれぞれの仕事は社会の中で誰かがやらなければならないものであり、宇宙飛行士の仕事もそのような仕事の一つだと思います。

いかなる仕事であっても、家族の支えがなければ続けていくことは困難です。万が一、職業遂行時に自分の身に事故が発生した場合、自分自身は承知のうえで取り組んでいることだから納得がいくかもしれませんが、それが残された家族に与える影響は甚大です。

1967年のソユーズ1号、同年のX-15の3号機、1971年のソユーズ11号、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号、2003年のスペースシャトル・コロンビア号と、計5回の飛行中の事故で19名の宇宙飛行士が死亡しています。

このように宇宙飛行士のリスクは高く、それを職業とするためには、家族の理解は不可欠です。一度だけ宇宙飛行を行い、その時に家族が実際に経験した死亡事故に対する恐怖と不安が理由で、地球帰還後、宇宙飛行士の仕事を引退した米国人の仲間もいます。

『ファーストマン』という映画があります。ニール・アームストロング船長をはじめとする人類初の月面着陸を果たしたアポロ11号のクルーの物語で、クルーとその家族の心理描写の観点からも非常によくできている映画だと思いました。

この映画は、アームストロング船長のヒーローイズムだけではなく、逆に彼を支える配偶者や子どもたちの心理的なストレス、そこから生じる宇宙飛行士と家族の間の葛藤を、痛いくらいに見事に描写しています。

現在の有人宇宙飛行に比べても、生還できない可能性が高かった米国の国威を懸けた月面着陸ミッションに臨む宇宙飛行士の栄光と、それを陰で支える家族を包むいたたまれないような不安とのギャップを、これほど鮮明に映し出した映画はなかったように思います。

アームストロング宇宙飛行士本人は行く気満々ですが、宇宙に旅立つ前、自宅からNASAの隔離施設に行く直前に、「あなたが帰って来ないかもしれないことを、自分自身の言葉で息子たちに伝えなさい」と奥さんが話すシーンは、私にとって最も強烈に印象に残る場面でした。

そのような配偶者とのやりとりは、宇宙飛行士の家庭では普通にあることです。人物を英雄化したり、光が当たるところだけを切り取って、そこをクローズアップするのはたやすいのですが、じつは光で照らし出されているのは一部分に過ぎず、光は常に陰をもはらんでいるのです。

世界各国の歴史を鑑みても、とくに国家的な大きなプロジェクトの場合、光の部分だけが強調されがちなのは世の常だと思います。しかしながら、家族の立場に立ってみると、宇宙飛行士の光の部分とは対照的な隠れた部分で、耐え難い心理的ストレスを経験することが多いのも事実です。

結果的に、それが家族の崩壊につながる場合もあります。ですから、私は自分の家族が、様々なストレスを克服して私を支えてくれていることに心から感謝しています。そのためか、家族サービスも、できる時に徹底的にやるよう心がけています(笑)。

宇宙飛行に潜在するリスクについては、宇宙飛行士自身が納得する以上に、家族にきちんと理解してもらうことが不可欠です。そこがクリアできていなければ、訓練でも実際の宇宙飛行でも安心して全力を注ぐことが困難になります。

ただ、私も含め、多くの宇宙飛行士にとっては、自分の死に対する恐怖よりも、自分が宇宙でのミッションで失敗することに対する恐怖のほうが大きいのではないかと思います。

宇宙でのミッションは莫大なコストと時間を掛けて行う事業です。それを確実に遂行するための訓練は徹底的に行いますが、自分の判断や操作のミスで、万が一のことが起きたらと思うと、それはプレッシャーとして圧し掛かり、失敗に対する恐怖にもつながります。

私が最初に搭乗した宇宙飛行では、日本のH-Ⅱロケットで1995年に打ち上げられた「SFU」という宇宙実験・観測衛星と、NASAの「OAST Flyer」という二つの人工衛星をスペースシャトルのロボットアームで捕獲・回収する任務を任せられました。

日本とアメリカの人工衛星を回収する作業で、自分がもし操作を間違えて衛星を取り損なってしまったら、実験や観測の成果は喪失します。もちろん、そういうことがないよう、様々なトラブルも想定して地上で十分に訓練を重ねてミッションに臨みました。

でも、過去のスペースシャトルの飛行では、実際に人工衛星の捕獲に失敗したケースがあることも事実です。

初めての宇宙飛行に臨む私にとって、ミッション中の最大の恐怖は、明らかに自分の失敗に対するものでした。

ミッションで失敗してしまう恐怖は、そのシーンを宇宙で夢にも見たほどです。普段あまり私は夢を見ないほうですが、宇宙で見た初夢は自分が失敗する夢でした。ロマンチックに宇宙を漂っているような、そんな夢は見ず、人工衛星を捕まえるミッションを遂行できなくなるという夢です。

自分が操作するロボットアームが人工衛星に向かって移動していくのですが、その時、アームで捕まえるために必要な人工衛星側のピンが付いていないという異常に気づく悪夢です。

夢の中で、「あぁ、どうしよう」と呆然としている自分がいるのです。自分の任務を遂行できなくなること、すなわち、失敗に対する恐怖からか、そんな夢を宇宙で見ました。

その恐怖を克服するためにできるのは、自分が完全に納得できるまで訓練し、準備を徹底すること、そして自分に自信を持つことに尽きると思います。

一方、ホーキング博士が言った「恐れるな」という言葉は、もっと大きいことをとらえていると思います。それは、人間が抱く根源的な「恐れ」です。我々が恐れを抱くのは、未知なるものに対してである場合が多いと思います。

しかし未知なるものが既知となれば、その恐怖の源に対して備えることで、恐れが小さくなります。

恐れを克服するためには、まず理解することがその第一歩です。宇宙は我々がその中に抱かれ存在していながらも、深遠で、未知にあふれた存在です。ホーキング博士は、その宇宙の正体を解き明かそうとしてきました。まさに、その人生は、未知なる宇宙に対する恐怖を、既知なる対象としての理解に変えようとする旅だったように思います。


※この連載記事は若田光一著『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』からの抜粋です。完全版は、ぜひこちらからお買い物求めいただけると幸いです。