ムッタとヒビトの月面宇宙服を再現したブックスタンドが発売! 宇宙服の知られざる(?)機能について、『宇宙兄弟』技術監修者に聞く(前編-ムッタ編)【43巻記念セット】
『宇宙兄弟』43巻の発売日が9月22日(金)に決定しました。
小山宙哉Official Storeで発売をする、数量限定記念セットは「ムッタとヒビトの月面3Dブックスタンド」です。
このブックスタンドは、ムッタとヒビトが月面で装着した船外活動用の宇宙服(EVA)を完全再現したもの。ムッタはNASAの宇宙服を、ヒビトはロシアの宇宙服オーランをベースに、「10年後の宇宙服」をイメージして小山宙哉さんがアレンジを加えたものとなっています。
そんな小山さんのこだわりがあちこちにちりばめられた、ちょっと未来の月面作業用の宇宙服。
グッズ制作担当者としては、このブックスタンドをきっかけに、ムッタとヒビトが着ている宇宙服にはどんな機能があるのか? そして小山先生が考える宇宙服の“近未来デザイン”とは、どんなところなのか? をもっと詳しくお知らせしたい!ということで、実際に宇宙服の研究を手がけ、小山さんが宇宙服をデザインするにあたってアドバイスもしてくれた、『宇宙兄弟』の技術監修者・山方健士さんにお話を伺いました。
そこで見えてきたのは、実際の宇宙服の特徴が驚くほど細やかに反映されている小山宙哉の綿密な取材と、リアリティある未来の宇宙服の姿……。
それでは本編をお楽しみください!
胸にあるダイヤルみたいなものは単なるデザイン?
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月面作業用の宇宙服は、現時点ではまだアポロ時代のものしかないと思うのですが、月面作業用の宇宙服ってそもそもどんなものと考えればいいのでしょう。
山方健士さん(以下、山方)
今日は、これまで実際に作られた宇宙服や将来に向けて研究されている宇宙服についての私が持つ知識、あとは当時小山さんにお伝えした内容をもとに、小山さんがデザインした宇宙服のディテールについて説明したいと思います。
で、まずNASAのアポロ時代の月面作業用の宇宙服と、ISS(国際宇宙ステーション)の船外活動で使う宇宙服とを比べると、機能としては同じ。宇宙飛行士が宇宙環境で作業できるようにするための服、という意味では全く同じです。
ただ月面用の宇宙服は、月面や月面の自然な構造物、たとえば岩や砂(レゴリス)があり、そこを歩き回りながら作業することを目的として作られるものになります。とはいえ、人間が宇宙空間で作業をするために必要な生命維持装置や、手足を動かすための機能をもつ服といった点では、ISS用と月面用のどちらも変わりないと言っていいと思いますね。
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生命維持装置について詳しく教えていただけますか。
山方
背中にランドセルみたいに背負っている部分がそれです。背負うのはNASAの宇宙服もロシアの宇宙服も共通していて、この生命維持装置の中に酸素タンクと、人間が吐いた二酸化炭素を吸収するための吸着剤が入っています。それと宇宙服の各部の機能を動かすための電池と、宇宙服の全体を監視するためのコンピューター、さらに外部と通信するための装置も入っています。また、人間が熱中症にならないように宇宙服内に流す冷却水を冷却するのも生命維持装置の役割になります。
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それらはどうやって操作するのでしょうか。
山方
本来であれば宇宙服の胸の部分にそのための機能があります。でも『宇宙兄弟』の宇宙服を小山さんがデザインするときにいろいろと話をしたのですが、月面に人が居住するような時代になれば、もっと進んだ操作方法になっているだろうと。手首あたりに箱みたいなものが3つ並んでいますけど、真ん中にあるものがタッチパッドになっていて、それに触れることでヘルメットの内側にあるモニターに投影された映像を見ながら操作できる、と作中で描かれていますね。
まさにパソコンのマウスみたいな役割をもっているわけですね。現在は船外活動を行うときなどにメモ帳をその手首部分に取り付けているのですが、代わりにタッチパッドにして画面操作に使うというのは、実際に研究されているものですし、将来的にはそうなるだろうね、と小山さんと話をしていました。
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やはり未来の宇宙服になっているんですね。
山方
生命維持装置そのものも、特にムッタの宇宙服は進んだ形になっていますよね。アポロ時代の宇宙服は、宇宙船での打ち上げ時と地球帰還時に着る与圧服が船外活動用も兼ねていましたから、月面作業時にだけ必要になる生命維持装置はランドセルのように別途背負う形の着脱式になっていました。この場合、本当なら背中のランドセルから胸の青い部分にホースがつながっているはずなんです。でも今、ISSで使用されている宇宙服は生命維持装置と胴体部分が一体化して取り外すことはできない構造です。
その意味でいくと、ムッタの宇宙服はアポロ時代のものにも近いんですよね。肩にランドセルを引っ掛けているようなデザインになっています。なので、生命維持装置から肩ひもの部分を通って、宇宙服のなかに酸素や二酸化炭素、冷却水などを流す、というデザインになっている、と言えるでしょう。
たとえば左肩から酸素と冷却水が入ってきて、宇宙服内を循環したのち、二酸化炭素や温まった水が右肩を通って生命維持装置に戻る、みたいな。見栄えとしてこの方がスッキリしていてカッコいいから、というだけかもしれませんけど(笑)。
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そうすると、胸にある青や赤のダイヤルみたいなものにはどんな役割を持たせているのでしょうか。
山方
胸にある4つのダイヤルのような部分は、船外活動をしていて万が一生命維持装置が故障したりしたときに、外部からホースでつないで酸素などを供給できるようにするインターフェース、という考え方になりますね。一緒に船外活動をしているバディから緊急時に供給を受けたりできますし、『宇宙兄弟』ではヒビトがバギー(BRIAN)から酸素供給を受けるときにも使っていました。
もう1つ鎖骨あたりにある小さな丸い部分は、アポロ宇宙服の機能をイメージした「ポートホール」ですね。アポロ宇宙服では、そのポートホールにガソリンスタンドのノズルみたいなものを差し込むことで、ヘルメットを被った状態でも水が飲めるようにしているんです。
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胸のインターフェースは青と赤1つずつでも間に合いそうな気がするんですが、2つずつあるのはなぜでしょうね。
山方
アポロ時代の宇宙服では赤と青一対は背中のランドセルからホースでつなぐのに使い、もう一対は緊急時に別の人の宇宙服とつなぐのに使う、ということで4つあるわけですが、小山さんが肩部分を通じて酸素や冷却水などが出入りするようなデザインにしたことで、実際には2つあれば足りますが、デザイン的に4つある方がかっこいいですよね(笑)。
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この場合だと胸のインターフェースを通じてバディとつなぐとき、ホースは別に用意しておかなければなりませんね。
山方
本来であればアポロ宇宙服は生命維持装置から胸のインターフェースまでホースでつながっているので、それを使うことになるんですよ。でもムッタの宇宙服はそうじゃないですよね。方法としては、そういった緊急用のアイテムを月面での船外活動に使うバギーに装備しておくことが考えられますし、ムッタの宇宙服にいくつかあるポケットに入れておく、というのもアリではないかなと思います。
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ポケット、たくさんついてますよね。これはもともとどういう目的でついているんですか。
山方
アポロ時代ですと、たとえば地球帰還時に海面にカプセルが着水して、でも何か問題があって海の上で救助を待たなければいけなくなったとき、そこで必要になるサバイバルキットを入れているものになります。発見されやすくするために海面にまく染料とか、太陽光を反射させる鏡とか、発煙筒とか。ただ、月面にいる時は別のものを入れておくのもいいですよね。月面でのEVAの時に必要になる細々としたものを入れている、という想定かもしれません。
ムッタの「ふんどし」の謎と、小さすぎる生命維持装置の秘密
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もう1つ気になっていたのは、正面中央部分にあるふんどしのようなものです。『宇宙兄弟』では金具で止めているようなシーンがあったんですけど、これはどういうものなのでしょうか。
山方
これは小山さんとしては、スペースシャトルの打ち上げ時と帰還時に使われていたオレンジ色の与圧服を参考にしているのだと思います。その与圧服では、股から背中までファスナーがずっとつながっていて、そこを開けて脱ぎ着するようになっていました。
ちなみにこのファスナーは日本メーカーのYKKの機密ファスナーが使われているんですよね。ダイビングの時に使うドライスーツで中に水が入らないようにするための特殊なファスナーと同じもので、与圧服では中の空気が逃げないようにしつつ、動きやすさにも配慮しています。
そのファスナーを閉めた後、外側はファスナーがむき出しにならないようにカバーします。つまり、そのふんどしみたいなものの下にファスナーがあるわけですね。金属のファスナーは宇宙空間だと帯電や太陽光の熱吸収で温度が上がり、やけどするほどの温度まで熱くなってしまうんです。なので、そうならないよう防護するための布をかぶせているんです。
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ムッタの宇宙服のブーツ部分のデザインも気になります。
山方
月面を歩き回ることを考えた時は、熱から守ることももちろんですが、ゴツゴツした岩山を歩くような感覚でしょうから、破けたり切れたりしにくい素材を使わなければいけません。ここには工具の握り手部分などで使われているRTVという樹脂素材が採用されることが多いんですけど、保護目的でつま先部分と靴底に厚めに使われていると想定しています。
ただ、アポロ宇宙服の場合、宇宙船の中で着ている時と月面で作業する時とで装備を付け替えてるんですよね。だからムッタのこの宇宙服でも、通常の靴の上にさらに厚底サンダルを被せるように履いてる感じにしていますね。その固定のために足の甲にバンドみたいなものを描いているんじゃないかな。
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なるほど。ところでアポロでは与圧服ではなくEVA用の宇宙服のまま打ち上げて、月面に降りて、帰還していましたが、なぜ着替えなかったのかわかりますか。
山方
与圧服と船外活動服を兼ねていたわけですが、その理由は、アポロ宇宙船の中の保管スペースの節約と、打ち上げるときの重量を減らす意味があったのだと思います。船外活動のためだけの宇宙服を持って行くとしたら、当然その分の保管スペースが必要ですよね。船外活動中は与圧服を収納しておくためのスペースも必要になります。2人いるとすれば、2着分の大きなスペースがいるけれど、両方を兼ねていればせいぜいあとは月面での船外活動用のヘルメット、グローブ、ブーツと生命維持装置を保管しておく場所があればいいことになります。
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ムッタたちの時代だと宇宙船内にもある程度スペース的な余裕ができているはずだと。
山方
そうあってほしいと思っています(笑)。
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あとランドセル部分がかなりコンパクトに見えますよね。
山方
ムッタの宇宙服の生命維持装置のサイズって、実際よりかなり小さいんですよ。酸素タンクの大きさもそうですけど、二酸化炭素の吸着剤は特に小さくしにくいんです。8時間程度までの船外活動をできるようにすることを考えると、もっと大きくする必要があります。
ただし、以前僕が宇宙服を考えていた時には、ランドセルの中身を交換式にすることで背負うものを小さくするというアイデアもありました。酸素タンクの予備を用意しておいて、枯渇しそうになったらカセットコンロみたいに差し替えるだけ。そうすればコンパクトにできるよね、と。そういう話は散々していたし、NASAの人たちも同じようなことを考えていたようです。
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そうするとムッタの宇宙服も交換式になっている可能性がありそうですね。
山方
小山さんともそういう話をしていたから、たしかにそれが反映されているのかなぁと思っています。
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ムッタの宇宙服では縫い目の入れ方にもこだわったんですが、宇宙服は手縫いで作られていて、でもNASAではその縫製技術が継承されていないという話を聞いたことがあります。
山方
宇宙服は大量生産するものではないので工場の製造ラインのようなものはなく、人の手で縫製されていたそうですね。異なる質感の素材を決められた方法、決められた幅で縫うなど、事細かに指示された図面に基づいて縫製する必要があったことも手縫いの理由の1つだったようです。
宇宙服の縫製は表面だけに止まりません。人の肌に一番近いところにある冷却下着から、その上にある空気を宇宙服内に留める気密層、宇宙服が膨らみ過ぎないよう抑制する拘束層、外気との熱の出入りを遮断する断熱層、宇宙環境(紫外線、デブリなど)から保護する防護層と、それぞれ役割や素材の異なる生地を縫い合わせることになりますから、なかなか難しいと思います。
現在の宇宙環境で使用する宇宙服は、すでに最初に開発されてから40年以上経過していて、その間新しい宇宙服は開発されていません。そうしたことから当時のノウハウが継承されていない、という話につながっています。
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