第7回『隣のロボット』ーー試作機の完成は開発者の子離れのとき ロボット版「はじめてのおつかい」 | 『宇宙兄弟』公式サイト

第7回『隣のロボット』ーー試作機の完成は開発者の子離れのとき ロボット版「はじめてのおつかい」

2016.06.10
text by:編集部コルク
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第7回
試作機の完成は開発者の子離れのとき ロボット版「はじめてのおつかい」
『宇宙兄弟』にはムッタやヒビトたち宇宙飛行士だけではなくて、宇宙開発を支えていく熱い技術者たちも登場します。
“ロボットづくり”に携わるエンジニアたちも、自らが開発したロボットに熱意と愛情をたくさん注いでいますが…今回の「隣のロボット」は、そんなエンジニアたちから”巣立ち”のときを迎えるロボットについて。それは、ロボットの完成へと近づいていくプロセスのひとつなのです。

手作りの“一品物”が工業製品になるまでのプロセスには、語るべきポイントがたくさんある。

今回は私たちフラワー・ロボティクスが開発している家庭用ロボットPatin(パタン)が、どのようにして使用される環境、つまり開発室から社会へ出ていくための準備をしているかをご紹介したい。

タダで自由に使える開発技術の広がりや、部品などの値下がりで、ここ数年小さなチームや個人でも、ものづくりが可能になってきた。

ものづくりのハードルが下がった、という表現は正しい面もあるが、もう一歩踏み込んで、たとえば今あなたがこの文章を読んでいるスマートフォンやPCをつくろうと思うと、少し事情が変わってくる。

それはスマートフォンが「込み入ったモノ」だからではない。

たとえるなら、お母さんが握ったおにぎりとコンビニのおにぎりの違いである。ごはんに具を入れて海苔で包むという単純な仕様でも、安定的に大量生産し、全国に流通させ、かつ美味しく品質が担保されたものを売って利益を出すことは、お母さんの家事とは大きな隔たりがある。一軒のおにぎり屋を開くことさえ多大な困難があるだろう。

どんな単純なものでも、「とりあえず形になった」状態では「商品」にならないのだ。

ロボットも同じで、科学の粋を集め、驚くべき動きや機能を見せる理想のロボットをつくりあげることと、家電や車のように広く行き渡るロボットをつくることは大きく異なる。
つくる「コスト」も重要な要素なのだが、長くなるのでそれは別の機会に。

今回はコストにも大きな影響を与える、試作品を製品にするための取り組みを見ていきたい。


1
Patin初の一般展示。この時は動かないモックアップ(2015東京デザインウィーク)
‐開発をやめられない、エンジニアの悲しい習性

ロボットに限ったことではないが、「開発」というものに終わりはない。
現状に満足しないからこそ、イノベーションは起きるとも言えるが、メーカーとして「つくって売る」という商売をする以上、開発はここまで、と基準を設定する必要がある。

技術を追求するエンジニアという職業の人には、これは少し困難なようだ。

少なくともフラワー・ロボティクスのエンジニアは、この「やめる」ということが苦手だ。

開発中、課題にぶつかったとき、もっといいセンサーがあるかもしれない、もっと性能のいいCPUを積めばこんなこともできる、と試行錯誤をする余地がどんどん出てくる。

特に、決められたことのないベンチャーに集まるようなエンジニアだから、余計にそういうタイプが多いのだ。

探究心や情熱は素晴らしいことだ。だが、日々技術は進歩しているから、あるところで時間を止めてあげないと、「あともう少し」が永遠に続くことになる。

開発についての衝突は、みんな「良い物をつくろう」としているからとても厄介だ。

「もうこれでいきましょう」

と判断してしまうとき、自分が金しか見ていない夢のない人のように思えてくる。

だが、開発者の汗と愛の詰まったものが研究室、もしくは工場の片隅で埃をかぶっているという姿は、一番最悪な状況なのである。

エンジニアでもデザイナーでもない私が果すべき役割は、営業やプロモーションの立場で、またあるときはユーザーとしてPatinを育てていくことだと思っている。

2
トークイベントでのデモンストレーション。スターバックスのコーヒーを載せて運ぶ

‐製品化とは、天才を優等生にすることかもしれない

搭載する機能が決まり、開発が進んだら、次は製品としてその機能を磨かなくてはいけない。

何度も失敗を繰り返しながら、とうとう目指す機能が出来上がった時は大きな達成感を得られる。

だが、その機能は、繰り返し成功しないと製品には組み込めない。

ユーザーからすると、どんなに綺麗な写真が取れるとしても、10回に1回しか撮影に成功しないカメラは買わないだろう。

だから、想定通りの動きをする確率を100%に限りなく近づける必要がある。残念ながら確率が上がらないようなら、開発は成功しても、別の手立てを考えなくてはいけない、ということもある。

キラリと光るすごいことができるよりも、やるべきことを果たせる方が製品として評価されるのだ。

3

何度も失敗を繰り返しながら機能を改善し、バグを潰し、洗練させていく

‐箱庭から外に出る時 私たちの日常の風景は、ロボットには非日常

試作から製品へ移る段階でエンジニアを悩ませるのは、動く環境が一気に過酷になることである。

開発室の中は特殊な環境だ。温度や湿度、明るさが一定で、障害物はなく、みんなPatinが動くために道をあけ、体当りしてきたら避ける。つまりロボットにとって理想的な環境なのだ。

実際に使用されることを考えれば、そんな場所はまずありえない。

センサーを狂わす日光や照明があり、乗り越えられない段差やカメラで認識できない障害物があったりする。

私たちの暮らす家の中は、ロボットにとってつらい環境なのだ。

私たちは開発場所をロボットにとって居心地のいい開発室から、オープンなオフィスエリアに移した。

また、Patinを様々な環境に連れ出し、日常生活を送る空間でテストを続けている。

そうすると、予想していないハプニングがどんどん出てくる。

3回目の連載で紹介したが、アメリカで開催されたCESという展示会では、4日間、毎日10時間動かすというチャレンジをおこなった。動作確認のために短い時間しか動いていないので、タイヤを支える部品が壊れてしまった。

大事に大事に開発されていたPatinは、そんなに長い時間酷使されたことがなかったのだ。

だが、家庭用ロボットである以上、当然そんな過保護なことは許されない。

長時間の展示を通し、少なくとも、人が家にいる6時間程度は動き続ける必要がある、ということを認識するきっかけになった。

‐遠くで元気にしている日を目指して

2016年の4月から、神宮球場ほど近いTEPIA先端技術館でPatinの展示を始めた。

この展示をやると決めた時からの目標は、

「エンジニアがいなくても動き続けるPatin」

である。

特に研究者出身のエンジニアによると、操作者、監督者なしにロボットを動かすというのは、非常に難しいことだという。それは、ロボットが主に研究開発用で、動作や機能の成功確率が低いからサポートが必要、という点に起因すると考えられる。

確かに、エンジニアはこれまで、どんなデモでもPatinを影で見守ってきた。だがそろそろ手も目も離すときである。

公開から2か月ほど経ったが、Patinははじめてのおつかい状態を脱し、ひとり黙々と動いている。

CESに出ると言ったとき、中国に持って行くと言ったとき、エンジニアはとても嫌な顔をした。

TEPIAで無人のまま動かし続けるつもりだと伝えると、渋い顔になった。

私は無鉄砲で楽観的な部分があるが、それにしてもエンジニアは慎重で心配症だ。

TEPIAの動態展示をはじめて、数週間なんの連絡も入らなかった。問題が起きていないようだと喜ぶべきところを、

「何も言ってこないけど大丈夫ですかね」

と話していた。

箱入り娘は非常に手が掛かるが、その手間も楽しそうなのがエンジニアや研究者である。

ロボットは自分で独り立ちしないので、いつかこちらから手を離さなくてはいけないときがくる。

まだPatinは保護者同伴で社会へ出ることがほとんどだが、これから私たちの知らないところでもきちんと仕事を果たせるように、改善を続けなくてはいけない。

Patinがまだまっさらで、何もできない頃は、毎日成長し、新しいことがひとつずつできるようになるのがワクワクして楽しかった。

だが製品化の作業に入ると、できていたことも物足りなくなったり、思ったより大したことないかも、なんて感じてしまったりする。

Patinを通してものづくりに携わって、面白みが無いように感じ、安全だけど平凡で退屈な身の回りの製品も、幾多の苦難を乗り越えてここまでやって来たのだと改めて思う。

Patinも将来、人の生活を豊かにするような機能をきちんと提供できるように、機能や体を磨いていく。

4

昨年出演したテレビの生放送。本番に強いが、安定稼働にはもう少し時間がかかる。

==次回の予告==

ロボットメーカーとして現実的な話をした後になんだが、

次回はドイツのライプチヒで開かれるロボットの競技会、Robocupのレポートをお伝えしたい。

Robocupは、「2050年にサッカーワールドカップの優勝チームに勝つロボットサッカーチームを作る」という壮大な夢の元にはじまったロボットサッカーの競技会である。現在はサッカーを超え、家庭や工場、あるいは災害現場で使われるロボットにまで範囲を広げている。

フラワー・ロボティクスは昨年に引き続き、Global Partnerとして大会をサポートしている。

Robocupに出るには論文も書かなくてはいけないので、アカデミックの要素も強いのだが、ロボットを応援する姿はまさにスポーツだ。

世界を舞台にどんなロボットがしのぎを削っているのかお届けしたいと思う。

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。