第14回 「地球会社」と出会う
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僕は9ヶ月ほど悔しい思いをしていた。
微小な宇宙ゴミを観測する人工衛星を開発して打ち上げるためのスポンサーを探していたが、全社的に応援してくれる会社に中々辿りつけなかったからだ。
微小な宇宙ゴミは人工衛星や国際宇宙ステーションの脅威となっている(第13回参照)。大きな宇宙ゴミは地上の望遠鏡で観測して個数や大体の居場所(軌道)を把握できるが、微小な宇宙ゴミは見えない。
数や密度が分かっていないから、人工衛星やロケットをちゃんと設計をするための十分なデータがない。今後の宇宙開発のためにも、宇宙環境をよりよく把握するために、この観測衛星は打上げなければならない。
私達の資金だけでは限界があった。だからスポンサーを探していた。
日々営業活動で足を運んでいた。
実は多くの会社で最初のウケは良かった。「非常に重要な仕事ですね」「こんな問題知りませんでした。応援します」「CSR予算で行けるかもしれない」「新サービスのPRに使えるかも」
でも、打ち合わせを重ねるごとに、各社ともいろんな社内意見が出てきて、進まなくなる。音沙汰がなくなる。
よくあったのが「宇宙の掃除より、まず地上の掃除でしょ」だった。
僕は実は十分うまく応答できなかった。無理もない。地球には至る所にごみ問題がある。問題を伝える写真や動画も豊富だし、意識しやすい。
「私達の生活は宇宙技術に依存しているのです」
「宇宙ゴミ問題に今取り組まなければ、宇宙は使えなくなるのです」
質問にはすべてちゃんと科学的に論理的に答え、相手企業にとって投資効果が出るようにどんな施策がよいかも個別にかなり考えていた。
時に取締役会まであがった。だが、どうしても意見が割れる。強烈な推進派と、他に優先すべきことがあると考える反対派だ。
宇宙とは、そういう場所なのだ。
ある人には、現実の場所、守るべき場所、今の場所。
ある人には、遠い場所、誰かの場所、今じゃない場所。
一人一人を仲間に引き込むことはできても、会社として全会一致で仲間に引き込むことは非常に難しい。
僕は気づくと、各企業内のあらゆる社員層を「説得」していくというプロセスを繰り返していた。それで良いと思っていたが、今思うとそれは袋小路だったと思う。
それでも、心の底から応援してくれる会社があるはず、そう信じてアポイントをとっては世界を飛んでいた。
双方の共感
2015年8月終わり、うちのメンバーから連絡があった。
明日昼ごろに愛知県豊川市でプレゼンをしてほしい、と。
22時シンガポール発の飛行機に乗れば朝6時には羽田空港だ。新幹線に乗れば間に合う。
その会社のことはある程度は知っていた。数カ月前にパリ航空ショーでお会いしていた。社員がずっとやり取りさせて頂いていた。
お会いするのは代表取締役。僕はお会いする会社の会社概要を何度も反芻してその歴史を考えていた。
素敵な会長室でプレゼンを終えた時、大幅に会議時間を過ぎていた。今思えばそこにあったのは「双方の共感」だった。
この問題に取り組まなくてどうする、世界初なら尚更だ、とその代表は言ってくださった。すごく共感して頂いた。
でも、実は最も共感していたのは僕だった。
この会社には感じることがたくさんあった!オフィスと工場は地味だけどセンスがいい。未来的だけど機能的だ。すべてのモノにストーリーがある。展示してある製品も、植えてある木も、飾ってある壁画にも。これは何ですかと聞くと社員からたくさんの答えが返ってくる。
本棚に社史の本があった。「地球会社」と書いてあった。
この会社は腹の底で仕事をしている、そう思った 。「地球会社」、心にすっと入ってきた言葉は、広告会社を使って作られたキャッチコピーではないと感じた。
工場、社員の姿、飾ってあるもの、ありとあらゆるモノに信念と経験と喜びと悔しさが、団子のように捏ねられて捏ねられて、その上に社風ができている。
弾力と丸みがあり、強い。決して「巧さ」を感じない。だからわかる。「地球会社」とは歴史に裏打ちされた、経営陣の腹の底からの叫びだ。
1ヶ月後、取締役会が開かれた。再度豊川市を訪れ、全取締役の前で僕は力を込めて説明した。社外取締役が何と言うのか気になっていたが、最初の言葉は「実に面白い」だった。
「地球会社」という言葉を掲げる会社の名前は、オーエスジー株式会社。
東証一部、名証一部上場。世界のものづくり産業のニーズに応える総合工具メーカー。29カ国に製造・販売拠点を置き、最高峰の技術を目指す企業にとって必須の切削工具を提供している。
文字通りの「地球会社」だった。
即日決議され、資金面のみならず、一番難しい精密加工のところで技術面でも協力頂くことになった。
これで衛星開発チーム、技術、ロケット、資金、すべてがそろった。世界初の微小デブリ観測がミッションとして成立した。
IDEA OSG 1
人工衛星の正式名称は僕たちが決めていい。これは大事なプロセスで、外務省を通して国連に登録されるし、国際的な電波調整や打上げ時の国際的な書類のやり取りで使われる。打上げ後は国際識別名称になる。
だから、日本でよくやるのは、正式名称は堅い名前、別途愛称を一般公募というやり方だ。小惑星探査機「はやぶさ」は愛称であり正式名称は「MUSES-C」である。最近金星に到達した「あかつき」も正式名称は「PLANET-C」である。
人工衛星に普通の企業の名前が入ったことはないんじゃないかと思う。衛星開発には何らかで税金が投入されているケースが多いし、宇宙に関係ない企業にはそんなチャンスないだろう。
僕たちは何の制約もないので、正々堂々と正式名称に企業名を入れることにした。
IDEA OSG 1 (イデア・オーエスジー・ワン)
と。何だか座りがいい。これも運だ。
記者会見
2015年12月15日。記者会見を開いた。宇宙飛行士山崎直子さんや演出家の宮本亜門さん、一緒にプロジェクトを進めている大学の先生方等も招いた。
山崎直子さんは実際にスペースシャトル搭乗時に、微小デブリがシャトルの窓に当たりヒビが入った経験があるので、その言葉には重みがあった。
昨年12月の発表以来、国内外でプロモーションを続けている。「巧さ」のない実直なプロモーションである。でも、実は海外宇宙業界からの反応がとても大きい。
現在、微小デブリを観測するこの人工衛星は最終テスト段階にある。
打上げが近づいてきた。
「第15回 ロケットを決める」に続く
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。