ロボットづくりに必要なものといえば、人間にとっての目や耳の代わりとなる、カメラやマイク。指示どおりに動かすためのタイヤ。あるいは、3Dプリンタで作られる高価な外装など。
Patin(パタン)のケースを例に、ロボットをつくるためのお買い物のポイントや、材料選びのこだわりと試行錯誤の様子をリアルな現場からお伝えします!
前回ロボット開発に関わるお金のことについて話したが、今回はどんなものを購入してきたのか、それにまつわるエピソードと共にご紹介したいと思う。
フラワー・ロボティクスが開発している家庭用ロボットPatinには、数百の部品が使われている。
そのひとつひとつに役割や話の種があるのだが、たくさんありすぎるので、今回は私たちの「お買い物」の中で印象的な出来事を取り上げたいと思う。
2年間機能開発に使っていたカメラが買い占められ、製品版に使えなくなる
ロボットは周囲の状況を認識するためにカメラやセンサーを使う。
私たち人間にとっての目や耳の代わりに、カメラを取り付けたり、マイクや音声認識チップを搭載したりするのだ。
センサーは、それぞれ役割を担っている。音を聴く、赤外線を認識する、温度を測る。
種類がたくさんある上、それぞれのセンサーは数多くの会社で製造されている。ひとつの会社が複数のバージョンを出していることも多い。
部品のカタログを見ても、私はまったく意味がわからないのでノータッチだが、
エンジニアにとっても、やはり買ってみないとわからないことも多いらしい。
それに、家電のように口コミサイトのようなものはないので、論文やエンジニアコミュニティの報告などで、どの製品がいいかを選定していく。
買ってきた部品を組み合わせることも多い。取り付け方も実験・検証を重ねる
買い物の場所も、ものづくりにとっても聖地である秋葉原はもちろん、AmazonやAlibabaなど通販を使うことも。
このとき、届くのに時間が掛かるが価格は10分の1、ということもあるので、コストと効率を考えながら購入ルートを決める必要がある。
だけどせっかく部材を決定したのに、注文してから手配するので納品は3か月待ち、ということがあったりする。
それでも、待っていれば届くならまだいい。
私たちが使う部材の中には需要が高くないものもある。生産を終了していたり、在庫が充分にないことがよくあるのだ。
また、1個だけ欲しいのに、「購入できるのは1,000個からです」ということもある。
時間を掛けて検証し、開発に利用していたカメラが他のロボットに買い占められて市場からなくなってしまったこともあった。
「オークションなら手に入ります」
という報告や、
「うちに余っているからあげますよ」
と他の会社の人から提案されたこともあったが、製品化するとなると万単位で必要になるので方針を変えるしかない。
結局カメラは不採用になったのだが、そのおかげで別のアプローチを考え、結果として前よりうまくいきそうな部分もある。
常に前向きなのは大切なことだ。
しかしこういうとき、部品も自らつくる巨大メーカーは効率的だし、価格では勝てないよなあとしみじみ実感してしまう。
部品の組み合わせ方を検討できるサンプルパーツ。エンジニアの机には謎の物体がよくある
タイヤの柔らかさが違う
私たちフラワー・ロボティクスは、家庭の中で使うロボット、Patin(パタン)を開発している。
室内を自分で動き回るロボットであるPatinは4つの車輪があり、それにはオムニホイールという特殊なタイヤを採用している。
「残電力が不足したら充電器に戻る」
という動きを検証している時、どうやっても、Patinが床で「滑る」ことが起こった。
数字にするとほんの僅かなのだが、ロボットにとっては大きな誤差だ。
エンジニアはプログラムを修正したり、センサーを変えたり試行錯誤したのだが、どうもうまくいかない。
そこで、タイヤを製造しているメーカーに連絡したら、あっさり、
「その床ではタイヤが固すぎます」
という返事があった。
Patin自体が10キロ弱あるので、もう少し柔らかいタイヤにすると床に適度に食い込んで滑らないのだという。
確かに届いたタイヤを触ると少し柔らかかった。
微妙に仕様が異なるタイヤ
心のなかで、どうして2年やっていて気づかないんだ……という思いもあったが、タイヤよりももっと調達に時間のかかるものがあったので仕方なかったのだろう。
ロボットのためでも、お買い物を賢くおこなうには情報収集とコミュニケーションと試行錯誤なんだなあ、と、いろいろな種類のタイヤを前に思うのである。
もっとも高価な部品は「外装カバー」
部品の中には、当然買うことができないものもある。
その一番のものはPatinのカバーである。
このカバーがとても高額なのだ。
製品には「外装」があるが、つくり方はいくつかある。
市場に流通している製品は、「型」を作って、外装の素材(プラスチックや金属など)を流し込み抜いていく形式がほとんどだ。
イメージとしてはたい焼きである。
金属製の金型、砂製の砂型などあるが、ひとつの型でいくつの外装がつくれるかと値段は比例する。
このやり方だと、外装ひとつあたりは非常に安くつくれるが、型をつくるのが高額で、数千万〜数億かかる。
当然、試作段階では選択肢から外れる。
左がコンセプトモデル、右がリニューアルバージョン。あと数回変わることになるだろう
私たちは主に、ふたつの手法で外装カバーをつくっている。
ひとつは、ここ数年話題の3Dプリンタだ。
私は実際に目にするまで、3Dプリンタとは、コピー機と同じく、完成物がでろんと出てくると思ったのだが、そんな単純なものではなく、「磨き」という工程が必要だという。
3Dプリンタから出てきたばかりのものは、製造上の問題で突起物があり、表面に地層のような模様が出ていたり、空洞がきれいに空いていなかったりするので、それを研磨するのだそうだ。
その上に、着色したりニスを塗ったりする。
お手軽そうな印象を持っていた3Dプリンタだが、Patinの場合、だいたい150万円ぐらいかかる。
この金額やコストの掛かる理由を聞いた時、3Dプリンタがものづくりを加速するというのも、少し盛り過ぎだなと思ったものだ。
カバー以外にも、小さなパーツをつくったりと3Dプリンタにはお世話になっているものの、日曜大工的なものづくりとメーカーの製品づくりは大きな差があるし、それは必要な差なのかなと思う日々である。
3Dプリンターでつくったプランター型アプリケーション
もうひとつのやり方は3Dプリンターよりも少し安い。
安価な「型」をつくって抜く方法である。
金型だったら何万台、砂型でも千台単位で製造できるが、このやり方の場合多くて10回程度のものだ。
お願いしているのは、展覧会の展示物や、映画の小道具などもつくっている会社で、Patinはもちろん他のロボットでも大変お世話になっている。
また、この会社がありがたいのが、正確な図面がなくても仕上げてくれることだ。
Patinのカバーは図面が揃っているものの、試作段階では図面がない部品も多い。
そんなとき相談すると見事な仕上がりで出来上がってくる。
スケッチを元に相談しながらつくったテーブル型のアプリケーション
最初、まさかカバーにこんなにお金が掛かると思っていなかった。
展示用なら、中身の精密機器は不要なので安くできるだろうと、
「展示会に使うからもう1つ欲しい」
とエンジニアに言ってみたら、
「300万ぐらい予算取ってください」
と返されてしまった。
日々試行錯誤
社会は日々すごい速度で進んでいくので、私たちも最短距離を駆け抜けることを目指しているのだが、道は行ったり戻ったりだし、凸凹しているしで、ちっとも楽にならない。
最初に話したカメラのことも、エンジニアではない立場としては、
「なんで無くなるものを使い続けるんだ」
という気持ちになるのだが、当然カメラを変えればプログラミングも、取り付けも変わってしまうので、
「じゃあ明日から変更ね」
とはいかない。それに、新しいカメラの選定に時間が掛かれば開発は遅れるし、そのカメラもなくなってしまう可能性もある。
だいぶん前に解決したと思っていたことが後から火を噴くこともある。
私はエンジニアではないので、できることは少ない。
とりあえず、来年はエンジニアがいなくても、展示会に出たり、デモンストレーションをしたりできるようにしたいと思っているのだが、アンペアとボルトとワットの関係がわからないので、もう少し勉強が必要である。
年初に出展したCES2016にて
<<次回予告>>
気づけば2016年ももうすぐ終わりである。
ラスベガスで開催されたCES2016をはじめ、展示会への出展も多い1年だった。
事業も開発もなかなか計画通りには進んでくれない。だが、少しずつだが前に進んでいるのも事実である。
今年はPatinの上に載せて使うアプリケーション(サービスユニット)のアイデアを出すことが多かった。
次回は私たちが作った、作ろうとしているアプリケーションをご紹介しながら、どんな家電や家具が動いたら暮らしが便利になるのかを考えてみたい。
〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。