《第11回》宇宙飛行士の採用基準ー宇宙飛行士の仕事術 | 『宇宙兄弟』公式サイト

《第11回》宇宙飛行士の採用基準ー宇宙飛行士の仕事術

2016.12.28
text by:編集部コルク
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宇宙では、たったひとつの小さなミスが命取りに。そのため、仕事で失敗しないための方法、失敗を取り返す方法を徹底的に訓練している宇宙飛行士たち。ムッタもたくさんの訓練を経て、月へと旅立ちましたよね☆
JAXAの現役職員で、長年宇宙飛行士の育成に携わってきた山口孝夫さんの著書よりお届けする連載「宇宙飛行士の採用基準」。第11回は、宇宙飛行士の仕事術についてご紹介します♪
数百倍の倍率の採用試験をパスして選ばれる宇宙飛行士が、仕事で失敗しないためにふだんから鍛えてる能力は…?そして、宇宙飛行士の”捨てる勇気”とは…?サラリーマンにも通用する宇宙飛行士たちの仕事術、ぜひチェックしてみてください!

宇宙飛行士の仕事に失敗は許されません。それは宇宙では小さな失敗が人命に関わる事故に直結するからであり、宇宙飛行士の最大の任務は「どのような状況でも、必ず生きて帰ってくる」ことだからです。そこで宇宙飛行士は訓練の中で、仕事で失敗しないための方法、失敗を取り返す方法を身につけています。ここでは、宇宙飛行士の仕事術の一部を紹介します。

失敗が許されない仕事に求められる能力「SA」

宇宙飛行士が仕事で失敗しないために身につけている能力のひとつに「状況認識(Situational Awareness)」があります。これは、目の前で起こっていることを正しく捉える能力のことです。宇宙飛行士はこの能力を最も重視し、訓練しています。というのも、状況認識は問題解決におけるすべてのプロセスの初期段階に行われるため、正しく行われれば多くの失敗を未然に防ぐことが可能になるからです。それは同時に、間違えればその後の全ての行動がドミノ倒しのように失敗に終わってしまうということでもあります。

 

〝Situational Awareness〟を省略して、訓練では「SA」と呼び、「今のSAは大丈夫か?」という具合に使います。SAが重要なテーマになるのが、先述したT-38ジェット練習機による訓練です。訓練とはいえ、これも命がけです。超音速で飛行するT-38の操縦は、ゆっくり飛行するプロペラ機等とは違い、少し操縦に手間取ったり、ボタンを押し間違えただけで、次の瞬間に地面に激突することだってあるのです。よって、マルチタスクとともに、状況認識を訓練するのにも好適な訓練なのです。

 

3段階に分けられるSAのプロセスを、実際の国際宇宙ステーションでの異常事態を例にしてお話ししていきましょう。

宇宙飛行士の生命を脅かす異常事態のひとつに「減圧」があります。減圧とは、宇宙船内の空気が宇宙空間に漏れ出すことを指します。空気の確保は宇宙飛行士の生命線ですから、もっとも恐ろしい事態のひとつです。

減圧への対応は、地上の管制要員と連携して行われます。その手順は非常にうまくできていますが、専門家以外の方にはわかりにくいと思います。ここでは、宇宙飛行士のSAをわかりやすく説明するため、話を単純化します。専門家の方は違和感があるかもしれませんが、その点はご容赦願います。それでは話を進めます。

国際宇宙ステーションで何らかの異常事態が発生すると、警報機が作動します。宇宙飛行士は警報音が鳴ったら、まず警報装置の減圧発生を示す警報灯が点灯しているかどうかを目で確認します。しかしここで警報装置の情報だけを鵜呑うのみにはしません。警報装置が誤って作動していることも考えられるため、どこで空気が漏れているのかを自分で確認します。

ここでひとつ目のSAのプロセスです。すなわち目・耳・鼻などの感覚器官による「情報探索」です。今の状況で、何が一番大切で、正確な情報なのかを素早く探索します。

減圧の場合、その原因は多種多様です。たとえば、「スペースデブリ」と呼ばれる〝宇宙ごみ〟が衝突して宇宙船に穴を開けてしまう場合、あるいは宇宙船内の空気漏れを防ぐ「シール」が破損し、空気が宇宙空間に漏れ出してしまう場合などが考えられます。減圧は火災などとは違って火や煙が出ないため、目で確認することができません。そこで重要なのが耳での情報探索です。

 

大きなデブリが衝突すれば、宇宙船に大穴が開きます。また、大量の空気が瞬時に宇宙空間に放出されますので大きな音がするでしょう。したがって宇宙飛行士は、自分の目と耳で減圧発生を容易に確認できます。

しかし、たとえばシールに開いた微細な穴などは曲者くせものです。シールは、たとえ髪の毛ほどの太さの微細な穴でも、開いてしまえばそこから空気が漏れてしまいます。こうした場合は、疑わしい場所に近づき、耳を澄ませて、かすかな音(「シュー」といった音)を聞き取って判断することもあります。「アナログだ」なんてバカにしてはいけません。どんな小さな穴であれ、空気が漏れ続けるのを止めることができなければ、命に関わるのですから。

減圧発生が事実であることを警報装置と自分の感覚器官で確認できれば、次に大切なのは、第2のプロセス「現状理解」です。このプロセスでは、穴の大きさ、空気の漏洩ろうえい量、そして宇宙船内の破損状況を正しく理解します。現状を的確に理解すれば、地上管制要員に正確な情報を与えることができます。その結果、地上からの適切な支援を期待できるのです。

 

現状を理解したら、「今の状況がこのまま続いたらどうなるのか?」という「将来予測」を行います。これが第3のプロセスです。減圧への対応策は、この将来予測によって変化します。

空気漏れがわずかな場合であれば、すぐには致命的な状況には至らないと予測できます。対策としては、穴の開いたモジュールのハッチを閉め、その場所を隔離することで被害の拡大を防ぐことが考えられます。その後、他の安全なモジュールに避難すれば、宇宙飛行士の安全は確保できます。

一方、空気の漏れが多い場合は、国際宇宙ステーション全体が安全ではなくなることが予測されます。この場合は、緊急帰還機であるソユーズ宇宙船に乗って、地球に帰還することが対応策となります。

このように、実行すべき最適な対応策を選択する上で重要になるのが「将来予測」です。将来予測を誤れば、自分たちの生命を危険にさらすことになります。もしも深刻な減圧事象が発生しているのに、国際宇宙ステーションから即時脱出をせずに船内に留まれば、地球へ帰還する機会を自ら逃してしまうことになります。

あるいは、被害拡大を最小限に防げる状況であるのに、「これは大変だ!」と慌てて地球に帰還してしまっては、国際宇宙ステーションを見捨てることになります。これにより、人類は、人間が宇宙で長期にわたって滞在できる唯一の場所を失うことになります。

 

「情報探索・現状理解・将来予測」、この3つが合わさったものが「SA」なのです。この3つのうち、どれが欠けてもいけません。たとえ必要な情報を得たとしても、理解が間違っていたらそこで事故になります。また、適切な情報を手に入れて状況も正しく理解したとしても、将来の予測を間違えてしまうとまた事故が発生します。

この3つのプロセスが相まって働いてこそ、事故が起こらない=失敗しない意思決定をすることができるのです。

 

また、もし意思決定に何かのミスがあったことが確認された場合には、情報探索・現状理解・将来予測のどのプロセスが正しく行われていなかったのかを分析して突き詰める必要があります。

たとえば訓練でミスをした場合でも「ちゃんと見ろよ!」と言われただけでは次にどうしたら良いのかわかりません。会社も同じですよね。「ちゃんと考えてやれよ!」と怒鳴られても、情報がたくさんあったりして原因がわからないのです。どこにミスがあるかがわかってこそ、反省できて次に生かせます。

宇宙飛行士も同じであり、原因と関係のない訓練をしても向上しません。情報探索の方法が間違っていたのならば探索の方法を、現状の理解が間違っているのなら、理解するための知識を与える。将来の予測が間違っていたのなら、正しい予測ができるように訓練シナリオを作り、状況を追体験させることで訓練するのです。

このように、生じるミスの部位によって訓練の仕方や対応方法は違ってきます。SAの理解のない現場の上司はすぐに「良く考えろ!」とか「良く見ろよ!」と言うものです。それでは言われた本人はどうしたら良いのかわからないばかりか、状況は一向に良くなりません。SAがうまくできていない上司もまた、組織をより良いものに導くことは不可能です。

 

また、SAというのは簡単に能力低下を引き起こします。つまり、疲労が蓄積していたり、仕事がたくさんあって集中できなかったりすればすぐに低下してしまうのです。

よって、適切な自己管理がSAには欠かせません。ただ精神論で「頑張れ! お前がダメなのは根性がないんだ!」としりたたいたところで、人間の精神にはおしなべて心理的な限界がありますから、結局はパフォーマンスが上がらないのです。

 

宇宙飛行士の「捨てる勇気」

 

宇宙飛行士には、非常にコミュニケーションがうまい人が多いです。もちろん、選抜でコミュニケーションにおいて不安な要素を持っている人を前もってセレクト・アウトしているというのもありますが、とにかく何を話しても、こちらが求めている答えがすぐに返ってきます。また、彼らがこちらへ問いかけをする時も、何が必要なのかを自分で的確に判断し、必要な情報のみをこちらに与えてくれます。先ほどのSA、状況認識の能力が高いため、非常に仕事がしやすいのです。

 

そんな宇宙飛行士には口ぐせがあります。「ビッグ・ピクチャーは何か?」というものです。これは「全体像は何か?」という意味です。宇宙飛行士は常に、物事の詳細ではなく、まずは全体像を把握するための根幹を知りたいと考えるのです。

彼らがミッションで求めるのは常に「必要な情報」だけです。よって、不必要なものは事前に排除し、必要なところだけを彼らに伝えるというのが、地上管制要員にとって大切な仕事のひとつになります。「ビッグ・ピクチャー」を得ることで宇宙飛行士としての状況認識を効率化し、正しい意思決定をする方法だということを、彼らは訓練から体得しているのです。

そんな彼らから、私たちはいつも「捨てる勇気」を学びます。

 

人が仕事でミスをする時は、不必要な情報が過剰に与えられ、膨大な情報の中で「間違い探し」を強いられていることが多いのです。

情報に必要なものと不必要なものが入り乱れている時は、不必要なものを除外する「間違い探し」をしなければなりません。しかし間違っているものは、ひとつとは限りません。つまり全ての情報を精査しなければならず、膨大な時間がかかり、タスクも増えることから、ミスが起こりやすくなるのです。

その一方で、ミスが起こりにくい状態というのは、必要な情報のみを与えられて「この中から君の正解を選べ」という正解探しをしている時です。これならば、正解が見つかればそこで作業は終わります。つまり、仕事を効率的にするためには、常に正解探しができるように情報設計をする必要があるということです。

 

こうした必要な情報だけを的確に宇宙飛行士に提供する技術が、「きぼう」の操作を行うディスプレイに施されています。「運用モードの切り替え」という機能です。

これは、宇宙飛行士にとって不必要な情報を表示しないようにするためのプログラムのことです。運用状態に応じて4つの運用モードを選択できます。「標準モード」、「ロボティックス運用モード」、「スタンバイモード」、そして「隔離モード」があります。

この運用モードは、宇宙飛行士または地上管制要員が切り替えることができます。ひとつの運用モードを選択すると、その運用では使われない、使ってはならない情報は自動的にディスプレイに提示されないようになります。

以前のアナログの計器類では物理的にボタンを隠したりする以外は困難でしたが、デジタルの液晶表示になると、運用モードに応じて不必要な情報を事前に消して表示させることも容易になります。情報の探索がしやすく、間違った情報を取得するリスクを減少させる設計を、ソフトウェアに施しているのです。

仕事が速く、正確に行われるには、必要な情報を手にするまでの時間が短い環境をいかにつくるかが重要だということです。そのためには、不必要な情報を捨てる勇気が必要不可欠です。

 

捨てる勇気を持たない人同士がコミュニケーションしても、いつまでたっても正解にはたどり着けません。たとえば会社での、何でもかんでも情報がてんこ盛りになっている、「情報は与えたから後はあなたが自分で見てね」と言いたげな報告書がそうです。読むにも理解するにも非常に時間がかかりますよね。これはつまり、部下に「捨てる勇気」がないのです。本来必要な情報を自分の判断で捨ててしまわないための予防線でもあり、責任転嫁が働いた結果です。

上司に渡す報告書でミスをしてはいけないために、情報が捨てられない。気持ちはわからなくはないですが、それは親切なことではないし、組織に対しても良い貢献をしているとは言えません。現場にいない上司が全ての情報を受け取って、整理して、どれが良いのか判断しなければならないわけですから、時間がかかる上に判断を間違うリスクもあります。こうした部下には「あなたは一番現場をわかっているのだから、情報は整理した上で私に渡すのが親切なんですよ」と伝え、自分が必要とする情報は何かを明確に伝えるマネジメントが必要です。

 

あるいは、プロジェクトで何かのミスが起こってしまった時に「どうしてこんなミスが起きたんだろう?」と担当者に言っても、「あれ? 前に言いましたよね?」と自慢げに長文メールの中の一行を指さして言ってくるような人と仕事をしたいとは思いませんよね? 私はよく一緒に仕事をする若手に、「文章と料理は一緒だよ」と教えています。美味しく食べてもらうためには、あなたがきちんと並べてあげないとダメですよ、ということです。とは言っても、訓練しないとなかなか難しいことかもしれません。こうした「言った・言わない問題」は一般的な会社でもトラブルの原因になりますが、宇宙飛行士にとっては自分の生死に関わることすらあるため、一つひとつ厳正に対処していく必要があります。

「ムダな情報は捨てろ」と言っても怖くてなかなか捨てられない。しかし、捨てる勇気を持っている宇宙飛行士にはムダがありません。だから、コミュニケーションがうまいのです。

彼らは不必要なものは排除すべきだと考えます。それによって状況認識が速くなって、仕事の速度はもちろん、正確さが上がることを、訓練から知っているからです。

(完)
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この連載記事は山口孝夫著『宇宙飛行士の採用基準-例えばリーダーシップは「測れる」のか』からの抜粋・一部改稿です。完全版はぜひリンク先からお買い物求めください。41fO7W2PoTL._SX312_BO1,204,203,200_

<著者プロフィール>
山口孝夫(やまぐち・たかお)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙ミッション本部宇宙環境利用センター/計画マネジャー、博士(心理学)。日本大学理工学部機械工学科航空宇宙工学コースを卒業。日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士前期/後期課程にて心理学を学び、博士号(心理学)取得。1987年、JAXA(当時は宇宙開発事業団)に入社。入社以来、一貫して、国際宇宙ステーション計画に従事。これまで「きぼう」日本実験棟の開発及び運用、宇宙飛行士の選抜及び訓練、そして宇宙飛行士の技術支援を担当。現在は、宇宙環境を利用した実験を推進する業務を担当している。また、次世代宇宙服の研究も行うなど幅広い業務を担う。著書に『生命を預かる人になる!』(ビジネス社)がある。