せりか基金通信インタビュー「難攻不落の難病ALS。治療法につながる病態がわかったということでしょうか」京大iPS細胞研究所 井上治久教授(後編) | 『宇宙兄弟』公式サイト

せりか基金通信インタビュー「難攻不落の難病ALS。治療法につながる病態がわかったということでしょうか」京大iPS細胞研究所 井上治久教授(後編)

2017.08.23
text by:編集部コルク
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この5月、「ALS治療薬の候補発見」というニュースが世の中を駆け巡りました。iPS細胞を活用したら、ALSの治療薬になり得るものが、探り当てられたというのです。ALSはこれまでずっと、原因も治療法も見つからなかったというのに、いきなり治療薬への道が拓けた? これは相当に画期的なことが起きているのでは?
そこで、研究を発表した井上治久京都大学教授に話を伺いに、先生の所属する京都大学iPS細胞研究所へお邪魔しました。

(前編)「ALSの原因や治療法の研究は、どうして難しいのでしょうか。」はこちら

 

CiRA(京都大学iPS細胞研究所。略称 CiRA・サイラ)のウェブサイトで発表されたリリース資料のタイトルには、「患者さん由来iPS細胞を用いた化合物スクリーニングにより、筋萎縮性側索硬化症の治療標的分子経路を同定」とあります。実際には今回、何がおこなわれて、どんなことが明らかになったのでしょう。

iPS細胞研究所でどんな研究がおこなわれたか

井上教授「簡単にご説明致しますと、
まずALS患者さんの方に協力をいただき、患者さんの皮膚あるいは血液からiPS細胞を作りました。それを培養し、運動神経細胞にしていきます。患者さんの遺伝子を持った運動神経細胞が、たくさん用意できたわけです。これは、さまざまな細胞へ分化させ培養できるiPS細胞だからこそ実現可能なのです。
この患者さん由来の運動神経細胞を詳細に分析しました。」

「この結果、
異常なタンパク質が蓄積しており、細胞死を招きやすい状態になっていることがわかりました。
この現象こそ、ALSの症状の原因になっていると考えられます。」

 とうとうALSの原因がわかった!?

ずっと原因不明と言われてきたALSの原因が、今回の研究で特定できたということ。そこまでは言ってもだいじょうぶなものでしょうか?

「いいえ、全部を特定できたとは言えません。
 ALS患者さんの細胞では、異常な形のタンパク質が蓄積されていること、そして、不要なタンパク質を分解するオートファジーと呼ばれるシステムが途中で止まっているのが、今回の研究から明らかになりました。このふたつが、少なくともALSの原因の一部である可能性があることがわかりました。」

異常な形のタンパク質(赤色の部分)(画像提供:CiRA)

 

ALS治療へ糸口が見えた理由

「では、こうした細胞死を抑える薬はないだろうか。そこで、既存の薬やさまざまな化合物をこの神経細胞に合わせてみました。どんな薬や化合物が効果ありなのかわからないので、1416種類の薬をしらみつぶしに調べてみたのです。こうした方法をスクリーニングといいます。
スクリーニングの結果、27種類で抑制効果を確認することができました。とくに、慢性骨髄性白血病の治療薬として用いられているボスチニブという薬は、ALS特有の異常なタンパク質の蓄積を減らすことがわかりました。」

先ほど、解けない課題をなんとか解くための方法を教えていただきました。

・解くための「材料」が斬新であること。
・解くための「方法」が斬新であること。
・解くことに取り組む「人」がいること。つまり問題に取り組む人が斬新なアイデアを持っているとか、すばらしく勤勉であるとか、またはなんだか運がいいとか、になるでしょうか。
本インタビューの前編より

とのことですが、今回の研究はこれらをクリアしたということになるのですね?

「「材料」や「方法」が新しいというのは、まさにiPS細胞の登場によるものですね。iPS細胞の知識や技術は10年前には存在しなかったもので、患者さんの細胞を生きたままで実験ができるようになったのはやはり大きいです。

大規模なスクリーニングをする技術も、これは私たちがオリジナルで作っているというより、いろんな研究者が見出してきた技術や方法や遺伝子などの情報をiPS細胞に搭載して作りました。iPS細胞に搭載したあとに遺伝子を自由自在にONさせる技術や、運動神経細胞の生存率を調べるといった技術です。これらを、iPS細胞にうまく搭載させることで、大規模なスクリーニングが成功したのです。

また、何よりも、今回の発表の筆頭著者の今村さんをはじめとする研究室・研究チームのメンバー一人一人がハードワークしたことや、CiRAや世界中の研究者が様々な技術を教えてくださったり、何よりも、患者さんと臨床医のチームメンバーが一緒に協力して、力を合わせてくださったことも、大事な要因として挙げられますね。」

治療薬ができたと言い切れる?

なるほど、解けない課題の解き方が見えてきた! ということですね。ならば、いよいよALSの治療薬ができそうになっている。そんな認識を持ってオーケーなのでしょうか。

「いいえ、そこは飛躍するわけにはいきません。今回の発表はまだ、治療薬ができたという話ではありません。治療薬というのは、まず少人数の治験で安全性が試され、合格すればさらにもう少し多い人数、さらに多い人数の治験により有効性が試されなければならない。そちらも合格となればようやく治療薬ができたと言えるのです。今回の場合、人体に投与するレベルに到達した実験はまだまだできていないというのが現状です。ようやくスタート地点に立ったというのが実際のところでしょうか。」

「治療薬候補ができた」とは、言える?

そうか、道はまだ長い……。では、ニュースの見出しに取られていたように、治療薬の候補が見つかったというくらいなら言えますか?

 

「色々な考え方、言い方があり得ると思います。ただ、
人体に投与する承認を得るには、考え方によっては、たくさんの種類のハードルがあって、それらの全てを満たすことはできていません。
ですから、現在がどのような段階かを正確に言うとすれば、治療薬候補の可能性があるものの目星がついた、といったところでしょうか。」

何事も一足飛びにはいかないわけですね。でも、研究が前進しているとお聞きできるのは、希望そのものです。が、ここでさらにわがままな気持ちが湧き起こるのを、どうしても抑えられません。「治らない病気」と言われ続けてきたALS患者や家族からすると、どうしても「治療薬の発見・完成!」というニュースを早く聞きたいと思ってしまう……。

研究がこのまま順調に進めば、いつか治療薬はできるということですね?

「ALSが治る」とは、どんな状態をさすのか

「「治る」というのがどういう状態を指すかにもよると思うのですが。いちばんわかりやすいのは、風邪薬を飲むように服用すれば、症状がすべて改善されてしまう状態ですよね。そういった薬をつくる道筋は、実際のところ、まだまだ見えません。

ただ、「治る」をもう少し広く捉える考え方もできますよね。病気の進行を抑え、その進行をかぎりなくゼロに近いかたちにするのも「治る」のひとつのかたちだと。いま私たちが目指しているのは、こちらの「治る」です。病気を進行させない薬をつくることをまずは実現したい。そこからさらに症状の改善を考えるには、将来的に再生医療などと組み合わせていくことも重要ではないかと予想していますが、まずは病気の進行曲線をフラットにするのが当面の目標となります。」

研究進展のカギを握るiPS細胞に、ますます期待をしたいところです。
これから治療薬へと至る研究を進めていくうえで、研究者のみなさんがいま最も欲しているものって何でしょうか?

「研究費を含め、ALS 研究者にとってのより良い研究環境、さらには若い研究者やこれまでこの病気に関心がなかった異分野の研究者がこの分野の研究をしたいと思うような環境ができることがALS克服につながっていくと思います。ALSというターゲットは強大なので、たとえば今の世代、あるいは今の分野のみでどこまで研究が進むのか、なかなか読めませんが、克服のための様々なルートがあるのではと思います。となると、研究が世代や分野を超えて受け継がれ、広がっていくことはたいへん重要だと思います。

そういったことを踏まえると、今回「せりか基金」が立ち上がったのは、私たち研究者にとってもたいへんありがたいことで、意義のあることだと思います。ぜひALSの多くの研究者にとっても、あるいは若い研究者や異分野の研究者にも目標になるような存在になっていっていただけたらいいですね。」

ALS患者や家族、関係者の方々を応援したいと思っている人たちはたくさんいます。ですが多くの人は、研究者でもなければ医療関係者でもなく、介護の実務を担当しているわけでもない。力になりたいという気持ちを、どうかたちにすればいいかわからず、不安やもどかしさがつきまとってしまうこともしばしばです。

そんなとき、いま研究や医療の現場で起きている事柄を、精力的に発信してもらえるのはたいへん心強いこと。iPS細胞研究所がもたらしてくれる成果を、これからもぜひ追いかけていきたいと思います。
ALSを治す薬の研究は、少しずつでも前進している。それをはっきり知れたことには、大いに勇気づけられます。基金の用途を治療薬の研究・開発に役立てていただくことと定めたせりか基金も、ちゃんとその一助にならねば!

研究所をあとにして、傍を流れる鴨川沿いを歩きながら、スタッフ一同はそう気持ちを新たにしたのでした。

 

ライター:山内宏泰(@reading_photo)
前編「ALSの原因や治療法の研究は、どうして難しいのでしょうか。」はこちら

 

 
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