MOONWORKERたちの現場 日揮編(中編) 誰もやったことがないプラント開発、はじまる | 『宇宙兄弟』公式サイト

MOONWORKERたちの現場 日揮編(中編) 誰もやったことがないプラント開発、はじまる

2025.11.11
text by:編集部コルク
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「ちょっとだけ無理なことに挑戦してこーぜ」。

ムッタの言葉のとおり、『宇宙兄弟』にはいろいろな挑戦の姿が描かれています。夢に向かって一歩を踏み出す挑戦。不可能に見えることをあきらめずに実現しようとする挑戦。自分の持ち場で淡々と最善を尽くし続ける挑戦もあります。

宇宙飛行士も、地上で社会を支える人も。

私たちは、挑戦するすべての人をMOONWORKER(ムーンワーカー)と呼んでいます。

この記事では、そんなMOONWORKERたちの現場を訪ね、その仕事と想いをお届けしていきます。

■今回のMOONWORK現場:日揮グローバル株式会社
日本を代表するエンジニアリング企業の日揮グローバル株式会社。
海外におけるエネルギーや化学、医薬、環境、社会インフラまで、巨大な設備を企画・設計し、世界各地から機材を調達し、建設、運転操業までを担っています。国内外のプロジェクトで培った安全・品質・生産性のノウハウを武器に、地上のインフラを支えています。

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■着用いただいたTシャツ
MOONWORKER TシャツがJCG(日揮)のロゴ入りユニフォームに!
宇宙飛行士が宇宙服に守られ、過酷な宇宙空間に挑むように。MOONWORKER Tシャツは、挑戦する人を応援し、高機能・高技術で支えるTシャツです。

記事の前編と中編では、日揮グローバルが次に見据える場所のひとつ「月面」を舞台に、2040年の月面インフラ構築に向けて進める取り組みをご紹介します。

記事の後編では、日揮グループにおいて国内プラントの設計・調達・建設事業とメンテナンス事業を担っている日揮のメンテナンス現場で活躍するMOONWORKERたちの姿をご紹介します。

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誰もやったことがないプラント開発、はじまる

月面プラントユニットが正式に部署化された2020年。そこから彼らが向き合うことになったのは、日揮グローバルにとっても、そして人類にとっても前例のない挑戦でした。
「誰もやったことがないプラント開発」が、いよいよ始まったのです。

石油やガスのプラントなら、これまで積み上げられた知見や設計標準が豊富にあります。顧客が明確に存在し、その要求条件に沿ってエンジニアリングを進め、納期に合わせて完成させる――それが日揮グローバルの“常識”でした。

しかし、月面ではまるで勝手が違います。顧客はいない。完成図もない。過去の事例もない。
「既存の技術をどう組み合わせるか」ではなく、「どの技術を使うべきかを試しながら決めていく」。まさにゼロから道を切り拓くような営みです。

深浦さんは当時をこう振り返ります。
「決まったお客様がいて、仕様がすでに固まっている状態でスケジュールを引くのが、従来のプラントエンジニアリング。でも月面は違う。だから、“我々がデファクトスタンダード”という考え方をしないといけないんです。技術面はもちろん、プロジェクトマネジメント手法をとっても、宇宙機開発のシステムエンジニアリングだけでも月面プラントはできないし、地上のプラントエンジニアリングだけでもできない。その二つを融合させながら、新しい定義を自分たちでつくっていく必要があるんです。」

前例もマニュアルもない環境で、試験を重ねながら最適解を探し、自分たちで新しい定義をつくっていく――。

その過程こそが、月面プラント開発の醍醐味であり、エンジニアのハートに火をつける挑戦なのです。

“空気のない世界”と“軽さこそ正義”

月面でプラントをつくるということは、地球とはまったく異なる物理法則の只中に挑むことを意味します。
最初に立ちはだかるのは、“空気のない世界”

真空に近い月面では、機械の内部にある油分はあっという間に揮発し、電子機器も空気による放熱ができず、すぐに高温で壊れてしまいます。さらに太陽光が当たるかどうかで温度はマイナス200度からプラス100度まで乱高下。鉄鋼材は膨張と収縮を繰り返し、地上なら問題のない素材も耐えられません。プラントの上流工程を担当する田中さんも「地上と同じ素材で行けるものは、ほぼない」と語ります。

そこに加わるのが、もうひとつの制約――“軽さこそ正義”
月まで物資を運ぶには、1kgあたり数億円もの費用がかかると言われています。そのため月面開発では、軽量化を最優先にしなければなりません。地上であれば、安価で重い素材を選ぶことがコスト削減につながる場合もありますが、月面では逆。高価でも軽い素材を選び抜くことが絶対条件になるのです。

『宇宙兄弟』でも、六太たちジョーカーズが月の砂(レゴリス)を溶かし、3Dプリンタで部品を現地生産する提案をしていました。まさに輸送コストの壁を越えるための工夫。
月面プラントの現実世界でも、エンジニアたちは同じように「どうすれば軽く、どうすれば壊れないか」という二重の問いと格闘しています。

制約だらけの極限環境。けれどその制約こそ、技術の進化を生み出す原動力になっているのです。

2040年、人類が月で暮らす未来「Lumarnity®」へ

『宇宙兄弟』の物語でも描かれたように、月には氷が存在すると考えられています。カルロム洞窟で氷の結晶が見つかったシーンは、多くの読者に強い印象を残しました。現実の月面探査でも、極域のクレーターに眠ると考えられている水資源の存在が有力視されており、その活用こそが月での長期滞在を可能にすると言われています。

実際の月にも、極域のクレーターに氷が存在すると考えられています。

月面プラントユニットが目指すのは、この「水」を起点とした資源循環型のスマートコミュニティです。氷を取り出して水に変え、電気分解によって水素と酸素を得る。酸素は人が呼吸する空気となり、水とともに生命を支える基盤になります。さらに、水素と酸素を液化すれば、ロケットを再び宇宙へと飛ばすための推薬(推進薬)となります。

つまり「水」を起点に、暮らしに欠かせない飲料水・酸素・燃料・電力を生み出せるのです。

この技術を核に、人が月で生活するための基盤――空気や水、エネルギーを循環させながら、排出物を最小限に抑える資源循環型のインフラを築こうという構想が、「Lumarnity®(Lunar Smart Community®)」です。

Lumarnity®のビジョンは、ただ人が滞在するための施設をつくることではありません。

「出るものはできる限り再利用し、無駄を出さない」という設計思想は、地球でのサステナブルな社会づくりとも響き合います。月で培った技術は、そのまま地球の未来を変える技術へと還元されていくのです。

『宇宙兄弟』で描かれた近未来のビジョンと、現実のエンジニアたちの構想が重なり合う。まさに物語と現実が交差する挑戦が、いま目の前で進んでいるのです。

「想像ではうまくいってる」――産業の夜明けを切り拓く

日揮グローバルの月面プラント開発は、単なる技術挑戦にとどまりません。そこには、日本のものづくり全体を巻き込みながら、新たな宇宙産業の地平を切り拓いていく可能性が秘められています。

講演や展示の場では、地上でプラント建設に携わるメーカーや、部品をつくる町工場の方々からも、「やってみたい」「一緒に挑戦したい」という関心の声が届くようになってきました。数年前なら“まだ遠い未来”と受け止められていた月面実証の構想が、少しずつ現実味を帯びてきている証です。

「いよいよ、地上に近い産業の黎明期を迎えています。もし宇宙でプラントをつくることが“当たり前”になったとしたら、そこには、これまで関わってこなかった多くの産業の力が必要になります。だからこそ、“ちょっとだけ無理なことに挑戦してみようか”と思ってくれるメーカーさんが増えているのは、本当に心強いですね。」
そう森さんは力強く語ります。

一方で宮下さんは、未来への道のりをこう見据えます。
「これが続いていけば、いつか“お待たせしました”と言える日がきます。いま本気でやっているエンジニアがいるということは、それだけ実現が近づいているということなんです。」

「想像ではうまくいっている」――六太の言葉のように。
まだ輪郭しか見えていない未来が、少しずつ形を帯びていく。
月面で人が暮らし、働く世界は、もう遠い夢物語ではありません。

エンジニアの熱意と、日本のものづくりの力が重なり合い、夜明け前の暗闇にかすかな光が差し始めています。
その光景を想像するだけで、ワクワクせずにはいられない挑戦なのです。

後編に続く

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次の記事では、日本最大級の製油所に足を踏み入れます。

ここで日揮が行なっているのは、日々止めることなく稼働を続けるプラント設備の「定修(定期修繕、メンテナンス)」社会インフラを絶やさないために挑み続ける、もうひとつのMOONWORKERたちの現場をお届けします。