第9回 ロボットは「なくてもよいもの」から日用品になれるだろうか ロボットが日常の風景になる日を目指して15年目(前編)
紆余曲折を経ながら、様々なロボットを手がけ、世に発表してきました。
誰もが知っているだろう歌手のミュージックビデオに出演していたり、百貨店に美しい洋服を着て展示されていたり…みなさんもどこかで見かけたことがあるかもしれません。
今までフラワー・ロボティクスが手がけてきたロボットを振り返りながら、開発秘話や当時の世の中の反応、そこから得たロボット開発におけるポイントをみてみましょう!
前回はライプチヒで開催されたRoboCup2016のレポートをお届けしたが、RoboCupがはじまった1990年代は、ホンダ「ASIMO」やSONY「AIBO」など、ロボットが私たちの生活に近づいてきた時代でもあった。
フラワー・ロボティクスの創業は2001年。
次の9月に15周年を迎える。
今は家庭用ロボットのPatin(パタン)を開発中だが、15年の間にいくつものロボットを生み出してきた。
その開発、製造、提供のなかで経験したこと、学んだことはPatinに大きな影響を与えている。
Patinの話に入る前に、これまでフラワー・ロボティクスがどんなロボットを手がけて来たのかご紹介したい。
–創業前夜 研究材料であるロボットにデザインの考えを加えてみる
以前書いたように、日本人のDNAには一般人も開発者も、ロボット=人型というイメージが刷り込まれているようだが、フラワー・ロボティクスが最初に生み出したのもヒューマノイドロボットである。
フラワー・ロボティクスを立ち上げる前に、代表の松井は2年間、「科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)ERATO北野共生システムプロジェクト」でデザイナーとして活動した。
いくつかロボットデザインを手がけたが、そのなかで最も有名なのは、映画『ピノキオ』から「PINO」と名付けられたロボットであろう。
宇多田ヒカルの『Can You Keep A Secret?』に出演しているので、見覚えがある人もいるのではないだろうか?
PINOは二足歩行機能の研究のために開発されたロボットだ。
私たちが当たり前のようにやっている、二本の足で歩くということを機械にさせようとすると非常に難しいのだ。
PINOなどヒューマノイドのデザインを通して松井が持った、
ロボットは私たちにとって、他の「機械」とは違う存在感を持つのではないか、
という思いがフラワー・ロボティクスという会社を生む種子となった。
PINOのプロジェクトからはフラワー・ロボティクス以外にも複数の企業、事業が生まれ、今の日本のロボット産業のキープレイヤーとなっている。
–ロボットも可愛いだけじゃ3日で飽きる
製品やサービスは、誰かの「欲しい」や「困った」に応えるために生まれるものだ。
だが、ロボットは未だに私たちの日常に存在するものではない。またそのことに大きな不満や渇望がないのも事実だろう。
そんな中で、ロボットという異物を日常に入れようとしたフラワー・ロボティクスは、夢や理想を詰め込んだロボットを考えるのではなく、
「ロボットが自然に存在する日常はどういうものか」
を想像することからはじめた。
そうして生み出した最初のロボットが「Posy」である。
Posyは「花束」という意味の名をもつことが示すように、3歳のフラワーガールをイメージしたヒューマノイドである。
この子にできるのは花束を渡すことだけだ。
だが、フラワーガールに求められる花嫁を先導し、花束を渡す役割をしっかりと果たすことができる。
Posyはとても愛らしいロボットである。
そのため、可愛さを重視してデザインされたように思われることもあるが、Posyは役割を果たす空間に最も馴染む姿形をしているのである。
一見、今私たちがPatinで実現しようとしている、機能を提供するロボットとは真逆の存在と言えるが、日常の中に溶けこむロボットはどんな存在であるべきか、という発想のポイントは変わっていないのである。
Posyが生まれてから15年が経つが、Panasonic社製お掃除ロボットRULOの広告にも登場するなど、今も愛され続けている。
撮影のために花束を持ったPosy
–「未来感」にいくら払うか
フラワー・ロボティクスは株式会社である。つまり、ロボットづくりは趣味ではない。
それに、ロボットをつくるのは結構お金がかかる。
またロボットが普及するにはたくさんの企業、人が関わる必要があり、つまりロボットで稼ぐことができるという証明が必要なのだ。
Posyは多くの人に長く愛されてきたが、ロボットというよりモデルのような存在であるから、家電や車のようにたくさん製造し、販売するという形はなじまない。
では、事業として成り立つロボットはどんなものか。
そうして開発されたのがPaletteだ。
9号サイズのドレスを着られる9頭身のプロポーションはPosyのイメージとはまったく異なる。
Paletteはヒューマノイドが市場の中で評価される、つまり「売れる」ものになるために開発されたロボットだ。
Paletteの機能は、複数のセンサーで収集した情報を処理し、魅力的なポージングを取ることで、洋服を魅力的に見せることである。
動くことでより服を美しく見せるマネキンロボットPalette
展覧会『手で創る 森英恵と若いアーティストたち』より
Paletteは想定通り、アパレルブランドや百貨店で活用されたが、一体数百万円という価格は「未来感」の演出には少々割高だったようだ。
それに目新しい演出も繰り返し利用されると陳腐化し、驚きも感動も薄れる。
ロボットに限らないことだが、「演出」として利用されるものは新鮮さが価値の大きな割合を占めている場合が多い。最初の驚きを別の価値に置き換えることができるかがキモなのだ。
適切な価格で販売すること。そのためにコストを精査すること。
そして価値がある機能を提供することは、Patinの開発、製造、マーケティングでも大きなテーマであり、毎日頭を悩ませているポイントである。
−ロボットはまだ時代を先取りしすぎているのか
フラワー・ロボティクスは2009年にKDDI社と共同でスマートフォンの延長となるロボットPolarisを開発したことがある。
持ち歩くことで身の回りのデータを記録し、学習する、まさに持ち歩くロボットである。
結局製品化されることはなかったのだが、その時の意見は
「10年早い」
であったという。
2007年に登場したiPhoneはまだ日本では黎明期であったが、2010年−11年で急速に普及し、2016年3月にはスマートフォンの普及率が従来型の携帯電話を超えた。
未来へ思いがけない速度で近づくことがあるというのは、スマートフォンの例以外にもたくさんある。
私たちの暮らしを便利にしてくれるもののほとんどは、かつてなくても生きていくことができるものだった。
すべての「なくてもよいもの」の中で、私たちに便利で快適な日々や楽しみを与えてくれるものが、「なくてはならないもの」になっていくのだ。
時間は突然流れ出す。大きな波に乗れるかどうかで、どこまで遠くへ行けるかが決まる。
それはロボットも同じである。
勢いがある瞬間も、凪の期間も経験したロボットが、今、大きな流れの中にいることは確かだが、それがどこへ向かっているのかは未知数だ。
その中で指針となるのは、ロボットに期待し、可能性を感じる人たちの応援の声である。
ロボットの開発、販売を通してロボット業界、他業界限らず多くの人と出会い繋がりが持てたことが財産となっている。
==次回予告==
これまでいくつものロボットを通して、失敗と成功を繰り返しながら、経験と知識を得てきた。それがPatinに生きている。
Patinを通して今も日々勉強中だ。
まだ順風満帆とは言えず、
「ちょっと時代が早いね」
という声が届くこともあるが、ロボットという未来を背負うプロダクトに携わっているのだから、時代を先取りしすぎるくらいでちょうどよいかもしれない。
次回・後編は、紆余曲折を経て台車型をした家庭用ロボットが生まれるまでをお話しようと思う。
〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。