宇宙事業で一番興奮するのは、打上げシーンだろうと思っていた。成功するのか失敗するのかというドキドキ。爆音と地響き。青空に突き抜ける姿は壮観だし、夜間打上げはエンジンの光がまばゆい。
人類は宇宙に何かを運ぶと決めたとき、ロケットというものを発明した。もう70年も前のことだ。
© NASA NASAが最初に打ち上げたロケットV-2 (1950年)
縦長のシルエット。全重量の90%が燃料。ロケットは大きいが実際に運べるモノは小さい。打上げ中にロケットの重さを軽くするために、第一段エンジンや第二段エンジンを次々と分離していく。
実は70年たった今も、何も変わっていない。宇宙に運ぶ手段はロケットだし、その重さの90%は燃料である。
莫大な燃料の必要性は、ツィオルフコフスキーというロシアの科学者が考えたツィオルフコフスキーの公式という基礎理論から導かれている。それは物理学的に正しいので、燃料割合を減らすことはできない。
当然世界の研究者たちはもっと違う方法がないかと考えてきたし、今も多くの研究者が凌ぎを削っている。
遠心力を驚くほど高めて放り投げようと考える学者もいるし、電気の力で打ち上げようとしている研究者もいる。宇宙エレベーターといって地上から何万キロも先まで塔を建設し、エレベーターで行き来するというプロジェクトもある。
けれども、結局今確実に宇宙に行ける手段はロケットしかない。近未来に代替案が用意されているわけでもない。NASAが新たに開発しているのもやはりロケット。たぶん、30年後もロケットなのだ。
© NASA NASAの最新ロケットSLS (2018年打上げ予定)
2015年2月初旬――
僕たちはどのロケットで打ち上げるか悩んでいた。最初に打ち上げるIDEA OSG 1という微小デブリ観測衛星。宇宙空間に持っていくにはロケットが必要だ。
当初、僕は自社でロケットを作るかどうかマジメに悩んでいた。衛星の開発で世界の様々な研究者と話したように、ロケットについても世界の色んな研究者と話をした。
ロケットと人工衛星って共に宇宙に行くのだから、同じじゃない?精密機械だし、必要な技術は同じじゃない?って思われるかもしれない。
でも、ロケットと人工衛星は全然違う。
ロケットとは地球の重力に打ち勝つための加速手段だ。寿命は数時間。人工衛星とは打上げ後に、ずっと地球を安定的に回りながら地球観測などの仕事を続ける。ミッションが終了するまで、仕事を続けなければならない。例えば、IDEA OSG 1は、2年間、宇宙環境という厳しい条件の中で、正常に機能し続けなければならない。
開発製造する設備も全く異なるし、まったく違う経験を持ったチームを雇わなければならない。そんな投資余力はなかったので、衛星は自社で開発し、ロケットの打上げサービスは買うことにした。
でも、どこのロケットを使おうか。ロケット打ち上げ可能国は10カ国あるが、実際に使えるのはアメリカ、ロシア、フランス、日本、インドの5カ国くらいだ(北朝鮮など使えない)。ロケットの種類は色々とあるが、実際に民間の会社として使えるのは限られてくる。特に、ベンチャー企業としては。
世界で活躍するロケットの一例
打上げサービスの購入の仕方は二通りある。1)仲介業者を使う、2)直接交渉する。僕たちは何の迷いもなく直接交渉を始めた。業務を軽減するために仲介業者がいて、ビジネスが成り立っているのだが、私達のようなベンチャー企業は、七転八倒してでも会社として経験を積んだほうがよい。
ロケット交渉の経験豊富な方をチームに迎え、すぐに検討をスタートした。
打上げサービス契約は、複数の契約書からなるが、かなり技術的な詰めも行うし、ロケット側の技術要求を満たすため、僕たちのエンジニアも動いて設計を一部見直したりする。
2015年某月に僕たちは初めてロケットによる打上げサービスの契約を調印した。
打上げシーンも興奮すると思うが、打上げサービスを購入する時も興奮する。人生で一番大きな買い物なのだから。大きさも金額も。
僕たちが選んだロケットは、ドニエプル・ロケットという。全長34m、過去22回打上げ、成功21回という成功率の高いロシア製ロケットだ。
ドニエプル・ロケット ウクライナにて
このロケットは成功率も軌道投入精度もトップクラス。つまり、行きたいと思っている場所に正確に落としてくれる。もちろん、打上げサービスは高額なので、世界中の待機人工衛星を寄り集めて、一緒に打ち上がることにしている。そして、請求書を割り勘にしている。だから僕たちの支払いもずいぶん抑えられた(それでも十分高いが)。
僕たちはロケット担当や衛星担当はもちろん、財務・法務担当など、Astroscaleのチームの力を結集して、夜な夜な議論をしながら契約締結にこぎつけた。契約締結後に先方に次のことを教えてもらった。
「過去20年以上、打上げ契約に携わってきたが、Astroscale社の交渉スピードは世界最速だ」。自分では気づかなかったが、弊社の技術陣を交えたチームワークの成果だと思う。
ロケットはロシアの隣国ウクライナで製造され、列車でロシアの射場に運搬される。打上げはいよいよ現実なものになってきた。
「第16回 宇宙のJAF」に続く
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。