時間もお金もかかり、つねにリスクと隣りあわせの宇宙事業。それでも、リスクの少ない道をえらぶよりも、より清々しい、わくわく感こそが原動力になるという岡田さん。そのまっすぐな熱意と信念で、動かされてきた人々もきっと多いのではないでしょうか。
昨年ミュンヘンの王宮で開催された、初の宇宙スタートアップの世界会議にも登壇されるなど、世界を駆けまわり、宇宙ビジネスに挑んでいる岡田さんが、今感じていることとは…?
—破産か大損か—
宇宙業界には皮肉なことわざがある。
“If you want to be a millionaire in space industry, start as a billionaire. “
宇宙業界で富豪になりたいなら、大富豪としてスタートしなさい。
宇宙産業とは、夢を科学の力で実現したい人にとっては非常に魅力的な市場だ。自信のある人、やる気のある人、経験を積んだ人、そういう人々が人生をかけて挑戦してきた。
しかしながら、宇宙事業専業の会社は、破産した例に枚挙がない。むしろ成功した例を挙げるのは難しい。宇宙ビジネスを立ち上げて大金持ちになった人は私の知る限り数人だ。大半は、大きなお金を使ったあげく、破産したり大損したりする。
宇宙産業に立ちはだかる技術の壁は高い。宇宙環境は地球環境と大きく異なる。力の働き方、当てはまる物理学も直感と異なっている。一旦打ち上げてしまえば、基本的に修理はできない。小さな不具合が見つかって、年単位で予定が狂うこともざらだ。直接費も間接費も億単位で増える。
たったひとつの部品を作るのですら、膨大な労力がいる。何千という部品を組み合わせ、ちゃんと動作することを確認するのは大変な作業だ。
お金も時間もかかり、本当に頭の痛い仕事、それが宇宙事業だ。お金に制限のあるスタートアップはすぐに干上がってしまう。天を仰いで、破産する。
—リスクって何だっけ—
「創業時、リスクは考えなかったのですか」
僕がメディア取材と講演後に必ず聞かれる質問の一つだ。この質問を聞くといつも不思議な感覚になる。リスクなんて1mmも考えなかった。そして今日も感じていない。
100m走と同じ。スタートを切れば走り続けるだけ。今日は早く走れるだろうかとか、向かい風だろうかとか、考えないのに似ている。
絶対に会社を死なせてはいけないとはいつも考えている。だからキャッシュフロー改善は24時間考えている。
宇宙ビジネスの経営なんて、困難だらけだし、山越えてさらに高い山。社員からの指摘によると、僕は毎日オフィスで「Bullshit! (ばかな!)」「What the hell.. (なんてこった)」って連発している。大きいため息も沢山ついている。
でも、やっぱりリスクっていう言葉が未だにわからない。創業しないほうがむしろ大きなリスクだったと答える方が腹落ちする。
Astroscaleに入ってくるメンバーは、宇宙を掃除したいと思っているような、通常のミッションでは満足しない人々なので、こんな私を見ても別に心配もしていない。「あ、またIssue(課題)ね。はいはい。解きましょう」っていうスタンスだから。
僕はリスクに関する質問に真摯に答えようと思って、リスクを分解して説明してみたことがある。
「リスクには5つあります。
- 技術リスク
- 資金リスク
- 人材リスク
- 事業リスク
- 法的リスク
それぞれはですね・・・」
整理して述べてしまうと、メディアの方も、起業家を目指す人も、学生も、メモをいっぱい取る。なるほど、なるほどとうなずく。
僕はしまったなぁって思っていた。彼らの頭の中に、自分では腹落ちしていないリスクという概念を強固に植え付けてしまうから。
リスク、リスクって考えている人は、まだものの流れに入っていない人だと思う。リスクの大海を泳いでいる人なら、リスクなんて考えるものじゃない。今を越えなければ死ぬので、泳ぐだけ。
もし毎朝、その日に起きかねない悪い出来事のリスクを真面目に考えていたら、恐らくその人の最適な解は「家から出ない」になりかねない。
では、なぜ皆、家から出て、学校に行き、出勤するのか。その方が気持ちいいからだ。
僕が宇宙ゴミの除去を始めようと思ったのは、そう決めることで人生で最も清々しい気分になれたからだ。 誰も解いたことのない問題を解こうというワクワク感。それだけが僕を突き動かす原動力だ。
—初の宇宙スタートアップの世界会議—
世界で宇宙起業が確かな流れになってきたことを受けて、2015年6月、国際宇宙連盟(IAF=International Aeronautics Federation)という宇宙業界の国際機関は、初めて新興宇宙企業のカンファレンスを開いた。
世界からスタートアップが集まったが、そのうち5社が登壇し、Astroscaleもアジアの代表として登壇の機会を得た。
驚くべきは場所だった。ミュンヘンの王宮、『ミュンヘン・レジデンツ』だった。旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の王宮。現在は博物館や劇場として公開されている。
ミュンヘン市観光サイトより
Wikipediaより
僕はIT業界に10年ほどいたからギャップに驚いていた。IT業界のカンファレンスといえば、大きいものならどこかのホールを借りる。小さいものならどこかの企業の大会議室だ。パーティーは、バーで立ち飲みといった雰囲気。
なのに、宇宙業界のスタートアップは王宮で集合。そしてみんなスーツ。
僕はこの雰囲気が好きだった。2日間のカンファレンスの後、 宇宙産業で起業を目指す学生たちとひたすらビールを飲んだ。
この写真は起業を目指している宇宙エンジニアの大学院生たちである。みんな清々しい。ワクワク感に突き動かされている。
彼らはもちろん宇宙業界の大変さは分かっている。でもリスクリスクとは言わない。どう解くか、どう楽しむかを考えている。僕は彼らと朝4時まで飲み倒していた。彼らもとっても楽しかったみたいだ。
さて、日本の宇宙産業はどうだろう?それは次回に書いてみたい。
残念だけど、ものすごく元気のない姿から書き始めなければいけない。宇宙産業に携わる人は学生も社会人も先生も、本当に元気がない。覇気がない。国内カンファレンスは、いっぱしの言葉だけ踊るが、雰囲気は同窓会のレベルを越えない。笑ってもいない。服もだらしない。
でも、現実を見つめる所から始めて、日本の活路を見出したいと思う。
「第17回 宇宙スタートアップのリスクと風土(下)」に続く
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。