第四回 論文300本ノック
ゴミを人工衛星で捕まえることにした。
自分たちの技術で、自分たちの工場で。
でも一体、人工衛星ってどうやって作ればいいのだろう??
どうやって宇宙ゴミを除去すればいいのだろう??
一人でできるのか、100人必要なのか。
どのくらいの時間がかかるのか。
部品はどこにあるのか。それは買えるのか。
そして、宇宙環境ってどんなのだろう。
全然見当がつかなかった。
頭の中がはてなマークばかりだった。
でも、僕はワクワクしていた!
Googleで「衛星 開発」とか「人工衛星 手順」とか「satellite development」とか何回も何回も検索した。不思議なくらい、情報量がない!だから逆に、僕は勝てるかもしれないって思った。
Amazonで「人工衛星の作り方」の本を探した。1冊あった。どうやら学生向けの、本当に小さい衛星開発の本らしい。
何も知らない僕には、十分新鮮だった。
とにかくそこからスタートした。
じきに、人工衛星開発はオーケストラと同じだと気づいた。
音色は色んな楽器の組み合わせ。木管楽器、金管楽器、打楽器、弦楽器、ピアノなどの音をバランスよくまとめる。
100人以上の編成になることもあれば、10名程度の場合もある。2〜3名でもバンドのように活動することもできる。
指揮者はプロジェクト・マネージャー。 楽器の音の出し方は知らなきゃいけないけど、楽器は弾けなくてもいい。
宇宙ゴミ除去プロジェクトの表現は、僕のタクトさばきにかかってる!
僕は、まず、それぞれの技術の勉強を始めることにした。目をつけたのは論文。宇宙の学会の論文を世界中からダウンロードして、プリントアウトした。その数300本。すべて英語。
項目ごとにまとめてみた。
•構造系
•熱制御系
•姿勢制御系
•推進系
•電源系
•通信系
•地上管制系
•軌道設計・軌道制御
•宇宙政策
•開発手順
•その他
僕には、自信があった。全く知らないことを短時間で体系的に理解することに。
昔、国家公務員試験の法律職を受験したとき、2週間で、民法1000条の条文、判例を200くらい全部覚えたことがある。覚えることは理解していないとできない
300本の論文を読み始める——。でも、みごとに自信は打ち砕かれた。
単語が全くわからない。
TLE、デルタV、ホーマン軌道、X-band、リアクション・ホイール、◯△※☓・・・
知らない単語のオンパレードだ。
物理学と工学と数学と化学と想像力の、複雑な総合格闘技だと気づいた。
仕方ないので、まず意味を理解しないままに、単語同士のつながりを把握する。次に、1つずつ根気よく意味を理解する。一つ調べると、さらに別のことを調べざるを得ず、どんどん遠ざかる。
とても時間がかかる。より効率を上げようと、直接論文の著者に聞くために飛んで会いに行った。本当に数多くの教授、宇宙機関、学生、各種専門家にお会いして、聞いて聞いて 聞きまくった。
今思うと恥ずかしい質問ばかりしている。でも、この時にお会いした方々は今もなお、協力してくださっている。本当に頭がさがる。
だんだんと周辺知識がついてきた。正直、ちょっと嬉しかった。
宇宙業界の中でちゃんと会話ができている自分。
一つの一つの謎が一遍に解けるときの感覚。うまくいえないけど、宝の地図が突然読めるような感じ。江戸城のふすまが、パーン、パーン、って開いて、奥の間に通じていくような感じ!
会社設立から半年ほどかけて、初めて、宇宙ゴミを除去できる方法の「仮説」を作った。
僕は敢えて、それを世界の専門家に沢山話した。「いいねぇー、頑張ってよ」という無関心が大半だったけど、時折痛烈な批判やツッコミをしてくれる人々がいた。
「仮説」はただの初期仮説となり、見直すことになる。
見直して、また仮説を作って、専門家に話す、学会で話す。
そんなことが続くようになった。
何度も、繰り返して恥ずかしい思いをした。でも、それしかなかったし、ゼロから始めている清々しさが僕を突き動かしていた。
ただ、その反面、僕はだんだんと焦りも感じていた。
いくら机上で仮説を作っても仕方がない。
ものをつくらなきゃ。
宇宙では修理ができない……。
本番1回のみということまでオーケストラと同じだった。
プラモデルすらまともに作れないのに、本当に「製造」ができるのか。
そこに、強力な同志が現れた。
東大の後輩。そしてものづくりのプロ。
彼と僕は、意気投合して、宇宙ゴミ掃除の長い旅を一緒にすることになる。
以下、第5回「同志あらわれ、ものづくりを学ぶ」に続く。
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。
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