スプートニクは歌う/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載11 | 『宇宙兄弟』公式サイト

スプートニクは歌う/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載11

2018.04.11
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

1967年10月3日。後にバイコヌール宇宙基地の名で知られることになるチュラタム・ミサイル実験場は、凍えるように寒い朝を迎えた。

「さて、私たちの最初の子を見送ろうじゃないか。」

ロケットが格納庫を出るとき、コロリョフはロケットを叩きながら感傷的に言った。

ロケットは寝かされて貨物列車に積まれ、発射台まで続く2.4㎞の鉄道の上を、ゆっくり、ゆっくりと動いていった。その後ろを、コロリョフを先頭にした技術者や軍人たちの列が、まるで宗教の儀式のように、静かに厳かに、歩いてついていった。50分かけて発射台に到着すると、ロケットはゆっくりと垂直に立てられた。空に向けて屹立したR7は堂々たる威容だった。

ロケットの先端には原子爆弾ではなく、バレーボールほどの大きさの小さな人工衛星が積まれていた。その衛星には、「シンプルな衛星1号」を意味するプリスティエイシ・スプートニク1という名前が与えられた。

スプートニクの打ち上げは翌日夜の22時28分に決まった。打ち上げ前、コロリョフや軍の司令官たちは発射台から約100メートル離れた地下壕に入った。

「プスク!(始動!)」

司令官が指示すると、兵士がボタンを押し、打ち上げシーケンスが始動した。あとは全て自動で事が進む。コロリョフにできるのは、文字どおり人生を捧げて作ったロケットが設計どおりに飛ぶのを、ただ信じて待つだけだった。

「点火!」という兵士の声とともに、ロケットは凄まじい炎を吐き、凍てつく夜を真夏の昼のように照らした。地下壕に激しい振動と音が伝わってきた。数秒後、エンジンの出力が最大に達した時、ロケットを地面に縛っていた拘束具が解放された。自由を得たロケットは、コロリョフが少年時代に憧れた空へ、高く、高く、昇っていった。

拍手と歓声が沸きおこったが、打ち上げ八秒後に警報ランプが点灯し、場は一瞬で静まった。ブースターのエンジンの異常だった。もはや見守る以外に何もできないのが、もどかしくてたまらなかった。一秒が一分に、一分が一時間にも感じられた。ロケットはエンジンの不調を訴えながらも、速度と高度を上げていった。

「メイン・エンジン、シャットオフ!」

打ち上げ約五分後に兵士が叫んだ。燃料が全て燃え尽きたという意味だ。シャットオフは予定より一秒早かった。果たしてロケットは秒速7.9㎞に達したのだろうか? もしほんの少しでも足りなければ、スプートニクはすぐに地球に落ちてしまう。

いてもたってもいられないコロリョフたちは地下壕を飛び出し、屋外に停めてあった通信車に駆けつけた。通信車では二人の通信兵がアンテナを空に向け、スプートニクからの電波を拾おうと耳を澄ませていた。

「静かに!」

通信兵が怒鳴った。押しかけた群衆は黙り、固唾をのんで待った。さまざまな不安がコロリョフの胸を行き来した。

衛星が打ち上げの猛烈な振動で壊れてしまったのではないか? 空力加熱で溶けてしまったのではないか……?

長い、

長い、

長い静寂が続いた。

ピー、ピー、ピー、ピー……

周期的な音が、通信兵のヘッドホンから聞こえてきた。間違いなくそれは宇宙を飛ぶスプートニクからの音だった。通信兵は興奮して叫んだ。

「信号が来たぞ!!」

その瞬間、群衆は歓喜に沸いた。飛び、踊り、泣き、抱き合った。歓喜の中心でコロリョフは言った。

「これは今まで誰も聞いたことのない音楽だ。」

ジュール・ベルヌの『地球から月へ』から92年後のことだった。いわばそれは、人類文明の幼年期の終わりと言えよう。その時初めて我々は、ゆりかごの外に這い出したのである。

(つづく)

<以前の特別連載はこちら>


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【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。