ペガサス座51番星b/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載59 | 『宇宙兄弟』公式サイト

ペガサス座51番星b/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載59

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

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ニュースは突然やってきた。マーシーとバトラーが夜空を探し始めてから8年後の1995年。ペガサス座51番星という、目立たぬため名を与えられず番号で呼ばれている星に、系外惑星が存在していることをスイスのチームが発見したのである。それまでパルサーと呼ばれる星の死骸に惑星が見つかったことはあったが、太陽のように一般的な星(主系列星)で見つかったのは世界初だったこの惑星には「ペガサス座51番星b」という、発見の歴史的重大さに不釣り合いなほど無機質な記号が割り振られた。ペガサス座51番星系の二番目の天体だから、お尻にbを足しただけである。

ニュースを聞いて愕然としたマーシーとバトラーは、慌てて望遠鏡をペガサス座51番星に向けた。そしてたった数日のうちに彼らは星の「ふらつき」を確認した。さらに彼らの過去のデータを再検証したところ、二つの同様の系外惑星が隠れていたのである!

望遠鏡や検出器の性能が足りないわけではなかった。運悪く惑星を持つ星に望遠鏡を向けそびれたわけでもなかった。彼らの望遠鏡は確かに、世界で最初に系外惑星がもたらす「ふらつき」を捉えていた。ただ単に、データの中に埋もれた系外惑星のサインに気づかなかっただけなのだ。彼らの悔しさはどれほどのものだっただろうか……。

マーシーとバトラーの見逃しの原因は単なる不注意ではなかった。ペガサス座51番星bが、常識をはるかに超えていたからだった。

ペガサス座51番星bは木星の半分ほどの質量を持つ巨大惑星だが、中心の星からわずか0.05天文単位(1天文単位は太陽から地球までの距離)の距離を、4.2日の周期で公転していた。信じられるだろうか。たった4日周期で狂ったように太陽をまわる巨大惑星を……。太陽系ではもっとも公転周期が短い水星ですら88日だ。まさか一年が4日しかない世界があるとは。しかもそれが木星ほど巨大な惑星だとは。異常なのは公転周期の短さだけではない。中心の星にあまりに近いため、その表面温度は1000℃を超えると見積もられた。

マーシーとバトラーの過去のデータに埋もれていた二番目、三番目の系外惑星も、同様に星のすぐ近くをまわる巨大惑星だった。このタイプの惑星は、「熱い木星」を意味するホット・ジュピターと呼ばれるようになった。


ペガサス座 51 番星 b の想像図。Credit: ESO/M. Kornmesser/Nick Risinger (skysu RV ey.org)

ホット・ジュピターは巨大惑星が近くから星をぶんぶんと振り回すので検出がもっとも容易である。だが、マーシーとバトラーはたった数日で公転する惑星を全く想像していなかった。もっと長い周期の「ふらつき」ばかりをデータから探していた。知らぬうちに太陽系の常識に縛られていた。だから見逃した。スイスのチームが先を越したのは、大きな望遠鏡を持っていたからでも、観測機器の精度が良かったからでも、運が良かったからでもない。彼らの方が、イマジネーションの幅が少しだけ広かったからだ。

その後、マーシーとバトラーは屈辱を晴らすかのように発見を量産した。最初に見つかった100の系外惑星のうち、実に70がこのコンビによる発見だった。発見があるたびに世界的ニュースとなり、二人は一躍、時の人となった。系外惑星探査の黄金時代が、幕を開けた。

初期に見つかった系外惑星はホット・ジュピターばかりだったが、検出精度が上がるにつれ、より太陽系の惑星と似た惑星も見つかるようになった。

スイス・チームとの競争は熾烈だった。アメリカ・チームが学会で発表した発見を、スイス・チームは自分が数日前に発見したと主張した。スイス・チームの発見の誤りをアメリカ・チームが見つけ、論文を撤回に追い込んだ。発見が同着になることもあった。

競争は進歩を加速させる。ペガサス座51番星bの発見から十年で、確認された系外惑星の数は数百に及んだ。最初は発見のたびにニュースになっていたが、すぐにそれは日常となった。学術分野としても成熟し、多くの研究者が集まった。その中心にいたのは、分野を切り拓いたマーシー、バトラーとスイス・チームの天文学者たちだった。

一方で、偉大な成功はマーシーとバトラーの長年にわたる友情に亀裂を生んだ。ビートルズが解散したように、スティーブ・ジョブズとウォズニアックが別の道を歩んだように、成功を掴んだコンビの解散は必定なのかもしれない。

2007年、バトラーはマーシーと決別し、自らのチームを立ち上げた。一方のマーシーは全く新しいタイプの系外惑星探査を始める。特別な宇宙望遠鏡による探査だ。これが系外惑星探査に第二の爆発的な革命をもたらすことになる。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。