【後編】ISSと川崎フロンターレが、しっかりとつながった日 | 『宇宙兄弟』公式サイト

【後編】ISSと川崎フロンターレが、しっかりとつながった日

2016.10.21
text by:編集部コルク
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大盛り上がりだった川崎フロンターレとのコラボ”宇宙強大”イベント一日目。点を重ねるごとに観客のボルテージも上がっていき、試合も見事な圧勝!
観て楽しい試合、それを取り巻く環境、どちらも盛り上げるのが川崎フロンターレのオリジナリティ。
選手はもちろん、裏方のスタッフも、”楽しむ”文化を大切にしようとする姿勢は、宇宙兄弟の登場人物と似ているのかもしれません。
8月16日のISS交信イベントを振り返りながら、川崎フロンターレが、多くのサポーターから愛される理由を探ってみましょう!

■クラブ全体が「超攻撃的」

「宇宙強大」イベントは、8月6日と8月16日の2日間にわたっておこなわれることとなっていました。前に見たとおり、8月6日のイベントは大いに盛り上がり、成功裏に終わりました。試合も川崎フロンターレが圧勝。相手の攻撃を無得点に抑えたうえで、4得点も重ねました。

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ボールを速く細かくつなぎ、相手のゴールへ迫り続けるプレーは、観る側を熱狂させます。超攻撃的、といっていいスタイルで、応援のしがいがあるチームですね。そうしたプレースタイルは、監督や選手だけで生み出せるものではなさそうです。川崎フロンターレの場合、クラブとしての活動や在り方自体が、超攻撃的。それゆえ、試合でも存分にそのスタイルを貫けるのでしょう。

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観て楽しい試合をするというのは何より大切ですが、そのためには取り巻く環境も含めて盛り上げていこうというのが、フロンターレの採用する手法です。「宇宙強大」もその一環。8月6日の1日目では、スタジアム周りの夏祭り的雰囲気のあと、小山宙哉の始球式イベントと続く試合前イベントで、観客の高揚感を煽りに煽りました。そこにいざ、選手たちが入場。スタジアム全体はすでに、「闘おう、盛り上がろう」という雰囲気に包まれています。一体感は、否が応でも高まります。これなら選手も、キックオフ直後から大いにノッてプレーできるというものです。

 

■日ごろから貫かれる「サポーター・ファースト」の精神

一体感の重視は、試合のときだけではありません。じつは8月6日と16日の「宇宙強大」デーの合間に、川崎市内にあるフロンターレのトレーニング施設へお邪魔してみました。選手のみなさんの練習風景を見学に行ったのです。

その日は午前中から、強烈な日差しが降り注ぐなかで、トレーニングが続いていました。お昼ごろにようやく終了し、選手がひとり、またひとりとグラウンドを後にしていきます。疲労困憊のみなさん。ですが、すぐにクラブハウスへ消えていくわけではありません。

グラウンドと建物のあいだの道沿いには、練習見学に来て、サインと記念撮影を待つサポーターがずらり並んでいます。意中の選手に声をかけると、どの選手もすぐにサポーターのもとへ寄って、ペンを走らせ、カメラに収まるのです。

とりわけ人気なのが、エースストライカーの大久保嘉人選手。いちばん最後にグラウンドから出てくると、サポーターから次々に声がかかります。結局、炎天下のなか30分近くも、サインの手を休めず、笑顔で写真に収まり続けました。ファンサービスはプロスポーツ選手の大切な仕事のひとつではありますが、ここまで徹底してやっているとは。クラブ全体に、サポーター・ファーストの考えが浸透していなければ、こうはいかないはずです。

Jリーグのクラブはどこも町の名前を冠していて、地域密着を掲げていますが、これほど理念をきちんと実践し体現しているというのはすごいこと。

ふだんから一体感を醸成しているからこそ、いざ試合となったときにあれほどの盛り上がりと、スタジアム全体を包む温かい雰囲気がつくり出せるのでしょう。

 

■成功を目指す組織が、必ず持ち合わせているもの

そうした様子を見ていると、「宇宙兄弟」の世界との親和性も改めて感じます。思えば作中、JAXAでのトレーニングやNASAの打ち上げの際、そして宇宙に飛び立ってからも、宇宙飛行士とスタッフの意思疎通や理念の共有は、いつだって完璧にとれていますね。そして、宇宙飛行士の家族や応援してくれる一般の人たちを大切に扱い、自分たちの活動に対して理解を深めてもらうことに心を砕く様子は、繰り返し描写されます。

前線に立つ少数の者と、それを支える多数の者の完璧な連携を図ること。有形無形の支援を求めて、周囲との結びつきを何より大切にすること。大きな成功を目指す組織は、きっと同じスタイルをとって事にあたるものなのですね。

 

■いつでもクラブをじゅうぶん味わってもらうために

さて、8月16日は、川崎フロンターレの公式戦がある日ではありませんでした。「宇宙強大」の2日目のイベントのみが開催されます。試合がないのに、スタジアムに人が足を運んでくれることを見込めるというのは、フロンターレというクラブの強み。第一回でご紹介したように、サッカー事業部プロモーション部部長の天野春果さんを中心に、ありとあらゆるプロモーションイベントが繰り広げられてきました。スタジアムでイベントごとだけをするのを、違和感なくサポーターに受け入れてもらえる素地が、すでにしっかりとあるのです。

このあたり、考え方や好みがすこし分かれるかもしれません。川崎フロンターレはあくまでもサッカークラブ。本業にあたるトップチームがしっかりといいサッカーを展開することがすべてであり、チームが強くてスター選手もいれば、自然と注目も浴びるはず。ストイックにそれを目指す方針こそ正しいのだ、という意見もありそうです。

が、天野さんは少し違うやり方を選んできました。チーム強化にはもちろん取り組むが、それはクラブが発展するための車両の片輪にすぎない。もう片方として、クラブが地域とより密着度を強め、常に盛り上がる状態をつくることも重要。この両輪あってこそ前に進めるのだと考えています。

たしかに、トップチームの試合というのは、クラブの最大の「商品」です。けれど勝負事は、勝つこともあれば負ける日もある。サッカーの内容、選手のパフォーマンスが振るわないときだってあります。

たとえば、クラブをレストランになぞらえると、最大限努力しても、メインディッシュがいつもおいしくできるとは言い切れないわけです。ならば保険として、サイドディッシュを充実させておこうと、天野さんは画策してきました。勝敗や試合内容はともあれ、スタジアムに足を運べば何か楽しいことがある。試合日じゃなくても、日ごろからフロンターレと関わっていると、いつもおもしろいものを提供してくれる。地域の人たちにそう思ってもらえる存在になろうと、プロモーション活動を積み重ねてきたのです。

 

■JAXAやNASAとの長い交渉の末に

天野さんが積み重ねてきた「フロンターレ流」からすれば、試合日でなかろうと、「宇宙強大」が開かれるのはごく自然なこと。それに、サッカーと宇宙という組み合わせがいかに突飛であろうと、サポーターは喜んでスタジアムへ足を運ぶ。そうした信頼関係が、クラブとのあいだにできあがっているのですね。

8月16日のイベントは、スタジアム内の各所でさまざまな企画が進行しました。グッズ販売の「宇宙兄弟」ブースが出店したり、ふだんは入ることのできない室内練習場がプラネタリウムになったりと。

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そうして宇宙気分を高めていった先にあるメインイベントは、スタジアムと国際宇宙ステーション(ISS)を衛星回線でつないで、交信してしまおうというもの。現在ISSでは、日本人宇宙飛行士の大西卓哉さんが活動しています。川崎市内の小学生、それに中村憲剛選手が、大西さんとお話をできるそう。

スタジアムのような開かれた場所で、宇宙との交信をするというのは、これまでにほぼ例がありません。一クラブチームの計画としては壮大すぎる計画。それでも天野さんは、ひるんだりしません。JAXAとNASAを相手に計画書を何度も何度も提出し、オーケーをもらいました。実行できることになったあとも、実施・進行スケジュールを繰り返し練り直し、成功へと突き進みました。

 

■台風をものともせず

イベントの内容自体は、すでに こちらの記事にもアップされていますが、いざ当日になると、天野さんを悩ます事態が起こります。季節外れの台風が関東地方に迫ってきたのです。

「試合も含め、うちのイベントは屋外が中心。天気はいつもチェックしていますが、2日前に予報を見て台風の接近を知ったときは愕然としましたね」

と天野さん。天候の悪化は観客動員数に如実に響いてしまいます。今回のイベント、1万人の動員を目標としていましたが、さすがにその数字を達成するのは厳しそう。イベント実施の8月16日夜に、まさに台風が神奈川を直撃するのですから。

幸い宇宙との交信自体は、どんな暴風雨でも支障はないとのことなので、実施にはゴーサインを出せました。とはいえ準備は、台風の進路を睨みつつ、空を何度も見上げながら進めざるを得ません。日中から天野さん、スニーカーに短パンとアスリート風のいでたちで、スタジアム内を動き回ります。

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ISSとの交信は、送られてきた大西さんの映像を大型ビジョンに映し出し、それを見ながら、ピッチ上に設置した舞台で子どもたちが質問をするという設えを予定。ピッチ上の舞台には、雨が降れば仮設テントで屋根を被せるしかありません。テントを立ててみた様子を、天野さんは観客席からチェック。見やすさからすれば、屋根はないほうがいいに決まっています。

「雨がやんだらテントはすぐ撤去。降ってきたらまたすぐ設置。指示は出すから、即座に対応できるようにしておいて」

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矢継ぎ早にスタッフへ指示を送る天野さん。開始時刻が近づくと、自身はJAXA側と最終確認の打ち合わせに。その間も、2分ごとに天気予報をチェックし、状況を予測し続けます。

 

■「次はなにをしようか」

さすがに熱意で空模様は覆らず、ISSとの交信が始まったときには、大雨が降り注いでいました。それでも、子どもたちと中村憲剛選手の質問に対して、大西さんは宇宙から丁寧かつ熱のこもった回答を重ねてくれました。スタンドから、観客と同じ目線で回線がつながった瞬間を見守った天野さんの横顔は、安堵と歓喜と満足感がない交ぜになった表情でした。

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無事にイベントは終了し、あとは来場したみなさんが無事に家路につくのを願うばかり。スタジアムを後にする人の群れを見ながら、

「今度は何をやろうかな。どうしたらお客さん、喜んでくれるかな。って、もう考えちゃいますね。宇宙まで行っちゃったからね、ほんとうにどうしようかな、次の一歩は……」

と、天野さん。人を喜ばせること、楽しんでもらうことしか、心底考えていないのが窺えますね。

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悪天候のなかイベントに参加した中村憲剛選手にも、交信終了後に聞いてみました。試合のない日にまで、スタジアムでこうした「仕事」があることは、選手としては実際のところどう思うのか。もっとサッカーだけに集中したいと思わないのですか? すると、

「いえ、全然」

と即答です。

「選手の価値は、サッカーをやることだけじゃないんだって、僕らはよく話し合っていますから。川崎フロンターレは、そういうクラブです」

なるほどフロンターレでは、表舞台に立つ選手も後方にいるスタッフも、ともにクラブを楽しそうに支え合っています。改めて思います。川崎フロンターレと、『宇宙兄弟』で描かれるJAXAやNASAのチームは、組織の在り方がひじょうに似通っています。そして、その組織に属する人たちのマインドもまた同じ。サポーター・ファーストを貫く大久保嘉人選手や中村憲剛選手のふるまいは、六太や日々人、またはせりかたちが作中で見せるそれと通じていますし、いつも全力でホスピタリティを追求する天野春香部長の言動は、作中で星加や宇宙飛行士の家族たちの心情とそっくりです。

大きな理念やはるかな目標を掲げて、一歩ずつ進むチームには共通点があり、お互いに共鳴するものなのだ――。そう確認させられた、「宇宙強大」の2日間でした。

(完)

ライター:山内宏泰(@reading_photo)

前編・中編はこちらから▶
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