『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第2章 愚者風リーダーシップのススメ (2/3) | 『宇宙兄弟』公式サイト

『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない』第2章 愚者風リーダーシップのススメ (2/3)

2018.06.29
text by:編集部コルク
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第5回に続き、宇宙飛行士選抜試験のエピソードから「賢者風リーダーシップ」と「愚者風リーダーシップ」の違いを解説。対立意見への向き合い方やトラブル時のリーダーシップ、チームが陥りやすい「正解」への罠など、様々な切り口からなる「愚者風リーダーシップ」のススメ。

意見の対立には、 反論よりも効果的な方法がある

六太たちが過ごす閉鎖環境で、次々と出されるJAXAからの課題。
その中の1つに、ニュース番組で「宇宙開発に税金をつぎ込むのは無駄」という発言をしていた女性キャスターに対して、彼女を納得させられるような抗議文を作成する、というものがありました。

A班では、古谷やすし(やっさん)が「こいつは敵やな」と、嫌悪感をむき出しにする中、各自が作成した抗議文案を発表し、どれを採用するか決めることにします。 ですが、六太の案はなんと、「抗議しない」というものでした。

その理由は、「たとえるならガチガチの2次元頭の人に、3次元の魅力や意味は言葉では伝わらない。だったら宇宙(3次元)に連れていくしかない」から。 これに対してやっさんは、抗議文を書けという課題に、抗議しないという答えはないと主張します ——。 抗議とは、与えられた関係性における正当な権利なので、抗議すること自体は決して避けるべき悪いことではありません。 相手に自分の意思を理解してもらうためにすることですし、そもそも、相手だって言われなければわからないですから。

ただ、やっさんは自分の意見の反対は「敵」だと決めつけています。自分が選んだ指標が正しいと信じているからでしょうが、もしこれが間違っていたらやっかいです。 方針ならまだしも、事実の誤認だったらチームやプロジェクトそのものが間違った方向へと進んでしまうかもしれません。
第1章の「無敵」についての項でも書いていますが、ビンスもやっさんも、自分に不利益をもたらす者や、理解を示さない者を「敵」としています。また、B班の溝口は「彼女を納得させられる抗議文を作ることこそが正解」という発言をしています。

彼らの根底にあるのはやはり、「正義の反対は敵」で、「自分は正義」という意識。 賢者風リーダーシップは、自分の見えているところからスタートしがちなので、相手を納得させるためのハードルがどうしても高くなってしまいます。
でも、まず相手に誤りだと認めさせ、その上で自らの正しさを主張し納得させるのは、現実的には至難の業。
一時的に解決できても、根本的な問題は残っている場合が多々あるのです。

六太はまず、「自分の見ているものが相手とは違う。相手の見ているものも自分とは違う」ということに気づきました。そして、「ならば自分の見ているものを、相手に見てもらおう」と考えたのです。同じ世界を共有・共感できれば、自分たちのことを理解してくれるはずだ、と。
これも愚者風リーダーシップですが、さらに進んで、ファシリテーターの立場から言うと、まず先に相手が見ているものを自分が見てみます。女性キャスターに帯同させてもらい、彼女がどんな世界に立っていて、なぜ「宇宙開発は税金の無駄」と考えるに至ったのかを知る。その次の段階として、六太のように、今度は自分が見ているものを相手に見てもらおうとするでしょう。
向かい合うのではなく相手の横に立ってみて、「なるほど、あなたにはこんなものが見えていたのですか! じゃあ、次はあなたもこっちに立ってみてくれる?」とい ったイメージです。
ですが、これを相手が納得できる抗議文として形にすることは難しい。だから六太 は、「抗議しない」という案を出したのでしょうね。
「そのうち宇宙が近い時代がきて、誰も文句を言わなくなるよ」
六太のこのセリフを管制室で聞いていたJAXAの茄子田理事長は、評価の高かっいとうた伊東せりかの抗議文を本当に送ってはどうかと提案したスタッフに、「僕らにはそんなヒマはないよ」と答えます。

立っている場所が違えばものの見方が違うのは当然なので、世の中から反対意見や反論がなくなることはありません。
そしてその反論は、相手にとっては正論なのです。
つまり、全員正しい。
であれば、耳を傾ける必要はあっても説得する必要はないと思いませんか?
否定や論破で解決するのではなく、まずは「なぜ相手がその視点を持ったのか?」 を理解することから始めてみましょう。
自分の正しさを主張するのではなく、お互いの違いがなんなのかを知る。
その部分が見えてくると、答えも自然と出てくるはずです。

〜心のノート〜
賢者風は、「自分が正しくて相手が間違い」と批判し、 愚者風は、「全員が正しい」と考える。

トラブル時の リーダーシップ

どのようなミッションでも、チームでそれを果たそうとすれば、意見の違いやトラ ブルは必ず発生します。
大切なのは、これらの事態を避けることではなく、どう向き合うかです。
『宇宙兄弟』の閉鎖環境試験のエピソードでも、重要なテーマとなっていますね。
ここで登場するのが、「グリーンカード」です!
グリーンカードとは、意図的にチーム内にストレス負荷をかけ、それにどう対処するかを見るための極秘指令を書いたカードで、この指令を受けてトラブルを発生させた人物がそれぞれの班の中にいるわけですが、自らが名乗り出ることやカードの存在を他人に話すことは、一切禁止されています。
さて、六太やケンジたちは、この「仕組まれたトラブルとストレス」に、どう向き合ったのでしょうか。 深夜2時、B班のいる閉鎖ボックスに突如鳴り響くアラーム音。溝口は全員を起こし、誰の仕業かを問い詰めますが、誰も名乗り出ません。とにかく犯人を見つけたい 溝口ですが、ケンジの「誰かを疑うのはやめよう」という発言にますます苛立ち、「正義の味方ですか」と反論。険悪なムードはさらに強くなっていきます。
一方、六太のいるA班は、ロッカーの上に置いてあった時計が壊された状態で発見されます。課題にはその都度、制限時間があるため、時計のない状態で進めることに不安を抱く六太たち。やっさんは、時計がないことに加えて、仲間のうちの1人が噓をついていることが許せず、誰が犯人なのかを厳しく追及します。
さすがのA班も、メンバー内に不穏な空気が流れ始めます。

わざとトラブルを起こした人物が、メンバーの中にいる——。 この事実は、カードの存在を知らない者にとっては疑心暗鬼の状態を生み出し、相当なストレスとなるでしょう。

B班では、ケンジがアラーム音に対する「解決策を考えよう」と提案しますが、溝口は「犯人を割り出すことが解決策」だと主張します。2つ目のカードが出て時計が壊されたのちも、溝口は一貫して犯人を見つけることに固執しています。
こうした行為がチーム内の雰囲気をより悪化させていても気づきません。犯人を見つけることで、すべて解決すると考えているのです。
では、愚者風タイプの六太ならどうするでしょうか?
A班では、やっさんが「正直に言えや」と犯人を探そうとしますが、溝口のように自分が不利益を被ることへの苛立ちというよりは、噓をついている人間がいることが 許せないようです。
壊れた時計を発見したせりかに対して、「場所知ってたからすぐに見つけたんちゃうの 」と、やっさんが追求したところで、六太は「宇宙の話をしよう。僕たちは宇宙飛行士になるんだから、犯人探しは探偵の仕事です」と、流れを遮りました。

ここでも愚者風リーダーシップを発揮していますが、じつは六太、時計を壊していた犯人を偶然目撃していたのです。しかし、やっさんから自分が疑われても、みんなの前で犯人を暴露することはしませんでした。

六太がまず考えたのは、「なぜあのようなことをしたのか?」ということ。
そしてこっそりとその人物を呼び出し、直接質問します。もちろん、犯人はカードの存在を教えてはいけないので、六太に事情を話すわけにはいきません。
結局理由はわかりませんでしたが、結果的に六太の出した答えは、「信じる」でした。

六太は、犯人を見つけることでトラブルを「解決」するのではなく、その原因を探り、根本から「解消」しようとしていたのです。
理由を知ることはできませんでしたが、「何か理由があるのだ」という確信を得たことでグリーンカードの存在に気づき、メンバー全員の前でこう宣言します。
「これだけは、はっきり言えるよ。この中には悪い奴は一人もいない」
このひと言で、A班の問題は根本から解消することができたのです。
さらに、 班と同じく、アラーム音にも悩まされていましたが、せりかが提案した ティッシュの耳栓で、就寝時のアラーム問題も解決。
「解消」と「解決」の両方を、見事にやってのけました。

ケンジも途中からは問題の根本を見ようとしているのですが、自分の頭の中で葛藤しているだけで、六太のように犯人に握手を求めたり、やっさんに向かって「俺はお前も信じてるぜ」と伝えたりといった、問題の解消に向けてアクションを起こすことができずにいます。本来のケンジならばできそうなのですが、溝口に翻弄されて、自分のスタンスを保つのに精いっぱいなのが惜しいところです……。

ただ、ケンジも最後にはチームワーク悪化の本質に気づき、わずかな時間ながらも 一緒に過ごしたメンバーと信頼関係を築こうとしています。
「これでよかったんだ、最初から。終わる前に気づけてよかった」という言葉が、それを象徴しています。
この様子をモニターで見ていた管制室スタッフの「リーダーは……仕切ることだけが仕事じゃない」というセリフは、まさに賢者風リーダーシップが陥りやすいポイン トを表した言葉だと思います。

「解決」と「解消」の違いについては、言葉だけで捉えてしまうと、ちょっとわかりづらいかもしれません。

たとえるなら、「ケガや病気をどう(How)治すか」は、解決アプローチ。 
「なぜ(Why)ケガや病気が発生するのか」を考えるのが、解消アプローチです。

トラブルが起きたとき、対処の手法ばかりにこだわると「解決」はできても「解消」 には至りません。その結果、また同様なトラブルが起きることも。
問題の根本を洗い出し、それをチームが共有するだけでも、問題の「解消」につながります。その上で解決に向けての「How」を話し合えば、メンバーのみんなが納得できる、ベストなアイデアが生まれるでしょう。

〜心のノート〜
賢者風は、問題を「解決」しようとし、 愚者風は、問題を「解消」しようとする。

チームが陥りやすい「正解」という名の罠

さて、同じ課題を与えられているにもかかわらず、A班とB班ではそのアプローチ 方法は大きく違っていました。
顕著なのは、ケンジや溝口は常に「正解」を見つけようとしているのに対し、六太 は「回答」を見つけようとしていること。

そもそも「正解」とは、答え合わせをしないとジャッジできません。ケンジはチーム内の険悪な状況をなんとかして打開したいと考えているものの、具体的な解決策が浮かばず、ひたすら自問自答を繰り返しています。 「これが正解だ!」と、自分の中で確信が持てるまでは、アクションに移すことができないのかもしれません。

女性キャスターの発言に対して抗議文を作成する課題でも、B班は、「人間は地球という生物の遺伝子であるから、増殖や突然変異は必然である」という哲学的な視点からの提案を、「キャスターを納得させられる抗議文を作ること。それが正解だ」と、 却下します。ケンジはこのとき、果たして本当にそれが正解なのかと疑問を抱くので すが、それを発言していません。
「正解でなければならない(間違えてはならない)」という思考は、ときに発言や行動を著しく抑え込んでしまいます。
議論の場も、思ったことを話し合うというよりは、正解を導き出すためのロジカル な会話が飛び交うようになり、話が脱線してそこから奇抜なアイデアが生まれたり、 メンバーの意外な人柄や思考を感じられたりという機会も失われてしまいます。むしろ、こうした時間は「無駄」とされてしまうでしょう。
六太は、抗議文の正解を考えるのではなく、女性キャスターを納得させるための方 たど 法を考えたから、「抗議しない」という発想に辿り着きました。「そもそも、なんで抗議文を作るんだっけ?」ということに、気づいたのです。

与えられたルールの中、短期間で高得点を狙うのであれば、賢者風リーダーシップ は効果的です。まさしく「正解」に向かって最短距離で進むことができるでしょう。
しかし、新しい発想を求めるクリエイティブなプロジェクトなら、正解にこだわらず、「正解ではないかもしれないけど、自分なりの回答」を提案できる、愚者風リーダーシップを発揮することをオススメします。


〜心のノート〜
賢者風は「正解がある」と考え、
愚者風は「回答がある」と考える。

 

(つづく)

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宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。

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<著者プロフィール>
長尾彰・ながお あきら
組織開発ファシリテーター。日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科(心理臨床カウンセリングコース)卒業後、東京学芸大学大学院にて野外教育学を研究。

企業、団体、教育現場など、20年以上にわたって3,000回を超えるチームビルディングをファシリテーションする。

文部科学省の熟議政策に、初の民間ファシリテーターとして登用され、復興庁政策調査官としても任用されるなど幅広い分野で活動している。