〈宇宙兄弟リアル〉金井宣茂/宇宙飛行士 〜宇宙飛行前夜 それは最初の一歩〜(前半) | 『宇宙兄弟』公式サイト

〈宇宙兄弟リアル〉金井宣茂/宇宙飛行士 〜宇宙飛行前夜 それは最初の一歩〜(前半)

2017.12.14
text by:編集部コルク
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Credit:JAXA

医療の現場から、仕事の舞台を宇宙へと移した2人

無重力環境でのALS治療薬研究のため、ISS行きを希望した伊東せりか。

一方、海上自衛隊の潜水医官という経歴を持つ金井宣茂は、海から宇宙空間へと仕事の現場を変え、「誰しもが簡単に宇宙へ行き、利用できる時代に」という未来への目標を抱いて、今、ISSへ向かう。

 

【職業:宇宙飛行士】
各国の宇宙機関に所属し、宇宙空間で実験や作業を行う職種。アメリカではアストロノート、ロシアではコスモノートと呼ぶ。これまでJAXA(前NASDA)では11人(2017年現在、現役は7人)の宇宙飛行士を輩出しており、スペースシャトル計画、国際宇宙ステーション(ISS)の組み立て・運用計画に参加し、「きぼう」日本実験棟の組み立て・運用を通してISS計画に貢献している。宇宙飛行の経験を持つ宇宙飛行士は世界で545人を数えている。(2015年12月時点)

 

Credit: JAXA
第26回世界宇宙飛行士会議(2013年、ドイツ)の様子。この時、日本人宇宙飛行士を代表して星出彰彦宇宙飛行士がISSでの活動報告を行った。
Comic Character

伊東せりか
「本番の宇宙で—150%の力が出せるよう
全ての力で挑んで来ます!」

【職業】   宇宙飛行士

【生年月日】 1999年2月26日

【出身地】  神奈川県横浜市

【略歴】
14歳の時に父・凛平をALSで亡くす。医療の道から宇宙飛行士になることを志し、26歳で宇宙飛行士選抜試験を受ける。二次、三次と順調に進み、宇宙飛行士候補生として合格。NASAでの訓練の後、ISSミッション・CTV-28クルーに任命され2029年初の宇宙へ。以後ISSでALS実験他ミッションに携わり、噂話から発生した世間のバッシングに合うも実験を成功させる。(宇宙兄弟official Webより)

Real Character

  Credit: JAXA/GCTC

金井宣茂
「初めての宇宙飛行には感慨はありません。
宇宙飛行士としてスタートを切るための最終ハードルと考えています」

【職業】   宇宙飛行士

【生年月日】 1976年

【出身地】  東京都生まれ、千葉県で育つ

【略歴】
2002年3月  防衛医科大学校医学科卒業。同年4月より防衛医科大学校病院等で外科医師・潜水医官として勤務
2009年9月  JAXAよりISSに搭乗する宇宙飛行士候補者として選抜
2009年9月  JAXA入社
2009年9月  ISS搭乗宇宙飛行士候補者基礎訓練に参加
2011年7月  同基礎訓練を修了
2011年7月  油井亀美也、大西卓哉と共にISS搭乗宇宙飛行士として認定
2015年8月  ISS第54次/第55次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命
2017年12月 約6ヶ月間にわたりISS滞在予定

 

第54次/第55次ISS長期滞在クルーとして、2017年12月から6カ月間にわたって、ISSでの長期滞在ミッションに挑む金井宣茂宇宙飛行士。

医師から宇宙飛行士へ転身したのは、日本の宇宙飛行士では向井千秋と古川聡につぎ3人目。また油井亀美也につぎ2人目の自衛隊出身者となる。

当初は『補欠』として選考され、同期となる油井・大西の両宇宙飛行士に遅れて宇宙飛行士への道を歩み始めた金井宣茂。同期2人に続き宇宙飛行の切符を手にし宇宙へと向かうまで、彼を支え続けた『心』とは一体何か!?

 

Credit: JAXA

「選抜試験中に読んでいた『宇宙兄弟』」

●冒頭からいきなりすいませんが、漫画『宇宙兄弟』は読まれたことは?

金井「はい、もちろん。週刊誌でリアルタイムに拝見できてはいないんですが、単行本で。広報の方が毎回新刊が発売されたらヒューストンに送ってくれるんです。でもISS長期滞在ミッションの訓練が始まってからは、忙しくてゆっくりとは読めてないんですが…」

●ちなみに何巻くらいまで?

金井「26巻くらいまでは読ませてもらっていますよ。そもそも私と『宇宙兄弟』との出会いは、宇宙飛行士候補者の選抜試験中なんです。そのとき一緒に選抜試験を受けていた仲間から、こういう漫画があるけど知ってる?って単行本を手渡されて。その時に初めて拝見しました。見せてもらった巻では、ちょうど選抜試験のシーンを描いていた。だから試験対策にと、みんなで回し読みしてたんです。もしかしたら今後の面接とかで、漫画で描かれてるみたいに毛利さんとか星加さんみたいな人が出てきて、椅子のネジを緩めてくるかもしれないぞ!とか盛り上がって。一応、椅子のネジってどうなってるんだろうとか調べちゃったりして。でも漫画ですでに描いてあるからもうやらないんじゃないの、という結論になり、みんなでひと安心(笑)」

●でもそこをあえてテストしてくる可能性もあったかもしれませんよね。なんたってJAXAですから

金井「ちゃんと『宇宙兄弟』を読んでるかのテストみたいな(笑)。でもとにかくあのときは、あの漫画を読んでると自分たちもムッタと一緒に選抜試験を受けているような気持ちでグッと入り込めましたね。まぁ実際に試験を受けてたんですが(笑)」

●何か楽しそうな雰囲気だったんですね、選抜試験。

金井「そうですね。もちろんこの中から誰かが受かって誰かが落ちるというシビアな関係性ではありました。ただみんな当然ながら宇宙飛行士になりたい、宇宙に行きたい、という宇宙好きの熱い想いの人たちが集まっていたんで、同志という感じでしたね。おのずと宇宙話で盛り上がります。『宇宙兄弟』に限らず、いろんな宇宙に関する映画や本の話もしたりして」

 

Credit: JAXA
金井さんが応募した2008年開催の宇宙飛行士候補者募集パンフレット。当時、「宇宙飛行士に受験したと言えたらカッコいい」と勘違いした筆者は記念受験しようとしたが、「そうゆう人って大迷惑だと思う」とまっとうな意見で妻に窘められ受験を断念。「宇宙飛行士は危険だからやめて欲しい」といった夫の身を案じての反対でなかったのが悲しかった…。

 

●きっとリアルな選抜試験でも個性豊かなメンバーが集まっていたんでしょうね。ちなみに漫画の中でもいろんなキャラクターが出てきますが、好きなキャラクターは?

金井「やっぱり伊東せりかさんは同じ医者出身なので共感するところが多いですね。綺麗ですし(笑)」

伊東せりか(初登場♯3〜)

 

●せりかさん、いいですよね!綺麗だけじゃなくて、可愛くて優しくて強い意志があって、凛としていて…

金井「せりかさん、好きなんですか?」

●はい、好きっす!…あ、すいません。他のキャラクターでは?

金井「吾妻さんとか渋いですね。何か武士道的な雰囲気が格好いいなと思います」

 

吾妻滝生(登場♯46〜)

 

●確かに吾妻には、古風で実直な古き良き『ザ・日本人』的な雰囲気が漂ってますよね。でも武士道と言えば、金井さんも高校時代は弓道、大学は合気道、自衛隊入隊後から居合道を始め、ずっと武道を続けていらっしゃるそうですよね。一見、金井さんの柔和な雰囲気から武道というイメージが結びつかないんですが

金井「居合の先生には、人としてのあるべき生き方を教わっていますし、そもそも武道の考え方は仕事の上でも役に立つんです。武道に限らず日本の伝統芸能や文化の心は、そのまま今の日本人の考え方、仕事のやり方に通じるものがあると思います。最近は訓練が忙しくてなかなか居合の稽古はできないんですが、ロシア出張の時には星の街の宿舎に素振り用の木刀を用意しています」

●木刀ですか!?でもそんなものブンブン振ってたら、仲間の宇宙飛行士がビビりませんか?

金井「部屋で一人でやってますから(笑)。心静かに、ゆっくり、丁寧に木刀を振っていると、訓練や勉強による心と体の『凝り』がほぐれ、本来のニュートラルな自分自身に立ち返ることができる気がするんです」

 

 金井宇宙飛行士のTwitterより転載
金井さんが星の街の宿舎に持ちこんだ素振り用の木刀。居合道を始めたのは自衛隊入隊後。金井さんが学んでいる 居合道 の流派には「名人は要らない」という教えがあるという。剣の名人になるために稽古するのではなく、自分が生きる上での目的や意義を見出すために居合があるという意味だそうだ。

 

●ロシアの抜けるような真っ青な空の下、一人木刀を振っている金井さん…、何か素敵な画が浮かびますね。ところで漫画の中で印象に残っているシーンはありますか?

金井「とくにムッタを始めとする新人宇宙飛行士たちが、訓練中に悩んだり苦労したりしているシーンは共感しますね。宇宙飛行士の訓練は常にレベルの高いところを求められます。私の場合、最初に訓練を始めた頃、教官やインストラクターからなかなか合格がもらえなくて、何度も何度も再訓練を言い渡されました。悔しくて悩む事がたくさんありましたね。そういうところが、すごくムッタたちとカブるなぁと思って読んでました」

 

 

「常に高いレベルを求められる宇宙飛行士の訓練」

●確かにNASAで行われる宇宙飛行士候補者訓練コースでは、ムッタやせりかたちも四苦八苦して、試行錯誤を重ねて訓練してましたよね。金井さんの場合、訓練中に挫折とかはありましたか?

金井「挫折と言ってしまったら言葉が強過ぎるかもしれませんね。挫折するくらい心が折れてしまっていたら、ここにはもういないと思いますんで。でもとにかく宇宙飛行士の訓練では、最初から高いレベルを求められましたね。それに学ぶ分野も多岐にわたっていて、宇宙飛行士に必要なスキル(一般サバイバル技術、飛行機操縦、スキューバ、語学、体力など)の他、ISSやソユーズなどの宇宙機システム、宇宙実験に必要なサイエンス関連の基礎知識(生命科学、微小重力科学、地球観測など)、航空宇宙工学、電気・電子工学といった前職でも知識や経験がないものが多くありました」

 

 Credit:JAXA/NASA
金井さんが所属した2009年度のNASA宇宙飛行士候補者(AStronaut CANdidate:通称ASCAN)クラスのメンバーたち

 

●言葉の問題は大丈夫だったんですか?

金井「英語はそれなりにできたんですが、ただ英語の能力がどうこう以前に、訓練中に 話している内容がちんぷんかんぷん。たぶん日本語でレクチャーされても何言っている か理解できないような感じでした(笑)。とくに宇宙工学や航空業界の専門用語、宇宙ステーションに関連する略語、インストラクターやクラスメイトが喋るネイティブのくだけた言い回しやジョークなど、もうお手上げです」

●若田宇宙飛行士からも同じ話を聞いたことがあります。宇宙飛行士候補者として訓練コースに入った当初は、内容は専門的過ぎるし、周りの会話は早くて付いていけない。スペースシャトルの打ち上げや着陸時のシミュレーション訓練でも周りと意思疎通が上手くできず、連携ミスで墜落させてしまったこともあるそうです。それで訓練を終えて帰宅する車の中で、自分でも気付かないうちに童謡の『鳩ぽっぽ』を口ずさんでいたらしいんです。それも無意識にですよ。あの若田さんが『鳩ぽっぽ』です。相当落ち込んでいたんだなと…

金井「私は『鳩ぽっぽ』出ませんでしたが(笑)。でもその気持ちはわかります」

●T‐38飛行機操縦訓練はどうでしたか?金井さんにとって飛行機の操縦も初めての経験ですよね

金井「あの訓練も私にとっては大変です。油井さんと大西さんは、もともとパイロットなので問題なかったと思いますが、私は飛行機に乗ったことはあっても常に乗客の立場でしたから(笑)」

●もともと飛行機乗りじゃない人は、操縦訓練は免除してあげてもいいじゃん、なんて思ってしまうんですが。だって仕事するのは空じゃなくて宇宙なんですから

金井「ただやはり状況判断能力やマルチタスキング(同時に複数の仕事をこなす能力)を養う上では、とてもいい訓練なんです。パイロットは操縦桿を握って、飛行機のわずかな姿勢の変化も逃さず、針路と高度を維持しなければなりません。飛行中は操縦以外にも、天候の変化の確認、自分の位置の確認、さまざまな機器の操作、地図の読み取り、管制機関との交信など、離陸直後や着陸前などは目の回る忙しさです。これらを全て一人でこなすのは、宇宙飛行士にとってとても大事な訓練です。また安定した状況の中での飛行だけでなく、緊急事態のケースで飛行機を操るような訓練もします。だからNASAでは飛行機操縦訓練はとても重要視しているんです。初心者の私でもインストラクターの凄腕パイロットと一緒なので怖くはありませんが、訓練そのものは大変ですし、最初のうちはシゴかれるのが憂鬱でした。よく油井さんや大西さんと比べられ、教官には『お前は何でアイツ等みたいに上手く飛ばせないんだ!?』とか怒られるわけです(笑)」

●バックグラウンドがない人間に、それはちょっと不当な評価ですよね

金井「でもそのレベルを求められるのが宇宙飛行士の訓練です。ただそうゆう場面では悔しい思いもしてきましたね」

 

 Credit: NASA
NASAで宇宙飛行士が操縦訓練に搭乗するT-38ジェット練習機。T-38はアメリカ空軍で50年以上前から練習機として使用されており、何度も改修を重ねながら多くのパイロットを育ててきた。NASAで使用されているT-38は独自モデルで、コックピット内はハイテク化されており、速度計や高度計は1つのディスプレイに集約、GPSも搭載されている。

 

Credit: NASA
T-38ジェット練習機に乗り込む金井さん。およそ半年遅れでASCAN訓練に参加したので、その遅れを取り戻すために短期間に盛り沢山の内容で厳しい操縦訓練を受けたという。それは元戦闘機パイロットだった油井宇宙飛行士から見ても「普通ここまでやらない」というほどだったらしい。

 

 Credit:JAXA/NASA
整備士の指導のもと、さまざまな工具を使用してT-38内部の機器の取外しや組み込み作業などを行う金井さん。このT-38のメンテナンス作業訓練は、ISSに滞在する宇宙飛行士がISSのシステム機器と実験機器のセットアップ作業やメンテナンス作業などにも従事するため、その作業で必要となる基本的な技術や知識を向上させるために行われる。

金井「飛行機操縦訓練だけでなく、ロボットアームの操作も飛行機を操縦するような感覚なので、パイロットのセンスが求められる部分が多いんです。ロボットアームの先端にはテレビカメラが付いていて、モニターを見ながら操作していると、まるでその先端部分に自分が搭乗して飛行機に乗っているかのような感覚にもなるんです。そのため宇宙飛行士はロボットアームを操作することを、アームを『(飛行機のように)飛ばす』と表現したりします。実際、油井さんや大西さんなどパイロット出身の宇宙飛行士は、ロボットアームの操作はとても上手です」

●そんなこと言ったら、飛行経験が何千時間とあるようなパイロットには敵わないですよね

金井「そうですね。でも敵わなくいいんですよ。そこで人に勝つ必要はないわけで、宇宙飛行をするために求められる一定の技量を身に付ければいいわけですから」

 

Credit:JAXA/NASA
シミュレータでISSのロボットアーム操作訓練を行う金井さん。ドラゴン補給船をキャプチャ(掴まえること)しようとしている。

 Credit:JAXA/NASA
金井さんの額に貼り付いている白いモノは深部体温を測定するセンサー。地上とISS滞在中の体温変化のデータを取るため訓練中に測定している。

●船外活動の訓練はどうでしょう?訓練では巨大なプールに潜るわけですから、金井さんの潜水医官としての経験や知識を生かすことができたんじゃないでしょうか?

金井「確かに潜水医学は専門なんですが、残念ながら私はあくまでも潜水作業をするダイバーたちの健康管理が仕事だったんです。もちろん、さまざまな種類の潜水器具を体験するために海に潜る訓練も受けますが、ダイビング船の甲板や病院や医務室などの医療施設が仕事の現場で、実際に潜って作業することはなかったんです」

 

 Credit:NASA
NASAジョンソン宇宙センターにある無重量環境訓練施設(Neutral Buoyancy Laboratory:通称 NBL)にて、EVA(船外活動)訓練のため水中訓練用の宇宙服を着用する金井さん。訓練は実際の船外活動と同じく2人1組で行い、通常6時間にも及ぶ。訓練でEVAクルーが使用するツールは100 種類近くにのぼり、地上管制との連携で支障をきたすことのないよう、すべて正しい名前で呼び分け、それらツールを正確に使いこなすことが求められる。

 

 Credit:NASA
水中で訓練中の金井さん。故障した装置の交換修理や緊急事態対応の訓練を行う。水による浮力を利用して無重力の状態を模擬しているのだが、宇宙空間とは異なり水の抵抗があるため、移動を始めるのが大変で止まるのは容易らしい。宇宙で作業する際は逆で、移動を始めるのは簡単で止まるのが大変という。

 

Credit:NASA
縦62m×横31m×深さ12mの巨大なプールの中にはISSの実物大模型(モックアップ)が設置され、さながら海底都市のようだという。

金井「漫画の中で、船外活動の訓練を描いた部分で印象深いシーンがありました。月面で船外活動中にクレーター落下事故にあったヒビトが、その事故の影響で精神的な後遺症がある事が発覚したシーンです」

 

 

●船外活動の宇宙服を着ると、過呼吸や吐き気を発症してしまうんですよね

金井「はい。それで地球に帰還後、ヒビトはヘルメット内の閉塞感がパニック発作を誘発していると医師の見解を告げられてしまうわけです。結局克服するんですけど、それが原因でヒビトはNASAのミッションにアサイン(任命)されないことになってしまう」

●あれ、辛いですよね。奇跡の生還を果たしたヒーローから一転、これからの宇宙飛行士としての夢を絶たれてしまうんですから。

金井「自分はヒビトのように宇宙飛行の経験はまだですし、訓練でも危険な目に遭ったことはありませんが、同じ宇宙飛行士として、また医師として興味深いシーンでした」

「海の世界から、宇宙空間へ」

●ところで、どんな経緯で宇宙飛行士を目指そうと?

金井「まず私の場合、子供の頃には宇宙飛行士を意識したことが全くなかったんです。もちろん宇宙や宇宙開発を取り上げた本やテレビで見て、夢とロマンがあって素敵だなと思ったことはありましたけど、まさか自分がそういった世界に足を踏み入れるとは思わなかった。もともと作家で医師の北杜夫さんという方が書いた『どくとるマンボウ航海記』を読んで船医に憧れたんです。父親が薬剤師だったもので多少とも医師や医学に興味を持っていたこともあるかもしれません。それから大学進学を考え始めた高校生くらいのときに、自衛隊が海外で国際貢献をする任務を始めていたのを知って、自衛隊の医師になって日本各地や世界各地に配属されて働くのも面白いかなと思ったんです。それで自衛官の医師を目指すべく防衛医科大学へと進路を選びました」

 

Credit:JAXA
JAXA入社するため海上自衛隊を退官する金井さん(写真は退官式の様子)。海上自衛隊に勤務する医官の半数は、外科や内科や耳鼻科といった専門に加え、ダイバーや潜水艦乗組員の体調を管理する潜水医学を修めた「潜水医官(ダイビング・メディカル・オフィサー)」の資格を取得するという。

 

●海上自衛隊で順調に医師としてのキャリアを積まれて行きますが、その中でどんな心境の変化が?

金井「お蔭様で自衛隊では居心地よく働かせてもらってました。潜水艦の乗組員や潜水員の健康管理、外科診療に従事しました。それだけでなく機雷を無力化する潜水員の訓練では頼み込んで現場に同行させてもらったりもしました。最前線の現場が好きだったんですね。仕事も面白くて一生自衛官をやっていくつもりだったんです。ただある時、アメリカの海軍の潜水医学研究施設に留学する機会がありまして、その時に教室の後ろに女性宇宙飛行士の写真が飾られていたんです。なぜこの教室?にと思って教官に尋ねると、『ここで潜水医学を学んだ後、宇宙飛行士になった米海軍の軍医だ』と教えられました。へ~、そんな転身の仕方もあるんだと、それが宇宙へと目が向いたきっかけでした。因みに宇宙飛行士というと日本では若い人がチャレンジする印象があるかもしれませんが、アメリカを始め他国では別の職業で経験を積んでから宇宙飛行士になる方がとても多いんです。多彩なバックグラウンドを持っているんですよ。あともう一つのきっかけは、白崎修一さんという40歳を過ぎた医師の方が宇宙飛行士選抜試験にチャレンジした手記『中年ドクター宇宙飛行士受験奮戦記』を読んだことですね」

●なるほど。ただその本の著者、白崎さんは宇宙飛行士候補者の選抜試験では最終選考まで残りましたが、残念ながら宇宙飛行士になれませんでしたよね

金井「でも一人の人間として全力で夢に向かう姿勢に感動しました。とにかく必死で夢に向かう高いモチベーションに心を動かされたんです。そもそも私、宇宙飛行士なんてどこか別次元の職業だと思っていたんです。ただ私と同じ潜水医学を学んで宇宙飛行士に転身したアメリカ海軍の軍医や白崎さんの事を知って、そのとき初めて自分が今まで築いてきたキャリアを、別の場所で生かすという考え方、生き方が新鮮に見えてきたんです。それで私もこんな風に転機を迎えたい、今までとは違う世界にチャレンジしたいと思ったんです」

●海の中の世界から宇宙へ、かなりの高度差で、どっちもエクストリーム(極限)な環境ですね(笑)

金井「ただもともと潜水医学と宇宙医学は似ている分野なんですよ。つまりどちらも生命を維持する装置がなければ仕事ができない。一歩外側は死の空間という場所ですから。潜水器具を付けて海底で作業するダイバーと、船外活動服を付けて宇宙空間で作業する宇宙飛行士。どちらも作業を終えたら減圧する必要があるといった共通点なんかはいい例で、潜水も宇宙飛行も似ているところがある。だから全然違う世界に飛び込むというよりは、これまでの仕事の延長線上にあって、今までの経験と学んできたことをベースに仕事ができるのでは、といった感覚でしたね」

●海中における医学から、次第に宇宙での医学に興味が移っていくわけですね

金井「実はいつも潜水作業を行うダイバーたちを見て、楽しそうに潜っているのが羨ましかったんです。自分はサポート役なので、実際に海底に潜って作業をすることはない。だからもし宇宙を仕事場に変えるのだったら、せっかくなら宇宙空間に出ていけるような立場で仕事をしたいなと思いました。だから、宇宙飛行士に応募したんです」

 

後半につづく

次回の後半は、2017 年 12 月から始まる宇宙飛行の実現にまで、決して順風満帆ではなかった日々の中で培った、金井宇宙飛行士の仕事論やメンタリティーに迫ります。当初は正式な宇宙飛行士候補生ではなく、『補欠』という扱いをJAXAから申し渡されていた金井さん。その後、どのようにJAXAから連絡があり、宇宙飛行士としての道を歩み出したのか?その裏話など盛り沢山の内容でお送りします!

 

Credit: JAXA/GCTC/Andrey Shelepin
11月30日、ガガーリン宇宙飛行士訓練センターで行われた第54/55次長期滞在クルーの記者会見。この前日、約2年間に及ぶ訓練の最終実技試験に合格した金井さんは羽織姿で登場した。いよいよ日本時間12月17日、宇宙へ向かう!

 

【宇宙兄弟リアル】が書籍になりました!
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。

 

<『宇宙兄弟リアル』からのお知らせ>

『宇宙兄弟リアル』の連載では、次回インタビュー取材をする方が決定次第、読者の皆さんに報告していきます。取材対象のご本人に質問したい事があれば、筆者ツイッター( @allroundeye )に書き込み下さい。読者の皆さんから頂いた質問内容を可能な限り反映してインタビューを進めて参ります!また連載に関して感想・希望などあれば合わせてお寄せ頂ければ幸いです。頂いたご意見を交え、さらに充実した連載にしていきます。

 

過去の<宇宙兄弟リアル>はこちら
〈宇宙兄弟リアル〉はじめに 〜僕と宇宙と宇宙兄弟〜

 

<筆者紹介>岡田茂(オカダ シゲル)

NASAジョンソン宇宙センターのプレスルームで、宇宙飛行士が座る壇上に着席。気持ちだけ宇宙飛行士になれました。

 

東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。

 

<連載ロゴ制作>栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。