『宇宙学生』歩いて進む宇宙への道 | 『宇宙兄弟』公式サイト

『宇宙学生』歩いて進む宇宙への道

2017.10.15
text by:編集部コルク
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『宇宙学生』 歩いて進む宇宙への道

「宇宙学生」はいろんな方面から「宇宙にまっすぐ」な学生を現役大学生の宇宙フリーマガジンTELSTAR編集部が取材して、宇宙の魅力を伝えます。野球にひたすら打ち込んできた中里さんは中学三年生のとき、あることがきっかけで「宇宙飛行士」という夢に出会います。かつてムッタとともに宇宙飛行士選抜試験を受けた新田零次も宇宙に憧れながら学生時代にスポーツ医学を専攻し、巻が進むごとに精神がより強くなり、頼もしい姿を見せてくれています。中里さんが野球を通して得た考え方は、どう研究に生かされているのでしょうか。

また、来年の4月から民間航空会社のパイロットとして働く中里さん。2016年にISSに滞在した大西宇宙飛行士も宇宙飛行士になる前、同じく民間航空会社でパイロットとして勤めていました。確実に宇宙に近づこうとしてる中里さんが現在研究しているのは、月や火星での「歩行」です。研究にかける思いと、未来に見据える目標について話して頂きました。

宇宙飛行士を目指して

―大学で宇宙を研究テーマにしたいという想いがあったのですか?

そうです。僕には宇宙飛行士になりたいという夢があり、一方で人の身体や運動にも興味があったので、地球以外の天体で実際に歩いたらどうなるのだろうと気になったことが今の研究テーマを選んだ理由です。

 

―宇宙飛行士になりたいと思ったのはいつですか?

きっかけは、中学のときの塾の先生が宇宙飛行士になりたかったと言っていたのを聞いたことです。中学三年生の夏以降、高校受験を意識して通い始めた塾でその先生と出会いました。宇宙飛行士になるという先生の学生時代の夢を知ったのは、受験も終わり、最後の授業のことでした。先生は宇宙に関係することを学ぶため、学部や進路を選んでいったという話をしてくれたのです。中学生の私にとって大人が語る夢というものが新鮮で、さらに宇宙という壮大さが私に大きな影響を与えました。当時の私は高校野球で甲子園に出る事が唯一の目標でしたが、高校卒業後の進路や目標は定まっていませんでした。そんな時に宇宙という世界を知り、自分で色々な情報を調べるうちに魅かれ、高校卒業後の将来の夢になっていきました。

 

―宇宙飛行士といえば、中里さんが通われている京都大学に昨年の4月から土井隆雄宇宙飛行士が特定教授として着任されました。お話しされる機会はありますか?

土井先生は京大で「有人宇宙ゼミ」というものを開かれていて、そこのゼミ生として僕も参加させて頂いています。僕の研究についてアドバイスももらっています。
課外授業もあって、今年の9月には宇宙飛行士が経験する閉鎖環境や訓練を模擬的に再現するために、電波のつながる通信機器を何も持たずに約10日間京都の山の中でキャンプをします。厳しい環境と限られたコミュニティに身を置くことで、宇宙飛行士の精神状態や必要とされる能力を実感することが目的です。宇宙兄弟でも描かれたような、サバイバル訓練に近いと思います。

月や火星を歩く研究って?

―現在の研究テーマについて詳しく説明をお願いします。

人類が月や火星で生活する上で重要な「歩行運動」を研究しています。宇宙が好きという思いと、人の身体や動作を専門的に勉強していたこともあり、「宇宙と人」という観点から研究を始めました。私たち人間は何も意識せずに歩くことができますが、実は、歩行動作は非常に複雑な制御によって生み出されています。具体的には、多くの筋肉を協調的にリズム良く動かす必要があります。私は月や火星、冥王星の重力を再現することで、歩行制御と重力の関係を調べています

 

―どのような方法で研究されているのですか?

被験者の腰と大腿部にハーネスを取り付け、上から吊るすことで様々な重力を再現します。吊り上げる力を調整することで体にかかる重力を模擬的に変えることができます。この状態でトレッドミル(ランニングマシーン)の上を歩いてもらいます。

様々な筋肉にその活動を取得できるセンサーを貼り付けて実験することで、各筋肉の活動のタイミングや活動の大きさを調べることが出来ます。その後、データを解析することで、どの筋とどの筋が協調的に活動するか、重力に対してその協調性はどう変化するかなどを検討していきます。最終的には人が月や火星の重力に対してどのように歩くのか、というところを知りたいですね。

 

―研究する中で楽しいと思う点と、辛いと思う点はありますか?

楽しい点は、僕が行ってるような人の体を扱う研究は自分の体を知ることでもあるので、面白い研究結果が出たときに「これが自分の体でも起きているんだ!」と思えるところです。いろいろと想像が膨らみます。あとは、仲間と協力して研究を行うので、互いに支え合って切磋琢磨しながら進めていけるところも楽しい点ですね。
一方で辛い点は、数学やプログラミングなどの専門分野を学んでこなかったので、解析でそれらが必要なときは全てゼロから調べていかないといけない点です。でも、先輩や同期にアドバイスを受けながら新しい知識をつけていって研究を進めていくのは楽しくもあります。

 

―例えば重力の小さい月だと、地球での歩行と比べてどのような違いがあるのでしょうか?

月面を初めて歩いたアポロ11号のニール・アームストロング船長の動画などを見ていると、月面はバランスをとりづらそうな印象を持ちました。地球とは異なる重力に適応するのには少し時間がかかり、歩行様式の変化もあると考えられます。何人かの宇宙飛行士の話によると、月面ではスキップやギャロップといった動作のほうが移動しやすいという報告もあります。転倒するリスクが高まるので、転んだときであっても壊れないような宇宙服の開発も重要になると思います。また、宇宙兄弟でも基地の天井に頭をぶつけるシーンがあるように地球の6倍の高さまでジャンプできるので、建物の天井の高さは検討したほうがいいのではないでしょうか。

月でも野球がしたい!

大学野球部同期の集合写真。前列中央が中里さん

 

―現在もチームで研究をされているということで、小学校から大学まで野球に打ち込んでいた経験が大きいものとしてあるのではないかと思います。大学野球の主将の経験で印象的だった出来事はありますか?

リーグ戦の大会でなかなか勝てずに7連敗をしたとき、後輩たちが悔しくて泣いている姿を見て、いいチームを作れたなと思いました。普通に考えると後輩は上級生に比べればチームに対する思い入れは少ないはずですが、後輩の涙を見た瞬間に学年や役職を超えてチームが一丸となっていることを実感しました。70人近くいる部員の中で試合に出られる選手は限られています。どんな立場であっても、一人一人が組織や仲間を大切にする雰囲気作りをしてきた結果が見えて嬉しかったです。

 

―野球に打ち込んでいた経験の中で、今現在の研究に生かされてると実感するときはありますか?

野球は「失敗のスポーツ」と言われていて、有名なイチロー選手でも3割程度しか打てません。つまり、7割は失敗に終わるスポーツなんですね。なのでその失敗をどうやって次に生かすか、を考えることが成長に繋がります。野球をしていた間は常に失敗と隣合わせで、その失敗に対してポジティブに考えて次にどう生かしていくのかと冷静に考えていく毎日でした。研究も同じように取り組んでいます。

 

―月面で野球をする「月面野球」を考えられているのですよね?詳しく教えてください。

月面野球はまだ案の段階で、現在は人の歩行のみを研究しています。いつかは野球のほうまで研究してみたいですね。月面野球を考えたきっかけは、宇宙好きの友人たちと月や火星で何がしたいか話しをしているときでした。食事に興味がある人は宇宙食が食べたいとか、音楽に興味がある人は月で音楽を奏でたいなど、各々の趣味や関心事によって宇宙でやりたいことが様々で面白かったですね。僕は、やっぱり野球がしたい!と思ったのです。

 

パイロットとしての目標

―航空会社のパイロットを志望したのはいつからだったのですか?

高校生の頃、航空会社のパイロットをしている私の叔父の話を聞いて、純粋に彼のことをかっこいいなと思ったことがきっかけですね。叔父と会話をする中で、相手に対して耳を傾ける姿勢を実践している点に魅かれました。そんな憧れと、宇宙飛行士へ繋がる仕事であることも後押しし、パイロットという職業を目指そうと思いました。

 

―目標はありますか?

目標は二つあります。一つ目は、お客様思いのパイロットになる事です。これまで野球や研究を通じて、相手の立場に立って物事を考える経験を積んできました。パイロットはお客様と直接お会いする機会が少ないですが、だからこそお客様目線に立って快適性や安全を提供できるパイロットになりたいと思います。

二つ目は、宇宙飛行士になることです。宇宙開発に貢献するには何か強みや専門性が必要だと思います。パイロットとしての技術やコミュニケーション能力に磨きをかけ、プロフェッショナルと呼ばれたいです。常に謙虚に、地道な努力を続けていこうと思います。

 

これからの宇宙時代を担うみなさんに一言

―読者の人に一言いただけますか?

世の中のことはほぼ全て宇宙と関係しています。もし宇宙が好きだけど進むべき道に迷っている場合は、身の周りのことを宇宙に繋げられないか考えてみるのがいいと思います。僕が人の運動と宇宙を絡めて研究しているように、例えば食事とか、音楽とか。何でもいいですね。まず自分が何に興味を持っているかを知ったうえで宇宙について考えると選択肢も広がるし、本当にやりたいことが見つかるのではないでしょうか。自分自身のことを考えるきっかけを作ってあげることが重要だと思います。

 

まずは「歩く」ことから始めて、宇宙に一歩一歩近づいていく中里さん。「世の中のことはほぼ全て宇宙と関係している」、意外とそれに気付くことができる人は少ないのではないでしょうか。高校生頃の私も、そうしたうちの一人でした。中里さんの力強いメッセージが、今悩んでいるあなたに届きますように。

 

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About TELSTAR
私たちは大学生を中心とした団体で星空や宇宙開発の内容を取り上げたフリーマガジンを 発行する活動をしています。年4回、主に高校や科学館などに配布しており、2013年2月の 設立から累計約11万部を発行しています。 詳しくはこちら!→http://spacemgz-telstar.com/

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第四回 大学生がロケットに関わるには?
第五回 宇宙建築って何だ?
第六回 一歩踏み出すこと」の大切さ
第七回 とりあえず手を動かすことから始めよう
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