隣のロボット

隣のロボット

ロボットづくりとその仕事について紹介する、ロボット開発の会社で働く村上さんのコラム。

第5回『隣のロボット』ーー1メートルでは大きすぎる・四畳半では狭すぎる ーロボットと、ロボットのいる空間を定義するー

第5回『隣のロボット』ーー1メートルでは大きすぎる・四畳半では狭すぎる ーロボットと、ロボットのいる空間を定義するー
第5回
1メートルでは大きすぎる・四畳半では狭すぎる ーロボットと、ロボットのいる空間を定義するー
『宇宙兄弟』に登場するブギーは、ムッタたちジョーカーズの月面探査を助けるAIロボット。ロボットをつくる、ということはそのロボットがどんな場面で、誰のためにはたらくのかイメージ(定義)することが大切…。
今回の「隣のロボット」は、開発した「家庭の中に入るロボット」を製品として売るために、どう定義していきのか? ものづくりの楽しさや、難しさをお伝えします!

私たちのオフィスは東京ミッドタウンに面しており、窓から眺める景色が綺麗なのだが、桜の季節は一年で最も美しい風景になる。だが、今年の春はゆっくり桜を眺めている時間はない。私たちフラワー・ロボティクスが現在開発している家庭用ロボット・Patin(パタン)は、2013年からコンセプトを形にしはじめたが、いよいよ「開発」から「製品化」へ軸足を移す段階になったからだ。

連載の第1回では、「デザイン」という視点でロボット開発を説明した。第2回では「未来の日用品」として、日常の中で使われるロボットはどんなものか、私たちの目指すロボット像をお伝えした。

今回は具体的に「家庭の中に入るロボット」をどう私たちが定義し形にしていったのかを紹介したいと思う。

‐家庭に入る「イメージ」を形にする

これまでフラワー・ロボティクスが生み出したロボットは、すべて代表の松井がデザインしている。ロボットにかぎらず、製品をデザインする時、「どこで」「どんな風に」使われるかというコンセプトが不可欠だ。2LDKのマンションで使うロボットと、広大で天井の高い工場や、足元が悪い工事現場で使うロボットが同じはずではない。

1.使う場所を規定する
私たちが開発しているPatinは家庭内で使うことを想定している。

だが、一言で「家庭」と言っても非常に幅広い。一人暮らし、夫婦、親子、二世帯同居など家族のバリエーションは様々だし、夫婦と子供二人という場合に限定しても、マンションか戸建てか、階段の有無、和室があるかなど、物件に寄って大きく条件が異なる。さらに地域や国が変われば更に多岐にわたる「家庭」があるはずだ。

当然、ひとつの製品ですべての家庭に対応するのは不可能なので、一定の基準が必要となる。

私たちは天井の高さや広さなど、日本の標準的なサイズの空間を想定した。床はフローリング、畳、カーペット。部屋を繋ぐ敷居を乗り越えられるが階段はのぼれない。四畳半は狭すぎる。せめて1LDK以上。

こんな風にある程度の空間を想定し、どんな環境まで対応させるか選択していった。

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ロボット購入意向がある家庭へインタビューした時の様子。実際の使用環境にPatinを置いてみると発見がある

2.大きさを決める
使用シーンが具体的になったら、自ずとサイズは決まる。

たとえば日本の標準的な部屋に、高さ180センチ重さ100キロのようなロボットは身動きがとれない。家の中の家電、家具を見回すと、動きまわれるサイズとなれば、炊飯器とか掃除機とか、それぐらいのサイズが限界だと想像がつくだろう。Patinは約30センチ幅である。

ロボットの外観はそのまま人とのインターフェイスになるので、持ち主とどんな関係を築くロボットなのかを考えることも重要だ。ペットの代わりなら犬や猫を模しているかもしれないし、「同居人」のような存在を求めれば人型になるかもしれない。

私たちが家庭に入れようとしているロボットは家電のような存在だ。だから、部屋に馴染む大きさで、主張し過ぎない姿がいい。そう頻繁ではないが、動かす時のために女性でも運ぶことができる重さ。これでだいたいのサイズの上限が決まる。

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現時点のPatinの寸法。縦:330mm/横:342mm/高さ193mm/5kg程度

3.機能を実装しデザインでまとめる
ロボットは何かしら機能を果すために存在する。役割を持つロボットは芸術作品ではないので、ボディはあくまで機能を実現するためにあって、装飾ではない。

「どんなロボットをつくろうか」
と考えるなかで、必要不可欠な機能、搭載すべき機能を選択し、組み合わせていく。

床を動くためには車輪が必要で、車輪を動かすのにモーターを使う。モーターを動かすためにはバッテリーを積まなくてはいけない。

周囲の環境を把握するにはセンサーやカメラを付ける。音を出すならスピーカーを、人の声を拾うならマイクが必要だ。

このように機能を実現するパーツを積み上げていくと、必然的に構造は決まる。
それを想定のサイズに収め、使いやすいようにデザインを施すのがオリジナリティとなる。

私たちの身の回りにあるほとんどの製品がそうであるように、「使いやすい」ことは全てに優先する。デザイナーは最終的に使う人のことを考える役割なのだ。

機能が実現できないため、デザインを変更するのはよくあることだ。時には全体のイメージが大きく変わることもある。

この折り合いをつけるのは、ものづくりに携わる者の宿命だと思う。

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スケッチやCGでイメージを固める。最終的には立体模型をつくって環境に配置してみる

‐必要な機能を、使えるレベルで実現する

機能についてはもう一つ重要な視点がある。

それは「研究開発」と「製品」で求められる基準は違うということだ。当然のように思うかもしれないが、優秀な研究者、エンジニアであるほど、最先端の技術や困難な開発に挑戦したくなる性があるようで、求められていないものをつくってしまう、陥りがちなミスだ

たとえば、ロボットがお父さん、お母さん、子供2人の顔を見分けられるとする。それが100%正しく答えられるならば、便利だし、感動すら覚えるかもしれない。だが、確率が60%ならどうだろう。3回に1回ぐらい間違えられたら、イラっとしてしまうのではないか。いっそ機能を落とした方がいいかもしれない。

また、精度は高いが時間がかかる、ということもある。

Patinで言えば、赤外線リモコンの機能を持ち、テレビのオン・オフをロボットがやってくれるという体験を実現しようとしたが、テレビに近づき、つけるまでに数十秒の時間を要した。リモコンを取りに行ってつけたほうが遥かに早い(面倒だが)。この「1秒」は劇的に体験価値を低下させる。

「できたら便利」だけど、精度が低い。技術力の高い機能だけど、あまり使わない。機能を冷静に眺めると、このようなものは少なくない。

ロボットはとてつもないテクノロジーを搭載し、驚くべき機能を持っているように期待してしまうのだが、実用に足りないという場合は多いのだ。

開発の中で課題は無数にあり、ひとつひとつ会社のビジョンに照らしあわせ、技術的な可能性を検証し、何より体験価値を高めなくてはいけない。そうやって仕様を決定していくのである。

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想定した動き、機能が実現しているかを確認し、必要に応じて方針変更もおこなう

‐家庭の中でロボットは住みづらい
「家庭の中」は、ロボットには過酷な環境だ。

進路を塞ぐ家具があり、床に物が置かれていたら乗り越えるか避けなくてはいけない。光の入る部屋ではセンサーがうまく働かなかったり、窓ガラスを認識できず突っ込んでしまう危険もある。狭い廊下、急な階段は自由に動き回るのに大きなハードルとなる。

環境によって機能もデザインも大きく制約される。

この環境に依存する存在というのは、地球という箱庭の中でしか生きることができない人間に似ている。ロボットがより高い能力を持つには、環境を変えるか、もしくは環境を超えるような存在になる必要があるだろう。

そういう意味では、人間が宇宙へ行く手段を手にしたり、地球の外でも生きていけるようになるということは、ロボットが新たな世界を手にすることと似ているかもしれない。そしてロボットにとって「住みやすい」家というのは、人間にとっても体に負担のない構造だと言えるだろう。

こんな話をすると、そこまでしてロボットを入れる必要があるのか、無理ではないかと尻込みする人もいる。でも考えてみて欲しい。

乗り物と言えば馬車が主流だった頃、道はデコボコでも支障はなかった。だが、自動車が登場し、普及していく中で「道」ができ、道を中心に店舗や住宅が出来上がりやがて「街」となった。ひとつの産業の登場により、都市のあり方も変わったのである。

最近では、携帯電話が普及したことで公衆電話は激減した。家の駐車場に電気自動車用の充電設備を備え付けるケースも増えているという。

そうやって私たちの身の回りの設備が進化して行くのだ。

家庭用ロボットという新しいマーケットが生まれたら、日常の風景は姿を変えるのだ。

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オフィスからの眺め

==次回の予告==

これまで物知り顔で説明してきたが、私はフラワー・ロボティクスの柱であるデザインとロボット技術について、能力も適性もゼロだ。開発には1ミリも貢献していない。

私はこれまでマーケティングやプロモーション、PRを専門にしてきた。小売業やwebサービス、起業については多少の知見はあるが、フラワー・ロボティクスに入るまでハードウェアに携わったことすらなかった。

プログラミングはできず、化学も物理も数学もわからない。家電の調子が悪かったら叩いてみるタイプだ。美術で2を取ったくらい絵は下手だしセンスもない。やらなかったわけではなく、できない。もはやできるようになろうとも思わない。

Patinは開発から、ユーザーの手元で動く「製品」をつくるフェーズに移った。ようやく私の経験が活かせるような予感がしている。

次回はロボット開発、製品化のためのチームワークについてご紹介したい。

〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。