宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

これまで5回行われてきたJAXA宇宙飛行士選抜試験。一体どのような試験なのだろうか…? その第5期選抜にて、10ヶ月に及ぶ選抜プロセスの最終試験まで勝ち残った経験を持ち、現在は宇宙船「こうのとり」のフライトディレクタに従事する作者による、大きな挫折と前進の記録。

第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編④)

第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編④)

閉鎖環境試験を終えて

閉鎖環境試験設備から出てすぐに、まだ興奮冷めやらぬ雰囲気の中、集団面接が行われた。1週間ずっと一緒だった10人は、まだ共同生活が続いているような感覚を抱いていた。

集団面接の最初に、10人それぞれに、今の気持ちを俳句で一句というお題が出された。 大作さんが、久しぶりに冬空を眺め、急速に思い出となっていく閉鎖環境での共同生活を悲しむ歌を詠んだ。みんなの気持ちを代表したという共感が得られ、優勝した。

その後、10人を野球のポジションに例えてください、というお題が出された。みんなで少し話し合っただけで、かなりしっくり来る布陣が組めた。

ピッチャー  大作
キャッチャー 内山
ファースト  金井
セカンド   安竹
サード    国松
ショート   江澤
レフト    青井
センター   油井
ライト    大西
監督     白壁

ぼくは、「大作さんの投げ込む無茶苦茶なボールを唯一受けられるキャッチャー。広い視野で色々なところに気づく気遣いと鋭いツッコミ」を評価してもらってのキャッチャーだった。

チーム全体を常に見渡せる視野を持ちいつもチームを明るくムードメイクする白壁さんは(選手兼)監督にぴったりだし、どんな状況でも自然とチームを支えている守備範囲の広さを持つ油井さんはセンター、着実・堅実に淡々とタスクをこなす金井さんはファーストという具合だ。

男性陣は「そうそう!」などとワイワイ盛り上がりながら、ピタッとはまったポジション決めに興奮気味だった。しかし、唯一の女性 江澤さんから、衝撃の一言が発せられた。

「ショートって何?」

思わず爆笑してしまった。 女性を“おいてけぼり”にして盛り上がってしまったのは申し訳なかった。 しかし、ここで野球をイチから教える訳にもいかないので、

「一番の花形ポジション!」

と教えた。正しいのだけれど、流れから言うと、騙されたかあしらわれたかと思ったかもしれない。

このお題で、かなり短い時間にしっくりと来るポジション決めがされたのには、この10人のチームが驚くほど一つにまとまっていて、その後もずっと良い関係性を維持できている理由が隠されていると思っている。

超優秀な人が集まったとしても、必ずしもチームとして機能するわけではない。

10人ともが、リーダーシップがあり、同時にフォロワーシップも持ち合わせていることに加えて、状況を把握し、瞬時に自分のやるべきことを判断し、自分以外の動きも見ながらぶつからないように位置取りができるバランス能力に長けていた。だから、何をやるにも、パズルのピースをはめこむように、役割分担を決めることができ、スッとチームが出来上がる。そういった状況把握能力とバランス能力が非常に高い10人が集まっていた。

決してすべてが完璧というわけではない。むしろ、完璧じゃないことを認識し、そのことを惜しげもなくさらけ出すことができる、だからこそ親しみやすい、茶目っ気もある10人だった。

集団面接の後は、個別の心理面接が行われた。

そこで、固い絆で結ばれひとつのチームになったぼくたちに、酷な質問が浴びせられた。

「あなたは次の宇宙ミッションに選ばれました。チームは3名です。一緒に組みたい2名は誰ですか?また、組みたくない2名は誰ですか?理由も添えて答えてください。」

出来ることなら答えたくない質問だ。

閉鎖での一週間で、強烈な仲間意識が芽生えていた。分刻みのあれだけの課題に追われた大変な一週間を、あんなに楽しく乗り越えられるチームなど、他にないんじゃないかと思うくらい。頑なに「選べない、みんなで行きたい」と答えたものもいたそうだ。

ただ、冷静に、そして冷徹に考えれば、そんな濃密なときを一緒に過ごした仲間であっても、実際には競争の渦中にいるわけで、ライバルたちの実力をも値踏みしながら試験に臨まなければならない身なのだ。

10人で一緒に行けるはずなどない。それなのに、この不思議な感覚は何だろう。

ぼくは心を鬼にして、これまで選抜試験を共に戦ってきた中で感じとってきた、冷静に客観的に選球眼で見定めた結果を答えた。ぼくの一番の指標は、『この人に命を預けられるか』。つまり、運命共同体として宇宙ミッションを共にすることができるか、そして、全幅の信頼を寄せて何でもその人に任せることができるか。

この人とだったら共にミッションを担える、と思える人を選んだ。

この10人のチームは最高だし、このチームなら何が起きても乗り越えられるとさえ思っていた。この一週間でそんなチームになっていたのだ。それでも宇宙ミッションにおいて、今の日本では、宇宙飛行士の人数制約は絶望的に厳しくなるのは仕方がない。この選抜試験をとおして、宇宙飛行士になれるのは2,3名というのが悲しいかな、現実である。だから、無理やりでも選ばなければならないのだ。

グーみたいな奴がいて
チョキみたいな奴がいて
パーみたいな奴もいる

誰が一番強いか
答えを知ってる奴はいるか?

宇宙飛行士(受験中)  南波ムッタ
第5巻39話「グーとチョキとパー」より

泳力試験と打ち上げ

1週間、狭い閉鎖環境に閉じ込められ、身体がなまりきっていたところで、水泳の試験が行われた。閉鎖環境設備から出てきてちょっと感傷的にもなっていたところに、怒濤の連続試験だ。

事前の練習で苦戦した『立ち泳ぎ10分』の試験。

フライトスーツを着衣した状態で行われる最初の75m泳力試験は、全然たいしたことはなかった。特に、フライトスーツの着衣は泳ぐ邪魔にはならなかった。らくらくクリアできた。

そして、次の立ち泳ぎも、フライトスーツを着てシューズを履いた状態のまま行われた。

難関と思っていたのだが、フライトスーツやシューズを着用しての立ち泳ぎは、実は水着のみの時よりもはるかに簡単だった。それらから、かなりの浮力が得られるので、水着で練習したときよりもはるかに楽だったのだ。ぼくと金井さんの2人ペアで試験が行われたのだが、2人とも難なく10分をクリアした。

一番手で泳力試験を終えたぼくは、回転イス後とはうってかわって、余裕綽々で控え室で待っていた。すると、「国松さんの肉体が半端ないぞ」と風の噂が届いたので、デッキまでちらりと覗きに行った。クラーク・ケントばりの甘いマスクに鍛え上げられた筋肉。相当に作り込まれ仕上がった肉体美だった。着痩せしていてまさかそこまでとは思っていなかった。

帰国子女でもないのにTOEICは満点だと言うし、技術者にしてMBAをもっている。さらに、そんなエリートぶりを微塵も感じさせない、ソフトで気さくな雰囲気をまとった上に、このマッチョ。情報検索の鬼で、2chまで大好きというお茶目な一面も持ち合わせている。まさにスーパーマンだ。

控え室で談笑していると、今度は紫色の唇をした青井さんが戻ってきた。見るからに苦戦したことがうかがえる。その後ろから、満面の笑みで大作さんが戻ってきた。

話を聞くと、こんなことがあったのだそうだ。

物理学者の青井さんは、閉鎖環境試験で自身の研究のことをたびたび説明してはくれたのだが、難しすぎてほぼ理解できなかった。 「超ひも理論というのがあって、11次元あると言われている」 など、4次元までしか分からないぼくたちは想像すらできない。お手上げだ。

それを捉えて、大作さんは、2人で10分間の立ち泳ぎをしているときに、 「青井さん!11次元を小学生にも分かるように説明してください!」と話しかけて邪魔をしていたというのだ。

青井さんもしばらくは答えようとしていたが、途中からはしゃべる余裕がなくなり、必死に立ち泳ぎに専念した。そんな状況の青井さんに気づいてからは、今度は、 「がんばれ!青井さん!がんばれー!」 と応援に回り出したそうだ。

さすが海上保安庁。 海猿ではなくパイロットなのだが、立ち泳ぎ程度は余裕だったようだ。

閉鎖環境での1週間の共同生活で、ぼくたち10人はかなり打ち解けていた。 明日以降も、今度はアメリカのテキサス州ヒューストンに場所を変えて、一緒に過ごすことになる。

しばらく日本を離れることもあり、 「しばらく飲めなかったわけだし、今夜はぱぁっとやろう!」 と、ホテル近くの居酒屋に繰り出した。 カキ入りの魚介鍋(カキはぼくの大好物!)を囲んで、監視される環境から逃れられた開放感に浸りつつ、お酒がすすむ。

油井さんは、閉鎖環境中に、実は大きな試練があったことを明かした。

油井さんは野菜が大嫌いなのだ。中でも一番苦手なのが「大根」。油井さんは、毎食毎食あまりにも大根が出されるので、苦手なのをJAXAに知られていて試されているんじゃないかと疑っていたそうだ。思い返すと、確かに、閉鎖環境での食事は、ほぼ毎食のように大根の入った料理が出されていた。

全員分、残飯までチェックされていることを知っていたので、苦手なことがバレないように、我慢して完食していたのだそうだ。 人知れず試練と戦っていた油井さん。 ぼくたちはまったく気がつかなかった。

10人だけが共有できる”監視のない今だから言える”出来事を振り返りながら、楽しいお酒を飲んでワイワイ盛り上がった。 そろそろ帰ろうかというときになって、ぼくは衝撃的なものを見つけてしまった。大好きなカキがテーブルの上に大量に残されていたのだ。大西君のすぐ脇に。

「あ。ごめん、鍋に入れるのを忘れてた!」

大好きなカキにテンションを上げていたのに、話に盛り上がり過ぎて、食べるのを忘れてしまうとは! なんともったいない!!!大西君ってこういうところあるんだよな。重要なところは押さえるんだけど、軽いところで抜けたりする。ぼくはこれを『大西カキ出し渋り事件』と名付け、10年以上たった今でも覚えている。

久しぶりの燃料注入で、再びエンジンがかかる。さあ、明日からNASAヒューストンだ!

いざヒューストンへ

成田からヒューストンへの直行便は夕方発だったので、出発の日は朝からゆっくりできた。ゆっくりとホテルをチェックアウトし、昼ご飯をつくば駅周辺で食べることにした。

つくば宇宙センター勤務の応援組も、昼食がてらの見送りに数名が駆けつけてくれた。閉鎖環境試験の期間は、そわそわして、意味もなく閉鎖環境設備のある建屋の近くをうろうろしてしまったそうだ。

空港に到着すると、チェックインを終え、10人で集合した。 まだたっぷりある待ち時間の過ごし方について話をしていたのだが、ふと、違和感を覚えた。10人がものすごく密集した輪になっていることに気がついたのだ。

閉鎖環境に長くいたせいで、全員の距離感が狂っていた。広い空港内でも、閉鎖環境内のようについつい密集してしまっていた。周囲からは不思議な集団に見られたかもしれない。

ヒューストンまでの直行便は、太平洋を横断する11時間以上のフライトだ。

機内では、閉鎖環境試験の興奮冷めやらぬ感じで、かなりの時間、NHKの方々も交え、閉鎖環境試験の思い出についてしゃべりながら過ごした。そんな中、金井さんはマイペースにほぼずっと眠っており、ぼくはトイレに行くため何度か金井さんの上をまたいで通ることになった。どんな場所や環境でもしっかりと睡眠を取れる能力というのは宇宙飛行士として重要だ。

長いフライトを終え、ヒューストンに到着、入国審査をパスし、ジョンソン宇宙センター近隣のホテルに到着した頃には、もう夕飯時だった。テキサスということで、さっそく分厚いステーキを堪能することにした。ぼくはステーキも大好物で、ヒューストンに行ったら必ずステーキを食べる。

翌日の午前中はほとんどジョンソン宇宙センターへの入構のための手続きと、入り口すぐ横にあるロケットパークの見学だった。40年前のアポロ計画で活躍したサターンVロケットが横たわっている。高さ100m以上。月まで人を送ることの大変さがよく分かる。

JSC入口にあるロケットパークにて(右)

昼食では、近くのハンバーガーショップで、日本ではあり得ない大きさのハンバーガーを食べた。なんと、1ポンド(肉が450g!)ハンバーガーなるものがあり、大作さん、大西君、JAXA選抜係のまいうーさんがトライし、見事平らげていた。

1ポンドバーガーにかぶりつく大作さん

お腹いっぱいで、すっかり見学旅行気分。有人宇宙開発の本場NASAジョンソン宇宙センター(JSC)潜入ということで、興奮気味にテンションが高かった。

午後のオリエンテーションでは、ここJSCでの試験工程の全貌が明かされた。そこで、高まった旅行気分を一気に冷まされることになった。 

試験内容は、NASAが行っている宇宙飛行士選抜試験と同じものがあったり、宇宙飛行士が通常の訓練で使っているものがあったりと超実践的である。1人1人の個々の能力をNASAのやり方で見極める試験が並ぶ。当然だが、日本語のサポートはない。

ぼくたちの気持ちは、NASA見学モードから一転、再び試験モードに切り替わった。

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama