NASA試験開始!
ぼくの最初の試験は、スペースシャトルシミュレータでの操縦体験だった。
シャトルでの打ち上げ、大気圏再突入、着陸(Landing)を体感し、操縦席で操縦桿を握った。ぼくたちの中から選ばれる誰かが宇宙飛行するころには、スペースシャトルは引退している。ぼくの宇宙開発に触れたきっかけであるスペースシャトルで宇宙へ飛び立つことはない。今後はカプセルタイプの帰還方式なので、このように滑走路に着陸するカッコイイ宇宙機はしばらくの間はおあずけになる。
そんな感慨も覚えつつ、実際に操縦席で操縦桿を握らせてもらい、4人で交代して着陸(Landing)の操縦体験を、堪能した。
流石はNASAだ。
シミュレータにしても訓練にしても、『Test like you fly』が徹底している。『Test like you fly』とは、ミッション前に地上で行う試験や訓練は『実際に飛ばすように行え』という鉄則のことだ。
宇宙飛行士の宇宙ミッション向け訓練では、実際に一度宇宙に行ってみるということはできない。本番は一発勝負だ。
その1回の本番を確実に成功させるために、様々な工夫を凝らした訓練を行っている。実機を模擬した”ニセモノ”(シミュレータ)を使って行うのだが、どうしても”ホンモノ”との違いが出てしまうものだ。特に、シミュレータだからと製作費をケチると、被訓練者の頭にはどうしても“これは訓練だから本番とは違う“という気持ちが残ってしまう。訓練を本番さながらに行うことが重要なので、そういう気持ちが少しでも生じないよう見た目も含めてシミュレータの模擬度にNASAはこだわる。このスペースシャトルシミュレータの写真で十分伝わるだろう。
続く試験は、ロボットアーム操作試験だ。
個室に入り、インストラクタと共にPC画面の前に座る。机上には並進と回転を操作できるコントローラが2個設置されている。
事前に一般的な説明書が配布されていたので、基本事項は予習した上で試験の説明を受ける。
あらかじめ予習をしたのは、例えば、6軸(X, Y, Z, Roll, Pitch, Yaw)の座標系の考え方や、一人称視点と三人称視点の2種類の視点による座標系の違いなどだ。 自分がスペースシャトルの操縦席にいて、ロボットアームを操作するシーンを思い浮かべてもらいたい。
一人称視点というのは、例えば、ロボットアームの先端に自分が乗っている視点だ。 三人称視点というのは、スペースシャトルに固定されている視点だ。
+X方向へ移動させると、一人称視点ではロボットアームの先端が前に進むのに対し、三人称視点ではスペースシャトル後方へ進むことになる。 どちらの視点であっても、瞬時に頭を切り替え、間違えず操作できる能力が測られる。
試験はいくつかのパートに分かれていた。その一部を紹介しよう。
Task A
3つの異なる角度からのカメラ画像を見て、ロボットアームでモノを把持している状態を見て、ぶつかっている可能性のあるものを識別するタスク。確実に、周囲の構造とのクリアランス(隙間)が確認されていれば、ぶつかっていないと判断できるが、そうでないものはぶつかっている可能性があるものと判断する。
宇宙では、大気がないため遠近の判断が非常に難しい。2体の物体のどちらが手前でどちらが奥にあるかわかりにくいのだ。感覚だけではぶつけてしまう可能性があるため、複数のカメラを使って確実にクリアランスがあることを確認する必要がある。
秒速8kmで動いているもの同士の衝突は大事故であり、また破片が出るようなことがあれば、1周回って再び自分たちを襲ってくる可能性のあるデブリ(宇宙ゴミ)を発生させてしまうこととなる。
Task B
色分けされた、ボックスが2種類。最初の状態と、最後の状態が描かれており、最初の状態から最後の状態まで、位置と角度を合わせるタスク。一人称視点パートと三人称視点パートに分かれている。さらに、このTaskでは、操作しても実際にはボックスは動かない。つまり、脳内イメージのみで操作するのだ。
動きが目で見えないだけに、インプットを間違えないよう、集中して慎重に確実に操作することが求められる。
Task C
最も難易度の高かったタスク。3軸同時に、与えられた指示どおりに動かしていくタスク。 これまでは1軸ずつ順番に操作すればよかったが、このTaskでは同時に3軸を操縦しなければならないマルチタスクだ。
1回目は散々だった。1軸に集中しすぎると、他の2軸を動かすのが遅れてしまう。しかし、2回目になるとコツをつかみ、まずまずコントロールできるようになった。訓練すれば上達が見込めることが示せたはずだ。
ロボットアームのみならず、パイロット的な操縦能力も測られる試験だった。実際のロボットアームのコントローラが使用されていることからも、実践的であることに加え、時間制約/正確性/マルチタスクの能力測定をも兼ねる創意工夫が凝らされたタスクが組まれていた。まさに宇宙飛行士に求められる重要なオペレーション能力を測る超実践的試験といえる。
宇宙飛行士はロボティクスの操作能力をレーティング(格付け)されている。
これらの試験でも、受験者が行う細かなコントローラへのインプットがすべて記録されている。正確性や反応速度、さらに、無駄のないインプットか、インプットの滑らかさなどの詳細データが取得でき、その分析が可能だ。おそらく詳細な能力評価に使用されているのだろう。上達度も測れば、その人の持つオペレーションセンスが見えてくるだろう。
パイロットはこのような操縦能力を訓練されているため、かなりのアドバンテージがあっただろう。ぼくは、ロボットアームの知識があったことと、頭の中で3次元図形を扱うことが得意だったこともあり、パイロットに匹敵する成績が取れていたのではないかと密かに思っている。
実際には、点数も公表されることはないし、1人ずつ個室で行ったため他者との比較すらできなかったので、勝手にぼくが手応えを感じただけなのだが(笑)
NASA宇宙飛行士ボード面接
ぼくが面接のために、面接が行われる部屋に向かうと、江澤さんとNHK撮影クルーが戻ってくるところだった。軽く挨拶を交わす。
(えっ、ぼくにはNHKの撮影クルーはつかないんだ・・・)
などと、凹んでいる場合ではない。 めちゃくちゃハードな面接がこれから始まるのだ。集中しよう。
Astronaut Selection Board (ASB)と呼ばれるボードメンバーによる面接は、ここJSCで行われる試験で最も重要と言って良いだろう。NASAのASCAN(宇宙飛行士候補者)選抜でもファイナルメンバーに対して行う面接試験と同じものをJAXAの最終選抜メンバーにも行うのだ。
当時の宇宙飛行士室の室長スティーブン・リンゼイさんを筆頭に、ボードメンバー10名に、土井飛行士と柳川事務局長がオブザーバーとして参加していた。
ぼくは、いわゆる日本人の面接とは大きく異なる雰囲気を感じていた。
NASAでは3,4年に一度、定期的に宇宙飛行士を募集しており、その最終的なセレクションに大きな権限を有するボードメンバーが面接をする。直近でも、新たに選ばれたASCANたちの面接をしたはずだ。宇宙飛行を4回もしている室長をはじめ、ボードメンバーの大半は現役宇宙飛行士だ。
まずは「今君がここにいる理由は?」から始まり、その後は、高校生からの半生をたっぷりと語らせるのだ。そこから質問の嵐だ。
チンケな圧迫面接的な要素は一切ない。口調は極めて穏やかで丁寧だ。質問内容も、ひとつひとつは取るに足らない質問も多い。ただ、その中から、受験者の人となりを感じ取り、これまで生きてきた生き方を垣間見、信頼のおける人間なのか、命を任せられる人間なのかをじっくりと見定められているかのような、そんな面接だった。ボードメンバーの目力がすごかったことを今でも鮮明に映像で覚えている。ぼくの答える様子やそぶり、言外から出るものすべてを感じ取ろうという本気のまなざしだった。
時間はなんとたっぷり1時間。 以下のような質問を受けた。
・高校での部活は?
・高校生活での印象的なイベントは?
・大学を選んだ理由?進学先を選んだ理由?
・大学での研究は何をしたか?
・大学でのアルバイト経験は?
・海外旅行はどこへ行ったことがある?
・趣味は?どのくらいのキャリア?
・危機を脱した体験は?
・キャンプ経験は?そのとき乗っていた車の車種は?
・親、兄弟は何をやっている?
・手先の器用さは?
・これまで経験したBest Teamは?Worst Teamは?
・仕事歴。転職について、どちらがどう好きか?
・今の仕事は?HTVは順調か?
・宇宙飛行士として何をやりたい?
・JAXAでの閉鎖環境試験はどうだった?
例えば、「キャンプの経験は?」での会話はこんな感じだ。
「学生のころに、北海道を、車中泊やキャンプをしながら1週間横断旅行しました。」
「北海道というのはどういうところ?」
「日本の北にある島で、大自然に囲まれた広い大地です。1週間で2000km走りました。」
「へえ2000km?車の車種は?」
「日産のSUVです。」
「キャンプでは何をしたの?」
「サケを焼いたり、チーズフォンデュを作ったり。山奥の天然温泉にも入りました。熊に遭わなかったのはラッキーでした。」
「(笑)」
「危機を脱した体験は?」というやりとりでは、
「ダイビング歴の長い友人たちに交じってダイビングした際、海底で中性浮力調整をした時にレンタルしたBCDの調子が悪く、エアを入れると入れっぱなしになってしまうことに気が付きました。浮力を調整すると急浮上の危険があるので、岩にしがみつき、周囲には身振りでBCDの故障を伝え、なんとか乗り切りました。」
とダイビング中の危機一髪エピソードを披露することができた。我慢してダイビングをやっていた甲斐があった。
英語力の問題で、言いたいことの1/10程度しか伝え切れていないという歯がゆさがありながらも、とにかく一所懸命しゃべり続けた。何にしても、10人の宇宙飛行士を含むNASAボードメンバーが、ぼく自身の話をこんなにもじっくりと聞いてくれるのだ。こんな経験は二度と出来ない。
ごまかしのきかない1時間という長丁場、よくやった方だったと思った。 仕事上で知っていた宇宙飛行士室副室長のサニー・ウィリアムスが面接後、「英語、良かったよ」とわざわざ声をかけにきてくれた。励ましもあるだろうが、最低ラインはクリアできたかな、と安堵した。
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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません
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<著者紹介>
内山 崇
1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。
Twitter:@HTVFD_Uchiyama