人工知能は宇宙探査に革命を起こすのか?宇宙兄弟

《号外》宇宙人生ー人工知能は宇宙探査に革命を起こすか?

2016.03.14
text by:編集部コルク
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《号外》人工知能は宇宙探査に革命を起こすか?
人工知能ソフト「AlphaGo」が囲碁チャンピオンに3連勝したことが話題になっています。
『宇宙兄弟』にも人工知能を搭載したロボット”ブギー”が登場しますね。彼も、ムッタたちと一緒に月面を探索するメンバーの一員です。現実の世界でも、人工知能を使った宇宙開発は行われているようです。 そこから、実現可能になる未来とは? また、その開発が難航している理由とは…?
NASAで働く技術者である小野雅裕さんによる、現在の宇宙開発における人工知能の研究を、分かりやすくお届けします!

アルファ碁の一件で、人工知能が大きな話題になっている。人工知能といわれてまず思い浮かぶのが、名作中の名作『2001年宇宙の旅』に登場するHAL9000ではなかろうか。人間に勝る知能を持ち、宇宙船ディスカバリー号による木星ミッションに「第6の乗組員」として参加するが、途中で反乱を起こして乗組員を殺害する。最後は生き残ったボーマン船長によって機能を停止させられるのだが、HAL9000が消えゆく意識の中で「デイジー・ベル」を歌うシーンは、この映画で最も印象的な場面のひとつではなかろうか。

若い読者にとっては、『宇宙兄弟』に登場するブギーや、『インターステラー』のTARSの方が馴染み深いだろうか。

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実は現実の宇宙探査においても、既に人工知能は一定の役割を果たしている。もちろん、HAL9000のような人間並みの知能からは程遠い。しかし今後はさらに大きな役割を担うことが期待されている。本号外記事では、宇宙探査における人工知能の最前線と、人工知能が今後の宇宙開発をどう変えていくかについて、一般の方にもわかりやすく解説したいと思う。

火星では12年前から自動運転が実用化されている!?

ご存知のとおり、ここ数年で自動車の自動運転技術が実用化に大きく近づいており、Googleは公道での試験も始めている。

実は火星では、自動運転は12年も前から実用化されている。2004年から火星を走っている2台の火星ローバー、スピリットとオポチュニティーには、AutoNav(オート・ナヴ)と呼ばれる自動走行機能が搭載され、使用されているのである。2012年に着陸した最新ローバーのキュリオシティーにも、もちろんAutoNavは搭載されている。

地球と違って、火星には道路交通法なんてない。残念ながら火星人はいなさそうなので、人をはねたり、他の車とぶつかったりする心配もない。その点では、火星での自動走行は地球よりも簡単と言える。しかし一方で、火星人が親切に道路を舗装しておいてくれているということも残念ながらない。常にオフロードである。だから、岩や穴を認識して避ける機能が必要になる。その点では地球よりも難しいともいえる。

火星ローバーには、人工知能による「科学者」も搭載されている。AEGIS(イージス)と呼ばれるアルゴリズムなのだが、これは走行中に科学的に面白そうな岩を判別し、その写真を撮ることができる。なぜこれが重要かというと、火星から地球へ送れるデータ量は限られているので、走行中に撮った写真をすべて地球へ送ることはできない。すると、途中に偶然あった科学的に重要なものを見過ごしてしまう可能性がある。AEGISを使うことによって、データ量に制約されることなく、より大きな科学的成果を挙げることが可能になったのである。

宇宙における人工知能の歴史は、実は1998年にまで遡る。Deep Space 1という、技術実証と彗星探査を兼ねた無人探査機に、Remote Agentと呼ばれる人工知能が搭載されていたのである。僕のMITでの指導教官だったBrian WilliamsがNASAにいたころに作ったこのアルゴリズムは、人間の指示なしにアクティビティーを計画したり、故障診断をしたりする機能を持っていた。Remote Agentから派生したアルゴリズムは、現在もさまざまな宇宙探査ミッションに用いられている。

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はじめて人工知能が搭載された宇宙探査機、Deep Space 1。(Image: NASA)

宇宙における人工知能の難しさ

既に囲碁のチャンピオンを破るほどの人工知能が出現したのだから、すぐに宇宙開発においても、人工知能が宇宙飛行士や地上の管制官に取って代わるだろう、と思われるかもしれない。

残念ながら、そう話は簡単ではない。何が難しいか。理由は主に二つだ。

ひとつは、宇宙探査機に搭載されているコンピューターが非力であることである。たとえば最新の火星ローバー・キュリオシティーに搭載されているRAD750と呼ばれるCPUは、1990年代のマッキントッシュに搭載されていたPowerPC 750の宇宙版である。クロック数は200 MHz、メモリはたったの256MBだ。

現在市販されているパソコンは、クロック数が2~3 GHz, メモリが4~16 GBといったところだろう。10倍以上の開きがある。単位からして、メガではなくギガである。しかも市販のパソコンのCPUはマルチコアが当たり前の時代だ。計算性能は、簡単には比較できないが、10倍どころの差ではない。

どうして宇宙探査機にはそんな前時代的なコンピューターが積まれているのだろうか。理由は放射線だ。コンピューターが放射線を浴びると、誤作動が起きる可能性がある。だから、放射線に強い特別なCPUが必要になる。その開発には時間とコストがかかるし、また繰り返し放射試験を行い、放射線耐性を実証する必要がある。そのため、宇宙で使われるコンピューターは、市販のコンピューターに比べて1世代、2世代遅れるのが一般的なのである。

二つ目の理由は、信頼性である。もちろん、HAL 9000みたいに反乱を起こすことを心配しているのではない。それでも人工知能が間違いを犯す可能性は十分にある。もし万が一、AutoNavが穴を判別し損ねてローバーが転覆でもしたら、それで2000億円の火星ミッションが水の泡だ。

だから、たとえ人工知能が使用可能であったとしても、可能な限り地上の管制官が全てをチェックし、非常に保守的に運用することが好まれるのだ。

そして人工知能自体も、非常に保守的な設計になっている。少しでも危険な状況になれば、ローバーを停止させ、人間の指示を待つ。

だから実は、火星ローバーがAutoNavによって自動走行する距離は、1火星日(約24時間40分)にせいぜい10から20メートルに過ぎない。もっとも、人間がマニュアルで指示を出して走行する距離も、長くても1日に100メートルである。虎の子のローバーを失わないように、それだけ慎重に運用されているのである。

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火星ローバーに搭載されている自動走行機能AutoNav。(Image: NASA/JPL)

未来のミッションにおける人工知能の役割

前述した困難に関わらず、近い将来の宇宙探査において人工知能はどんどん大きな役割を果たすと僕は思う。いや、果たさざるを得ない、とさえ思う。

次の火星ローバーミッションでは、ローバーはキュリオシティーに比べ、1火星日あたりの走行距離を飛躍的に伸ばすことが求められている。マニュアルで走行できる距離には限界がある。自動走行の距離を飛躍的に伸ばさなければ、この目標は達成できない。

そのために僕は現在、AutoNavの信頼性を高める研究を行っている。機械学習を用いた地形判別と、より高度な経路設計を組み合わせることで、信頼性を妥協せずにアルゴリズムの保守性を減し、より複雑な地形を、安全に走行できるようにすることを目指している。

火星よりさらに遠くを目指すためには、さらに高度な人工知能が必要になる。たとえば遠くない将来、木星の衛星・エウロパの、厚さ10キロにおよぶ氷の下にある地底の海を探査することが検討されている。そこに生命が存在するかもしれないからである。(『2001年宇宙の旅』の続編『2010年宇宙の旅』を読んだ方は、ニンマリされているに違いない。)

火星の地表を走るのと違い、地底の探査は事前に人工衛星で偵察を行うことは不可能である。また、地球との通信も非常に限られる。人間の指示を待っていては氷に閉ざされる可能性がある。高度な人工知能なくしては、そのようなミッションを遂行することは不可能であると、僕は考える。

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将来のエウロパの地底の海の探査の想像図。(Image: NASA/JPL)

僕が行っているもうひとつの研究が、Resilient Spacecraft Executive (RSE)と呼ばれる人工知能である。Resilientとは「しぶとい」「回復力のある」といった意味だ。たとえば、映画『ターミネーター』で、ロボットが足をもがれ、片腕を失っても、しぶとくサラ・コナーを追いかけてきた。僕たちが目指すのは、状況に応じて的確な判断を下すだけではなく、まさにターミネーターのように、もし探査機の一部が故障しても、人間の指示を待たず、残された機能だけでできる限りミッションを継続する人工知能である。(*ミッションは人類を抹殺することではないのでご安心を。)

RSEはまだ初期の研究段階で、実用化には長い時間がかかる。先述したように、宇宙探査は失敗した場合のコストが膨大なので、非常にリスク回避的で、新技術が採用されるまでには長い時間が必要になるのが常である。

しかし、宇宙においてまだ誰も行ったことのない場所を探査するには、技術革新が必要なのはもちろんだ。エウロパの地底の海を見てみたい。月や火星の洞窟を探検したい。タイタンのメタンの海を航海したい。そしていつの日か、地球外生命体に出会いたい。その発見は我々の宇宙観だけではなく、地球のエコシステムへの見方も根底から覆すだろう。そしてその重要な鍵を握るのが人工知能であると、僕は考える。

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コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

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〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
第11回<後編>:宇宙でエッチ
《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?
第12回<前編>:宇宙人はいるのか? 「いないほうがおかしい!」と思う観測的根拠
第12回<中編>:宇宙人はいるのか? ヒマワリ型衛星で地球外生命の証拠を探せ!
第12回<後編>:宇宙人はいるのか? NASAが本気で地球外生命を探すわけ
第13回:堀北真希は本当に実在するのか?アポロ捏造説の形而上学
《号外》火星の水を地球の菌で汚してしまうリスク
第14回:NASA技術者が読む『宇宙兄弟』
第15回:NASA技術者が読む『下町ロケット』~技術へのこだわりは賢か愚か?
第16回:NASAの技術者が観る『スター・ウォーズ』〜宇宙に実在するスター・ウォーズの世界〜
第17回:2016年注目の宇宙ニュース
《号外》太陽系第9惑星が見つかった!?話題のニュースを徹底解説!
第18回:NASA技術者の日常 〜平日編〜