《第11回》宇宙人生ーーNASAで働く日本人技術者の挑戦(前編) | 『宇宙兄弟』公式サイト

《第11回》宇宙人生ーーNASAで働く日本人技術者の挑戦(前編)

2015.07.27
text by:編集部コルク
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《第11回》
宇宙でエッチ《前編》
「宇宙でしたカップルって、今までにいるのかなあ。」宇宙を飛んだ人は500人以上いるけれど、宇宙で生まれた人は、ただの一人もいない。『宇宙でエッチ』人類史上初の宇宙での生殖の試みを、誰がやるのか。NASA技術者の小野雅裕が想像する未来とは…?

 
今までに宇宙を飛んだ人は500人以上もいます。まだお金持ちに限られてはいますが、観光で宇宙に行く人もいます。1年以上の長期にわたって宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士もいます。

しかし、宇宙で生まれた人は、ただの一人もいません。

アフリカの片隅で誕生した人類は、同じ場所にじっとしていられずにウジャウジャと拡散し世界中にはびこったわけで、いづれ宇宙にもウジャウジャとはびこるのが定めというものでしょう。そのためには、宇宙で人が生まれ、生き、そして子孫を残す、そのサイクルを確立する必要がある。そうしてはじめて、人類は真に宇宙に進出したと言えるでしょう。

でもそのために、避けては通れないことがひとつあります。あれです。そう、それです。

男が3人集まると猥談が始まるのは世界万国共通ですが、MITに留学中に研究室の友人たちとランチを囲みながら、こんな話になったことがありました。

「宇宙でした、、カップルって、今までにいるのかなあ。」

公式には誰もいないことになっています。実際にはどうか、それは本人にしかわかりません。でもスペースシャトルSTS-47では夫婦の宇宙飛行士が一緒に宇宙を飛んでいますし、宇宙ステーションで男女の宇宙飛行士が長期間生活を共にすることも珍しくありません。大学のサークルの合宿に行くと夜こっそり消えるカップルが必ずいるわけで、「宇宙飛行士だって人間だもんねえ、かくかくしかじか」という猥談を食堂で繰り広げていたわけです。
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「NASAは何かを隠しているに違いない」と思われる読者の方も多いでしょう。残念ながら僕は何も知りません。いや、本当に。だってそもそも僕のいるジェット推進研究所(JPL)は無人探査が専門ですから。余談ですが、昔JPLの面接で「もし1億ドル好きに使ってよかったらどんな研究をしたいか」と聞かれたので、僕は思いつきで「セックスして繁殖するロボットを火星にはびこらせて火星探査を指数関数的に進展させます」と答えました。その時は落とされましたが、理由がこのせいかどうかは僕の知るところではありません。

そういえば先月にアメリカのポルノ会社が、宇宙でそういうビデオを撮影するためのクラウド・ファンディングを立ち上げて話題になりました。その名も”Sexploration”(冒険、explorationを掛け合わせた造語)。女優と男優ももう決まっていて、バージン・ギャラクティックのような民間サブオービタル・フライトを使い、5分程度の無重力の間にするのだとか。まあこれは笑い話なのですが、でもやはり真面目に研究する必要はある。間違いなく、これは重要かつ難しい問題だからです。

重力がそれなりにある火星や月ならば、まあ何とかなるでしょう。でも重力が殆どない宇宙ステーションや小惑星では、どんなに重い物だってチョンと押せば動いてしまうし、その反作用で自分自身も逆向きに飛んでいってしまいます。そんな環境で事を成すことがどれほど難しいか、ぜひ読者諸兄の豊かな想像力で考えてみてください。

この問題を解決するために、10年ほど前にヴァナ・ボンタというアメリカの女性小説家が2suitなる服を考案しました。相手の2suitとファスナーやマジックテープで結合できる仕組みになっていて、カップルがこれを着ることで無重力でもお互いの体を固定できます。History Channelというテレビ局が興味を持ち、2suitを試作して、飛行機による無重力フライトで実験を行い、その模様をThe Universe: Sex in Spaceというなんとも直接的なタイトルで放送しました。実験に参加したのはボンタ自身と彼女の夫です。とはいえ全米の良い子が見るチャンネルですので、キスまでだったそうなのですが。

魚や両生類ならば既にいろいろと実験がされています。僕の世代の宇宙少年ならば、向井千秋さんが1994年に宇宙に行ったときに「宇宙メダカ」の実験をしたことを覚えている方は多いのではないでしょうか。コスモ、元気、夢、未来と名づけられた雌雄4匹のメダカくんたちは2週間のフライトの間に卵を産み、子メダカたちが宇宙で誕生したのでした。これは脊椎動物も無重力で繁殖できることを実証した点で非常に重要なのですが、しかし。

お魚さんもカエルくんも、エッチをしません。イクラの上に醤油をかけるがごとく、オスはメスが産んだ卵の上に精子をふりかけるだけです。(もしも魚が知的生命に進化していたら、彼らのエッチな本には裸のメスではなく産みたての卵の写真が載っていたかもしれませんね。)それに、魚にできることが哺乳類や人間にもできるとも限りません。

そこでネズミくんの出番です。2013年より理研の若山先生のグループが、国際宇宙ステーションの日本モジュール「きぼう」に冷凍したマウスの精子を持っていって、5ヶ月から2年の後に地球に持ち帰りました。その精子を卵子と人工授精させたところ、ちゃんと元気な子ネズミが生まれたとのこと。別のグループは2009年に宇宙ステーションで91日間マウスを飼育し、生殖機能への影響を調べたりしました。

このように、宇宙での生殖というテーマは既にいろいろと研究が進んでいます。ですがやはり、まるで小学校の性教育のように、肝心な部分、、、、、がスッポリと抜けています。

その肝心な部分を誰がどうやって実験するのか。もうちょっとストレートに申し上げますと、宇宙にカップルを打ち上げ、エッチから出産まで、人類史上初の宇宙での生殖の試みを、誰がやるのか。

そのお話は、後編ですることにしましょう。
(『宇宙人生』【第11回】宇宙でエッチ《後編》へつづく)

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コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

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〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
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