宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

小さな一歩/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載15

小さな一歩/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載15

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう
(寺山修司『ロング・グッドバイ』より)

アポロはどうして月に行けたのだろうか?

考えてほしい。アポロ11号が月着陸を果たした1969年といえば、ケータイもデジカメもカーナビもなく、電子レンジやエアコンすらほとんど普及していなかった。人々はレコード盤でビートルズを聴き、カラーテレビを持っているお金持ちの家にクラスメイト全員が集まってウルトラマンや長嶋茂雄を見ていた。飛行機は東京からニューヨークまで直行できずアラスカで給油する必要があり、コンピューターは一般人には縁遠く、電卓すら数十万円するデカブツだった。「捏造説」を信じる人がいるのも、無理はないかもしれない。なぜそんな時代に、人類は月へ行くという大事業を成し遂げることができたのだろうか?

宇宙飛行士の活躍によるものだろうか? たしかに、勇敢で頭の切れる宇宙飛行士のとっさの判断がミッションを救ったことは度々あった。だがもちろん、宇宙飛行士だけの力で月に行ったわけではない。

政治的要因によるものだろうか? たしかに、冷戦やケネディー大統領のカリスマ性がなければアポロ計画は始まらなかっただろう。とはいえ、政治家が予算を付けたりマイクに向かって喋るだけで魔法のように宇宙船やロケットが現れるわけでもない。

アポロには40万人もの人が携わっていた。技術者や科学者だけではなく、縁の下で支える事務員、建設作業員、運転手なども大勢いた。40万人が誇りと責任を持って、人類を月に送るという一つの目標に向かい働いていた。

こんな逸話がある。1962年、ケネディー大統領がNASAを視察に訪れた時、廊下にホウキを持った清掃員がいた。ケネディーは視察を中断して話しかけた。

「あなたは何の仕事をしているのですか?」

彼は胸を張って誇らしげに答えた。

「大統領、私は人類を月に送るのを手伝っています!」

なぜアポロが月に行けたのか? その鍵は、政治家の名演説よりもむしろ、現場の技術者の創造性の中にあるのではなかろうか? 月を歩いた12人の宇宙飛行士の華やかな活躍よりもむしろ、無名の40万人の泥臭い努力の中にあるのではなかろうか?

だから本章では、アポロを底辺から支えた技術者たちを主役に据えてアポロ計画を描いてみようと思う。テレビで語られる宇宙飛行士の英雄伝だけではなく、彼ら彼女らが酒の席で友人に愚痴ったような苦労談を書いてみようと思う。トップダウンではなくボトムアップの視点から、「なぜアポロは月へ行くことができたのか?」という問いへの答えを探ってみようと思う。

本章の⼆⼈の主役。
左:マーガレット・ハミルトン、右:ジョン・ハウボルト(Credit: NASA)

たとえば、ジョン・ハウボルトというNASAラングレー研究所の技術者がいた。つり上がった眉、ギョロッとした目、下がった口角。頑固を絵に描いたような顔だった。無名の彼はある「常識」に対してNASA上層部に異論を唱え、別の斬新なアイデアを頑固に主張した。身の程をわきまえない行為だと批判された。だが結果的に、そのアイデアなくしては「1960年代が終わるまでに人類を月へ送る」というケネディーが掲げた目標は達成不可能だった。

またたとえば、マーガレット・ハミルトンというMITの若き女性プログラマーがいた。丸メガネと肩の下まで伸ばしたくせ毛が、温和そうな顔をより一層穏やかに見せていた。彼女は「ソフトウェア」という言葉すらなかった時代に、ある革新的なソフトウェアを開発した。それはアポロ11号を着陸直前の危機から救うことになった。

二人にとってアポロは戦いだった。技術的困難との戦いであり、時間切れとの戦いであり、常識との戦いであり、権威との戦いであった。そこには数式と図面と実験だけではなく、駆け引きがあり、喜怒哀楽があり、人間ドラマがあった。これから描くのは、その戦いの軌跡である。

 

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物は