千羽鶴の絆
最終選抜試験の閉鎖環境試験、ファイナリスト10人で折った折り鶴。10人で千羽鶴を完成させ、「最初に宇宙に行く人はこれを一緒に宇宙に持って行ってもらおう!」と約束した。 当時はまだ誰になるか分からなかったその人に向け、10人それぞれがメッセージを添えた。
もうそんな記憶も薄れかけていた2018年の年始。それぞれに多忙で、しばらくみんなで集まる機会がなかなか取れないでいたが、久しぶりにファイナリストで集まることになった。場所は、いつもの江澤邸だ。
油井さんの宇宙ミッションでの体験話は驚きの連続だった。
「訓練で8G(体重の8倍がかかるG)をかけたが、「まあ、こんなもんか」というくらいの感じだった」、「これまで乗り物酔いは経験したことがなかったけど、宇宙酔いになって驚いた。でも一晩ゆっくり寝たら翌朝には治った。」など、油井さんが語る宇宙体験は、テストパイロットの経験の少し延長くらいだったように聞こえた。
実は、油井さんの搭乗したソユーズ宇宙船は、宇宙ステーションヘ向かうとき、片方の太陽電池パドルが開ききらなかった。また、帰還時は、全体の計画の都合上、真冬の夜に着陸という最悪条件での帰還となった。ぼくだったら、「実は、裏では色々と大変だったんだよ〜」と言ってしまうところだが、油井さんは「いや、全然大丈夫でしたよ」と軽く笑い飛ばすのだ。
肌で感じていた油井さんの底知れぬ実力、肉体的そして精神的なタフさは、航空自衛隊で人間の限界に挑み乗り越えてきた修羅場の数々で積み上げられてきた経験によるものなんだな、と自分との大きな差を痛感した。
そんな貴重な宇宙体験談に加え、油井さんからファイナリスト全員へのサプライズプレゼントがあった。油井さんは、『あの時の約束』を果たしてくれていた。
ファイナリスト10人が折った鶴を、約束どおりISSに持って行ってくれていた。そして、その10羽をキューポラ(ISSの出窓)で舞わせ、それを写真に収めていた。そして、それぞれの折り鶴には、ISS搭乗証明のハンコが押されていた。その美しい写真とISS搭乗証明印が押された折り鶴をセットで、プレゼントしてくれたのだ。
9年前に10人で必死に折った鶴。
到底終わらない制限時間を課せられた中、絶対に千羽鶴を完成させようと、意地になって早朝や夜の空き時間を使って10人みんなで完成させた千羽鶴。 あのときの記憶が鮮明によみがえる。たまたま試験の題材になった折り鶴に、ぼくたちは願いをかけた。
合格発表の日、会見後に10人で集まったのと同じ場所。
その同じ場所に、9年前に置いてきたぼくたちの夢を、宇宙から帰ってきた油井さんが宝箱に入れて持ち帰ってきてくれた。
10羽が宇宙に羽ばたいているなんとも美しい写真。
油井さんはぼくたちの約束をしっかりと守り、そして誰にも言わず、このときのために大切に取っておいてくれたのだ。
油井さんはこれを撮るのにとても苦労したと笑っていた。キューポラで10羽を舞わせ、その10羽とも重ならずにきっちり写真に収めるのに、何十回も撮り直したそうだ。
こんなにも美しく想いの詰まった写真はあるだろうか?
ぼくたちファイナリストの想いが宇宙に届いた。
新世代おおとり 金井ミッション(2017~2018)
2017年12月、ぼくはリードフライトディレクタを務める「こうのとり」7号機ミッションの準備をしていた期間だった。ちょうど6号機と7号機の狭間で、担当する7号機ミッションまでまだ時間があることもあり、金井ミッションの支援業務にアサインしてもらえることになった。
支援内容は、モスクワにあるツープ管制室で、打ち上げからドッキングまでの安全監視と情報連絡を行うというものだ。油井さんも一緒の4人のチームで支援にあたった。ソユーズ宇宙船の勉強と事前の訓練リハーサルを行い、万全の体制でミッションに臨んだ。
ぼくにとって初めてのモスクワだった。
ビザ申請、予防接種を行い、12月のモスクワということで寒がりのぼくは、防寒のための靴を新調し、上着はスキーウェアを用意した。
打ち上げとソユーズ宇宙船の飛行は、極めて順調だった。
ぼくは、モスクワ郊外のコロリョフ市にあるツープ管制センターから支援を行った。油井さんを含むロシア語ループ担当2名と、英語ループ担当2名の布陣。不具合発生時には2グループに分かれて対応することになっていたが、幸いそのような事態は発生しなかった。
ぼくはランデブ宇宙船目線で、ソユーズ宇宙船の凄さを目の当たりにした。50年の歴史と経験にに基づいて洗練された大胆な飛行計画に触れられて、勉強になった。
金井さんは、長期滞在中、EVA(船外活動)の機会にめぐまれた。自分専用の宇宙船とも言える船外宇宙服(EVAスーツ)を着て、まさに身ひとつで宇宙空間に飛び出し、宇宙遊泳(英語では“Spacewalk”)する”EVA”は、宇宙飛行士いちばんの花形だ。
金井さんが担当したのは、ISSのロボットアームの先端部(LEE)を予備品と交換するEVAだ。このLEEは、宇宙船をキャプチャ(捕獲)する際に、毎回駆動させる部分であり、宇宙船の往来が増え、機械的な把持機構部分にへたり等が観測されていた。そのため、予備品と交換するという計画的作業だった。「こうのとり」が確立した、ランデブキャプチャ方式を、米国企業の宇宙船がこぞって採用していることもあり、このLEEの交換作業は、今後予定よりも長くISSを維持運用していく上でとても重要だった。
CAPCOMとして地上から支援した星出飛行士からは、「208回目のEVA、素晴らしい作業でした。金井さん(NEMO)はEVAを行った220人目の宇宙飛行士となりました。お疲れ様でした。」と賛辞が送られた。
そして168日間におよぶISS長期滞在ミッションを終え、2018年6月3日、金井さんがISSから再び地上に帰還することとなった。この金井さん帰還のパブリックビューイングがつくば宇宙センターのスペースドーム内で行われることになった。ぼくはその技術解説を行う説明員として登壇することになった。
日曜の夜21時~22時という時間帯にもかかわらず約130名も集まってくれて、嬉しいことに子供たちの姿も結構みられた。ぼくは金井さんとのエピソードなどを交えながら、みんなと一緒に金井さんの帰還を見守った。金井さんが搭乗したカプセルの姿がパラシュートと共にとらえられた瞬間、そしてカザフスタンの草原に着地した瞬間、金井さんがカプセルから現れた瞬間にはそれぞれ大きな拍手が湧き起こった。
新世代宇宙飛行士のおおとりである金井ミッションには、色々な形で関わることになった。
金井さんがISSへ旅立つ2ヶ月前に行った「SPACE MEETS YOKOHAMA きぼう、その先へ」では、5000名を集客した新世代宇宙飛行士3人そろい踏みの大イベントとなった。打ち上げ時には、モスクワから油井さんと一緒にミッション支援。また、ミッション中には、福井の子供たちとISSにいる金井さんとの交信イベントにも参加。そして、最後はこの帰還パブリックビューイング。ぼくの宇宙飛行士挑戦を締めくくる集大成かのごとく、イベント目白押しだった。
新世代宇宙飛行士3名全員が、ISS長期滞在ミッションを完璧につとめあげ、宇宙ミッション実績のあるリアル宇宙飛行士となった。
「大きな区切りがついた」
そんな感情がぼくの中に沸きあがり、ぼくの中の炎がふっと消えるのを感じた。
このときぼくは42歳、選抜試験からちょうど10年という月日が流れていた。
2018年は、リードフライトディレクタをつとめる「こうのとり」7号機ミッションの準備で大忙しだった。リードフライトディレクタは、いわば「こうのとり」の船長であり、80名の管制官チームを指揮し、ミッションの準備から実行までの一切を取り仕切る責任者だ。
ぼくには当時7歳の息子と4歳の娘がいた。
ぼくが宇宙の仕事をしていることは理解していて、海外出張などでしばらく家を空けたりするため、ごく自然とちょくちょく宇宙に行っていると思っていた。
ミッションに向けた準備でまともな時間に帰らない日が続く中で、朝のニュースで「こうのとり」7号機が打ち上っていくシーンが流されたのを見て、4歳の娘が涙を流したそうだ。
パパが「宇宙に行ってしまった」と思って悲しくなったのだそうだ。
まだ4歳の娘が「宇宙に行く」ということがどういうことか、感覚的に理解していたのだ。
ぼくはそれを聞いて、胸が締め付けられる思いがした。
そして、ぼくが本気で叶えようとした夢にかけたこの想いを、ぼくが宇宙飛行士にチャレンジしたこの貴重な経験を、次の世代の人たちに伝えたいと思うようになった。
ふわふわしていたぼくの夢の次の行き先がなんだか見えてきた気がした。
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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません
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<著者紹介>
内山 崇
1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。
Twitter:@HTVFD_Uchiyama