漫画の制作も酒造りも〝キャラ〟の声を聞くことが大事 ──「Fermentopia 2023」レポート | 『宇宙兄弟』公式サイト

漫画の制作も酒造りも〝キャラ〟の声を聞くことが大事 ──「Fermentopia 2023」レポート

2023.07.12
text by:編集部コルク
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2023年6月6〜11日にわたって、発酵文化をテーマにしたイベント「Fermentopia 2023」が開催されました。主催は、全国的人気を誇る日本酒「No.6(ナンバー・シックス)」シリーズを生み出した、秋田県の新政酒造。6~9日の「アカデミック・フェーズ」は、東京ミッドタウン八重洲でさまざまなシンポジウムやワークショップを実施。10・11日の「フェスティバル・フェーズ」は、CITABRIA BAY PARK Grill&Bar(東京・豊洲)で新政のお酒と素晴らしい料理と音楽が楽しめるという、一大イベントです。

6月6日の夜には、シンポジウム「”宇宙兄弟”鼎談会~創造の源泉にせまる~」と題して、小山宙哉さんが登壇。株式会社コルク代表・佐渡島庸平さんの司会の元、新政酒造8代目蔵元の佐藤祐輔さんとのトークを繰り広げました。その模様を詳しくレポートします。

漫画の制作も酒造りも、〝キャラ〟の声を聞くことが大事

日本酒をはじめとする発酵飲料や発酵食品のイベントということもあって、まず新政酒造の日本酒での乾杯からスタート。実はこのお酒、2023年秋に限定発売予定の『宇宙兄弟』コラボ日本酒で、皆さんよりも一足先に、原作者の小山さんが味わうこととなりました。

スパークリングとして仕上がるちょっと甘口の日本酒ということで、小山さんも「本当に美味しいですね」と絶賛。乾杯に使われた器も、「Fermentopia 2023」のオフィシャル酒碗で、日本酒を美味しく味わうために作られたのだとか。東京・青山にあるギャラリー「TENSHUDO(天酒堂)」でも購入できるそうです。

まずは、小山さんと佐藤さんが「作業をする上での、自分なりのこだわり」について語ります。

「僕の場合は、ストーリーから考えず、完全にキャラクターを中心に考えていくことにこだわっています。漫画には、ストーリーや設定が際立っている作品と、キャラクターが際立っている作品があると思うんですが、僕の漫画はキャラクター寄りですね。最初に大まかなストーリーを考えてはいるんですが、描いたキャラクターがどう動いていくかで先の展開が決まってくる」と小山さん。

具体例として、「ムッタの弟・日々人が、一旦NASAを去るんですよね。その後、ロシアで訓練してロシアの飛行士として宇宙に行くことが決まった時に、NASAに挨拶しに行くんですよ。そこは特に計算せず、日々人にどうしたいのか尋ねていく感じで描きました。多分、日々人は自分が裏切ったような形でNASAを去ったので、まずNASAの仲間たちに挨拶したいという気持ちになるだろうと」というシーンを上げていました。

NASAの仲間と話すヒビト

『宇宙兄弟』39巻109話より

それを受けて佐藤さんも「日本酒造りはいくつもの工程が同時進行するので、絶対チームプレイでないといけない。基本的に、チームプレイではストーリーは決められないんです。僕らにとって一番重要なキャラクターはお米。米というキャラクターを活かすようなやり方、米を活かすためにはどうするのかを考えて作ります。原則として、あまり関与しすぎたり、科学技術をたくさん用いたりすると、米の個性がなくなって、どの米も同じ味になってしまう。原料というキャラクターを尊重して、酒造りをしています」と発言。

新政酒造8代目蔵元の佐藤祐輔さん

新政酒造8代目蔵元の佐藤祐輔さん

しかし、小山さんが「米の声が聞けるとか?」と聞いたところ、「僕は聞いたことないですね。多分、原料処理担当のスタッフが聞いてると思います」と佐藤さん。酒質の設計は佐藤さんが決めて、現場の日々の酒づくりについては現場の意志を尊重しているのだとか。「長年酒造りに携わっていると、科学的な数値よりも経験から来る感覚で造るほうが上手くいくことがよくあるんです。失敗と思っても、後になって良かったなと思うこともあって、人生と同じですね」と語っていました。

蔵元と杜氏の関係は、編集者と漫画家の関係にそっくり!?

そして話題は、よりよい作品を作るためのこだわりポイントの見極め方に。

小山さんは「日本酒でも味見をすると思いますが、僕もちょっと描いては読む、ちょっと描いては読むという、漫画の味見を繰り返してるんです。すると、ここのシーンは会話が長いなとか、ギャグが続きすぎると面白くないとか、シリアスが続きすぎると嘘っぽくなるとか、肌で感じるんです。『宇宙兄弟』を見てもらうと分かると思いますが、シリアスなシーンには大体ちょっとした外しギャグが入っています。真剣になりきれないっていう僕自身の性格かもしれないけど、そういう外しがあるほうがシリアスな部分も引き立つなって感じるんです。その感覚が、味見すればするほど鍛えられてきた気がします」と、経験から来る感覚について披露。

小山宙哉

小山宙哉

佐藤さんも「蔵元は、酒造りができなくてもいいから、利き酒は絶対できなければと思っています。このお酒を世に出したらどうなるかが分からないと、経営者として問題でしょう。酒造りそのものはスタッフに任せるけど、いつ火を入れて味の変化を止めるか、どんなタイミングで出すかというのは、僕が全部決めています。スタッフがみんな楽しみながら米と戯れて、一番最初と最後だけは僕が責任を取るという感じです」と、味見にまつわる持論を述べていました。

ここで佐渡島さんが「蔵元の仕事は編集者で、杜氏さんたちの仕事が漫画家かもしれません」と言うと、佐藤さんは「結構近いと思います」と同意しつつ、「今では蔵元と杜氏を兼ねる人もたくさん出てきていますが、上に立つ者は下の人間を自由に仕事ができるようにしないと、現場が活性化しないと思います」と語っていました。

株式会社コルク代表・佐渡島庸平さん

株式会社コルク代表・佐渡島庸平

「リアリティを追求するために取材をしているのか?」という佐藤さんの疑問に、小山さんは「スタッフに調べてもらっています」と回答。ここで佐渡島さんから、「楽勝だ」っていうことを伝えるアメリカのことわざで、日本人が全員分かる単語だけでできてるものを調べてほしいといわれた時が大変だったという苦労話が。

さらに、「カルロくんのギャグをたくさん考えても、全然採用されない」とこぼす佐渡島さん。「オレンジについてのギャグは入れましたよ。オレンジの汁を目に入れたら、何で痛いんだろうって。その答えを考えたんですが、大体のものは目に入れたら痛いってことにしましたね」という小山さんに、佐渡島さんは「日本酒も入れてみます? 絶対痛いですよ」と言って、会場の笑いを誘っていました。

新たな技術を、省力化のために取り入れてはいけない

続いて、作業に必要なツールへのこだわりについての質問では、佐藤さんは伝統的な木桶での酒造り、小山さんはデジタルツールの使い方について話をしました。

今の日本では、ほぼ行われていないという木桶での酒造り。2013年に始めた時には、周囲から「何をやっているのか」と馬鹿にされたという佐藤さん。しかし、「酒は木なんかに入れるもんじゃない」と言っていた人が、木の樽で作っているワインを飲んで「美味しい。香りがいい」と褒めているのを目にして、すべてを木桶での仕込みにすることを決意したそう。その努力が今、実っていると言えるでしょう。

撮影:堀 清英

小山さんも、新政酒造の日本酒にについて「ふるき良き技術と、斬新なラベルデザインの組み合わせが面白いですね」と高評価。佐藤さんは「昔の技法を今に残したいと思った時、昔の味そのものを持ってきても、多分、誰も美味しいとは思わないんじゃないかな、というのはあります。残すべきは技術、連綿と続いてきた文化です。昔のDNAを引き継ごうと思うなら、今の人と共感しうる何かが必要ではないでしょうか。昔の技術を引き継ぎつつ、今の食生活に合う日本酒であるべきで、そのほうが飲む人が過去の技術を身近に感じられるようになると思います」と、酒造りのポリシーを口にしていました。

小山さんがテジタルツールを使い始めたのは、2、3年前のこと。最初は背景部分の作画のみで、キャラクターについては「デジタルで描いても、上手くいかないんじゃないか」と思っていたとか。しかし技術の進歩によって、紙に描いた線の滲み具合まで表現できるようになったのを見て、全面的にデジタル作画を導入したそうです。


<後編に続きます>
「小山さんもびっくり!?うれしいサプライズ企画」

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