インターネットもパソコンもない時代に、日本は世界で4番目に人工衛星の打ち上げに成功しました。そんな華々しい過去を蘇らせるいきおいで、近年、盛り上がりを見せている宇宙ベンチャーブーム!立ち上がった会社の事業は、宇宙ゴミの除去、月探査、地球観測など、分野もさまざま。これからの日本の宇宙事業への期待が高まるエッセイです☆
今回は、日本の宇宙産業はスタートアップの精神に始まり、過渡期を経て、今再びスタートアップの精神に溢れていることをまとめた。
■ 日本の宇宙開発の始まり
敗戦しばらくの間、日本では航空に関する開発、産業、教育も学術研究も一切禁止されていた。日本の宇宙産業の第一歩は、1955年の東大・糸川教授の超小型ペンシル・ロケットの水平発射からスタートしている。
日本の宇宙開発・ロケット開発の父、糸川英夫 Wikipediaより
その後、1957年にロシアが国策として世界で初めて人工衛星を打ち上げたのを横目に見ながら、日本も人工衛星開発に乗り出した。
1970年に、日本初の純国産衛星「おおすみ」の打ち上げに成功した。ソ連、アメリカ、フランスに次いで世界で4番目の人工衛星打上げ国になることができた。
日本初の人工衛星 おおすみ Wikipediaより
しかし、最も驚くべきことは、この打上げに使われたのは、日本の国産純正のロケットであったことだ。
「おおすみ」の打上げに使用された国産ロケット 宇宙科学研究所ウェブサイトより
わずか15年でペンシルロケットは宇宙空間に貨物を運ぶ能力と品質まで高められ、その貨物も自国の人工衛星であった。脅威のスピードである。JAXAもない、予算もない、エクセルもWindowsもパソコンもインターネットもない時代に。
今日現在においても、人工衛星保有国こそ60カ国ほどに広がったが、ロケット保有国は10カ国程度である。
イノベーションと言わずして何と言おうか。これが日本がやり遂げた、宇宙産業の華々しいキックスタートである。
■ 宇宙専業会社の不在
ネクタイ専業メーカーというものをあまりみかけないように、日本の宇宙産業というものは、何か別の主軸製品・サービスを持った会社が、あくまでサブの事業として行っている。
三菱電機、三菱重工業、IHI、NECといった日本を代表する宇宙企業も、宇宙事業が売上に占める割合はわずか数%だ。日本の宇宙産業は全体として下降線なので、成長を見込みにくい。
こういった宇宙事業を抱える大企業の株主の一部からは、資本コストが大きい割に成長の見込めない宇宙事業なんてやめて、他の成長事業に資本を投下すべきという声もある。だから、リスクを究極に低くするために、官需に頼らざるをえない。99 %が官需である。
ネクタイ産業→リスク投資ができない→官需に頼る→成長しない→リスク投資できない→・・
という悪循環が続いている。
■ 産業規模
大手企業において宇宙産業がマイナー事業であるように、日本政府においても宇宙政策というのはマイナー政策である。
現在の宇宙担当大臣は、兼務職であり、内閣府特命担当大臣として、沖縄及び北方政策、クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策と、情報通信技術(IT)政策担当を兼ねて所掌している。だから、宇宙政策に割ける時間が限られる。
それもそのはずで、国内宇宙産業の規模は非常に小さくて、わずか3000億円程度である。国内自動車産業の規模は60兆円である。宇宙産業を一生懸命2倍にしたところで、所詮+3000億円であり、それであれば自動車産業を0.5%増にすることに注力したほうが政策として効率がよい。
世界の宇宙産業規模は約20兆円であり、日本の市場規模は1.5%程度である。人工衛星を4番目に飛ばした国としては寂しい。
産業として見るとどうも成り立っていない。その話を業界に昔からいる方々と話すと、よく聞くのはスーパー301条で苦しめられた日米貿易摩擦の話(人工衛星を輸入せざるを得なかった)、日本の宇宙産業に巣食う足の引っ張り合いなど 暗い話を伺う。
テレビのニュースでは宇宙に関する明るいニュースが取り上げられている。
小惑星まで辿り着いたあとに無事に地球にサンプルを持ち帰った人工衛星「はやぶさ」、若田宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで船長を務めるなど、数々の輝かしい業績もある。
だけど、実際は日本の宇宙産業従事者は減っており、成長はなく、暗い雰囲気が漂っている。
このもやもやした雰囲気はこれからも続くのだろうか――。
いや、僕はそう思わない。
宇宙産業は世界的に自動車や通信といった通常の産業に近くなりつつあり、その流れをいち早く感じた数人の日本人が非常に面白い宇宙ベンチャーを立ち上げているからだ。
■ ノーマライゼーション
この5〜10年ほどで、世界の宇宙産業の潮流は大きく変わってきた。
世界的に宇宙業界はずっと特殊な業界だった。
・国の資金
・国がミッションを決定
・特殊な技術
・特殊な専門家
宇宙事業は国家事業として成立していた。宇宙環境は特殊なので、特殊な技術が開発された。それが時々、地上の業界に革新を引き起こすことになった。セラミックやエアバッグはじめ、枚挙に暇がない。
宇宙人材というと特殊能力を持つ人だし、「ロケット・サイエンス」という言葉は「非常に難しい」という意味の暗喩である。優秀な人材のうち、特に優秀な人が入る産業、それが宇宙産業だった。
しかし、宇宙産業は現在「正常化(=ノーマライゼーション)」に向かっている。普通の産業と変わらなくなりつつある。
・民間の資金
・民間がミッションを決定
・民生技術を宇宙に応用
・他産業の人材を宇宙産業で活用
宇宙が技術開発の先端ではなくなった。AI、ナノテクノロジー、先端素材、3Dプリンティング、・・そういった技術を宇宙で活用させてもらう時代だ。技術者も他産業から流入する。
政府に頼るという構図ではなくなった。政府の役割はむしろ法律面、環境整備面に集約し、ファンディング、ビジネスモデルの構築、オペレーションなどが民間主導に大きく舵が切られつつある。
■ 日本発宇宙ベンチャー
そんな潮流の中で、世界的に宇宙ベンチャーブームが起きている 。ベンチャーキャピタルからの流入額も大きく増えた。アメリカが1000社を越え、ヨーロッパも数百社越えている。
小惑星に資源探査に行くベンチャー、700機も衛星を打ち上げるベンチャー、月探査、火星探査を目指すベンチャー、小型ロケットを開発し毎週打上げを目指すベンチャー。
日本の宇宙ベンチャー(成長資金を呼び込んで事業を行っているもの)はまだ6,7社である。欧米と比べると相対的にはお寒い状況であるが、中国・インドよりは宇宙ベンチャーという意味では進んでいる。
日本を代表する宇宙ベンチャー企業例
これら宇宙ベンチャーが何より素晴らしいのは、どれも宇宙専業であることだ。ネクタイ産業ではない。だから、宇宙事業が成り立たなければ死ぬし、それ故に宇宙開発に没頭している。
各社がとてもユニークなサービスを考え、自分で資金と従業員を集め、頑張って開発に勤しんでいる。
各社の創業者や従業員たちとも色んな場面で会う。生きた情報交換はとても有意義だし、何よりも、仲間がいることが励みになる。
日本の宇宙ベンチャーが面白いのは、分野がうまく散らばっていることだ。月探査、宇宙ゴミ除去、地球観測、小型ロケット、宇宙エンターテインメント・・。
できれば全分野で、少なくとも2,3社は世界的に圧倒的なプレゼンスを持つことを祈っている。
昔、日本がたった1機の「おおすみ」打上げで沸いたように、ほんのひとつの新たな成功事例が日本を沸かすはずだから。
「第18回 良い資金調達、そして修正へ」に続く
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〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。