顕微鏡の中の宇宙に魅せられた2人
病理医として職務に邁進してきた伊東凛平は、志半ばで難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。しかし車いすになっても研究を続け、娘せりかに研究者として、そして父としての生き様を遺した。そんな父の背中を見て育ったせりかは、その遺志に応えるように、医師と宇宙飛行士という2つの目標を成就させる。
一方、幼い頃から宇宙と生命に興味を抱いてきた木平清人は、一人の研究者としてタンパク質の研究に没頭してきた。しかしさらなる研究の発展に貢献するため、宇宙実験の可能性を信じてJAXAに入社。今は日本中の研究者たちが提案する宇宙実験をサポートをする立場に回り、きぼう日本実験棟で行われるタンパク質結晶生成実験の最前線で活躍している。
【職業:きぼう利用センター 研究開発員】
JAXA有人宇宙技術部門に所属し、きぼう日本実験棟で行われる宇宙実験のサポート業務を行っている。きぼうで行われる宇宙実験は、ユーザーと称される日本全国の研究者から集められた研究提案を、きぼう利用センター内で検討し、その中で選ばれた実験が宇宙飛行士の手によって実施されている。そのため、きぼう利用センターは研究者とJAXAの仲立ち(コーディネート)をする役割を担っている。具体的な業務として、研究者から提案される実験内容の検討選抜、実験内容の改良等のアドバイス、事務処理の補助、共同研究がある。宇宙での実験がスムーズに行われ、実験の成果が世の中の貢献に繋がるよう宇宙実験をプロデュースしている。
Comic Character
伊東凛平
「小さな世界も宇宙みたいだろ」
【職業】 病理医
【生年月日】 ?
【出身地】 日本 神戸
【略歴】
口数が少なく照れ屋。病理医として勤務する最中に、ALS(筋萎縮性側索硬化症、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患)を発症するが、車いすになってもALS治療薬の開発のために研究を続ける。入院中、娘せりかが医者と宇宙飛行士を目指し、どうすればなれるのかを具体的に調べていることに驚き、喜ぶ。発症からおよそ2年後に他界するが、15歳と20歳の娘せりか宛てに手紙を遺し、またせりかが宇宙飛行士となって宇宙に行く日のため、映像ディスクを遺して妻まちこに託していた。医者と宇宙飛行士という2つの目標を叶えたせりかを、凛平は誇らしい気持ちで見守っていることだろう。(宇宙兄弟official Webより)
Real Character
木平清人
「自分が一番楽しい、このスタンスが大切です」
【職業】 きぼう利用センター 研究開発員
【生年月日】 1980年9月13日
【出身地】 日本 愛知県
【略歴】
2004年3月 姫路工業大学理学部生命科学科を卒業
2009年3月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科生命科学専攻 博士後期課程を修了
2009年4月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科の客員教員(CREST)に就任
2009年10月 大阪大学蛋白質研究所の特任研究員に就任
2011年4月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科の客員教員に就任
2013年4月 JAXAに入社後、有人宇宙ミッション本部 宇宙環境利用センターに配属、宇宙航空プロジェクト研究員としての仕事を開始
2015年4月 有人宇宙技術部門 きぼう利用センターの研究開発員(現職)
日本の宇宙開発の象徴の一つ、きぼう日本実験棟。ISSでもひと際目立つこの美しいモジュールには、その名の通りマイクロバスほどの小さい空間の中に様々な実験機器が設置されており、地球観測、材料の実験や製造、生命科学(宇宙医学やバイオ関連)、通信などの宇宙実験が行われている。
その宇宙実験を地上で準備の段階からサポートしているのが、きぼう利用センターの研究開発員・木平清人だ。彼が任されているのはタンパク質の結晶化に関する宇宙実験。生命活動の主役とも言えるタンパク質の研究は、『生命そのものの研究なのだ』と木平は言う。
かつて自身もタンパク質の働きを解明するため、実験室に籠って顕微鏡をのぞく日々を送る一人の研究者だった。しかしタンパク質の研究利用のさらなる発展のためには、より精密な結晶の生成が欠かせない。そのためには微小重力環境宇宙での宇宙実験が鍵を握っている。
木平は宇宙実験の可能性と未来を信じて、一人の研究者の立場から、数多くの研究者たちをサポートする役に転身した。
「宇宙兄弟の父にハマる」
●本日はよろしくお願いします!まずインタビューさせて頂いてるこの部屋は『地上対照実験室5』ということですが、本当にイメージ通りの仕事場ですね、『ザ・実験室』みたいで
木平「ここには私を含め10名程度のスタッフが在籍して仕事してます」
●みなさん静かに粛々と作業されてますが、ここでお話を伺って邪魔になりませんか
木平「大丈夫ですよ。みんな集中してやってますから(笑)」
●木平さんがモデルとも言えるキャラクターで、『宇宙兄弟』に描かれてるのは伊東凛平(伊東せりかの父親)です。彼は病理医なんですが、木平さんの肩書はきぼう利用センターの研究開発員。また生命科学分野の博士でもあります。どんな点に違いがありますか?
木平「病理医の伊東さんは『人の細胞や組織を顕微鏡などで観察して病気の診断をする医師』ですが、私の場合は医師免許は持ってないです。きぼう日本実験棟で行われる実験のサポートが主な仕事と言えますね」
●逆に似てる部分は?
木平「まず顕微鏡が仕事道具の一つという点でしょうか(笑)。あとはきぼうで行われる実験には、様々な病気の解明や治療薬の開発につながる実験もあります。ALSで父を亡くした伊東せりかが、治療薬開発のためにISSで試みるタンパク質結晶化の実験が、まさに私が専門にサポートしている宇宙実験です」
●実験の中身は後ほど是非分かり易く教えてもらいたいのですが、やはり自分の仕事と似ている伊東凛平にはシンパシーを感じますか?
木平「そうですね。病理医として自らの病気にも負けず研究を続けて、研究者としてまた父親として、娘せりかの人生に大きな影響を残したところなんかはやっぱり憧れますね。私も幼い息子が一人いるんですが、実はもう一人、父親という面で魅力的に感じているのはムッタのお父さんです。あの人、もう最高ですね。あの人に私はハマってます。普段はとんでもなくとぼけてても、大事なところでしめるときはしめるという(笑)。いつもしょうもないこと言ってるんだけど、ここぞという時にムッタやヒビトの心にしっかりと残る言葉を指し示して、息子たちを影ながら支えてますね。ほんとにいいキャラです」
●南波長介ですね。ムッタもヒビトもあまり口には出さないけど、お父さんのことは心の奥では尊敬してる感じですよね
木平「しみじみ、あの人はムッタとヒビトのお父さんだなって思います。頭の賢さは息子たちの方が上回ってるんでしょうけど、人間としての度量はあの人が一番じゃないのかなって。でもああゆう泰然とした感じって、憧れるけどなかなかできない」
木平「だから個人的にはもっと南波お父さんの出番があると嬉しいですね。お父さん特集が読みたい。ホームページでも単行本の巻末でもいいので。お父さんの日常や、南波夫婦のやりとり、南波家のシーンをもっと見たいです(笑)。それくらい好きです」
●それいいですね!サザエさんみたいに南波家の素朴な日常だけを描いた漫画。『宇宙兄弟』のスピンオフで『南波家族』みたいな
木平「私はJAXAに入社してから『宇宙兄弟』を読み出したんです。今はもちろん最新刊まで全部目を通してます。それでいつも思うのは、『いい人、一杯だな』って(笑)」
●いい人、ですか
木平「『宇宙兄弟』の世界は、みんないい人なのがいいです。最初はいろいろ問題があって対立したりするけど、でもその裏にはちゃんと人間らしい理由がある。相手の事をよく知らず勘違いしてるだけだったりとか。それで最終的には味のあるいいキャラクターがわかってきて丸く収まっていくという。『優しい世界』って感じですね」
●…意味深な発言。ここだけの話、もしかして「おいおい、リアルな現場は違うぞ、俺を取り巻く環境は違うんだぞ」ってことですか?
木平「(笑)」
●オフレコで是非詳細を。原稿にはしませんので!
木平「いやいや違うんです。漫画と現実を比較してるわけじゃないんです。ただ『宇宙兄弟』は読んでてヤな気持ちになる事が無いっていうか、宇宙開発の現場っていいなって、素直に思える。ヤな奴のまま終わる人がいないので、素直にいい漫画だなって思って読ませてもらってるんです」
「タンパク質が生命の主役です」
●木平さんは大学で生命科学分野の研究員や教員として働いてましたが、JAXAで働き出すきっかけはどんな経緯で?
木平「もともと私は一人の研究者として、大学でタンパク質の研究をしてました。その頃すでにISSでは宇宙実験は始まっていたんです。私の研究で必要なタンパク質の結晶が地上では上手くできなかったので、私も宇宙実験に参加しようとJAXAとコンタクトをとってました。今はJAXA側で研究者から提案される宇宙実験をサポートする立場ですが、そのときは逆で、JAXAに宇宙実験を提案する研究者側だったわけです」
●その時から、JAXAとのつながりはあったんですね
木平「そんな中、JAXAがタンパク質研究の専門家を探しているという話を、当時所属していた研究室のボスから聞いて応募することにしたんです。JAXAにタンパク質の研究に詳しい方がいなかったみたいで、その分野でJAXAと日本中の研究者たちとの間をつなぐ人材を探していたらしくて」
●さきほどからタンパク質という言葉が出てきてるのですが、タンパク質と聞くと、頭の中に鶏のささみが浮かんできます。肉とか魚とかプロテインとか、栄養素の一つというイメージしかないんですが、そもそもタンパク質ってなんでしょう?理科嫌いの中学生の少年に教える感じでお願いします
木平「ズバリ言うと、タンパク質は生き物にとって『生命活動の主役』なんです!」
●主役だったんですか!とにかくタンパク質大事!という事はズバリ理解できました
木平「それで簡単に例えると、『人間の生命活動』という名の『製品』を作る工場があるとします。工場の中には製品を作るため、加工、取り付け、組み立てなどの作業を行うラインがありますよね」
●確かにライン、あります
木平「一番最初のラインで流れているのは一つの小さな部品です。でも最後のラインの出口から出てくる頃には、きちんとした一つの製品の形になって出てきます」
●凄いですよね、あっという間にちゃんと出来上がって出てきますから
木平「そのラインの横には、加工、取り付け、組み立てをする作業員がいます。実はタンパク質は、その作業員なんです」
●作業員だったんですか!タンパク質大事ですね
木平「ちなみにそのタンパク質、人間ではおよそ10万種類あります」
●そんなにあるんですか!タンパク質はタンパク質っていうものが一つあるだけだと思ってたんですけど。…そうか、いろんなラインでいろんな作業を行う作業員(タンパク質)が必要ですよね
木平「そうなんです。タンパク質と一口に言っても、いろんなタンパク質があって、いろんな役割がある。例えばヘモグロビンもタンパク質の一つなんですが―」
●ヘモグロビン、かすかに聞いたことあります。たしか血液と関係していたような…
木平「血液の成分の一種である『赤血球』に存在するタンパク質です。ヘモグロビンは酸素分子とくっ付く性質を持っているので、肺で酸素をもらったら全身の細胞へ運搬する役割を担っているんです」
●『酸素の運び屋』というわけですね。ヘモグロビン大事ですね
木平「ちなみに遺伝子ですが…」
●遺伝子、それ絶対習いました!
木平「そもそも遺伝子とは何か?遺伝子は生命の設計図が書かれているなんて言いますが、そこに書かれているのは、実はタンパク質の設計図なんです。遺伝子に書かれているタンパク質の情報からタンパク質が作られ、機能を発揮し、生命は成り立っています」
●遺伝子大事ですね
木平「タンパク質がきちんと仕事をすることで、私たち生物はきちんと生きられる。タンパク質の働きは生命活動の主役なんです。彼らが上手に問題なく働いてくれることが、すべての生き物にとって大事なことなんです」
●言うなれば、タンパク質の研究は、イコール生命の研究なんですね
木平「まさにその通り」
●え、当ってた…
「恩師との出会いと邂逅」
●そもそもですが、なぜタンパク質の研究に興味を?
木平「子供の頃、NHKスペシャルとかで放送される宇宙関連の番組とか、生命や人体を特集した番組とか、どちらも食い入るように見てました。どっちの分野も大好きだったんです。それで高校生の頃、大学に進路を決定する際に、宇宙関係の仕事に進むか、バイオテクノロジーの方向に行くかですごく迷ったんです。その時は宇宙とバイオが両立するとは思ってなくて、どちらかの道を選ばなくてはならないと思っていましたから」
●それじゃぁ今、子供の頃から大好きだった2つの分野が一緒になった仕事をしているわけですね
木平「そうです。両方携われて幸せですね」
●それで結局、大学は生命科学の方向へ?
木平「そうです。バイオの道を選びました。バイオって言うと漠然としているイメージがあると思いますが、実は僕も大学に入るまではそうだったんです。ただ大学2年生くらいの頃に受けた講義で、ある先生がタンパク質の結晶の話をされて、これが凄く面白かった。実はその先生はすごく変わった方で、学生にあんまり人気があったわけではなかったんですけど、僕はすごくビビッときて――」
●ビビッときましたか?
木平「はい、ビビッと」
●…実は2人目なんです。人生のターニングポイントで『ビビッ』ときたという方とJAXAで出会ったのは。前回お話を伺った中山さん(宇宙飛行士のマネージャー)も、たまたま職員募集のチラシを見て『ビビッ』ときてJAXAに入ったと言ってました。中山さんの場合はもう少し強くて、『ビビビビッ!』ときたらしいでんですが
木平「僕はなぜかその先生にとても魅かれたんですね」
●どこに魅かれたんですか
木平「大学の講義って基本は教科書に沿って効率的に淡々と進めていくじゃないですか。でもその先生は基本の流れは無視して、とにかく自分が凄く面白そうで、もっと言えば自分だけが面白そうだった。講義は俺が楽しければいい、という雰囲気で進む(笑)。語り口もくだけてて、タンパク質の結晶の話をするのがいかにも楽しそうで。だからこの先生がこれだけ楽しそうに話してるんだから、この研究分野は絶対面白いんだろうなって思いました」
●木平さんも楽しそうに話すんで、その講義の楽しさが伝わってくるようです
木平「その先生が講義でタンパク質の結晶の画像を見せてくれたんです。タンパク質の結晶なんてそのとき初めて見たんですが、すごくキラキラして宝石みたいで、綺麗だなぁって素直に思いました。それが興味を持ったきっかけですね。それで私もタンパク質の研究をしたいと決めて、その先生がいる研究室に入ったんです」
顕微鏡で観察したあるタンパク質の結晶。色が付いているように見えるのは、偏光顕微鏡という特殊な方法で撮像しているため。一方、色が付いているタンパク質もあるそうで、ヒトの血が赤いのは赤血球にあるヘモグロビンというタンパク質が赤いから。また植物の葉緑体の中に含まれているタンパク質は緑色で、それが植物が緑色をしている要因の一つだそうだ。また青や黄色をしたタンパク質や、ホタルが発光するのも自ら光るタンパク質があるからだそうだ。
●そこから先生のもとでバリバリ研究をスタートさせたわけですね
木平「それが、ちょうど私が研究室に入ったタイミングで、先生に「僕、4月から大学変わるんだよ」って言われてしまって。「…え、そうなんですか」という悲しいオチが待っていたんです(笑)。ただその時はモチベーションが凄く下がったんですけど、タンパク質への興味は続いて、今に至るって感じですね」
●でもその先生が、木平さんの人生を方向付けたキーパーソンってことですね
木平「はい。ほんとにそうですね。それでこの話には続きがありまして、実は今、きぼうの宇宙実験にその先生はユーザーとして参加していて、仕事でお付き合いをさせてもらう関係になってるんです」
●えー!すごいですね。恩師との邂逅ってやつですね。大学時代の話はされたんですか
木平「私が先生の講義を受けていた学生の一人だったということは話してるんですけど。当時の僕が先生に抱いていた想いは特にお話してはいないので」
●なんだか照れくさいですよね
木平「その先生もそうなんですが、これまで何人かの師と言える方々と、学校や仕事場で出会うことができました。運が良かったと思います。皆さん研究者としても、人間としても魅力的な人ばかりです。だから自分の場合、いろいろ上手くいかなくても何とか落ちぶれずに、この人と一緒に仕事したいなっていう一念で研究や仕事を続けられていると思います」
●研究者として影響を受けた部分はありますか?
木平「無茶苦茶影響してますね。基本『自分が一番楽しい』、このスタンスが大切です(笑)」
【宇宙兄弟リアル】が書籍になりました!
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。
<筆者紹介> 岡田茂(オカダ シゲル)
東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。
<連載ロゴ制作> 栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。
過去の「宇宙兄弟リアル」はこちらから!